淫魔も惚れれば一途になる

春澄蒼

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 病院に行った日から、一週間が経った。

 その間おれは、薬を飲んで学校へ行き、約束通り佐野が企画してくれた合コンに参加した。


 その結果、感じたことは──あれ?これ、大丈夫だな。


 特になにも変化はないと言ってもいいくらい。
 先生が言ったように、薬を飲んでいれば普通の日常生活を送れるし、母さんに言われたように、いきなり恋愛対象が男になるなんてこともない。

 合コンは楽しかったし(まあ、そう簡単に彼女はできないけど)、夜のオカズが筋肉に変わることも、もちろんない。


 なにも変化がなさすぎて、冗談説が再燃しかけたほどだ。

 これ、まさか、『淫魔』とか『F.T.S』とか全部が全部、壮大なドッキリだったりして?
 まあ、さすがに病院まで行って、医者まで巻き込んで、そんなドッキリ仕掛けるはずないけど。こんな一般人のおれに。

 でも、でも!これはありえる!
『F.T.S』はたしかに存在して、うちが『淫魔』の家系なのが本当でも、おれにその血が出たってのが実は間違いだった、とか!!


 そう、母さんと先生の早とちりだったとかっ!


 それをそのまま上田先生に伝えたところ……「そろそろ現実を受け入れましょうね」と一笑に付される。

「えー……でもぉ……」
「あらあらぁ、実感がないのねぇ。薬がちゃんと効いてるってことだから、経過は問題ないんだけど、ねぇ」

 今日の診察は薬の効果を確認するのが主な目的らしい。
 薬は一日一錠、朝に飲めばそれでOK。だけど、サキュバス用の薬は全面的に女性向けに作られているため、男のおれが飲む場合は少し調整が必要になるということで、しばらくはこうして定期的に検査に来なければならないんだと。

 母さんや姉ちゃんたちなんか、半年ごとの定期検査以外は薬を受け取るだけでいいっていうのに!
 この病院、地味に遠いから、休みの日は半日つぶれることになるし……正直、めんどくさい。

 だからなるべく、楽な方へ楽な方へ、考えを持っていきたくなる。


「じゃあせめて、もうちょい検査、減らしてもよくないですか?薬がちゃんと効いてるなら」

 楽観的を通り越して、事態を甘く見ていると感じたんだろう、上田先生の目がギラリと鋭くなった。
「深刻になりすぎて病んじゃうのも困るけれど……あなたみたいに軽視するのも問題ねぇ」

「え、えと……」
「すこぉーしだけ、経験した方がいいわぁ。フェロモンにたら、どうなるかを、ね」
「え?え?」
「ちゃあんと、知っておきなさぁい。薬の重要性を」



 その結果、おれは前言撤回することになる。
 全然大丈夫じゃないっ!!──と。


******



 上田先生はどこかへ内線をかけてから、おれを追い立てるように部屋を移動させた。
 向かった先は頑丈な扉。しかも二重。冷凍倉庫にでもなっていそうな、気密性の高い部屋だ。


 中は理科の実験室みたいで、薬品の並んだ棚には鍵がばっちり、かろうじてわかるのは顕微鏡くらいで、あとはなんか精密機械っぽいのがたくさん。

 無造作にイスが散らばっていたけど、それに座る前に──「……え」異変。


 そうだ、最初に感じたような、いい匂い。
 けれどその時と違うのは、その匂いを嗅いで気持ち悪くなるんじゃなくて、むしろ──気持ちよくなっていくこと。

 はぁ、はぁ……と呼吸が荒くなる。
 この匂いを吸いたくてたまらない。ずっと吸い込み続けたいくらい。吸う量と吐く量がアンバランスで、苦しい。

 この時、たぶんちょっと過呼吸っぽくなっていたんじゃないかと、あとで振り返った時に気づくことになる。


 カタ、と小さな音がした。
 それで初めて、部屋に先客がいたことを知る。

 けれどその時のおれはもう、それがどういう人なのかとか、どんな服装でどんな顔なのかとか、そんなことを考えていられない──というか、気にしていられない状態で。


 頭の中は匂いでいっぱい。
 嗅覚以外の感覚がマヒしてるみたいに、目も耳もぼんやり。
「は、ぁ……」と息を吸うために口を開けたら、いつの間にか溜まっていただ液が口の端からこぼれた。

