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婚約式
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厳かな雰囲気の中、王都の中心にある教会へと足を踏み入れた俺はそれはもう盛大に緊張していた。
教会は思っていた以上に立派な建物で、地球でもこんな建物見たことないって腰が抜けそうになった。
この世界の神はわかりやすく姿や形があるわけじゃないらしい。言うなら光そのものが神だとされていて、地球での太陽神みたいなものだろうか?そのせいかどこもかしこも大きな窓から光が降り注いでいて、それは言葉に尽くせないほど荘厳で美しい光景だった。
教会をぐるりと青竜騎士団の騎士達が囲んで警備してくれている。すごい人数だな……まぁ、暗殺者騒ぎなんて物騒な話があったから、これも仕方ないのかもしれないけど何だか申し訳ない。
ユアンも任務についてるはずだから姿を探したんだけど、教会周辺にいる騎士達の中にはいなかった。
祭壇に続く扉を数人の神官達が開けてくれる。
両側にロイスとオーランドが、俺の後ろを守るようにレオンハルトが歩く。祭壇までの距離がめちゃくちゃ遠く感じるのは気のせいだろうか。三人も黙っていて、ちょっと普段とは違う雰囲気だ。もしかして皆も緊張してる?
この部屋の中にも数人の護衛騎士達がいて、その中にユアンもいた。
こちらを見て、小さく手を振ってくれる。俺も胸の前で小さく手を振り返すと、ふわりと笑った後に真面目な顔になった。お仕事中はポーカーフェイスなんだな。壁を背に立っている姿は凛々しくてかっこいいのに、尻尾がぱたぱたと揺れていて威厳が半減している。その可愛い姿にふっと肩から力が抜けた。
何と言ってもこの主聖堂やたらと広い。祭壇に辿り着く頃にはすっかり緊張もほぐれていた。
「はじめまして、落ち人様。わたくしは大司教のルーベントと申します」
祭壇の前で待つお爺さんさんがこちらに向かって挨拶をしてくれる。他の神官達と同じ白いローブだけど、立て襟と袖に大司教の位階を示す金刺繍が施されている。
大司教が目を伏せて首を垂れると、周りにいた神官達も膝をついてそれに倣った。
「え、あの……」と戸惑いながら周囲をきょろきょろと見回してしまう。
ここに来るまでの馬車の中で説明を受けた通り、教会に属する人達にとって落ち人は特別らしい。落ち人は神の御使とされているのだからそれは理解できるけど、こうして人に傅かれることにはこの先も慣れそうにないな。
その後の流れも滞りなく過ぎていく。大司教の祝福の言葉に続き、促されるまま透明な石盤に四人で手を置く。誓いの言葉は俺の異世界翻訳機能も役に立たなくて、理由はおそらく神語で綴られているからだろうとオーランドが推測してくれた通り、地球にもない響きは難しいけど一生懸命覚えた異世界語を三人と一緒にゆっくりと呟いた。
じんわりと、石盤に置いた右手から温かくなっていく。何だろう……すごく変な感覚だ。
その時、不思議な出来事が起こった。
大きなステンドグラスの窓から色とりどりの光が差し込み、まるで俺達四人を祝福するかのように聖堂全体が光に包まれたのだ。
それにこれは何だろう?雪?頭上からきらきらと光る粉のようなものが舞い落ちてくる。
これにはその場も騒然となり、神官の中には泣き崩れる者までいた。明らかにこれが普通でない出来事なのだとわかるけど、かく言う俺もただ呆然と立ちすくんでその美しい光景を眺めていた。
「ねぇ、これって普通じゃないんだよな?」
手のひらを上にして、ふわりふわりと舞い落ちる光の粒に触れる。肌に触れた瞬間、本当に雪のように消えてしまう。
「ああ、こんなこと聞いたことも見たこともないよ」
腹黒策士のオーランドが、ぽかんと口を開けている。こんなオーランドは珍しくて、ふふって笑いが込み上げてきた。
「ふっ、ふふふ」
俺につられてロイスやレオンハルトも笑い声を立てて、オーランドはちょっと困った顔になったけどやっぱり驚きを隠せずに感嘆のため息をついた。
