お料理好きな福留くん

八木愛里

文字の大きさ
上 下
10 / 32

10 ジャガイモの皮を包丁で剥く、の巻①

しおりを挟む
 今日の料理講座のメニューは家庭料理の肉じゃが。
 一人暮らしの身としては、ぜひとも作れるようになりたい料理だ。

「福留くんって料理が上手だけど、誰かに教わったの?」

 赤いエプロンの紐をキュッと締めてから問いかけた。

 福留くんの料理の引き出しは、一体どこにあるのか気になる。福留くんの師匠がいるとすれば、その人の話を聞けば上達のヒントになるのではないか。

「僕は祖母に教えてもらいました。料理の作り方は、ほぼ受け売りです。両親が共働きだったので、学校から帰るとよく妹と一緒に夕食の手伝いをしましたね」

(妹さんがいるんだね。……想像できる。福留くんは面倒見の良いお兄さんって感じだもの)

「お祖母さんに教えてもらっていたんだね。私とは大違い。お手伝いを進んでするような子じゃなかったから」

 福留くんの茶色の瞳が遠くを見つめて、瞬きを一つする。昔を思い出して懐かしむような表情だった。

「祖母から教わるのが楽しくて、喜んで手伝っていましたね。教え方が上手でなかったら、進んで料理を手伝おうなんて思わなかったかもしれません。僕の話はこれくらいにして。さぁ、始めましょうか」

 トレーに入っている材料を確認して、料理講座が始まる。
 ジャガイモとタマネギ、ニンジン、豚バラ肉。ジャガイモはゴツゴツとして存在感がある。

 福留くんはピーラーと包丁を取り出した。ピーラーは私専用だ。福留くんは包丁を使って野菜の皮を剥く。

 ポテトサラダの料理講座で、ジャガイモを包丁で剥いていた姿を思い出す。ピーラーよりも早くて、簡単に剥いている姿。
 私も福留くんみたいになりたい、という気持ちが先立って口を開いていた。

「福留くん。私も、ジャガイモを包丁で剥けるようになりたい」

 福留くんは私に渡そうとしていたピーラーを、作業台の端にそっと置いた。

「大丈夫です。教えますよ」

 仕事帰りの限られた時間だったけれど、福留くんは嫌な顔をせずに了承してくれた。
 会社でも事務員から頼りにされているのは、いつも快く教えてくれるからなのかもしれない。

「慣れると包丁で剥いた方が楽だと思います。僕がまず一個やってみるので見ていてください」
「お願いします」

 教えられたことを目に焼き付けようと思い、福留くんの手元を凝視する。

「ジャガイモってよく見ると、縦長の形をしていますよね。まずは縦長の部分を一周ぐるっと剥いていきます」

 ジャガイモを左手で持って、包丁を持つ右手の親指はジャガイモの皮を押さえながら剥いていく。

「あとは剥いていないところを剥いていく感じですね。真ん中を剥いてから、その左右を剥いていくとやりやすいですよ」

 スッと奥から手前に動かした。包丁の動きは滑らかだ。

「ジャガイモの芽は取らなくていいの?」

 ジャガイモの芽に毒があるということは、料理初心者の私でも知っている。芽の部分を無視するように、皮を剥いていることが気になって仕方がない。

「ジャガイモの芽は最後に取っていくのですが、包丁の角の部分──あごと呼ばれている部分を使って取り除いていきます。芽は有毒なので、ちょっと深くえぐる方がいいですね」

 芽はちゃんと取り除くらしい。芽の部分は丸く跡が付いていて、その周りを包丁のあごを当てて取り出した。

「真島さんもやってみましょうか」
「うっ……ちょっと自信ないけど挑戦します」

 説明を聞いているだけではできる気がしない。だけど実践あるのみだ。

 ジャガイモを持って包丁を入れる。皮が厚く切れている気がするけれど、最初だから下手でも気にしない。

「ジャガイモの皮の下に包丁を通す感じで進めていってください。そうそう、そんな感じで」

 福留くんのスピードよりも、ゆっくりなペースで剥いていく。
 一周ぐるっと剥けたところで、分厚い皮をチラシの上に置いて一呼吸した。

「緊張するね」
「その調子でいいと思いますよ」

 見られているからなのか、変な力が入る。
 包丁の切れ味が良くて、少し動かしただけでも滑るように切れてしまう。
 あ、と気づいた時には、ジャガイモを持っている左手の親指に包丁が刺さっていた。

