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黒獅子による断罪劇②

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 賓客たちが作り出す円形の舞台の中央で、ファラムンドの語りは続く。

「イバニェスが誇る『竜滅の英雄』を見くびったのが、失敗の要因その一だな。あんまり我が子を褒めそやすのも何だが、あれは俺なんかよりもずっと出来が良いものでね。今頃はうちの自警団を先導して境界の森に潜んでいる工作兵どもを一掃し、暴動を押さえ込み、お前らがそそのかしたクレーモラの側近からも証言を絞り取っている最中だ」

 そこでホール外から駆けつけた自警団員が端に控えていたソラへ状況を伝え、その仲介をするようにソラからファラムンドへと耳打ちされる。前もって決まっていた段取りだが、傍目にはたった今、イバニェス領から最新の情報が入って来たばかりに見えるだろう。

「……あぁ、最中どころか、もう終わったらしい。手引きした四名を全員捕縛したと報せが入った。金で釣るだけでなく王都へ移住の段取りまでつけていたのか、執政担当にまで見放されるとはあの領も散々だな」

 聖王国の片隅、魔王領との隣接地でありながら安定と豊かさを誇るイバニェス領。最近は交易でも潤ってきたことで、余計な力までつけ始めたと妬み、あるいは恐れたか。段取り良くクレーモラの手で落とせれば、関節的に広大な領地を好きにできるという目論見もあったかもしれない。
 クレーモラ領主の側近として執政を担っていた文官たちも、後ろ盾を得たことで前々から持っていた欲が肥大化した。もう何年も前から、あの領を統べていたのは領主家ではなく、結託した側近たちだったことも調べがついている。
 檻を整えた時点で、必要な証拠は揃っていた。だと言うのに未だ諦めがついていないのか、罪人は蒼白の顔面に脂汗を垂らしながら、腰を抜かしたまま舞台の主に指を突きつけて詰る。

「そ、そんな戯言で我々を陥れるつもりか! 強欲なイバニェスめ、そうやってクレーモラ領まで取り込むつもりだろう!」

「前にも言ったはずだがその古びて腐った頭ではもう忘れたか? うちは余所の領地なんて要らない。くれると言われてもお断りだね。今回だって正面から迎え撃って制圧したほうが手間もかからず楽に済んだんだ。こんな短期間に度々手出しされてもやり返さず、逃亡民たちの世話まで焼いてやってるのは純粋な慈悲だと思ってもらいたいね」

 治める土地が広くなりすぎれば、いずれ手の届かない場面も出てくる。この聖王国だってそうした事情から十六の国が統合され、そのまま領主導統治という形に落ち着いた過去がある。
 面倒ごとを嫌うファラムンドが領地の拡充をいやがるのはともかく、境界の森は資源面でも有用な土地。領境を引き直し、あの森を手に入れることができればイバニェスはさらに豊かになるだろう。かつての争乱の後も、賠償金代わりとしてその案が出た。
 だが、クレーモラとの緩衝材としてこのままにするべきというエルネストの強い希望があり、領境が改められることはなかった。
 森という曖昧なラインは、そこで生きることを選んだ人々にとっても必要だという判断だ。クレーモラを逃げ出してもイバニェスへの移住を望まない者たちには、あの森だけが唯一生きられる場所だった。
 ファラムンドは足元の男から視線を外し、少し離れた場所で佇む初老の男を見る。

「エバンス卿。この企みのために、クレーモラ領主家に連なる者を何人殺した? かつて錯乱し、親族を殺めたクレーモラ領主に全ての罪をなすりつければ済むと考えたのだろうが、彼はすでに王室の監視下にある。前の争乱の後からずっとな。うちと王室の密偵を侮ったのが失敗の要因、その二だ」

 二本立てて示す指を揺らし、高く掲げ、観客たちの視線を一点に集約させてからその手を力強く握り締める。

「直系の血族が絶えれば、クレーモラ領地が丸々フリーになると思ったか? 後継なきまま執政を掌握すれば手に入るとでも? ……何と愚かな!」

 滔々とした語りから一転、ホールに響き渡った張りのある怒声に、誰もがびくりと肩を揺らして身を竦ませる。

「サルメンハーラが災禍に見舞われたのは『大いなる古代竜』による鉄槌、古き盟約の不履行への怒り! たとえ分家といえど、その身には盟約の血が流れている。貴公位たる十六領主の責務、この聖王国の成り立ち、忘れたわけではあるまい! あの町は危険を承知で最北に構え、我らの盾となり攻撃を受けたのだ!」

 ある者は息を飲み、ある者は戦慄き、事情を把握していない者も含めた多くの怒りの視線がふたりの男を突き刺す。場の空気も人心も完全に掌握したファラムンドは、仕上げとばかりに両手を広げて声音を響かせる。

「幸いにも、災いを予見し、サルメンハーラへ先乗りしていた我が息子の尽力によって、その怒りは鎮められ竜の南下を防ぐことができた。……本当に、危ない所だった。ブレス一発で底の見えないほどの地割れと破壊を引き起こした、その途方もない力はすでに諸公も聞き及んでいることだろう」

