上 下
16 / 21
番外

無茶なお願い

しおりを挟む
『……ーーって、大神にお願いしてみてください』
 嘘、だろ……。
 片耳の中に聞こえてきた犬榧君の指令のとんでもなさに、むしろ俺がとんでもないドッキリにハメられてるんじゃないかと思った。
 ありえない。
 でも俺が動かないとこの地獄の収録は終わらないし、いつまでも、別室の犬榧君とスタッフを待たせたら悪いし……。
 覚悟を決めて顔を上げる。
 まだ食べるものが何もない食卓で、ひたすら俺をじっと見つめてくる俊に対して――俺はボソリとつぶやいた。
「俊……。ごめん。一つお願いがあるんだけど、聞いてくれねぇかな」
 俊は対面の席で微かに笑顔を浮かべ、頷いた。
「できることなら、何でもします」
 胸がきゅうんと痛む。
 ああ、俊。本当に、ごめん……こんなこと、頼むなんて。
 後で一人バニーボーイズコンサートでも何でもするから、許してくれ……!
「……その。……脱いで、くれない?」
 手に汗握りながら、ついに口から出した、犬榧君からの指令ーー。
 目の前で、琥珀色の瞳が、怪訝そうに細められた。
「……? このパーカーですか? いいですけど……」
 俊は長く濃いまつ毛を伏せ、腕をクロスさせて自分の着ていた白いパーカーを脱ぎ、テーブル越しに俺に渡してきた。
「どうぞ。使ってください」
 どうやら、寒いのかと思われたらしい。
 女の子が見たらうっとりするような、鍛え抜かれた筋肉の形も露わな、黒いTシャツ姿。
 そんな俊をチラッと一瞥しつつ、俺はゆっくり、首を横に振った。
「そうじゃなくて。上、全部脱いでほしいんだ……」
 言いながら、自分の言っているセリフの訳の分からなさ、恥ずかしさでかっと頬が熱くなる。
 いや、訳が分からないって言ったら、これを言われてる俊の方なんだろうけど……!
「……ここでですか?」
 いつものポーカーフェイスで、冷静に聞き返されて、俺は心臓が止まりそうになった。
 だ、だよな! ほんと、何で焼肉屋で上半身はだか!? だよな!
 こんなんで、俊の愛を試すって、訳がわかんねぇよ。
 でも、俺のそんな動揺は悟られちゃいけない。
 俺は長い芸能生活で培ったなけなしの演技力を総動員して、笑顔を作り大きくうなずいた。
「うん」
「なぜ?」
 突っ込まれて、答えに窮してしまった。
 こんなアドリブ演技は流石にしたことがない。それでも、舞台はもう始まってる……!
「その……。急に俊の裸が、見たくなっちまって……会わないうちに、どのくらい逞しくなってるかなって」
 どんな理由だよ!!
 うう……思わず自分で自分に脳内ツッコミしてしまった上に、イヤホンから犬榧君の忍び笑いが聞こえてくる……!
 恥ずかしくて全身が汗まみれになり、顔が燃え上がりそうだ。
 そんな俺の目の前で、約一ヶ月ぶりに会ったっていうのに突然脱衣を要求された俊は、潔く頷いた。
「いいですよ。脱ぎます」
 俊は平然とTシャツを脱ぎ、そのボディビルダー並みに鍛えた美しい上半身を隠しカメラに対して露わにし始めた。
 細かくきっぱりと浮きたった腹斜筋、発達した胸鎖乳突筋、そしてやっぱり、男だろうが女だろうが一度は顔を埋めたくなるようなカッコいい大・胸・筋……!
 放映されたとき、絶対、録画しよう。
 ……じゃあないだろう、俺!
 俺のせいで、俺が見たいっつったから脱いでんだよ……!
 あああもう、恥ずかしい……こんな場所で裸が見たいとか言い出すなんて、絶対今、俺、俊にヘンタイだと思われてる!
 絶望感のあまり、顔を両手で覆った所で、引き戸がスパンと開いた。
「失礼しまーす。烏龍茶二杯と特上タン塩おもちいたしましたー!」
 若い女性店員がお盆に烏龍茶の入ったグラス、それに特上タン塩の皿を持って入ってくる。
 俊は上半身裸のまま、入ってきた店員の方は一瞥もせず、琥珀色の目で俺の方をじっと見つめてくる。
 女性店員の方は、撮影のことを知っていることもあるせいか、不自然なほど無反応だ。
 つまりこの異常な空間の中で、動揺しまくっているのは俺一人……。
「あ、どうもぉ~~」
 針の筵を感じながら会釈して、店員さんの配膳が終わるのを待つ。
 やがて何事もなかったように店員さんが戸を閉めると、当然のように俊が上半身裸のまま、トングを握って肉を焼き始めた。
 俊と一緒の時はいつも、鍋を作れば鍋奉行、肉を焼けば焼肉奉行をするのが俊だ。
 いや、もしかしたら夫とは言え、先輩の俺に気を遣っているのかもしれないけど。
 でも、こんな上半身裸の時まで……油が跳ねたりしたら、芸能人人生に関わるんじゃ!?
「お、俺がやるよ…… !」
 手を伸ばしてトングを貰おうとしたら、うっかり大きな手の甲を握ってしまった。
「あっ……」
 肌の触れる熱い感触に俊がビクリとして、獰猛な狼の目で俺を見つめる。
 あ……やばいやばい、裸でこの雰囲気はやばい。
 俺、撮られてるのにテーブルの下で勃っちゃう……!
 頭の中も下半身も大混乱してるっていうのに、畳み掛けるようにして更なる指令がイヤホンから飛んできた。
『案外アッサリ脱ぎましたね。じゃあ、次、行きましょうか。兎原さんの荷物、開けてもらっていいですか』
 え、俺の荷物……?
 確か、準備中にADさんから貰った、お菓子の入ったお洒落な紙袋は入れた気がするけど……。
 トングは仕方なく俊に任せて、一旦手を引いた。
 そのまま、隣の席に乗せてあるリュックのジッパーをこっそり開ける。
 指で奥まで押し開くと、菓子の入ったビニール袋と太いペンみたいなものが入っていた。
『――ペン、入ってますよね』
 言われてそれを指で摘んだ瞬間、イヤホンから新たな指令の続きが入り、俺は再度絶句した。
 いやだから……これ、罠にハメられてるのは一体誰なの? 俺だよね……?
 俊が焼肉屋で脱がされる仕打ちをされても平然としてる分、俺はもうすでに泣き出しそうだった。
 あまりの無茶振りに真っ青になりながら、すぐに焼けてレモン汁と共に小皿に入れられた繊細なタン塩を急いでかき込む。
 特上なのに味がしねぇ……。
 次の肉を焼こうとする俊を止めるように、俺は悲壮な決意と共に声をかけた。
「あのさ、俊……ごめん。一回、立って……!」
「えっ……。はい」
 もはや理由すら聞かないでくれるのは、俺が余りにも必死な顔してるからだよな。
 演技、全然出来ない、情けねぇ……。
 そして俊……ごめん!
 心の中で土下座しながら、俺もまた椅子を下げ、席を立ち上がった。
「ら……」
「ら……?」
「落書きしていい? 身体に……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