「痛っ」
「真島さん! 大丈夫ですか!」

 鋭い痛みを感じる。ジャガイモと包丁を作業台に置いて、指の状態を確認すると切り傷に血が滲んできていた。
 どくどくと、体の中の血流の音が聞こえる気がする。
 血の量は多くない。
 大丈夫、そんなに深い傷じゃない。

「手を貸してください」

 福留くんは呆然としている私の手首を持って、流水で洗い始めた。
 距離が近い。
 福留くんの息遣いが聞こえるくらいに至近距離だった。
 一瞬そう思ったけれど、そんなことを気にする間も無く意識は指先に集中する。

 しばらく水道水で洗うと、絆創膏を貼ってくれた。

「すみません、僕の教え方が悪かったです。怪我までさせてしまって」

「違うのよ。私が不器用だから……」

 私が何を言おうとしても、福留くんは自分のせいだと繰り返した。
「せめて、今日の料理は僕が全部作らせてほしい」と言われて、言葉に甘えることにした。

 肉じゃが、ぶりの照り焼き、ほうれん草の白和え、味噌汁。
 テーブルの上が輝いて見える。
 福留くんは「超特急で作った」と言っていたけれど、夕食には十分なメニューだった。

「「いただきます」」

 箸でお肉とジャガイモとニンジンをまとめてで口に運ぶ。
 肉は柔らかくて、ジャガイモとニンジンは、大きさが揃っていて口当たりが良い。

(私が材料を切ると、こんなに大きさを揃えては切れないよ。さすが福留くん)

 でも……塩加減も良くて美味しいのだけれど、何か物足りない。
 この物足りない原因を探しながら、肉じゃがを噛みしめる。

「どうしましたか?」
「いや、違うの。福留くんの手料理なのかぁと思ったの」

 物足りないなんて、料理を作ってくれた福留くんに失礼過ぎて言えない。

 二人で料理を作ったときは、具材の形を見ただけで福留くんと私のどちらが切ったものかわかるようになった。私が切った具材は不揃いで下手くそだけど愛着を感じる。

(そうか、今まで考えたことがなかったけれど、自分で作った方が達成感があるんだ)

 物足りないのは、きっと自分で作ったという達成感。
 そう、私の心にストンと落ちた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

東京カルテル

wakaba1890
ライト文芸
2036年。BBCジャーナリスト・綾賢一は、独立系のネット掲示板に投稿された、とある動画が発端になり東京出張を言い渡される。 東京に到着して、待っていたのはなんでもない幼い頃の記憶から、より洗練されたクールジャパン日本だった。 だが、東京都を含めた首都圏は、大幅な規制緩和と経済、金融、観光特区を設けた結果、世界中から企業と優秀な人材、莫大な投機が集まり、東京都の税収は年16兆円を超え、名実ともに世界一となった都市は更なる独自の進化を進めていた。 その掴みきれない光の裏に、綾賢一は知らず知らずの内に飲み込まれていく。 東京カルテル 第一巻 BookWalkerにて配信中。 https://bookwalker.jp/de6fe08a9e-8b2d-4941-a92d-94aea5419af7/

灰かぶり姫の落とした靴は

佐竹りふれ
ライト文芸
中谷茉里は、あまりにも優柔不断すぎて自分では物事を決められず、アプリに頼ってばかりいた。 親友の彩可から新しい恋を見つけるようにと焚きつけられても、過去の恋愛からその気にはなれずにいた。 職場の先輩社員である菊地玄也に惹かれつつも、その先には進めない。 そんな矢先、先輩に頼まれて仕方なく参加した合コンの店先で、末田皓人と運命的な出会いを果たす。 茉里の優柔不断さをすぐに受け入れてくれた彼と、茉里の関係はすぐに縮まっていく。すべてが順調に思えていたが、彼の本心を分かりきれず、茉里はモヤモヤを抱える。悩む茉里を菊地は気にかけてくれていて、だんだんと二人の距離も縮まっていき……。 茉里と末田、そして菊地の関係は、彼女が予想していなかった展開を迎える。 第1回ピッコマノベルズ大賞の落選作品に加筆修正を加えた作品となります。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

処理中です...