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たのしいコバック小道具店

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 なんとなく足を踏み入れたのは、様々な筆記具の並ぶコーナーだった。
 普段は誕生日に長兄から貰ったペンを愛用しているけれど、形状も価格もこんなにバリエーションがあるのかと、唖然とする思いで卓上のペンを眺める。
 壁の大きな額内には色とりどりのペン軸が取り付けられており、好みのペン先と軸を組み合わせて買うこともできるらしい。特に買うつもりがなくとも、自分の手に合うものはどれだろうと考えて壁から目が離せなくなる。

「リリアーナ、何か気になるものがあるのか?」

「いや、品揃えの豊富さに圧倒されていた。あれこれと眺めているだけでも楽しい」

「店名に嘘偽りなしだな。俺もサルメンハーラの個人商店に足を踏み入れるのは初めてだが、ここまでとは」

 隣に並んだアダルベルトはガラスケースに収められた商品を見つめ、小さくため息をつく。横からそれを覗き込んでみれば、見事な細工の硝子ペンが鎮座していた。
 彫刻とも異なる滑らかで繊細な造形。透明度も高く綺麗だとは思うけれど、強く握ったらそれだけで粉砕してしまいそうで、あんまり実用には向かなそうだという感想を抱く。
 ふと反対側を見ればトマサは変わらぬ距離を置いて控えており、目が合うと会釈を返された。
 こんな時くらい職務は置いておいて一緒に見て回れば良いのに、やはり制服を着ている間はそうもいかないようだ。
 共に店へ入った八朔は別のコーナーにいるのだろうか、うろうろと店内を見ているのに一度も出くわさない。



 厩で朝の支度を済ませたあとは、人通りの少ない道を選んで聖堂へと向かった。
 個人的にマグナレアとはもっと話をしてみたかったのだが、新任の官吏が到着する前に自警団員たちも全員引き上げなければならず、着替えや片付けなど最低限の滞在だけですぐに出ることになってしまったのは残念だ。
 それから皆で立ち寄ったのが、この雑貨屋『たのしいコバック小道具店』だった。
 アイゼンの紹介で直してもらったカミロの眼鏡を回収し、自分たちはレオカディオの提案通り二手に別れた。
 領事館へ赴く『イバニェス領組』と、この店に留まって合流を待つ『身分隠し組』。
 具体的にはアダルベルトと八朔と自分、お付きのトマサ。それから店外には見張りの自警団員たちに混じってエルシオンもいる。
 身を隠す必要のある面子が固まっているわけだが、戦力としては十分過ぎるくらいだから特に不安はない。
 その他、警護の手の空いた自警団員たちは馬車に食糧を積み込んだりと、厩で出立の支度をしているらしい。この店でレオカディオたちの対談が終わるのを待ち、報せが来たら厩へ集まる手筈になっている。


「何か気になるものがあるなら手に取るといい。カミロから財布も預かっているし、せっかく来たんだから自分への土産のひとつやふたつあっても良いんじゃないか?」

「自分への土産? そういう考えもあるのか、なるほど」

 コンティエラでは贈り物の意義を学んだが、自分に対する土産というのもまた新しい概念だ。土産として欲しいと思うものを自分で選ぶのだから、以前のように悩むこともない。
 サルメンハーラへ来た記念ということなら、この町ならではの一品を選びたいところだけれど。何にしようか?

「軸が気になるなら出してない珍しい素材もありやすよ、ペン先も余所よりずっと書きやすいって評判いいんで、ぜひ試してくだせぇ!」

 壁を眺めながら目移りしていると、背後から幼子のような甲高い声がかけられる。
 顔の半分は黒いひげで覆われている小さな体躯、厚い布地の作業着に赤い帽子という特徴的な出で立ち。居並ぶ棚の向こうから歩み寄ってきたのは、下の階でも挨拶をしてくれたこの店の店主、コバックだった。

「試し書きもできるのか」

「そりゃもう当然でさぁ、品質には自信アリ、筆圧の強弱に手の大小、どんな方にもバッチリ合う逸品をご用意しやすよ! それにアイゼンの兄さんの紹介とあっちゃ、サービスしない理由がねぇ。何でも言いつけてくんなせぇ、お嬢さんはどんなペンをお求めで?」

「ペンに限らず、サルメンハーラならではの品を土産にと思っている」

 何か名物のようなものはあるのかと訊ねれば、コバックは揉み手をしながら「さすがお目が高い!」とひげに覆われた顔を喜色に染める。

「あっしらは細工物を得手としてやして、そこの硝子細工の他に彫金や水晶像も人気ですね。日用品をお求めならちっと値は張りやすが時計とか小物の入るペンダントとか、あとは眼鏡なんかも」

「眼鏡か……」

 横でアダルベルトが呟くのは、直してもらったカミロの眼鏡のことでも考えているのだろうか。曲がったフレームもひびの入ったレンズも元通りになっていたから、技術の高さは確かなようだ。
 元々、地人族ホービンたちは手先の器用な種族だった。自らの長所を生かし、森を越えても立派に商売が成り立っているのはさすがと言える。
 老若男女問わずずんぐりとした小さな体つき以外、種族的に目立つ特徴はないため、そうと知らなければヒトの目にも他種族とは映らないだろう。

「ここにある品はどれも貴殿が製作しているのか?」

「いいや、身内がこさえた物をまとめて取り扱ってるんでさぁ。最初は小せぇ小間物屋だったのに、みんな気の向いた物を気の向くままこさえるもんで、こんな万事屋みたいな店になっちまって。ったく、ちくしょうめ、どいつもコイツも工房に籠りっきりで、しょうがねぇ奴らだ」

 文句を言う口振りで、なぜか嬉しそうに顔を綻ばせながらコバックは棚の下に頭を潜らせる。そうしてしばらくごそごそと探ってから、ひとつの木箱を取り出した。

「コイツはまだ試作品なんで、店には出しちゃいねぇんだが」

 開けられた箱の中身を、アダルベルトと顔を突き合わせて覗き込む。
 中には手のひらに乗るようなサイズの硝子の管が収められていた。筒状になった中央は細く絞られ、中に細かな砂が詰まっている。

「これは、砂時計か。ここまで小さく繊細だと、装飾品として見ても美しいものだな」

「でっしょう~! ウチのせがれが最近コレに熱中してるんですが、どうにも上手くいかないようで。商品として売るにしてもまだ置物レベルなのが申し訳ねぇ」

「何か問題が?」

 そう問うと、コバックが手に取るようにと促してくるので、割ってしまわないよう慎重に砂時計を取り出す。
 管の太さは自分の指二本分ほど。硝子自体は爪くらいの厚みに見える。こんなに薄く繊細な砂時計はこれまで見たことがない。
 そっと光にかざすように持ち上げ、そして、おかしなことに気づく。

「砂が、流れ落ちない?」

「そ~~なんです、どうもコレっていう中身が見つからないらしくてね。ほら、物が小せぇから砂も少量になるでしょう、だから粒が細かくないとすぐに落ちちまって時計の役に立ちゃしねぇんだが。細かくしすぎると硝子にくっついて曇るし、粒のままだとそうやって詰まっちまう」

 砂時計を逆さにひっくり返しても、やはり途中で詰まってしまう。どうやら中の砂粒の不均一が原因らしいけれど、これでは詰まらずとも計れる時間が変わってしまうのではないだろうか。
 道具を作り出すのも大変だなと思いながら、黙ったままでいるアダルベルトを見上げる。口元に手を当てて何かをじっと考え込んでいるようだ。

「……これを作った職人、貴殿の息子さんはこの町に?」

「ええ、ウチは裏手の一棟がまるまる工房兼住居になってるんで、毎日そこに籠ってやす」

「もし叶うなら少し話をしたい。お悩みの件について解決策を提示できるかもしれないし、こちらからも頼みたいことがある」

「……! 商売の匂い! お兄さん、ただの護衛じゃないと見た、ええ、よござんす、そのお話し詳しく聞きましょう!」

 何やらアダルベルトは職人と店主に話があるらしい。その場で相談の先を続けようとするので、席を外したほうが良いかと思い距離を取る。
 そのままトマサのいる場所まで行くと長兄がこちらに顔を向けるので、「気にせず続けてくれ」と手を振って見せた。
 一階の端には休憩や商談に使われるスペースがあるのだから、そちらへ移動すれば良いものを、ふたりは筆記具に囲まれたコーナーで顔を寄せ合いながら熱の籠った話し合いを続けている。まだしばらくはかかりそうだ。

 こちらに背を向ける小さな体に、かつて交流のあった地人族ホービンの長の姿が重なり、不意に懐かしさがこみ上げる。
 地人族ホービンは小鬼族ほどでないとはいえ、あまり長命な種族ではない。もうゴビッグは存命しておらず、長も代替わりしていることだろう。
 キヴィランタに住まう者の中でも特に物作りに長ける地人族ホービンは、交易に訪れたサルメンハーラ一行とも特に懇意にしていた。この町の建立に先代領主が一役買ったと聞いているが、キヴィランタ側からは地人族ホービンたちがその際の交渉役となったのかもしれない。
 聖王国側の優れた物品や技術を取り入れたくて始めた交易だったが、その影響と継続された交流の結果をこんな形で目にすることになるとは。
 当時はその後のことまで想像しなかったけれど、あの時の気まぐれを自分で褒めてやりたいと思う。
 にやけそうになる口元を押さえてごまかし、傍らの侍女を見上げる。

「トマサは何か欲しいものはないのか?」

「私は不足ございませんので、リリアーナ様のお好きなように店内をご覧くださいませ」

「そうだな、これだけ物があると目移りする。自分の欲しいものを探すついでに、カステルヘルミやフェリバへの土産でも見繕うか。……そういえばサーレンバー領でトマサへの土産を買ったんだ、ふたりが一緒に選んでくれてな、別邸の馬車の中だから渡すのは屋敷へ戻った後になるが」

 それを伝えると、普段あまり動かないトマサの表情が驚きに満ちる。

「リリアーナ様のお気持ちだけでも身に余る喜びですが、左様ですか、ならば私からもあのふたりにお土産を用意するべきでしょうね」

「うん、一緒に見て回ろう」

 店内は閑散としていて人混みに溢れているわけでもないけれど、何となく手を繋ぎたい気分になって右手を差し出す。
 トマサは何も言わず目元で柔く微笑んで手を取ってくれる。以前よりも体温が高く、少しだけ硬くなったその手を握り返し、文具コーナーを後にした。

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