「それにしても……本当に美しいです」
「ああ、美しい光景だ。それに、これは何だろうか……温かい?」
「あ、それ俺も思ってた!体がぽかぽかするよな」
レオンハルトとロイスも俺の真似をして光の粒を追う。触れようと手を伸ばして、光が消えたあとをぼんやりと眺めていた。
「なっ、何ということでしょう。きっとこれは神の祝福にございます」
大司教が目に涙を溜めて声をあげる。周りの神官達も「おおっ」と感極まったようにこちらを凝視する。
何かますます神聖視されそうで怖いくらいの視線だけど、神の祝福か。でもそうだな、それは否定できないかも。神様以外にこんなことできる存在はいないよな。
無神論者の俺は神様の存在を否定してはいないけど特に信じているわけでもなかった。
だけど確かに感じたんだ、よくわからないけど神々しい不思議な力を。見えない大きな腕で包み込まれたようなそんな感覚を。この得難い感覚を言葉にするなら、まさに神の祝福という他ないだろう。
「今日という日をわたくしは一生忘れません。リト様は歴史に残る落ち人様となりましょう」
大司教は瞳に涙を溜めながらこちらを見つめてくる。噂を聞きつけた遠くにいる神官達にまでキラキラした瞳で拝まれて、あんまり大袈裟にしないでほしいなぁなんて思いながら引き攣った笑顔を振り撒いておいた。
気を取り直して、大司教の言葉でいよいよ誓いのキスだ。
これは事前に打ち合わせていた通り、最初に王族であるオーランドが俺の横に並ぶ。見上げると、いつもの冷静さを欠いた赤い顔のオーランドと目が合った。今日はオーランドの珍しい表情ばかり見るな。
ふわりと微笑まれて、俺も幸せな気持ちが込み上げる。
「リト、出会ったときからずっとリトだけが好きだよ。あなたに永遠の愛を誓います」
「お、俺も……ずっとオーランドが好きだ。永遠に愛を誓います」
見つめ合って、そっと唇を合わせる。オーランドの唇が震えている。そっと様子を伺うと、その頬に一筋の涙が流れた。
「オーランド……」
「ありがとう。私なんかを好きになってくれて……っ」
「なんかじゃない。オーランドだから好きになったんだよ」
親指で涙を拭ってやると、眉を下げて恥ずかしそうに俯く。
出会った頃はこんな風に人前で泣く人じゃなかったのに。王族特有の威圧感があって、ちょっと怖いなって感じたっけ。でもオーランドという人を知れば知るほど、それは彼が自分を守る為に身につけたものだってわかった。
だってほら、本当はこんなに弱々しく泣き笑う男なんだもん。俺はそんなオーランドの弱さをどうしようもなく愛してしまったんだと実感した。
次にロイスが隣にやってくる。
「私は……」
ロイスは言葉の先を続けることが出来なかった。ロイスも泣いている。もう、皆泣き虫だなぁ。
「愛されるとはどんなものなのだろうと、子どもの頃から夢想してばかりいた。いつしか憧れは諦めになってしまったが、その愛を…リトがくれたんだ。幸福すぎると怖くなるんだな」
リト、と俺の形を確かめるように頬を撫でられる。あれ、俺も泣いてしまってる。
「私の全てはリトのものだ。リトに永遠の愛を誓う」
「俺もっ、ロイスに永遠の愛を誓うよ」
感極まったようにぎゅっと抱きしめられて、いつもの優しいコロンの香りに包まれる。ああ、俺ロイスに抱きしめられるのすごく好きだ。この腕の中は絶対に安全だって思えるんだ。
ロイスの腕に抱かれて、そっとキスが降ってくる。目を閉じて、ロイスの愛情がじんわりと唇から伝わってくるのを受け入れた。
目を開けると、視線の先にレオンハルトがいる。
俺の隣まで来ると、目を細めて微笑まれた。俺の頬の涙の跡を辿る指先がくすぐったい。
いつもは甘えたがりの大型犬みたいなのに、こんな時だけ急に大人っぽくなるのやめてほしい。かっこいいレオンハルトは、心臓がどきどきして痛くなる。
「この命がある限り、リトを愛すると誓います。私が死んでもリトを愛しているし、来世があるなら必ずリトを探し出してまた愛します。未来永劫の愛を誓います」
