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歯ぎしりするノワール(語り部:ノワール)

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 あたくしは木の影に隠れながら、ホースレースの行方を見守っていた。
 とはいっても、勝つために馬牧場に放火したり、念のため優勝候補のライバル潰しもしておいたから、最初から魔族側が優勢になるのは決まっているようなモノなのよね。
 始まる前から結果が出ているっていうのは、現実の戦争とよく似ているモノだと思う。

 さて始まったわ。ん、何よあのチビウマ。
 何だかいきり立っているようだけど、そんなペースで最後まで持つわけないじゃない。まだまだ若いウマだろうけど無視で構わないわね。
 魔族側のウマたちは、落ち着いたペースのまま走り続け、早くも終盤戦に備えている。いい傾向ね。このままじっくりとレース運びをして、人間どもに格の違いを見せてやるのよ。
 最初に飛び出したチビウマも、第3コーナーの辺りからバテてきたみたいで距離が詰まってきているわね。後方から追い上げてくる気配のウマもいないし、これは貰ったも同然ね。

 そう思っていたのだけど、先頭のチビウマ……最後の直線に入った途端に、急にペースを上げたの。
 一体何なのあのチビウマ。いま急にレースを始めたかのような速度で、あたくしたち魔族の手塩にかけて育てたウマたちを一気に突き放しにかかったわ。
 10メートル……15メートル……20メートル……ってちょっと待ってよ! 一体、何メートル突き放せば気がすむの。
 って、25メートル……30……ええ、33メートルですってぇ!?
 30メートル以上も突き放されたとなれば、2着以下を纏めて奪取しても、まるで魔王軍のウマも大したことないようにしか見えないじゃない。一体、何者なのよあのチビウマは。
 悔しい……とても悔しいけれど、このことはメシア様にも報告しない訳にはいかないわね。


 その後、あたくしは転移魔法で移動すると、すぐに魔王スマイルメシア様の元へと向かった。
 なんとメシアは、あの気に食わないエルフのヴィオレと一緒にいた。しかも、身体のお手入れをさせているという、とても勘に触る状態だった。
 思わず怒鳴りたい衝動に駆られたけれど、我慢よ……なるべく穏便に任務失敗の報告を済ませないと。
『ノアールよ。冒険者街のホースレース……結果はどうだった?』
「2着から6着まで、メシア様の派遣したウマが勝ちましたが……1着を奪取されました」
 自分で報告をしながら、最後の一言を報告する瞬間に、物凄い屈辱感がこみあげてきた。あのチビウマさえいなければ完全勝利だったはずだ。あのチビウマさえ……あのチビウマさえ……!
 あたくしとは対照的に、メシアはとても事務的に質問してきた。
『1着のライバルとの着差は? 天候、芝の様子、風の向きと強さなども、可能なら答えよ』
「て、天候は晴れ、芝は良好、風も……ほとんど吹いていませんでした。1着と2着の差は……」

 あたくしは一瞬、誤魔化したくなる衝動に駆られた。ボロ負けなんて言いたくない。言いたくない。認めたくない。
『どうした、正確に報告せよ』
「着差は……さ、さ、3馬身差です……」
『…………』
「3馬身差なら仕方ありませんね。勝負なのだから負けることくらいはあるでしょう」
 エルフのヴィオレは、無表情で心にもない言葉をかけてきた。
 この女。自分は失態した同僚にも優しく声がかけられますと、メシアにアピールでもしているのか。おのれ、お前なんかは黙っていなさいと言いたい。喉元で抑えるだけでも凄いストレス……。
 …………
 …………
 その直後に、初めて聞くような声……というか音とも唸り声とも言える何かが聞こえた。
『もう一度聞く……着差は?』
「…………」
 両手の皮膚からべったりとした汗が流れ出た。額からも首や脇の下からも、背中からも次々と汗が流れ出て、手足なんて震えている。
 これは、もしかして冷や汗?
 あたくしは思わず唾を呑んだら、その唾さえひんやりとした冷たさを帯びているように感じた。
「も、申し訳……ありません。着差は、じゅ、じゅ、じゅうさんばしんさ……です」

 メシアの声は普段の穏やかなモノに戻った。
『13馬身差か、それではいくら2着以下を取っても周辺勢力を取り込むことはできんな』
「も、申し訳……ありません……」
『わかった。この件はこれ以上の深追いはするな。いいな』
「は、はい……」
 間もなくメシアは、ヴィオレを連れてあたくしの目の前から去っていった。
 まだ、身体が震えている。何で、なんで、なんでっ……なんで、このあたくしが、こんな目に遭わないといけないの!?
 くそ、くそっ、くそぉっ!


【魔王スマイルメシア】
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