7 / 33
序章
7 特別な力
しおりを挟む
怪盗ヴェールの変身に取られた館長の手から、私は絵画を奪い取る。
「しまった! か、怪盗ヴェールだ! 捕まえろ!」
館長は慌てて大声を張り上げた。
カツラと変装マスクを脱ぎ捨てた怪盗ヴェールは、さらさらとした金髪で、鼻筋が通り整った顔立ちの青年だった。女性だけでなく男性から見ても、いい男だと思われるような美形である。
警備員の服装も脱ぎ捨てて、「マジシャンくらいしか着ないよね」と言われるような派手な紫色がトレードマークのスーツに黒いシャツを着用したスタイルだ。
華麗に盗み出す舞台は出来上がったとばかりに、胸を張った私は魅惑的な笑みを口に浮かべた。
「この『紅葉の山道』は私がいただきます」
歌うように言い放った美声に、数名の警察官はうっかり聞き入ったようで、その後の反応が遅れた。
「何を立ち止まっている! 追いかけろ!」
「は、はい!」
館長に叱咤された警察官たちが動き出すよりも早く、絵画を抱えた私は特別展示室の出口へ走る。
「っ、怪盗ヴェール!」
健太にあっという間に距離を詰められる。早い。さすが小学校時代の俊足は、今も健在ね。
私を捕まえようと手を伸ばしてくるけれど、私は絵画を持ったままバク宙した。
「ちょっと失礼」
「ぐぇっ……!」
私が健太の頭を踏みつけると、健太はカエルが潰れたような声を発した。
そこに私を追いかけてきた警察官たちが飛び掛かってくる。
ひょいとジャンプして避けると、健太に警察官たちが覆い被さった。
「うわあああ! なんだお前たち!」
私に踏みつけられ、警察官たちにもみくちゃにされた健太は、たまらず叫んだ。
「健太くん、大丈夫か?」
「早く捕まえるんだ!」
館長と警察官たちが口々に言う。
私は絵画を抱えたまま特別展示室を飛び出し、廊下を走っていった。
「待て怪盗ヴェール! 逃さないぞ!」
まだ追いかけてくるのね……。さすがへこたれない男、健太。でも、大人しくしてもらわないと。
「一斉に警察官を身体検査された時は、流石に私も冷や汗をかきましたが……貴方は詰めが甘いですね」
私は彼を挑発するために、あえて余裕のある声を出した。
「詰めが甘いだと⁉︎」
健太が叫んで、強く睨んでくる。いいわ。よし、引っかかった。
私は胸元から手錠を取り出し、ガチャリと音をさせて健太の両手を拘束した。動揺させて、暴れる隙も与えない。挑発を真に受けてしまうところが詰めが甘いのだけど。
健太はガチャガチャと手錠を引っ張った。
「くそう! この手錠を外せ!」
「外すわけがないでしょう。そんなことをしたら今までの努力が水の泡です」
丁寧に答えてあげていると、後ろから走ってきて捕まえにかかってくる警察官がいた。
……ちょっと相手しすぎたみたい。普段から気に食わない同級生だったからかな。
ここから脱出して、拠点へ帰ることにしましょう。
「では、みなさんさようなら」
後ろから殴りかかってくる警察官の攻撃を軽く避けて走り出す。
そして、夜景の見える窓ガラスの手前で止まった。胸元から取り出したハンマーで窓ガラスを割って、退路を作る。
「く……くそう! 怪盗ヴェール!」
健太の負け犬のような遠吠えが後ろから聞こえてくる。
それには答えずに、私はフッと鼻で笑った。
隠してあった小型気球に乗り込んで、美術館を飛び立つ。
銃を使えば気球を撃ち落とすことは可能だけど、民家が近く住民の命も大切にしなければならない警察は、その手段は選べない。警察の痛いところを突いた撤退手段だ。
「怪盗ヴェールが現れました! 男性の姿です! このカメラに彼の姿を収めたいと思います!」
木の上に登って、登場は今かと張っていた動画配信者の声だ。
この場をかき乱してくれるのはありがたい。
外を張っていた警察官の行く手を阻むように、美術館の外で張りついていた動画配信者が追いかけてくる。彼らはライブ視聴者数を稼ぐために必死だ。
小型気球に乗り、騒ぎの音が遠ざかっていくと、私は盗み出した絵画を見つめた。
『紅葉の山道』には、黒い靄(もや)が渦巻いていた。作者が本当は描きたくなかったとされる絵には、怨念のような呪いが発動する。黒い靄は不幸を引き寄せる呪いの塊だ。所有すると、やがて所有者の体に溜まり、やがて死に至る。