だからレオンハルトの愛はいつも激重なんだよ。
ふふ、と笑いが溢れる。
「俺もレオンハルトのいない人生はもう考えられないし、そうだな、来世があったらまた出会いたい。俺も未来永劫の愛を誓うよ」
激重には激重で返さないとな。
ほら、レオンハルトまで泣く。今日は皆泣いてばかりだ。
どちらからともなく、キスをする。どちらのものかわからない涙の味がして、だけどすごく幸せな味だと思った。
おれも大概レオンハルトのこと大好きだよな。
そんな風にちょっとイレギュラーなことはあったけど、婚約式は無事に終えることができた。
帰りの馬車は緊張の糸が切れたようにぐったりしてしまい、隣に座るレオンハルトにもたれさせてもらう。レオンハルトがほこほこ顔で窓の外を見ているから、俺も同じように窓の外を眺めた。
「それにしても、あの光はすごかったなぁ」
俺が呟くと、三人も神妙に頷いた。
「あんな話は聞いたことがないよ。リトは神に愛されているんだね」
「そうなのかな……実感はないけど」
オーランドの言葉にぼんやりと答えながら、そうだといいなと思った。だってそれが本当なら、俺が一等大切に思っている人達のことも守ってもらえるかもしれないだろ。
「リトは愛されて当然ですが」
「まあね、私達のリトだからね」
レオンハルトとオーランドが同志のように頷き合っている。何だかんだで仲良いんだよな。
ロイスは目の前でずっと黙り込んで何やら考え事をしている。
「ロイスどうした?」
「いや……」
確信がなかったのか、徐に服を脱ぎ出したロイス。え、どうしたの?
「ロイス?」
オーランドも隣でぎょっとしている。
ロイスが上着を脱いで、シャツをはだけさせる。胸元や脇腹を確認するなり「やはりか」と静かに頷いた。
「やはり傷が消えている」
「傷?」
「ああ、十年ほど前に討伐任務中に胸や脇腹を刺されて」
「あの怪我か……覚えているよ」
オーランドが訳知り顔で頷いている。
「その傷が時々ひきつれて痛んでいたのだが、あの光を浴びてからそれがなくなったんだ」
「なるほど……あ……」
ロイスの言葉にオーランドも腕を捲り上げて「ここにあった傷もない」と呟く。
「レオンハルトも?そういえば背中に大きな傷跡があったよな?」
「り、りと……」
「ちょっと隠さないで見せて!一緒にお風呂入った時に見えたんだぞ」
俺の手を避けようとするレオンハルトを目で制して、ジャケットとシャツをまとめて勢いよく捲り上げる。あ、ない。こんな大きな傷が残るような危険な任務があるんだな、異世界怖いなって思ったからよく覚えてたんだ。
「レオンハルトの傷も消えてる!」
俺は事実確認がしたかったから必死だったけど、ぱっと見上げたレオンハルトが頬を赤く染めて困りきった顔になってて慌てて離れた。
「ご、ごめん」
「いえ……リトになら何をされても……」
乙女みたいに赤くなった頬を腕で隠して俯いたレオンハルトにかける言葉が見つからない。ごめんね、こんな場所で乳首晒すほど勢いよくシャツたくし上げちゃって。え、何この空気、いたいけな少年に悪いことした大人みたいな気分になるんですけど。
空気を変えるようにオーランドが思案顔で口を開く。
「これは大事になるかもしれないね。どこまで可能かはわからないけど、教会には箝口令を出しておくよ」
神妙に頷いておく。人の口に戸は立てられないって言うくらいだからもう噂くらいにはなってるかもしれないけど、出来るなら大事にはなってほしくない。
「それはそうと」
リト、とオーランドがいい笑顔。あれ、何か覚えがある悪い顔してるの何で?
「レオンハルトとは一緒にお風呂に入ったんだねぇ」
「え?」
「いいな、私も一緒入りたいな」
「それなら私も」
オーランドとロイスがにこにこしてこちらを見つめている。
「な、なに?その笑顔怖いんですけど」
「何も怖がることはないよ」
あれ、そういえば今夜って……今日が地球で言うところの結婚式ということは、今夜は初夜ということにならないか?