【完結】深窓の公爵令息は溺愛される~何故か周囲にエロが溢れてる~

芯夜
BL
バンホーテン公爵家に生まれたエディフィール。 彼は生まれつき身体が弱かった。 原因不明の病気への特効薬。 それはまさかの母乳!? 次は唾液……。 変態街道まっしぐらなエディフィールは健康的で一般的な生活を手に入れるため、主治医と共に病気の研究を進めながら、周囲に助けられながら日常生活を送っていく。 前世の一般男性の常識は全く通じない。 同性婚あり、赤ちゃんは胎児ではなく卵生、男女ともに妊娠(産卵)可能な世界で、エディフィールは生涯の伴侶を手に入れた。 ※一括公開のため本編完結済み。 番外編というかオマケを書くかは未定。 《World name:ネスト(巣)》 ※短編を書きたくて書いてみたお話です。 個人的な好みはもっとしっかりと人物描写のある長編なので、完結迄盛り込みたい要素を出来るだけわかりやすく盛り込んだつもりですが、展開が早く感じる方もいらっしゃるかもしれません。 こちらを書いて分かったのは、自分が書くとショートショートはプロットや設定資料のようになってしまうんだろうなという結果だけでした(笑) ※内容や設定はお気に入りなので、需要があるかは置いておいて、もしかしたら増量版として書き直す日がくるかもしれません。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

耐性MAXだから王子の催眠魔法に掛かれない!?

R-13
BL
騎士として実力が認められて王子の護衛になれた俺は、初の護衛任務で張り切っていた。しかし王子は急に、護衛の俺に対して催眠魔法を放ってきて。 「残念だね。これで君は僕のモノ、だよ?」 しかし昔ダンジョンで何度も無駄に催眠魔法に掛かっていた俺は、催眠耐性がMAXになっていて!? 「さーて、どうしよう?ふふぅ!どうしちゃおっかなぁ?」 マジでどうしよう。これって掛かってませんって言って良いやつ? 「んふ、変態さんだぁ?大っきくして、なに期待してんの?護衛対象の王子に、なにして欲しいの?うふふ」 いやもう解放してください!てかせめてちゃんと魔法掛けてください! ゴリゴリのBL18禁展開で、がっつり淫語だらけの内容です。最後はハッピーエンドです。

処理中です...