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俺VS馬 と思いきや再会
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恋愛ドラマみたいな台詞でドロドロになった後、俺はイマイチ、現実に戻れなくなってしまった。
景色は非日常だし、隣にいる相手も二次元なのか三次元なのか曖昧だし。
ああいうのは、恋愛から遠ざかってた俺にはちょっと刺激が強すぎる。
いや、当初はラブっぽい展開を望んでいたような気もするけど……思ったより自分のキャパシティが無かったというか。
俺の方が年上なのに、今もそばを歩くだけでも動悸がしてくるんだが……?
でも、お陰様で落ち込んでた気持ちはどっかに吹っ飛んだ……。
火照ったままの頬を、山の空気で冷えた両手で挟んでいると、まだまだやる気がみなぎっている俊に腕を取られ、引っ張られた。
「陸斗さん。次は馬を見に行きましょう。あっちです」
「う……うん」
俊はいつもの無表情に戻っていて、地図を片手に、大股でどんどん道を歩いていく。
何度か来たことがある俺ですら地理がアヤフヤなのに、彼は地図を見ただけで行きたい所にいけるらしい。
そういえば、無人島でも頼もしかったもんな。
うう、これ以上ときめかせないでくれ、なんかおかしくなってるから……。
ちょっと涙目になりながらついていくと、まっすぐ歩いていった道の果てに、茶色い厩舎が見えた。
馬房から馬が顔を出しているその建物の前には、大量の人参(にんじん)一本幾らで売っている箱が置いてある。
どうやら、その場で買った餌を馬に食べさせることができるらしい。
少しは気がまぎれるかもしれない。
買ってみようかなあ……。
と、思って、ズボンの尻ポケットから財布を出そうとした時だった。
「あれっ? 陸斗じゃないか?」
聞き覚えのある爽やかなテノールボイスで名前を呼ばれ、びっくりして財布を地面に落っことしそうになった。
――この声……。
後ろを振り向くと、そこにいたのは――。
身長180センチ以上、横にもむっちりと固太りした体の男。
日に焼けた顔の上半分は端正ながら、下半分は髭もじゃだ。
人の好さそうな笑顔に、いかにも野良仕事の途中といった雰囲気の、土埃で汚れた紺のジャージの上下に黒いゴム長靴。
五分刈りにした頭を白い手ぬぐいで巻いてはいるが、その後ろからはうさぎの長い耳が倒れてべろんとはみ出している。
「……? ……どちら様でしたっけ?」
「おーい! 結婚祝い贈ってやっただろ~っ!?」
ジャージのうさぎ男は、手ぬぐいを取って俺にがばりと抱きついてきた。
「あははっ、ごめんごめん。だってお前、あまりにも見た目が変わりすぎだろうよ。なんでここにいんの、光!?」
「そりゃあ俺のセリフだよぉ」
破顔して俺の背中をバンバン叩く相手の名前は、宇佐美(うさみ)光(ひかる)。
俺の所属していたアイドルグループ「バニーボーイズ」の、元・センターだった。
現役だった頃の彼は、もともと太りやすい体質を食事節制とジムでコントロールし、髪の毛はサラサラの金に近い茶髪、髭はおろか眉毛ももみあげも常に完璧に整え、万全の日焼け防止対策でエイジレスな白肌をキープ。
恋愛映画やドラマの主演を何作もこなし、オンでもオフでも完璧と言われたファン対応で、「王子」の名をほしいままにしていた。
今の光は人参農家の気のいいオッサンになり、ぱっと見はファンも気付けないくらい変わったけど、真っ白に整った歯並びと、育ちの良さからくる無垢で爽やかな笑顔は、昔と変わらなかった。
「俺、ここに人参届けに来てるんだよ。そこにいるの、もしかして大神君か? 相変わらずカッコいいなぁ。まっ、バニーボーイズやってた時の俺の方がカッコよかったけどな! わっはっは」
「そのヒゲ面で何を張り合ってんだよ」
思わずコンサートのMCのノリで突っ込んでしまった。
俊は緊張してるのかめちゃくちゃ硬い表情で、だけどおずおずと歩み出て頭を下げる。
「お久しぶりです、宇佐美さん……」
「おー、久しぶり! デビューと結婚おめでとう、今更だけど」
光は無遠慮に俊にもがばっと抱きつき、バンバンと背中を叩いた。
「いやー、辞めちまった俺が言えたことじゃあないけど、陸斗のこと、よろしくな! こう見えても寂しがりだし、すぐに自信無くして落ち込むから、よく構ってやってくれよ」
「ちょ、花嫁の父親目線やめろ」
すかさず突っ込んだけど、さっきの出来事を見られてたのかと思ってドキッとした。
ギクシャクと硬くなったままの俊が解放されると、光は手を伸ばして俺の頭をわしゃっとかき混ぜてくる。
「なんだよ、本当のことだろー」