「今夜が楽しみだね」
「今夜が楽しみだな」
二人が声を揃えて話を終わらせる。いや、そこで終わらせないで!
「れ、レオンハルト」
「私も今夜が楽しみです」
レオンハルトまでにこにこ顔になるから、俺の癒しはどこにもなくなった。
いや、俺だって男だし、ちゃんと心の準備も……あれ、でもそういえば。
「今夜ってその……あれだよな」
「うん?」
「あれなのはわかってるんだけど、その、あれももしかして四人でするのか?」
俺の的を得ない話もちゃんと通じたみたいで、オーランドが首を傾げながらも断言する。
「そうだよ?」
「ぎゃっ」
よ、四人で?そんなこと可能なのか?
「その……具体的にはどうするんだ?あ、やっぱりいい!具体的には言わなくていい!」
オーランドが説明しようと開いた口を慌てて止めた。そんな事説明されても恥ずかしいだけだし、余計に怖気付きそうだ。
ちょっと遠い目になってしまって考えた。俺のお尻大丈夫かなって。
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教会をぐるりと青竜騎士団の騎士達が囲んで警備してくれている。すごい人数だな……まぁ、暗殺者騒ぎなんて物騒な話があったから、これも仕方ないのかもしれないけど何だか申し訳ない。
ユアンも任務についてるはずだから姿を探したんだけど、教会周辺にいる騎士達の中にはいなかった。
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「はじめまして、落ち人様。わたくしは大司教のルーベントと申します」
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大司教が目を伏せて首を垂れると、周りにいた神官達も膝をついてそれに倣った。
「え、あの……」と戸惑いながら周囲をきょろきょろと見回してしまう。
ここに来るまでの馬車の中で説明を受けた通り、教会に属する人達にとって落ち人は特別らしい。落ち人は神の御使とされているのだからそれは理解できるけど、こうして人に傅かれることにはこの先も慣れそうにないな。
その後の流れも滞りなく過ぎていく。大司教の祝福の言葉に続き、促されるまま透明な石盤に四人で手を置く。誓いの言葉は俺の異世界翻訳機能も役に立たなくて、理由はおそらく神語で綴られているからだろうとオーランドが推測してくれた通り、地球にもない響きは難しいけど一生懸命覚えた異世界語を三人と一緒にゆっくりと呟いた。
じんわりと、石盤に置いた右手から温かくなっていく。何だろう……すごく変な感覚だ。
その時、不思議な出来事が起こった。
大きなステンドグラスの窓から色とりどりの光が差し込み、まるで俺達四人を祝福するかのように聖堂全体が光に包まれたのだ。
それにこれは何だろう?雪?頭上からきらきらと光る粉のようなものが舞い落ちてくる。
これにはその場も騒然となり、神官の中には泣き崩れる者までいた。明らかにこれが普通でない出来事なのだとわかるけど、かく言う俺もただ呆然と立ちすくんでその美しい光景を眺めていた。
「ねぇ、これって普通じゃないんだよな?」
手のひらを上にして、ふわりふわりと舞い落ちる光の粒に触れる。肌に触れた瞬間、本当に雪のように消えてしまう。
「ああ、こんなこと聞いたことも見たこともないよ」
腹黒策士のオーランドが、ぽかんと口を開けている。こんなオーランドは珍しくて、ふふって笑いが込み上げてきた。
「ふっ、ふふふ」
俺につられてロイスやレオンハルトも笑い声を立てて、オーランドはちょっと困った顔になったけどやっぱり驚きを隠せずに感嘆のため息をついた。
「それにしても……本当に美しいです」
「ああ、美しい光景だ。それに、これは何だろうか……温かい?」
「あ、それ俺も思ってた!体がぽかぽかするよな」
レオンハルトとロイスも俺の真似をして光の粒を追う。触れようと手を伸ばして、光が消えたあとをぼんやりと眺めていた。
「なっ、何ということでしょう。きっとこれは神の祝福にございます」
大司教が目に涙を溜めて声をあげる。周りの神官達も「おおっ」と感極まったようにこちらを凝視する。
何かますます神聖視されそうで怖いくらいの視線だけど、神の祝福か。でもそうだな、それは否定できないかも。神様以外にこんなことできる存在はいないよな。
無神論者の俺は神様の存在を否定してはいないけど特に信じているわけでもなかった。
だけど確かに感じたんだ、よくわからないけど神々しい不思議な力を。見えない大きな腕で包み込まれたようなそんな感覚を。この得難い感覚を言葉にするなら、まさに神の祝福という他ないだろう。
