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16.クレバスへと到着

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 間もなく、僕たちリッカシデン隊は森の奥地へとやってきた。
 ここまで来ると、ダンジョンの瘴気濃度もだいぶ上がっており、周囲には葉っぱが変色した木や、枯れてしまった木、更に不安定に突然変異した虫などが目立ちはじめている。

 妙な昆虫が木の幹で樹液を吸っていたので、何となくロドルフォに質問してみた。
「ロドルフォ……この辺の昆虫って、マニアの間で高く売れたり……することはある?」
「残念ながら、この辺りは生態も不安定ですからね。場を少し移動させると死んでしまうことが珍しくないので……マニアほど、この辺りの生態には気を遣っているとか」
「そうなんだ……」

「虫を売ることを思い付くなんて、勇者様もおもしろいことを思い付くわね」
 シャーロットが言うと、フリーダも頷いた。
「ええ、スズムシのようにきれいな音を立てる虫や、タマムシのように美しい虫は、貴婦人やお金持ちの間でも根強い人気があります」


 やはりコレクターがいたか……と思っていると、ロドルフォは身体の毛を少し逆立てた。何かを感じ取ったようだ。
「どうしたんだい?」
「勇者さま……いよいよです」

 いよいよということは、アレだろうか。
 僕は生唾を呑むと、なるべく気を落ち着けながら歩みを進めた。

 そして、紫色に変色した枝葉をかき分けると、僕の視界には底なしの絶壁と、はるか遠くに見える対岸が見えた。
 間違いなく、噂に聞いたクレバスである。
「これは……圧倒的だね!」
「ええ、このクレバスは……地獄まで続いていると言われるほどでございます」

 普通の絶壁なら、たぶんその辺の石でも拾って落とすくらいのことはしたかもしれない。
 でも、この巨大なクレバスからは、常に突風のような風が吹き荒れているし、足でも滑らせたら二度と這いあがって来れない恐ろしさがある。
 少し離れた安全な位置にいても恐怖を感じるくらいなので、絶壁の側など足が震えて歩けないかもしれない。
「ここを……下っていくのかい?」

 そう聞くと、ロドルフォやフリーダは、険しい表情をしたまま頷いた。
「その通りでございます」
「正確には、階段状に続くエリアという場所を通りながら、ゲートの開いた場所を探すことになります」


 僕は頷くと、当初の目的通りに、1階層と呼ばれるエリアに案内してもらうことにした。
 ここは、崖が大きく崩れたためにできた階層で、30メートルほど階段を下ると、すぐに到着する。
「1階層って……広いね。どれくらいの面積があるんだろう?」
「マアマーダ城が、およそ20個ほど入ると言われています」

 マアマーダ城の御城部分は、縦217メートル。横218メートル。面積に直すと……確か約47000平方メートルだったか。
 東京ドーム1つ分と同じくらいの面積だ。つまり……その20倍か。


 隊列を整えると、フリーダも忠告してきた。
「1階層は、ボスこそ撃破したと聞いていますが……凶暴化した野生生物などが生息しています。お気をつけください」
「うん、慎重に進もう」

 1階層に踏み込んで5分もしないうちに、僕はその瘴気濃度で頭痛を感じるほどだった。なんというか、この空間に長時間いると、気分まで悪くなってくる。
「……ごめんみんな。ちょっとこの空間……ちょっと辛すぎる」

 そう伝えると、ロドルフォは心配そうな表情をしながら頷いた。
「誰でも最初のうちはそうなります。今日の探索はこれくらいで切り上げて、そろそろ戻りましょう」
「すまない……」


 仲間たちに申し訳なく思いながら降りて来た階段を登っていくと、心なしか気分がよくなっていくのを感じた。

 僕たちはクレバスから離れていくと、やがて安全そうな場所で休憩を取ることとなった。
 その時には、突然始まった頭痛や吐き気もだいぶ収まっており、隣で休憩していたシャーロットも言う。
「すぐに顔色も良くなったわね。やはり瘴気に当てられたみたいね」
「瘴気の力には驚きました。あれに長時間当たり続けたら……動植物の身体だっておかしくなってしまうのも頷けます」

 その話を聞いていたリッカシデン号は言った。
『恐らくだけど、マスターが体調を崩したのは……霊気によるバリアが不完全だったからだろうね』
「霊気で……バリアなんて作れるのかい?」

 そう聞き返すと、リッカシデン号は頷く。
『うん。この世界の冒険者の多くは、無意識のうちに自分の身体を守るために、霊力で肉体の周囲を覆っているんだ』

 なるほど。つまりその技術を覚えることが出来れば、僕もまだまだ強くなれるということになる。
 安全な場所へと戻ったら、その練習をしてみようと思った。


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