 じゅる、と舌なめずり。
 パブロフの犬、そのもの。おれはを知らないはずなのに、なぜか最高に美味しいものだと遺伝子レベルに書き込まれているみたい。


 あそこ、から。


 匂いのもと、発生源がはっきりと目に見えるようにわかる。
 糸をたぐるように、惹きつけられる。

 一直線にその場所へ向かったおれは、なんの迷いもなく鼻をうずめて、思いっきり匂いを吸い込んだ。
 まるで、干したばかりのふとんへ飛び込むように。

 ──それが本当にふとんだったのなら、もちろん恥ずかしくもなんともなかったけれど。


 残念ながらは、この部屋の先客、つまり今初めて会った他人の、しかも男の──胸の中だったのだ。


***



「…………うそでしょ」
 絶望的な気持ちでつぶやいたおれに、上田先生は容赦ない。
「その目にしっかり焼き付けなさぁい。薬を飲まなかったら、なるかもってこと」


 先生はスマホでばっちりその瞬間を録画していた。
 小さな画面には、おれが……おれが……っ、うう……っ!男の胸にほおずりし、匂いを嗅いでうっとりする場面がっ、しっかり証拠として映っている……!


 まったく記憶がないってことはない。
 なんとなく、ぼんやり、自分がしでかしたことは覚えている……けどっ、こ、こんなはっきり見たくなんかないよぉぉぉーー!


 映像には、このあとすぐになにかスプレーみたいなので液体を吹きかけられたおれが、『うわぁっ』と叫んで鼻を抑えてひっくり返るまでの一連の流れが記録されていた。


「ううぅ……もうかんべんしてください……」
 スマホから逃げるおれに、先生は「ほら、ほらぁ」とわざと一番やばい場面で静止させた画面を突きつけてくる。……この人、絶対、楽しんでるっ!!


「ちょっと、上田先生」
 止めてくれたのは、白衣を着た男の人。そうこの人こそが、おれがスリスリした張本人。

 気まずいどころではないおれが目を逸らしている間に、その人はスマホから映像を消して「ほら、もう安心」と笑ってくれる。

 ……優しそうな笑顔が、今のおれにはつらい。



「自己紹介もまだだったね」
 いきなり初対面の男子高校生にスリスリされたばかりとは思えない爽やかさで、男の人は名乗る。
柳田やなぎだ国明くにあき。医者じゃなくて、薬剤師ね。きみの薬も俺が出してるんだよ」

「えっ、そうなの?」
 羞恥心よりも好奇心が優って、思わず聞き返す。

 そこですかさず柳田先生は、
「だから安心して。『F.T.S』のこともきみのことも、もちろん承知してる。さっきのがきみの意思じゃないことも、ね」

 そう言われて、やっと顔に上った血が降りていく。
 それと交代するように、今度はじわじわと寒気が。


 怖い。怖すぎる。
 だってあんなの、自分ではどうにもできない。


 まるで、自分が自分じゃないみたいで。
 自分の中に別の人格があるみたいに、おれの意思じゃないのに、からだが勝手に──ううん、違う。勝手におれの意思を書き換えたんだ。

 だってあの時のおれは間違いなく……したいと望んでた。



 今は相手が『淫魔』のことを知っている柳田先生だったからよかったものの、もしこれがなにも知らない相手だったら?
 ──完全に、痴漢か変質者だと思われても仕方ない。


『淫魔』のリスクについて身をもって知らされたおれは、絶対に薬を飲むことを忘れるなよ、と自分に言い聞かせる。


「んふ、理解してくれたみたいねぇ」
 荒治療だったけど、体験させてくれた上田先生には感謝だ。
 おれは首が取れそうなくらいウンウンとうなずいて、「ぜっっったいに、薬、飲みますっ!それから、検査もしますっ!」と誓う。