「今日という日をわたくしは一生忘れません。リト様は歴史に残る落ち人様となりましょう」
大司教は瞳に涙を溜めながらこちらを見つめてくる。噂を聞きつけた遠くにいる神官達にまでキラキラした瞳で拝まれて、あんまり大袈裟にしないでほしいなぁなんて思いながら引き攣った笑顔を振り撒いておいた。
気を取り直して、大司教の言葉でいよいよ誓いのキスだ。
これは事前に打ち合わせていた通り、最初に王族であるオーランドが俺の横に並ぶ。見上げると、いつもの冷静さを欠いた赤い顔のオーランドと目が合った。今日はオーランドの珍しい表情ばかり見るな。
ふわりと微笑まれて、俺も幸せな気持ちが込み上げる。
「リト、出会ったときからずっとリトだけが好きだよ。あなたに永遠の愛を誓います」
「お、俺も……ずっとオーランドが好きだ。永遠に愛を誓います」
見つめ合って、そっと唇を合わせる。オーランドの唇が震えている。そっと様子を伺うと、その頬に一筋の涙が流れた。
「オーランド……」
「ありがとう。私なんかを好きになってくれて……っ」
「なんかじゃない。オーランドだから好きになったんだよ」
親指で涙を拭ってやると、眉を下げて恥ずかしそうに俯く。
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だってほら、本当はこんなに弱々しく泣き笑う男なんだもん。俺はそんなオーランドの弱さをどうしようもなく愛してしまったんだと実感した。
次にロイスが隣にやってくる。
「私は……」
ロイスは言葉の先を続けることが出来なかった。ロイスも泣いている。もう、皆泣き虫だなぁ。
「愛されるとはどんなものなのだろうと、子どもの頃から夢想してばかりいた。いつしか憧れは諦めになってしまったが、その愛を…リトがくれたんだ。幸福すぎると怖くなるんだな」
リト、と俺の形を確かめるように頬を撫でられる。あれ、俺も泣いてしまってる。
「私の全てはリトのものだ。リトに永遠の愛を誓う」
「俺もっ、ロイスに永遠の愛を誓うよ」
感極まったようにぎゅっと抱きしめられて、いつもの優しいコロンの香りに包まれる。ああ、俺ロイスに抱きしめられるのすごく好きだ。この腕の中は絶対に安全だって思えるんだ。
ロイスの腕に抱かれて、そっとキスが降ってくる。目を閉じて、ロイスの愛情がじんわりと唇から伝わってくるのを受け入れた。
目を開けると、視線の先にレオンハルトがいる。
俺の隣まで来ると、目を細めて微笑まれた。俺の頬の涙の跡を辿る指先がくすぐったい。
いつもは甘えたがりの大型犬みたいなのに、こんな時だけ急に大人っぽくなるのやめてほしい。かっこいいレオンハルトは、心臓がどきどきして痛くなる。
「この命がある限り、リトを愛すると誓います。私が死んでもリトを愛しているし、来世があるなら必ずリトを探し出してまた愛します。未来永劫の愛を誓います」
だからレオンハルトの愛はいつも激重なんだよ。
ふふ、と笑いが溢れる。
「俺もレオンハルトのいない人生はもう考えられないし、そうだな、来世があったらまた出会いたい。俺も未来永劫の愛を誓うよ」
激重には激重で返さないとな。
ほら、レオンハルトまで泣く。今日は皆泣いてばかりだ。
どちらからともなく、キスをする。どちらのものかわからない涙の味がして、だけどすごく幸せな味だと思った。
おれも大概レオンハルトのこと大好きだよな。
そんな風にちょっとイレギュラーなことはあったけど、婚約式は無事に終えることができた。
帰りの馬車は緊張の糸が切れたようにぐったりしてしまい、隣に座るレオンハルトにもたれさせてもらう。レオンハルトがほこほこ顔で窓の外を見ているから、俺も同じように窓の外を眺めた。
「それにしても、あの光はすごかったなぁ」
俺が呟くと、三人も神妙に頷いた。
「あんな話は聞いたことがないよ。リトは神に愛されているんだね」
「そうなのかな……実感はないけど」
オーランドの言葉にぼんやりと答えながら、そうだといいなと思った。だってそれが本当なら、俺が一等大切に思っている人達のことも守ってもらえるかもしれないだろ。
「リトは愛されて当然ですが」
「まあね、私達のリトだからね」
レオンハルトとオーランドが同志のように頷き合っている。何だかんだで仲良いんだよな。
ロイスは目の前でずっと黙り込んで何やら考え事をしている。
「ロイスどうした?」
「いや……」
確信がなかったのか、徐に服を脱ぎ出したロイス。え、どうしたの?
