夕闇に紅をひく

青森ほたる

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秋彦のお仕置き

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 髪を引っ張られて無理やりソファまで連れて行かれる。秋彦はソファに深く腰掛けるとそのまま僕を膝の上にうつ伏せにした。

「や、やだっ…、…っ」

 背中を押さえつけられ浴衣の裾を捲り上げられる。この体勢でお尻をむき出しにさせられたら、されることは一つしかない。

「なん、でっ……っ」
「大人しくしろッ」

 ばたばたと足を暴れさせて膝の上から逃れようとした僕のお尻に秋彦の平手が落ちる。

「……ぃっ」
 バチンッ、と大きな音が響いて、突き刺すような痛みに反り返った背中を片腕で抱えるように強く押さえつけられる。

「椿、こいつの足を押さえていろ」

 鈴の音と、僕の足首を掴む椿の手のひらの感触。ぎゅっと握ってソファに押し付けられて、抜け出そうにも動かすことができない。

「やだ、やだ……っ!」

 僕が首を振っても、秋彦は無言でお尻をゆっくりと撫でる。

全身がぎゅっと強張り、その手が離れた次の瞬間、バシィィンバシィインと平手が落ちてくる。

「いやぁっ…あぁぁんっ…ぁぁっぁ…っ!」

 肌を打つ高い音と、自分の叫び声が混ざる。頭が真っ白になるほど強い平手が、息をつく間もないほどに次々と落とされる。

「あぁっぁぁ…っあぁ、…やぁっ!」

 お尻に痛みが走るたびに先ほどまでの、絶対に謝るもんかという決意が崩れていく。

平手でお尻を叩かれたくらいで、みっともなく泣きたくなんてないのに、涙が溢れ出して頬をつたっていった。

「あぁぁっ……っうぅっ…、あきひこっ!あきひこ、やだぁぁあ、あぁんっ…っ」

「お前は、ごめんなさいも言えないのか?」

 秋彦が呆れたようにそう言う声が聞こえて、やっと連打がやんだかと思うと、じんじんと痛みを主張するお尻の下の方を、きゅぅっと抓られる。

「ひぃぃぁぁああっ…!ご、ごめんなさいい…ごめんなさいぃぃいっ!」

 痛みからなんとか逃れたくて、涙を振りまきながら叫ぶ。

「やっとか」

 と、秋彦がお尻から手を離したのと同時に、両足を押さえつけていた椿の手も離れたがもう暴れる気などおきない。

「憐」
「……ぅっ」

 するりとお尻を撫でられるだけで、痛みがはしる。

「お前の身体は、金を稼ぐためにある。そうだな?」

 秋彦の言葉がお尻の痛みより深く胸に突き刺さる。

「はい……そう、です…」

 鼻をすすり、息を大きく吸って呼吸を整えようとする。心臓がどくどくと脈打っている。

「壁に手をついて立て」
「……っ」

 いきなり膝からソファの足元へ転がり落とされて、心臓が縮こまる。「椿、隆文を呼んでこい」と指示する秋彦の声が遠くに聞こえる。涙で視界が霞んでいるが、秋彦が痺れをきらす前にと、ふらつきながらなんとか立ち上がって、よろよろといつも立たされる壁に向かう。

「足を開いて、頭をさげろ」

 手をついた壁がひんやりと冷たく感じる。

足を開いた僕の後ろで、かちゃかちゃという金属音のあとベルトを引き抜く音がして、背中に震えがはしる。

ほんの一言口を滑らせただけで、ベルトのお仕置きなんて。

「30だ。それで私に逆らったことと無作法な発言を許してやろう」
「は、ぃ…っ」

 小さな声で返事をすると、ひゅん、とベルトがしなる音がして、バチィィンンッと弾ける。

「あぁあぁぁあんっ!」

 撫でられただけで痛いお尻に、ベルトが鋭く張り付く。

「ごめんなさいっ、ごめんなさぃっっ、ひっぁぁあっ……!あぁぁんんっ…!やぁぁっぁああっ…!」

 一打ずつ間をおいて襲ってくる痛みに、壁に爪をたて両足に力をこめて体勢を保つ。

なんとしても30回、耐えなければ秋彦は罰を増やすに決まっている。

あと何回で終わるのか、すぐに数は分からなくなったが「あと一回」と言う声とともに、今までで一番強い最後の一打が落とされる。

「………んんっっっ」

 ぶわぁっ、と涙が溢れて、あまりの痛みに息が詰まる。壁に手をついたままずるずると、崩れ落ちるように床にへたり込む。

お尻はひりひりと焼けているみたいに熱く、胸は苦しく肩を大きく震わせ息を吐き出す。

「憐」と、後ろから頭を撫でられる。

「もうワガママは言わないな?」
「あき、ひこ…っ…」

 振り返って秋彦を見上げるが、涙で視界がかすんで秋彦の表情が見えない。

「言うことを聞けない子は嫌いだ。私の役に立たない人間もいらない。いつでも捨ててやる」

 耳元で囁かれた言葉に、突然崖から突き落とされたような感覚をおぼえる。汗に濡れていた全身の熱がすぅっと引いて、両手の感覚が消えていく。

秋彦に捨てられたら、僕は……。

「憐さん。憐さん…っ?」

 遠くに聞こえた声が近づいてきて、僕の肩を抱く。

「隆文。そいつを連れて部屋に戻れ」

 秋彦が言い捨てて、踵をかえす。僕も早く立ち上がって部屋に戻らなくては。肩を抱いていた腕が、立ち上がる僕を支えて持ち上げる。

「一人で、歩ける」

 叫び疲れた喉では掠れた声しか出ない。支えられていた腕を振りほどき、駆け足で開いていた扉から廊下に出る。お尻が浴衣に擦れて痛んだが、もう涙は乾いてこぼれてこなかった。


頬へ涙の跡をつけたまま寝室へ走っていく僕を、周りがどんな目で見ていたかは分からない。

寝室に着くと膝をおって畳に座り込んで、息をつく。

いつでも捨ててやる、と言った秋彦の声が頭の中で繰り返されて、目の前が暗く狭くなっていくような気がする。

「憐さん……ッ?」

 せっかちに襖が開かれる音と、駆け込んできた大きな足音。さあっと視界が広がって、僕の顔を覗き込むようにしゃがんだ隆文と目が合う。

「隆文……」

 隆文は息を切らしていて長い前髪を乱れさせている。

「憐さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫って、なにが?」

 精一杯強がったが声は震えていて思わず目をふせ、隆文の膝の横に置かれた平たい黒い箱が目に止まる。

「それ……」
「椿さんから預かったのですが、これは…」

「あぁ、秋彦が3Pのために練習をしろって。隆文、手伝ってよ」

 勢いよく立ち上がって帯を解き始めた僕に、隆文は手も貸さずに固まっている。

「憐さん…あの本当に、大丈夫ですか?」

 静かに尋ねられて隆文の薄茶色の瞳で見つめられると、なぜだか目元が熱くなってまた泣き出してしまいそうになる。

何も答えずに目をそらして固結びになった腰紐に指をひっかける。

立ち上がった隆文は僕の指に手を重ね、苦戦していた固結びを長い指でするりと解いた。

「お尻の手当ては…?」

 僕が肩から滑り落とした浴衣を拾いながら隆文が尋ねる。

「平気。後でいいから、早く準備して」

 なんとか強気な声で言って、障子が開けっ放しの窓へ向かう。
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