途端、俊が後ろから俺の肘をぐいと掴んだ。
「……ちゃんと、大事にします」
逞しい胸板にくっつくほど引き寄せられて、ひゃっと声が出る。
近い近い。光の前だし、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「……俊、離してくれ」
どうにか腕の中から解放してもらった後も、真っ赤になっている俺を見て、髭面がポカンとした顔になった。
「……。陸斗、お前……。本当に大神君のことが好きなんだなあ。お前の事だから、てっきり社長命令で……おっといけね」
うっかり口を押さえた後で、光は言い直した。
「いや、お前ひとりだけ事務所に入ってからずっと、恋愛のれの字も知らん優等生で、アイドル一辺倒だったろ。安心したよ」
「なんだそりゃ。光は俺を何だと思ってたんだよ」
懐かしいかつての王子様の姿が重なる熊男は、微笑みながら腕を組んだ。
「え? 俺はおまえのこと、理想のアイドルだと思ってたぜ」
長年傍にいたけど、そんなことを言われたのは初めてで、びっくりした。
「へっ? 俺が?」
「うん。心配になるぐらい一途でまっすぐで、不器用で、努力家でさ。自分のこと犠牲にしてでも、ファンの人たちも、グループも、一度も裏切らずに貫いた。……お前のそういう所、ずっと尊敬してたよ。……俺は、どうしてもカミさんが大事で、理想のアイドルにはなり切れなかったんだよなあ。本当に悪かった」
改めて頭を深々と下げられて、数年前の年末のことを思い出した。
久々に三人集まった、都内のホテルの披露宴会場でやる生放送の歌謡祭。
その控室で、引退する、グループを辞めたいと初めて打ち明けられた時のことを。
ラメの入った白いきらびやかな衣装を脱ぎ、楽屋の浴衣姿のまま、俺や愛彦に土下座していた光。
『どうしても、一緒になりたい人がいる。その人の為に、アイドルを辞めたい』と。
――あの時、光に対して怒ったりなじったり、説得しようという気がなぜか起らなかった。
彼が大事な人の為に一生懸命に考えて結論を出したんだってことが分かったし、その姿は本当にかっこよかったから。
そんな光の姿を思い出して、そして今、幸せそうな光を見て……今まであった色んなことが、結局あれで良かったんだと、改めて思えた。
世間の誰がどう思っても……。
俺は光の肩に手を当てて頭をあげさせた。
「……いいんだ。バニーボーイズを離れなかったら、今、俊ともこうしていなかったと思うし。だから、むしろすごく感謝してる。……会えて嬉しかったよ、光。今度、また遊びに来てくれ。俺、今もあの元合宿所のマンションに住んでるからさ」
「お前、まだあそこに住んでんのかよ……ほんと変わらねえなぁ」
懐かしさで涙ぐみながら、光が俺の肩をぎゅっと抱き締めてきて、俺もだいぶ逞しくなった光をハグし返す。
何故か後ろからすごい視線を感じてやっとお互いに離れた後、光は尻ポケットのてぬぐいで涙を拭き、話題を変えた。
「……そういや俺んち、もうすぐカミさんに子供が生まれるんだ。俺たち、うさぎ同士だろ? 妊娠率が百発百中すぎて、どうも一気に五人ぐらい生まれそうでさ。生まれたら大神君も一緒に、ぜひ家に見に来てくれ」
「そりゃあ大変だ。俺、仕事最近暇だし、手伝いに行くよ」
「ほんとかぁ!? 有難いぜ。あと、これ……ここのお偉いさんに貰ったんだ。カミさんと行こうと思ってたんだけど、つわりが長引いてて、期限までに使えなさそうでさ。良かったら使ってくれ」
光がジャージのポケットをごそごそやり、くしゃくしゃに折れた紙切れを一枚取り出した。
受け取って手の平の上で広げてみると、『ファーザー牧場内 宿泊半額割引券』と書いてある。
「……割引券?」
「この牧場の中に泊まれる場所があるんだよ。確か、キャンプ場とコテージだったかな? それじゃ俺、まだ仕事中だから戻るわ。またなー、陸斗!」
光は笑顔で大きく手を振り、厩舎の裏手に去っていった。
しばらく見送った後、
「宇佐美さん、元気そうで良かったです」
俊が淡々と言う。
頷きながら、ふっと気付いた。
――どうしても、一緒になりたい人がいる。
あの時の宇佐美みたいに、俊も、俺のことをそんな風に思ってくれたから、結婚してくれたんだよな、って。
他人がなんと言おうが関係なく、こんな俺を、選んでくれたんだなって……。
景色は非日常だし、隣にいる相手も二次元なのか三次元なのか曖昧だし。
ああいうのは、恋愛から遠ざかってた俺にはちょっと刺激が強すぎる。
いや、当初はラブっぽい展開を望んでいたような気もするけど……思ったより自分のキャパシティが無かったというか。
俺の方が年上なのに、今もそばを歩くだけでも動悸がしてくるんだが……?