 会場にいる年若い者たちの口から次々に「竜滅の英雄!」「アダルベルト様っ!」と声が上がる。聖王国中を駆けまわった噂により、イバニェス家長男の勇名と人気は正に破竹の勢いだった。
 手を挙げてその歓声に応えるファラムンド。それを好機と見たか、ずっと隙を伺っていたエバンスが突如、周囲の男女を突き飛ばして出入口へと走り出す。
 だがそれも予見済み。開かれたままの扉へ向かう行く手を、レオカディオ率いる自警団員、そして中央から派遣された騎士たちが槍を突き出して遮った。なおも暴れようとするエバンスと床に座り込んだままの男はそれぞれ捕縛され、王室の騎士によって連行されていく。
 ざわめく会場の中、ショーの幕引き役を請け負い再び前へ歩み出た金髪の男は、胸に手をあてて芝居がかった一礼を見せる。

「王室としても、この度の争乱……否、それに至らしめようという水面下の卑しい動きに対しては遺憾の意を表明する。解明と阻止への主導に当たったイバニェス公、ならびに捜査への全面的な協力をしてくれたシルヴェンノイネン公には、王の名代として、このレヴァーニン=ニラルバが謹んで礼を述べるものとする。どうもありがとう!」

「貴公位に名を連ねる者としての責務ではあるが、有難く受け取ろう。聖王国の有り様を脅かしかねない、凶悪な事件を未然に防げたことは俺にとっても実に喜ばしい」

 それから身振り手振りのうるさい男に促され、ファラムンドの隣へと歩み出た上品な白髪の老人──シルヴェンノイネン現領主は、それぞれと固い握手を交わして管理不行届きの謝罪と感謝を述べ、周囲からの拍手を受ける。

 かくして終劇、イバニェス公による告発と断罪の幕は下りた。
 珍しい果物とともに振舞われるサルメンハーラ産の蒸留酒に大人たちが舌鼓を打ち、若者は至る所で輪になって最も新しい英雄の活躍と、ファラムンドによる弁舌について熱く語り合う。
 しばらくすれば先ほどの一幕がまるで余興の一環だったかのように、パーティ会場には再び和やかな空気が満ちていた。
 二階の手摺越しにそんな賓客たちの様子を見下ろしながら、舞台を下りた役者たちは各々のグラスを傾け合う。

「概ねきみの予定通りかな? 王室まで利用するとは、相変らず手段を選ばないね」

「そっちにも利はあったはずだ。シルヴェンノイネンの爺さんにもな。お前の伝手で、あの頑固爺さんの協力が得られたのは大きかった。先んじて罪人以外への追及はしないと確約していたのが効いたか」

「変わったなぁ、そういう手回しとか面倒くさいこと、絶対やらないタイプだったのに。カミロ君の案かな? ……大ごとにならず済んだのは助かったけど、どうにもらしくないね。他にもやりようはあったろう? 領境の線引きを改めるどころか、クレーモラの力を削り、さらに森の利権をごっそり手に入れることだってできたろうに」

 答えはわかりきっているとばかりに、金髪の男はグラスを揺らして笑みを浮かべる。

「……目先の利益と天秤にかけて、今後の安全を取った、か。三人も子どもができると、イバニェスの猛き黒獅子もさすがに丸くなったかな?」

「何とでも言え」

「ふふ、今回のことで私はまた忙しくなってしまうよ。あっ、そうそう、子どもと言えばきみの可愛い末娘、先ほどは見事に足止めされてしまったけど、まだご挨拶はさせてもらえないのかい?」

「生憎と、慣れない行事やパーティに疲れたようでな、もう今晩は休むようだ。明日以降は客が引くまで別棟から出さない、諦めろ・・・

 王都から最も距離があり、片道に要する旅程をわかっていての返答は、正式なお披露目まで手出しをするなと言っているにも等しい。
 元々、半年以上を前倒してリリアーナを社交参加させたのは、クストディアの委譲式に便乗して貴公位たちに面通しをさせるだけでなく、牽制の意味があってのこと。
 今回見事な手腕を見せつけた現イバニェス領主ファラムンド、話題の渦中にある長男アダルベルト、各方面に顔の広い次男レオカディオ。その末の娘に注目が集まるのは当然のことで、権威や血筋を狙った求婚は数多い。
 そんな中、立場の優位を利用しての強引な求婚にファラムンドは常々怒りを見せていた。荒れる執務室、小言を零しながら片付けるカミロ、泣きながら消耗品の補充をするソラという図は日常と化している。

「つれないなぁ、噂の銀百合を楽しみに、遠路はるばるやってきたというのにさ。仕方ない、十歳記に改めて紹介してもらうとしよう」

 各貴公位、王家からの代理人、領主家に連なる若い面々までが集った、滅多にない機会。公の面前で告発することにより、イバニェスへ手を出せばどうなるのかを改めて全員へ明らかにした。つまりは「ウチにちょっかいかけるとどうなるか、分かったな?」ということだ。脅しにも近い。
 ほとんどはそれで解決できそうなものだが、生憎と全てがそうとはいかない。
 リリアーナを求め様々な家から釣り書きが届く中で、ファラムンドたちを悩ませる最たるものは王家関係者からの求婚状。最初に届いたのは、まだ対処のしやすい序列だったから良かった。

「幼き才媛の活躍をこれからも楽しみにしているよ。彼女には父王や兄も興味がおありのようだから、まぁ、せいぜい頑張ってくれ。……なんせ私たち王族は、諦めが悪い」

 にやりと深い笑みを見せてファラムンドに嫌そうなため息をつかせる男は、貴公位・第二位レヴァーニン=ニラルバ。王太子である実兄と次期国位の座を争っている、現聖国王の第二子だった。

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