「ロイス?」
オーランドも隣でぎょっとしている。
ロイスが上着を脱いで、シャツをはだけさせる。胸元や脇腹を確認するなり「やはりか」と静かに頷いた。
「やはり傷が消えている」
「傷?」
「ああ、十年ほど前に討伐任務中に胸や脇腹を刺されて」
「あの怪我か……覚えているよ」
オーランドが訳知り顔で頷いている。
「その傷が時々ひきつれて痛んでいたのだが、あの光を浴びてからそれがなくなったんだ」
「なるほど……あ……」
ロイスの言葉にオーランドも腕を捲り上げて「ここにあった傷もない」と呟く。
「レオンハルトも?そういえば背中に大きな傷跡があったよな?」
「り、りと……」
「ちょっと隠さないで見せて!一緒にお風呂入った時に見えたんだぞ」
俺の手を避けようとするレオンハルトを目で制して、ジャケットとシャツをまとめて勢いよく捲り上げる。あ、ない。こんな大きな傷が残るような危険な任務があるんだな、異世界怖いなって思ったからよく覚えてたんだ。
「レオンハルトの傷も消えてる!」
俺は事実確認がしたかったから必死だったけど、ぱっと見上げたレオンハルトが頬を赤く染めて困りきった顔になってて慌てて離れた。
「ご、ごめん」
「いえ……リトになら何をされても……」
乙女みたいに赤くなった頬を腕で隠して俯いたレオンハルトにかける言葉が見つからない。ごめんね、こんな場所で乳首晒すほど勢いよくシャツたくし上げちゃって。え、何この空気、いたいけな少年に悪いことした大人みたいな気分になるんですけど。
空気を変えるようにオーランドが思案顔で口を開く。
「これは大事になるかもしれないね。どこまで可能かはわからないけど、教会には箝口令を出しておくよ」
神妙に頷いておく。人の口に戸は立てられないって言うくらいだからもう噂くらいにはなってるかもしれないけど、出来るなら大事にはなってほしくない。
「それはそうと」
リト、とオーランドがいい笑顔。あれ、何か覚えがある悪い顔してるの何で?
「レオンハルトとは一緒にお風呂に入ったんだねぇ」
「え?」
「いいな、私も一緒入りたいな」
「それなら私も」
オーランドとロイスがにこにこしてこちらを見つめている。
「な、なに?その笑顔怖いんですけど」
「何も怖がることはないよ」
あれ、そういえば今夜って……今日が地球で言うところの結婚式ということは、今夜は初夜ということにならないか?
「今夜が楽しみだね」
「今夜が楽しみだな」
二人が声を揃えて話を終わらせる。いや、そこで終わらせないで!
「れ、レオンハルト」
「私も今夜が楽しみです」
レオンハルトまでにこにこ顔になるから、俺の癒しはどこにもなくなった。
いや、俺だって男だし、ちゃんと心の準備も……あれ、でもそういえば。
「今夜ってその……あれだよな」
「うん?」
「あれなのはわかってるんだけど、その、あれももしかして四人でするのか?」
俺の的を得ない話もちゃんと通じたみたいで、オーランドが首を傾げながらも断言する。
「そうだよ?」
「ぎゃっ」
よ、四人で?そんなこと可能なのか?
「その……具体的にはどうするんだ?あ、やっぱりいい!具体的には言わなくていい!」
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ちょっと遠い目になってしまって考えた。俺のお尻大丈夫かなって。
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