でも、お陰様で落ち込んでた気持ちはどっかに吹っ飛んだ……。
火照ったままの頬を、山の空気で冷えた両手で挟んでいると、まだまだやる気がみなぎっている俊に腕を取られ、引っ張られた。
「陸斗さん。次は馬を見に行きましょう。あっちです」
「う……うん」
俊はいつもの無表情に戻っていて、地図を片手に、大股でどんどん道を歩いていく。
何度か来たことがある俺ですら地理がアヤフヤなのに、彼は地図を見ただけで行きたい所にいけるらしい。
そういえば、無人島でも頼もしかったもんな。
うう、これ以上ときめかせないでくれ、なんかおかしくなってるから……。
ちょっと涙目になりながらついていくと、まっすぐ歩いていった道の果てに、茶色い厩舎が見えた。
馬房から馬が顔を出しているその建物の前には、大量の人参(にんじん)一本幾らで売っている箱が置いてある。
どうやら、その場で買った餌を馬に食べさせることができるらしい。
少しは気がまぎれるかもしれない。
買ってみようかなあ……。
と、思って、ズボンの尻ポケットから財布を出そうとした時だった。
「あれっ? 陸斗じゃないか?」
聞き覚えのある爽やかなテノールボイスで名前を呼ばれ、びっくりして財布を地面に落っことしそうになった。
――この声……。
後ろを振り向くと、そこにいたのは――。
身長180センチ以上、横にもむっちりと固太りした体の男。
日に焼けた顔の上半分は端正ながら、下半分は髭もじゃだ。
人の好さそうな笑顔に、いかにも野良仕事の途中といった雰囲気の、土埃で汚れた紺のジャージの上下に黒いゴム長靴。
五分刈りにした頭を白い手ぬぐいで巻いてはいるが、その後ろからはうさぎの長い耳が倒れてべろんとはみ出している。
「……? ……どちら様でしたっけ?」
「おーい! 結婚祝い贈ってやっただろ~っ!?」
ジャージのうさぎ男は、手ぬぐいを取って俺にがばりと抱きついてきた。
「あははっ、ごめんごめん。だってお前、あまりにも見た目が変わりすぎだろうよ。なんでここにいんの、光!?」
「そりゃあ俺のセリフだよぉ」
破顔して俺の背中をバンバン叩く相手の名前は、宇佐美(うさみ)光(ひかる)。
俺の所属していたアイドルグループ「バニーボーイズ」の、元・センターだった。
現役だった頃の彼は、もともと太りやすい体質を食事節制とジムでコントロールし、髪の毛はサラサラの金に近い茶髪、髭はおろか眉毛ももみあげも常に完璧に整え、万全の日焼け防止対策でエイジレスな白肌をキープ。
恋愛映画やドラマの主演を何作もこなし、オンでもオフでも完璧と言われたファン対応で、「王子」の名をほしいままにしていた。
今の光は人参農家の気のいいオッサンになり、ぱっと見はファンも気付けないくらい変わったけど、真っ白に整った歯並びと、育ちの良さからくる無垢で爽やかな笑顔は、昔と変わらなかった。
「俺、ここに人参届けに来てるんだよ。そこにいるの、もしかして大神君か? 相変わらずカッコいいなぁ。まっ、バニーボーイズやってた時の俺の方がカッコよかったけどな! わっはっは」
「そのヒゲ面で何を張り合ってんだよ」
思わずコンサートのMCのノリで突っ込んでしまった。
俊は緊張してるのかめちゃくちゃ硬い表情で、だけどおずおずと歩み出て頭を下げる。
「お久しぶりです、宇佐美さん……」
「おー、久しぶり! デビューと結婚おめでとう、今更だけど」
光は無遠慮に俊にもがばっと抱きつき、バンバンと背中を叩いた。
「いやー、辞めちまった俺が言えたことじゃあないけど、陸斗のこと、よろしくな! こう見えても寂しがりだし、すぐに自信無くして落ち込むから、よく構ってやってくれよ」
「ちょ、花嫁の父親目線やめろ」
すかさず突っ込んだけど、さっきの出来事を見られてたのかと思ってドキッとした。
ギクシャクと硬くなったままの俊が解放されると、光は手を伸ばして俺の頭をわしゃっとかき混ぜてくる。
「なんだよ、本当のことだろー」
途端、俊が後ろから俺の肘をぐいと掴んだ。
「……ちゃんと、大事にします」
逞しい胸板にくっつくほど引き寄せられて、ひゃっと声が出る。
近い近い。光の前だし、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「……俊、離してくれ」
どうにか腕の中から解放してもらった後も、真っ赤になっている俺を見て、髭面がポカンとした顔になった。
「……。陸斗、お前……。本当に大神君のことが好きなんだなあ。お前の事だから、てっきり社長命令で……おっといけね」
うっかり口を押さえた後で、光は言い直した。
「いや、お前ひとりだけ事務所に入ってからずっと、恋愛のれの字も知らん優等生で、アイドル一辺倒だったろ。安心したよ」
「なんだそりゃ。光は俺を何だと思ってたんだよ」
懐かしいかつての王子様の姿が重なる熊男は、微笑みながら腕を組んだ。
「え? 俺はおまえのこと、理想のアイドルだと思ってたぜ」
長年傍にいたけど、そんなことを言われたのは初めてで、びっくりした。
「へっ? 俺が?」
「うん。心配になるぐらい一途でまっすぐで、不器用で、努力家でさ。自分のこと犠牲にしてでも、ファンの人たちも、グループも、一度も裏切らずに貫いた。……お前のそういう所、ずっと尊敬してたよ。……俺は、どうしてもカミさんが大事で、理想のアイドルにはなり切れなかったんだよなあ。本当に悪かった」
改めて頭を深々と下げられて、数年前の年末のことを思い出した。
久々に三人集まった、都内のホテルの披露宴会場でやる生放送の歌謡祭。
その控室で、引退する、グループを辞めたいと初めて打ち明けられた時のことを。
ラメの入った白いきらびやかな衣装を脱ぎ、楽屋の浴衣姿のまま、俺や愛彦に土下座していた光。
『どうしても、一緒になりたい人がいる。その人の為に、アイドルを辞めたい』と。
――あの時、光に対して怒ったりなじったり、説得しようという気がなぜか起らなかった。
彼が大事な人の為に一生懸命に考えて結論を出したんだってことが分かったし、その姿は本当にかっこよかったから。
そんな光の姿を思い出して、そして今、幸せそうな光を見て……今まであった色んなことが、結局あれで良かったんだと、改めて思えた。
世間の誰がどう思っても……。
俺は光の肩に手を当てて頭をあげさせた。
「……いいんだ。バニーボーイズを離れなかったら、今、俊ともこうしていなかったと思うし。だから、むしろすごく感謝してる。……会えて嬉しかったよ、光。今度、また遊びに来てくれ。俺、今もあの元合宿所のマンションに住んでるからさ」
「お前、まだあそこに住んでんのかよ……ほんと変わらねえなぁ」
懐かしさで涙ぐみながら、光が俺の肩をぎゅっと抱き締めてきて、俺もだいぶ逞しくなった光をハグし返す。
何故か後ろからすごい視線を感じてやっとお互いに離れた後、光は尻ポケットのてぬぐいで涙を拭き、話題を変えた。
「……そういや俺んち、もうすぐカミさんに子供が生まれるんだ。俺たち、うさぎ同士だろ? 妊娠率が百発百中すぎて、どうも一気に五人ぐらい生まれそうでさ。生まれたら大神君も一緒に、ぜひ家に見に来てくれ」
「そりゃあ大変だ。俺、仕事最近暇だし、手伝いに行くよ」
「ほんとかぁ!? 有難いぜ。あと、これ……ここのお偉いさんに貰ったんだ。カミさんと行こうと思ってたんだけど、つわりが長引いてて、期限までに使えなさそうでさ。良かったら使ってくれ」
光がジャージのポケットをごそごそやり、くしゃくしゃに折れた紙切れを一枚取り出した。
受け取って手の平の上で広げてみると、『ファーザー牧場内 宿泊半額割引券』と書いてある。
「……割引券?」
「この牧場の中に泊まれる場所があるんだよ。確か、キャンプ場とコテージだったかな? それじゃ俺、まだ仕事中だから戻るわ。またなー、陸斗!」
光は笑顔で大きく手を振り、厩舎の裏手に去っていった。
しばらく見送った後、
「宇佐美さん、元気そうで良かったです」
俊が淡々と言う。
頷きながら、ふっと気付いた。
――どうしても、一緒になりたい人がいる。
あの時の宇佐美みたいに、俊も、俺のことをそんな風に思ってくれたから、結婚してくれたんだよな、って。
他人がなんと言おうが関係なく、こんな俺を、選んでくれたんだなって……。
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