「一応、補足しとくとね」
「はいっ!」
 そして犠牲になってくれた柳田先生にも、感謝!おれは命の恩人ってくらいの気持ちで、勢いよく返事をする。

「きみに実感してもらうために、オレはいわゆるフェロモンを増幅させる薬を飲んでた」
「増幅?」
「そう。ドーピングしてたんだ。だから基本的には、ここまでひどい症状が出ることはまずないから、そこは不安になりすぎないで」
「ほんと、ですか?」
「ほんと。それと、吹きかけたスプレーだけど」
「あっ、あれってなんだったんですか?」
「フェロモンの消臭剤、プラス、気付け薬みたいなもの、かな」
「気付け……?」


 ここで説明は上田先生にバトンタッチされる。

「『淫魔』の症状で問題なのはねぇ、相乗効果なの。例えばさっきみたいに、あなたがある人のフェロモンを感じ取るとね、それに反応して、あなたもフェロモンを発しちゃう。それに反応して相手はますます発情、さらにあなたも発情、さらに相手も、あなたも──って、天井知らずよぉ」
「え、こわっ」
「だからいざという時の対処法としてはねぇ、フェロモンを消すだけじゃダメなの。同時に、あなたが発情するのを抑えなくちゃ」


 なるほど、と納得する。
 いくらその場のフェロモンを消しても、おれがまたフェロモンを引き出してしまったら、いたちごっこになるってことか。

「だからあんなに強烈だったのか……」
 スプレーをかけられた時の痛みがよみがえって、おれは顔をしかめる。痴漢撃退用とかのとうがらし入りのスプレーとは、(使ったことも使われたことももちろんないけど)たぶんこういうものだろう。

 そのくらいの刺激で上書きしなければ、あの催眠術にかけられたみたいな衝動を吹き飛ばせやしない。


「……ん?ってことは、あのスプレーがあれば、いざという時安心……」
 物欲しそうにキョロキョロとあのスプレーを探すおれに、柳田先生が苦笑して言う。

「あー……ごめんね。あれはまだ実験段階で、一般には処方できないんだ」
「えぇ……そんなぁ……」

 救世主かと思ったのに……!
 残念がるおれに、柳田先生は少し考えてからこんな提案をしてきた。

「もしよかったら、治験に協力してくれないかな」
「治験って……薬の実験台ってこと?」
「まあ、はっきり言っちゃえば。もともと、男性のサキュバス体はサンプル数が少ないから、薬を調整する必要があるんだけど」
「ああ、はい、上田先生から聞いてます」
「そういう時でも、普通オレは──つまり薬剤師はあんまり患者さん本人とやり取りはしないのね。間にお医者さんを挟んでって形で」
「えと、つまり……今回は、柳田先生が直接、おれに話聞いたりしたいってこと?」
「そういうこと。で、その時にこういう──」

 柳田先生の白衣のポケットから、あのスプレーが再登場した。

「まだ実験段階の薬について、使ってみた感想を聞かせてほしい」
「それくらいなら──」かまわないと安請け合いしかけたところで、上田先生が口を挟む。「つまりぃ、ワタシの診察にプラスして、柳田クンの診察も受けることになるわぁ」

「う、えっ」
 ただでさえめんどくさいと感じていたのに、これ以上時間を取られるのは、ちょっと……。

 あからさまにテンションが下がったおれに、柳田先生はアメを見せびらかす。
「協力してくれるなら、このスプレーのサンプルくらいならあげられるよ」
「えっ、まじで?!」
「はは、うん、『まじで』」

 失礼なタメ口にも、柳田先生は爽やかに笑う。
 うわ……なんか、恥ずかしいな、おれ。

「えー……と、どう、しよっかな」
 この時点でほとんど気持ちは固まっていたけど、最後の一押しをされて、完全に堕ちる。

「柳田クンとは仲良くしておくといいわよぉ」
「……上田先生、それってどういう意味?」
「『F.T.S』ってほとんど投薬治療なのねぇ。だからぁ、医者よりも薬剤師の方が重要なの。その中でぇ、柳田クンは『F.T.S』の薬の専門家だから」
「専門家?」
「処方するだけじゃなくってぇ、薬の研究、開発もしてるのぉ」
「ええっ、薬、つくってる人なの?!」
「そ。だからぁ、仲良くしておくとイイコトあるかも?」


「ちょっと、上田先生」柳田先生が苦笑いで「その言い方だと、なんだかオレがいかがわしいことするみたいじゃないですか」と文句を言うけど、おれにはもう聞こえていない。


「よろしくお願いしまっす!!」
 完全にアメに釣られたおれは、それを隠そうともせず、もみ手で柳田先生にすり寄った。


 ──まさかこれが、あんなことにつながるなんて……この時のおれは想像もしていなかったのだ。


******


 こうしておれは病院通いを続けることになったものの、それ以外は平穏な日常が戻ってきた。


「そういえば、鈴玖さ」
「うん?」
「あの一瞬の『彼女ほしい』病はなんだったんだよ」
「ん、え?」

 平穏すぎて、レオに指摘されるまでそのことも完璧に忘れていたくらい。

 結局、合コンも一度きり。その後もなにも行動しなかったことを思うと……本当に彼女がほしかったわけじゃないなと再認識する。


 だから薬を飲んで落ち着いた今は、そんな焦りはどっかへ行ってしまった。


「あー……やっぱり、今は別にいいかなって」
「ふぅん」
「だってさ、普通に、男同士で遊んでるほうが楽しいし」
「ま、気楽っちゃ気楽だよな」
「だし。それにレオに言われたじゃん?誰でもいいから付き合いたいだけなのかって」
「あー」
「合コンしてみてわかった。誰でもいいわけじゃないなーって。なーんか、順番ちがうなって気もしたし」
「順番?」
「誰かと付き合いたいから相手を探すんじゃなくて、好きになった相手がいるから、付き合いたいって思うもんじゃねーの?」


 四限の体育はバスケ。
 おれとレオは同じチームで、今は待ち時間。
 佐野とグラのチームが対戦しているのを眺めながら、そんな会話をする。


「……ふぅん」
「あっ、レオ、今おまえ、『童貞のくせになに言ってんだ』とか思ったろっ」
「思ってねーし」
「いーや!絶対バカにした『ふぅん』だった!!」

 いちゃもんをつけるおれを、レオは「はいはい」と適当にあしらう。

 レオは運動できるくせに体育では本気出さないから、汗だくのおれとちがって涼しい顔だ。それがよけいにツンとしているように見える。


「いーんだ、いいんだぃ!おれは彼女ができないんじゃなくって、好きなコができるのを待ってるだけなんだぃ!」
「……でもさ、待ってるだけじゃ、好きなコもできないんじゃね?それこそ合コンでもして、出会いを増やしたほうが効率的だろ」
「効率的とかっ、情緒がないっ!勉強の攻略法聞いてんじゃないんだから」
「世の中、確率計算して、効率的にやったもん勝ちだろ」


 むぅ……レオとは仲良くなってそろそろ二ヶ月ってとこだけど、時々こういう、なんにも期待してませんみたいな顔するのが、気になる。


「……じゃあ、レオはどうなんだよ?」
「オレが、なに」
「レオがやってることは効率的なのかって聞いてんの。今度は二組のコと付き合い始めたんだろ?『別に好きじゃないけど、告られたから』って」

 嫌なところを突いたのか、レオの眉間に力が入る。

「……断るほうがメンドくさいんだよ」
「はあ?なにそれ。そんなの『付き合う気ない』で済むじゃん」
「『それでもいいから』って押し切られる」

 レオのため息っぷりから、これは実体験だなとわかる。

「そんじゃ、『バイトが忙しいから』?」
「『それでもいい』『あんまり会えなくてもいいから』」
「えー……じゃあ、『他に好きな人がいる』とか?」
「『それでもいい』『べつにセフレでいいから』」
「えっ、マジでそんなこと言う人いるの?」
「……いるって」

 ちょっと別次元すぎて、思考停止に陥る。
 ぽかんとするおれに、レオは呆れと……あとこれは、嫌悪感、かな?をにじませて、「そのくせ、『付き合ってる気しない』とか言って振るんだから、勝手だろ」


「なーんか……ウワサって当てにならないなー」
 つぶやいたおれは、レオに聞き返される前に「じゃあ、次はこう言ったら?」と自分の顔を指差してアドバイスを送る。


「『今は男友達と遊んでるほうが楽しいから』って!」


 予想外だったのかレオはちょっと驚いた顔をしてから、「ま、試すだけ試してみるか」とぶっきらぼうに顔をそむけた。


******



『レオ』こと幸西こうざい麗音れおんは、たしかにめちゃくちゃモテそうな見た目をしている。

 身長、高二男子の平均プラス十センチ。(おれは平均マイナスうんセンチ)
 しかも、いわゆるスタイルがいい体型で、顔は小さく、脚は長い。(おれも、小顔だとは言われる。脚のことは……言われたことない)
 染めてない黒髪はさらさらストレート、鼻筋はすっきり、迫力のある三白眼と薄い唇がクールな印象を与えている。


 ん?そう思うと、レオとおれって見た目、正反対だな。
 おれの髪は茶色がかった猫っ毛だし、目は微妙にタレ目、唇はぽってり厚みがある。

 これでも女の子には「黙っていたらアイドル顔」と言われることも──うん、褒められてないな。


 ……むなしくなるから、レオと自分を比べるのはやめよう。気を取り直して──。


 レオのハイスペックは外見だけにとどまらない。
 帰宅部のくせに、そこそこ運動もできるし、いつも成績は上位。
 うちの学校はかなりの進学校だけど、その中でレオはいつも総合十位には入ってるらしい。

 そんでもって性格は、省エネ型のめんどくさがりや──なんだけど、それが女の子にはなぜか『クールで大人っぽい』と映るらしい。
 ……なぜだ。


 いや、まあ、わかるよ。レオがモテるのは。
 異論はないですけど、勘違いは正しておきたい!

「気怠げ」なのではなく、眠いだけです。
「クール」なのではなく、しゃべるのがめんどうなだけです。
「自慢しない」のではなく、めんどうなだけです。
「いつも落ち着いている」のではなく、急ぐのがめんどうなだけです。
 口ぐせはもちろん「めんどくさい」ですからっ!!


 なにが言いたかったんだっけ。
 ……そう、そう、それで!レオは入学した時から目立ってたワケ。

 一年の時はまったく接点がなかったから話したこともなかったけど、おれの耳にもウワサだけは届いていた。
 まとめるとだいたい、女の子をとっかえひっかえしてるチャラ男──って感じ。


 誰それと付き合った、別れた、すぐに次は先輩と付き合った──だとか、学校に内緒でバイトしてて、それが実はホスト──だとか、中学の時だけで二十人以上と付き合っただとか、童貞卒業は中一の時だとか。


 でも、全然ちがった。
 今年同じクラスになって、少しずつレオのことわかってきたけど、まず!バイトはちゃんと学校の許可を取ってる。そんでバイト先は、昼はカフェ、夜はバーになるカフェバーの、カフェ時間のみ!

 中学の時のことは知らないけど、レオの女の子に対する態度とかを見ている限り、別にとっかえひっかえって感じでもない。

 女好きっていうよりむしろ……なんとなくだけど、レオは女の人のこと信用してないんじゃないかなって、おれには思える。



「だからさ、付き合いたくないなら付き合わなくていい……つーか、付き合わないほうがいいんじゃない?と、おれは思うワケ」
 持論を披露する相手は、レオ本人ではなく、グラだ。

「へぇ。リクにしてはいいアドバイスだったんじゃない?」
 もっと冷たい反応を予期していたおれは、予想外に褒められて、照れるよりも戸惑う。

「そ、そぉ?」
「オレもさ、レオはさえなければいいやつだと思うんだよね」
「そこって……女関係?」
「そ。まあ、友だちとして付き合う分には関係ないから、オレは放置してたけどね」


 佐野は部活、レオはバイトがあるから、こうして放課後にグダグダするのは必然的におれとグラという組み合わせになる。


「レオひとりじゃたぶん、『友だち優先するから』って理由は思いつかないだろうし。あいつ、友だち少ないし、オレともつるんではいるけど、そんなべったりじゃなかったし」
「あー、でもさ、最初はグラとレオが友だちなのって、けっこう意外だったな」
「それを言うなら、リクのが意外でしょ」
「そーぉ?」
「正反対っぽいからこそ、合うのかね。今じゃどっちかというと、オレと佐野、リクとレオで行動することのほうが多いくらいだし」
「たしかに」


 思えば、こんなに短期間で仲良くなったのは、レオが初めてな気がする。
 ……内緒だけど、最初のころはノラネコをなつかせるような、そんな気持ちでかまってた。

 周りから見ると、パーソナルスペースの狭いおれと、広いレオってイメージだろう。


 おれはすぐに友だちの腕とか肩とか触っちゃうし、抱きついたりもたれたり、おんぶに飛び乗ったりもしちゃう。
 それは完全に家庭環境のせい。
 両親は子どもがいる前でも平気で肩を組んだり腕を組んだりするタイプだし、ひとりだけ歳が離れてるのもあって、三人の姉ちゃんにねこかわいがりされて育ったもんだから、そういうことに抵抗がない。

 反対にレオは、心理的にもだけど、物理的にも他人とは距離を取りたいタイプだと思う。
 だから、おれのスキンシップに最初はかなり戸惑ってた。

「なー、なー」と制服の腕のとこを引っ張っただけでビクッとしてたし、背もたれにするなんてもってのほか。
 でもそれは嫌がってるというより、どういう反応をしていいか困っているというか、慣れてなくて戸惑ってるって風に、おれには見えた。

 だからちょっとずつ、ちょっとずつ、慣れさせていって……ついに!首に抱きつこうが背もたれにしようが無反応になった時には、密かに心の中でガッツポーズをしたものだ。



 がんばった、おれ!──思い出して、自分で自分を褒めている間に、グラは帰る準備に入っている。それに合わせて、おれもカバンを持って立ち上がる。

「っていうか、周りから見たらたぶん、オレたち四人って不思議な組み合わせだろうね」
「あー、かも。バラバラだもんな。佐野は体育会系で、レオはモテ男、グラは……」
「優等生ってイメージだろうね」

 自分で言う、グラ。

「じゃ、おれは?」いい言葉を期待して聞いてみると……「なんだろ?弟系?」あんまりうれしくない。

「弟系っつーか、ホントに弟だしっ!姉ちゃん三人もいるんだもん」
「あぁ、そうだっけ」
「そーだよっ」
「オレは弟ひとりの長男で、佐野はたしか二番目って聞いた気がするな。そんなとこもバラバラだし」
「へぇ、そうなんだ。なら、レオは?家族の話とか聞いたことないけど」
「あー……」

 グラは珍しく言いよどんだ。

「え、なに、聞いちゃいけない系?」
「……オレもあんまよく知らない。けど……レオってさ、ひとり暮らししてるじゃん?」
「あ、うん、それは知ってる。え、でもそれって、普通に家が遠いとか、高校受かってから親が転勤になったとか、そういう理由だと……思ってたんだけど、ちがうの?」

 おそるおそる聞く。
 これはグラじゃなく本人に聞くべきなのか、それとも、レオの地雷を踏まないために聞いておくべきなのか──迷ったけれど。


「なーんか、親とうまくいってないっぽいよ」
 グラはあえて軽く言った。

「そう、なんだ」
「オレも偶然聞いたんだけど……ほら、うちって一年の時から進路相談あるじゃん。親が呼ばれるやつ」
「ああ、うん」
「それに来てたの、親じゃなくって、なんか……代理人の弁護士とかっていう人だったっぽい」


 それは、おれからすると衝撃だった。
 だってうちは──『淫魔』の家系ってところを除けば──普通に仲良くて、そりゃあケンカもするけど、家族は最大の味方だと信じて疑わない、そういう存在だったから。


 レオのあの『なににも期待していない顔』が思い浮かんで、おれはちょっと胸がきゅっとした。



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