ダブルドリブル

春澄蒼

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流 13

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 俺は怒っていた。
 昨日、怒り方を忘れてしまったと思ったばかりなのに、こんなにすぐ思い出すことになろうとは。

「それじゃあ……」
 雪ちゃんの声にハッとする。いつの間にか校門まで来ていた。

「……駅まで送る」
 俺は最初からそのつもりだったから、遠慮する雪ちゃんを先導して行く。

 結局俺たち4人も、今日はこれで、ということで別れた。
 こんなのあいつらを問い詰めれば解決だと思うんだけど。犯人なんて最初から分かってるんだから。

「それにしても……なんで雪ちゃんの名前が出て来たんだろ?」
 先輩によれば、「写真は臨時マネージャーが撮った」と言われているらしい。たぶんあの1組の女もその話を聞いて、雪ちゃんが流したと思っていたんだろう。
 盗み撮りの写真を持っていながら、よくも正義面してあんなこと言えたもんだ。

「それにあの女が言っていた『ホモ』ってのも、どこから出て来たのか……」
 今回の事件はつまり、俺たちの盗み撮り写真を、雪ちゃんがネットにさらした、として疑われているということ。

 まあ普通の感覚なら、人の写真を勝手に撮った上、許可なく不特定多数にばらまくような人間に、好意は向けないだろう。噂を知っていたから、雪ちゃんに不審な目を向けたんだと思うけど、それはイコール俺たちの写真を持っているという証明。しかも隠し撮りと知っていて。

 でも……この事態で『ホモ』って単語はどこから?

「たぶん……」
 雪ちゃんは考えながら口を開く。
「彼女たちは、2人の写真を盗み撮りしたのが、僕だと思ってるんだよね?つまり写真を撮るイコール好意、って理屈なんじゃないかな……?」
「んー……つまり、雪ちゃんが俺たちのこと好きだから写真を撮った。で、雪ちゃんは男の子だから、男の俺たちのこと好きな雪ちゃんは『ホモ』ってこと?」
「そう……かも?」
 雪ちゃんも自信なさげだ。

「……女の子に頼まれた、とか、むしろ俺たちのこと嫌いだからさらし者にしたかった、っていう考えは……なかったってことね」
「……伊藤さんはいつも自分基準なんだよ。自分の考えを人に押し付ける。彼女の中ではそういう理屈なんだよ」
 うん。そう考えると、あの空気も納得いくかも。

 あのでしゃばり女が雪ちゃんを糾弾し始めた時、一部に追随するような空気があった。でも『ホモ』って単語が出てから、それが一気に白けたように見えた。
 つまり『ホモ』はあの女のスタンドプレーっていうことか。

「……ってことはつまり、ちゅー写真は流出してないってことだね」
 頰をつんつんしながら、声をひそめて言うと、顔に朱が射す。よかった、やっと血の気が戻った感じ。

「……そうだといいけど……」
 俺の人差し指に対抗するように、頰を膨らませる。

「それに……彼らが僕の名前を出したのは……僕しかいなかったから、じゃないかな」
「『しか』?」
「うん。だって他の2、3年部員がやったなんて、さすがにだれも信じないでしょう?」
「そうかな?」
「そう。明らかに部員しか撮れないんだから。後は1年生だけど、それだと自分たちも含まれるから、消去法で僕。1回もめたし……」

 そういえば……雪ちゃんがどう対処するのかおもしろそうだと思って放置したけど、こんなことになるなら、さっさと助ければよかった。
「そういえば……」
「ん?」
「あの時、流君が来てくれたでしょ?なんだか気まずそうに見えたのは、サボりが見つかっただけじゃなくって、写真のことがあったから……?」

 今思えばだけどね、と無理な笑顔で言うから、こんな道のど真ん中なのに、ぎゅーってしたくなった。



 駅に着いて、改札の前で少し引き止める。雪ちゃんにルーズリーフをもらって、番号を書いて渡す。俺はこの後、部活に戻る予定だったから、荷物は滝に預けてきてしまった。

「……これって……」
「なんかあったら、すぐかけて」
 ルーズリーフを一瞬躊躇して受け取り、宝物をもらったように、丁寧に折りたたんでかばんにしまう。「ありがとう……」

 目にかかった前髪をちょんちょんと触って、じゃあ、と踵を返した。



 学校に戻ると、すでに部活は始まっていた。
 1年は体育館にはいない。2、3年はちらりとこっちを見たが、結局いつも通りの練習が終わって、帰るころになっても、なにも言ってくることはなかった。

 他の部員が帰った後、滝と日野先輩と3人で残る。

「……つーかさ、先輩、なんで黙ってたの?」
「黙ってたって……俺もあの時点では詳しく分からなかったから……もう少し話を聞いてからって……そう思っただけだ」
 日野先輩にしてはめずらしく、俺の方を見もしないで、ぼそぼそと答える。

「もっと早く分かってたら、こんなに広まる前になんとかできたかもしれないのに」
「流」
 いらいらして吐き捨てるように言う俺を、滝が留める。

「……お前らが考えてるのは、水上のことだけなんじゃねぇの」
「は?」
「だから!」ようやく顔を上げてにらみつける。
「お前らは自分の写真のことより、それの犯人が水上にされたことに、キレてるだけだろ!今はまだ校内で止まってるけど、これが外部にでも漏れたら……」

「……先輩は部活の心配だけってわけね」
「……なんでそんなに水上をかばうんだ……?」
「かばうって。雪ちゃんがこんなことするわけないって知ってるだけ」
「……悪いけど、俺はそこまで水上を信じられない」

 滝がいなかったら、胸ぐらつかむくらいのことはしたかもしれない。俺は今まで先輩に向けたことない顔で、失望を表す。
 先輩はその表情に殴られたように一歩後ずさったけど、フォローもせず背中を向けた。

 1人の帰り道、雲は雫を貯めて、今にもこぼれ落ちそうだった。



 次の日、噂は地面を濡らしていく雨のように、勢いよく学校中に染み渡っていた。

 俺はなるべく休み時間のたびに1組に行ったけど、雪ちゃんは硬い顔で「大丈夫」を繰り返すばかり。結局電話もかかってこなかった。

 その日の部活は、雨のせいで全員が体育館に集まったから、異様な空気だった。
 たぶん3年と1年は半信半疑なんだろう。完全に雪ちゃんを信じているわけではなさそうな印象だ。火のないところに煙は……ってやつ。

 表面上はなにごともなく練習は終わった。

 着替えて玄関に向かおうとしたところで、コートからドンッとボールを叩きつける音が聞こえ覗いてみると、俺たち以外の2年部員6人がそろっていた。

 ボールは小見山の仕業だ。またガンッと思いっきり叩きつけて、「あ~くそっ!もやもやする~」ストレスを吐き出しているようだ。

「小見山、うるさい」
 坂井にたしなめられ、素直に「ごめん」と座る。

「……水上の様子は、どう?」
 藤井が心配そうに聞く。
「一応メールしてみたけど……『大丈夫?』なんて聞くのも……というか大丈夫なわけないし」
「……普通にしてるよ。教室では」

 憮然と小見山が答える。「すげーやな雰囲気」
「やっぱみんなもう知ってる感じなのか?」
 坂井の問いに下唇を突き出して肯定する。「その顔やめろ」と坂井につままれている。

「なぁ!どうにかできねぇの?部活だって雰囲気悪いし……」
「難しいよ」
 藤井は自分が当事者のように悔しがる。

「俺にも聞いてくるんだぜ。あの噂、本当なのかって。『違う』って言っても、『本当に?』「本当に?』って。だから違うっつってんのに」
「意味ないよ。だって野次馬にとっては、真実なんて関係ないんだから。おもしろければいいんだよ」
「ただ関係者の話を聞きたいだけだろ」
「そうそう。だから、余計なこと話しちゃだめだよ。話題を与えるだけなんだから」
 特に小見山!と名指しされてる。

「う……分かってるって!でもさ結局は時間が経ってみんなが忘れるまで待てってこと?」
「普通にしてろってこと」
 子どもに言い聞かせるように、藤井が全員を見る。

「水上、俺に気を使ってるのか、教室では話しかけてもあんまり……」
「そういうのが普通じゃないっての!」
「だって……」

「滝は?同じクラスだろ?」
「滝は……いつも通りだな。それより流が来まくってる。あいつが誘ったんだし、責任感じてるのかもな」
「なら流に任せておきなよ。被害者の流が水上と仲良くしていれば、噂は払拭されるよ」
「そうかなー……」

「俺たちにできるのは、普通にしてること。気を使いすぎれば水上だって居づらいし、俺たちが代わりに喧嘩を買ったって、余計な騒ぎになるだけだよ」

 藤井と後藤が顔を見合わせてうなずく。
「2人で話してたんだけどさ、去年の、ほら、流と滝の連絡先が知らない人に回っちゃったこと、あったろ?その後さ、流と滝の態度が変わった。俺たちと教室でつるまなくなって……」
「今さらなんの……?」
「でもさ、水上が来てから元に戻った、でしょ?」
「……まぁ……」

「すごいって思うんだよね、水上。だってさ、一色兄弟とつるむのって、大変じゃん。女の子に色々言われるし、去年みたいなトラブルもあるし。で、案の定、今回のことが起きて……でも絶対流と滝のせいじゃないってこと。水上もそんなこと思ってないだろうけど、俺たちもちゃんと自覚してなくちゃ……俺たちは怖くなって逃げたけどな」

「逃げたって……」
「逃げたんだよ。トラブルに巻き込まれたくないって。だからあいつらは一線引いちゃったんだ。それを水上は普通にやってのけた。水上のおかげで、俺たちやり直す機会もらったんじゃない?だからさ、今回はびびったり逃げたりしたくない」
「でも俺たちにできることなんて……」
「信じてるだけでいんだって!」
「そうかなー……」



 そこで俺は立ち去った。
 藤井たちがあんなふうに考えてたの、初めて知ったな。
 俺たちのせい、なんて、俺は思わない。
 そう思うことは、雪ちゃんの気持ちをないがしろにすること。
 雪ちゃんは全部承知の上で、俺と一緒にいてくれたんだから。

「信じてるだけで」か。
 そんなものって思うかもしれないけど、確かにバカにできないのかもしれない。
 日野先輩やバスケ部の3年、1年でさえ、あんな調子なんだから、雪ちゃんのこと知らない学校のやつらが疑うのは、当然っちゃ当然なのかも。

 でも2年は全員信じてる。

 願わくば、それが雪ちゃんの力になりますように。


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