上 下
3 / 75

3.35年モノという事実

しおりを挟む
 オリヴィアにすごい剣幕で言われたので、僕はすぐに後ろを向いた。

「……魔女め……やってくれましたね」
「どうしたの?」
 だんだんと怖くなりながら聞くと、オリヴィアは真剣な顔のまま言った。
「これはマジックトラップの一種で、強引に男女を結婚させるシロモノです。しかも、離婚がとても難しいのです」
「な、なにそれ!?」
 そう聞き返すと、オリヴィアは深刻な表情をしたまま質問してきた。

「ちなみに、私と会うまでに恋人や奥さんはいましたか?」
 その質問を受けて、僕はホッとしたまま答えた。
「いないよ。というか僕は、恋人がいたことは一度もない。35年間ずっとね」

 その言葉を聞いたオリヴィアはぎょっとした。
「ええっ……!」

 ああ、さすがの彼女も、女性との縁がない僕を見てドン引きしてしまったか。これは……彼女にかなり迷惑をかけてしまったな。
「35年も!? ゆ、ユニコーンではありませんか!」

 え、何かオリヴィアが変な驚き方をしているぞ。ユニコーンってなに? バカにしてないよね?
「ええと、その……」
「貴方の国ではどうかはわかりませんが、私の住む地域では……女性と関係を持っていない男性は、その年数が長いほど価値があるのです」

 彼女は額ににじみ出ていた汗をぬぐった。
「せっかくの35年モノを……私がもっとしっかりとしていれば……」


 どう声を掛けたら困っていたら、オリヴィアは僕を見た。
「こうなったら……御神木からお力を借りましょう」
「御神木……?」
 そう聞き返すと、オリヴィアは頷いた。
「はい。幸いにもこの森の中にも神樹の気を感じます。御神木なら、この呪いを何とかできるかもしれません」

 さすがに、こんな形で結婚させられるのではオリヴィアがかわいそうなので、御神木探しに協力することにした。


 オリヴィアは慣れた様子で森の中を進んでいき、木の実を成らせた木の前で休憩を取ってくれたり、肉食獣の気配を察して道を選んでくれたりと、森を歩きなれてない僕のために細やかな配慮をしてくれた。

 そして3時間ほど歩いたとき、オリヴィアは僕を見た。
「そろそろ御神木の前に着きます。交渉は私にお任せください」
「わかった」

 間もなく獣道を通り抜けると、そこには神社に生えていそうなほど大きな樹木が姿を現した。
 普通の木も幹から生命力を感じることがあるが、この御神木に関して言えば、幹だけでなく枝葉の先にまで霊力がみなぎっている。

 まるでドラゴンに見下ろされているようだと思ったとき、オリヴィアは一礼してから御神木の幹に触れた。
「…………」
「…………」

 オリヴィアはとてもゆっくりと、御神木に向かって耳慣れない言葉を話していた。
 彼女はしばらく御神木に呟き、そして目を開いたとき、とても困った表情をしてから、再び交渉しているようだ。
「…………」
「…………」


 大丈夫だろうか。なんだかとても交渉が難航しているように見えるんだが。
 オリヴィアの様子をしばらく眺めていると、彼女は困り顔のまま僕に視線を向けてきた。
「御神木はなんて?」
「……双方に恋人や配偶者がいなかった以上は、その契約を白紙に戻すことはできない。番いとなって子を成すか、罠を仕掛けた張本人を倒せ……だそうです」

 そう言うと、彼女は申し訳なそうな顔をした。
「申し訳ありませんカイトさん……」
「いや、謝らないでよ……元はと言えばこうなったのは僕のせいなんだし」

 オリヴィアは耳をピクリと動かすと、御神木の幹に耳を近づけた。
 そしてしばらく、その姿勢のまま待機していると、やがて視線をこちらに向けた。
「御神木からカイトさんに……」

「ん……なんだい?」
「君のアビリティの名はツゥルースセンス。この名を覚えておけばいつか役に立つ日が来る」

 真実の勘……? 僕の脳裏にはレフトソードという単語が浮かんだんだけど、あれは何だったのだろう。
「わかりました。ご助言いただきありがとうございますと伝えて欲しい」
「畏まりました」

 オリヴィアが耳慣れない言葉を使って御神木に話しかけると、しばらく耳を動かしてから顔を赤らめて、怒った様子で耳慣れない言葉を返していた。

 なんだろう。御神木に冷やかされでもしたのだろうか。


 彼女は僕を見ると言った。
「ところでカイトさん……貴方はこのあと祖国に帰りたいですか? それともこの森で御神木に仕える道を選びますか?」

 僕は少し考えた。
 確かに、日本に生活していたときの僕はうだつが上がらなかったし、戻ったとしても負け組男として、一生寂しい生活を続けていくことになるだろう。

 だけど、あの世界には親や兄弟、それにわずかだが友人もいる。
 確かに何の魅力もない人生だったけど、突然放り投げて新しい人生です……という風に割り切れないのが僕の本心だ。

「…………」
「帰れるかどうかわからないけれど、帰る方法があるのかどうかだけでも知りたい」
 オリヴィアもまた少し視線を上げて考え込んだ。
「可能性があるとすれば、古代の遺跡でしょうか……あれらの中には、人智を越えた遺物も混じっています」

「だとすると、僕は冒険者を目指せばいいのかな?」
 オリヴィアは頷いた。
「そうなりますね。私もご一緒させてください」

「いいのかい? 命がけの冒険になるだろうし……きっとキツイと思うよ」
 そう聞き返すとオリヴィアは笑った。
「大丈夫ですよ。辛いことには慣れています。私は少しでも長くあなたと居たい」


 彼女は恐らく、とても責任感が強いのか、或いは僕を慕ってくれているかのどちらかなのだろう。だからこそ、利用するだけ利用して用がなくなったら捨てる。なんてことはできないと感じた。
「それなら、なおのこと自分の命を大切にして欲しいな……故郷には両親だっているでしょう?」

 そう切り返すと、彼女は悲しそうに笑った。
「私は、忌み子として故郷を追われた娘なんです」
「どうして!?」

 そう質問すると、彼女は寂し気に笑った。
「炎は森を焼きますから……」


【炎魔法を使う直前のオリヴィア(回想シーン)】

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

処理中です...