作者の影山峡雨(かげやまかいう)は知る人ぞ知る明治時代の画家だ。繊細な油彩画の魅力に取り憑かれたファンも多い。だけどその絵画には……。
私は絵画のキャンバスをギュッと抱きしめた。
「どうか、絵の悲しみが消えますように……」
目を瞑って強く願うと、白い光に包まれて、黒い影は跡形もなく消える。
影山峡雨の一族が絵に触れると、禍々しい絵の力をなくすことができた。
私は影山峡雨を祖先に持つ、解呪の力を持った人間ということだ。なぜか直系の女性にだけに引き継がれる力とされている。私には姉妹がいないため、それができる唯一の女性だ。いとこの澪には、残念ながらその力はない。
「これで任務完了、と」
力を使った私は、小さな脱力感とともに、小型気球の壁に背を預けた。
「しまった! か、怪盗ヴェールだ! 捕まえろ!」
館長は慌てて大声を張り上げた。
カツラと変装マスクを脱ぎ捨てた怪盗ヴェールは、さらさらとした金髪で、鼻筋が通り整った顔立ちの青年だった。女性だけでなく男性から見ても、いい男だと思われるような美形である。
警備員の服装も脱ぎ捨てて、「マジシャンくらいしか着ないよね」と言われるような派手な紫色がトレードマークのスーツに黒いシャツを着用したスタイルだ。
華麗に盗み出す舞台は出来上がったとばかりに、胸を張った私は魅惑的な笑みを口に浮かべた。
「この『紅葉の山道』は私がいただきます」
歌うように言い放った美声に、数名の警察官はうっかり聞き入ったようで、その後の反応が遅れた。
「何を立ち止まっている! 追いかけろ!」
「は、はい!」
館長に叱咤された警察官たちが動き出すよりも早く、絵画を抱えた私は特別展示室の出口へ走る。
「っ、怪盗ヴェール!」
健太にあっという間に距離を詰められる。早い。さすが小学校時代の俊足は、今も健在ね。
私を捕まえようと手を伸ばしてくるけれど、私は絵画を持ったままバク宙した。
「ちょっと失礼」
「ぐぇっ……!」
私が健太の頭を踏みつけると、健太はカエルが潰れたような声を発した。
そこに私を追いかけてきた警察官たちが飛び掛かってくる。
ひょいとジャンプして避けると、健太に警察官たちが覆い被さった。
「うわあああ! なんだお前たち!」
私に踏みつけられ、警察官たちにもみくちゃにされた健太は、たまらず叫んだ。
「健太くん、大丈夫か?」
「早く捕まえるんだ!」
館長と警察官たちが口々に言う。
私は絵画を抱えたまま特別展示室を飛び出し、廊下を走っていった。
「待て怪盗ヴェール! 逃さないぞ!」
まだ追いかけてくるのね……。さすがへこたれない男、健太。でも、大人しくしてもらわないと。
「一斉に警察官を身体検査された時は、流石に私も冷や汗をかきましたが……貴方は詰めが甘いですね」
私は彼を挑発するために、あえて余裕のある声を出した。
「詰めが甘いだと⁉︎」
健太が叫んで、強く睨んでくる。いいわ。よし、引っかかった。
私は胸元から手錠を取り出し、ガチャリと音をさせて健太の両手を拘束した。動揺させて、暴れる隙も与えない。挑発を真に受けてしまうところが詰めが甘いのだけど。
健太はガチャガチャと手錠を引っ張った。
「くそう! この手錠を外せ!」
「外すわけがないでしょう。そんなことをしたら今までの努力が水の泡です」
丁寧に答えてあげていると、後ろから走ってきて捕まえにかかってくる警察官がいた。
……ちょっと相手しすぎたみたい。普段から気に食わない同級生だったからかな。
ここから脱出して、拠点へ帰ることにしましょう。
「では、みなさんさようなら」
後ろから殴りかかってくる警察官の攻撃を軽く避けて走り出す。
そして、夜景の見える窓ガラスの手前で止まった。胸元から取り出したハンマーで窓ガラスを割って、退路を作る。
「く……くそう! 怪盗ヴェール!」
健太の負け犬のような遠吠えが後ろから聞こえてくる。
それには答えずに、私はフッと鼻で笑った。
隠してあった小型気球に乗り込んで、美術館を飛び立つ。
銃を使えば気球を撃ち落とすことは可能だけど、民家が近く住民の命も大切にしなければならない警察は、その手段は選べない。警察の痛いところを突いた撤退手段だ。
「怪盗ヴェールが現れました! 男性の姿です! このカメラに彼の姿を収めたいと思います!」
木の上に登って、登場は今かと張っていた動画配信者の声だ。
この場をかき乱してくれるのはありがたい。
外を張っていた警察官の行く手を阻むように、美術館の外で張りついていた動画配信者が追いかけてくる。彼らはライブ視聴者数を稼ぐために必死だ。
小型気球に乗り、騒ぎの音が遠ざかっていくと、私は盗み出した絵画を見つめた。
『紅葉の山道』には、黒い靄(もや)が渦巻いていた。作者が本当は描きたくなかったとされる絵には、怨念のような呪いが発動する。黒い靄は不幸を引き寄せる呪いの塊だ。所有すると、やがて所有者の体に溜まり、やがて死に至る。
作者の影山峡雨(かげやまかいう)は知る人ぞ知る明治時代の画家だ。繊細な油彩画の魅力に取り憑かれたファンも多い。だけどその絵画には……。
私は絵画のキャンバスをギュッと抱きしめた。
「どうか、絵の悲しみが消えますように……」
目を瞑って強く願うと、白い光に包まれて、黒い影は跡形もなく消える。
影山峡雨の一族が絵に触れると、禍々しい絵の力をなくすことができた。
私は影山峡雨を祖先に持つ、解呪の力を持った人間ということだ。なぜか直系の女性にだけに引き継がれる力とされている。私には姉妹がいないため、それができる唯一の女性だ。いとこの澪には、残念ながらその力はない。
「これで任務完了、と」
力を使った私は、小さな脱力感とともに、小型気球の壁に背を預けた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
こずえと梢
気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。
いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。
『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。
ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。
幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。
※レディース・・・女性の暴走族
※この物語はフィクションです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
校外でツーきゃん(校外でツーリングキャンプ)
秋葉 幾三
キャラ文芸
学校生活、放課後とかソロキャン好きの少年と引っ込み思案の少女の出会いから始まる物語とか。
「カクヨム」でも掲載してます。(https://kakuyomu.jp/works/1177354055272742317)
「小説家になろう」サイトでも簡単な挿絵付きで載せてます、(https://ncode.syosetu.com/n9260gs/)
hondaバイクが出てきます、ご興味ある方は(https://www.honda.co.jp/motor/?from=navi_footer)へ。
VTuberとヴァンパイア~猟奇で陽気なヴァンパイア~
タナん
キャラ文芸
陰キャJKの橘 柊花は夜歩いていると、少女が男に馬乗りになってボコボコにしている現場に遭遇してしまう。
拳を血で染めた少女の目は赤く、笑う口元には長い牙が生えている。つまりヴァンパイアだ。
ヴァンパイアの少女の名は一ノ瀬 夢織。
危うく、ヴァンパイアガールの夢織に襲われそうになる柊花だが、直前にヴァンパイアガール夢織が人気VTuberの巴 アシュリーのファンだということに気付く。
実はVTuber 巴アシュリーだった柊花とヴァンパイアガール夢織。
人間とヴァンパイアの奇妙な友情が始まった。
※たいあっぷ様にて公開しているものになります。
毎週金曜0時更新
全体約5万文字のうち7割くらい完成しています。
たいあっぷ様のコンテストに応募していますので応援して下さる方は下記URLから続きが読みたいボタンをお願いします!
https://tieupnovels.com/tieups/1495
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる