314 / 431
天秤①
しおりを挟む警戒心を嵩上げするリリアーナに気づいているのかいないのか、テントの入口から身を乗り出し片手をついた体勢のまま、エルシオンは首を横にかしげた。
「っていうか少し前から思ってたんだけど、キミってば収蔵空間は使えないの?」
「……だったら何だと言うんだ」
至らない部分を指摘されているようで少し頭にくる。
今の体には負荷が大きすぎるというだけで、全く扱えないわけではない。空間同士を繋げる狭い通路を開いたまま、時間をかければある程度の大きさの物なら引き出すことができる。
だが、エルシオン相手にわざわざそんな言い訳じみた説明をするのも癪だから、問いには答えず口を閉ざした。
「あ、やっぱりか。没収って言いながらそんなすぐ抜き取れそうなとこに隠すし。あの花畑で回収してきた石も、その鞄に入れてたよね。もう『魔王』じゃないから生前の収蔵空間は使えないにしても、新しく作るとかできないのかな?」
「……?」
何やら勝手な解釈をして話が進められる。
その何気ない言葉に妙なひっかかりを覚えるものの、あえて顔には出さないよう努めた。
「あれは空間を操作する魔法だから、もう少し成長しなければ体に負担がかかる」
「そっか。たしかにオレも、聖剣とか取り出せたのは十歳過ぎてからだったかな。魔法の知識だけあっても体が追いつかないんだろうねぇ」
おおむね、その通りだ。意識と記憶だけデスタリオラのものを引き継いでいたって、今の『リリアーナ』の体では大した魔法を扱えず、四肢を用いた戦闘行為も難しい。
魔法を使う力も、手足の長さも、体力も、何もかもが足りない。
あと何年、歳を重ねればこの不自由から脱することができるのだろう。
口を固く引き結ぶリリアーナを見て話題のまずさを悟ったのか、エルシオンは言葉を探すようにしばらく間延びした声で唸ってから、掴んでいるクッションの端でカミロをつついた。
「あのさ。カミロサンには収蔵空間から物を出してるとこも見せちゃったけど、ほんとは他人には内緒にしてるんだ」
「内緒にって、収蔵空間が扱えることを?」
「うん。魔王領への旅の最中も誰にも言わなかったから、ずっと一緒にいたオーゲンだって知らないし。ペレ爺は気づいてたかもしれないけど、人前で物を出し入れしたことは一度もないんだ」
こうして一晩野営するだけでも食糧や寝具など様々な物品が必要になる。荷物の多い長旅であればなおさら、収蔵空間は重宝したはずだ。
それを同行する仲間にも知らせずにいるなんて、かなり不便だったのではないだろうか。
リリアーナがなぜと問う前に、エルシオンは眦を細めて先を続けた。
「重さも大きさも関係なしに、状態を保ったまま物を運べるなんてさ、いくらでも便利に使い放題じゃん? ガキのオレでも人に知られたらヤバイなって思ったし、何代か前の『勇者』も中に手紙を残してくれてたよ。収蔵空間の魔法だけは内緒にしとけって」
手紙を収蔵空間へ残して次代へメッセージを伝える。
そういうのも有りなのかと、リリアーナは胸の内で密かに感心した。
確かに、これまでいくつも『勇者』の活躍を描いた伝記を読んできたが、異層空間に物品を保管しておく魔法の記述はなかったように思う。たまに見かけた「武器を呼び寄せる」だとか、「遠方より物を召喚する」といった描写がそれにあたるのだろう。
ヒトの文化圏では大量の武器輸送だとか、危険な薬品の扱いなどは法で厳しく定められていると聞く。そこに収蔵空間なんてものがあれば、人目を忍んで運び放題だ。
たとえ本人に悪用する気がなくとも、周りに知られれば断りにくい相手から頼まれたり強要されたりと、面倒なことになるのは想像に難くない。
自分も散々便利に使ってきただけに、改めて気づかされる状況の違いに息を飲む。
「そんなに……ずっと秘匿してきたものを、カミロに見られて良かったのか? あの召喚魔法だってあまり広く知られているものではなかろう」
「まあ、空飛ぶ手段に関しては、ちょびっと功を焦ったトコもあるけど。カミロサンなら大丈夫かなって思ったんだよ、だってリリィちゃんの身内でしょ?」
「ああ。カミロは無為に秘密を言いふらすような男ではない。明日になったらわたしからも、他へは漏らさないよう伝えておこう」
とは言ったものの、何もない空間から様々な物を取り出しても一切驚いた素振りを見せなかったカミロ。もしかしたら収蔵空間の存在をすでに知っていたのでは、と思わなくもない。
元々あまり表情の変化しない男だから、内心では驚いていたのかもしれないが。
昏々と眠るカミロの顔へ視線を落とす。いつもの眼鏡を外しているせいで、何だか別人のようにも見える。
本人の意図しない睡眠ではあったが、朝までゆっくり眠って少しでも疲れや痛みが和らぐといい。怪我をしていたという側頭部の髪にふれると、乾いた血なのか砂なのかわからないものがパラパラと落ちた。
光源から遠いせいか顔色が悪く見える。コートを被せた胸がわずかに上下している以外、全く動かないため本当に寝ているだけなのかちょっと不安になる。
「リリィちゃんさ、オッサンには生まれる前のことを話したのに、カミロサンには内緒にしてるんだね」
「え?」
眠る男の顔から視線を上げると、エルシオンが思惑の読めない表情でこちらをじっと見つめていた。
「ま、気持ちはわからないでもないけど。家族とか身内だからって、何でも打ち明けられはしないよね」
「……」
どうしてこう、度々痛いところを突いてくるのか。
家族や周囲の者たちに対し、秘密を多く抱えているのは物心ついた頃から悩みの種だった。
父も、兄たちも、カミロも侍女もみんな信頼できると思っているのに、どうしても生前の自分やその記憶を継いでいることは話せない。
果してどう思われるのか、無為に悩ませてしまうのでは、知られた後で何か変わってしまうかも。そう考えると、怖いのだ。
皆を大事だと思うからこそ、怖くて言えない。
この幼い『リリアーナ』の中身は、かつて死んだはずの『魔王』デスタリオラだった――なんて。
「いや~、なんつーか、こないだやり合って危うく封印されかかったオレとしては、弱くなったとまでは言えないけどさ、今のリリィちゃんは何かと制限が多い身の上じゃん? それなのに守りたいものとか大事な人ばっかり増えたでしょ。そういうのって、危ないと思うんだよ」
「危ないって、どちらが?」
「両方だけど、オレ的にはキミを心配してるわけ。どんだけ強い人間でも体はひとつだし腕は二本。何でもかんでも抱え込めるわけじゃない。それなのに、キミはその小さい体をめいっぱい伸ばして周りの全員を守る気でいる。……違う?」
否定はしない。エルシオンの言葉通り、自分の目の届く範囲だけでも守るつもりで今まで生きてきた。それの何がいけないというのか。
力不足を指摘しているつもりなら、今さら言われるまでもない。
現に領道の崩落では父とカミロを失いかけたし、コンティエラやサーレンバー邸で追われた際は、エルシオンに本気の害意があれば全員ただでは済まなかった。以前見た悪夢のように、目の前で大切な者たちを失うことになっていただろう。
常人ならぬ魔法を扱えようと、何でも叶うわけではない。
自分の手は小さい。かつてデスタリオラの手からすら零れ落ちた数々の命、こんな小さな手で守れるものがもっとずっと少ないことは、とうにわかりきっている。
「わかってる、知ってる、お前などに言われずとも。それでも、家族を守ろうとすることの何が悪い?」
「別に悪いとは言わないよ。ただ、昔と違って今はかよわい女の子なんだから、無茶はしないで欲しいなっていうか。今日だってお兄ちゃんを助けるために、自分の安全は度外視してたでしょ?」
「それは……」
「今日さ、飛竜を追う手段として極楽鳥を出した時、キミも一緒に来てくれたらいいなとは思ったけど。本当に来るって言い出したもんだから、実はちょっと迷ったよ。わざわざ危険な方に連れて行っても良いのかなって。……本心から言えば、キミには自分の身を一番大事にしてほしい。家族よりも、誰よりも、この聖王国にいる人間全員よりも」
さすがに誇張が過ぎる言葉も、真っ直ぐに射抜くエルシオンの目は隅から隅まで本気だと伝えていた。
0
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
居酒屋ぼったくり
秋川滝美
大衆娯楽
東京下町にひっそりとある、居酒屋「ぼったくり」。名に似合わずお得なその店には、旨い酒と美味しい料理、そして今時珍しい義理人情がある――。
全国の銘酒情報、簡単なつまみの作り方も満載!旨いものと人々のふれあいを描いた短編連作小説!!
気づいたら異世界でスライムに!? その上ノーチートって神様ヒドくない?【転生したらまさかのスライム《改題》】
西園寺卓也
ファンタジー
北千住のラノベ大魔王を自称する主人公、矢部裕樹《やべひろき》、28歳。
社畜のように会社で働き、はや四年。気が付いたら異世界でスライムに転生?してました!
大好きなラノベの世界ではスライムは大魔王になったりかわいこちゃんに抱かれてたりダンジョンのボスモンスターになったりとスーパーチートの代名詞!と喜んだのもつかの間、どうやら彼にはまったくチートスキルがなかったらしい。
果たして彼は異世界で生き残る事ができるのか? はたまたチートなスキルを手に入れて幸せなスラ生を手に入れられるのか? 読みまくった大人気ラノベの物語は知識として役に立つのか!?
気づいたら異世界でスライムという苦境の中、矢部裕樹のスラ生が今始まる!
※本作品は「小説家になろう」様にて「転生したらまさかのスライムだった!その上ノーチートって神様ヒドくない?」を改題した上で初期設定やキャラのセリフなどの見直しを行った作品となります。ストーリー内容はほぼ変更のないマルチ投稿の形となります。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる