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番外編2
渚の家庭内恋煩い8
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母に子供二人を頼み、俺は車の後部座席に湊を寝かせ、かかりつけだという個人病院まで車を走らせた。
近場の大きな病院がいいと思ったんだけど、以前住んでいた地元の、長年診てくれている医師の方がいいと言うので……。
「……でかい大学病院とか行くと、学生とかに晒し者にされたりするから嫌なんだ」
ナビで目的地を決めている時、湊はそんなことを言っていた。
気持ちが痛いほど分かるから、黙って頷くしか無かった。
俺もうっかり獣人科の無い病院にかかってしまった時、相手の医者からすごい好奇心の目で見られてしまったことあるから。
――40分ほど掛けてたどり着いた病院は、医師の自宅に診療所がくっついている、本当に小さなところだった。
近くの駐車場に車を停め、湊に肩を貸しながら入り口に向かうと、看板には、婦人科、オメガ属科と書いてある。
保険証と診察券を出し、狭いけど明るくて落ち着く感じの待合室のベンチに二人並んで座った。
土曜だからか待ってる人も多いし、湊はぐったりしてるしで、チリチリ心が焼け付くような不安が止まらない。
やっぱり近くの病院の方が良かったんじゃ……。
と思っていたら、急患扱いで順番を早めて貰えたのか、すぐに看護師に呼ばれた。
「……じゃあ、俺は行くから」
そう言った湊の額に汗が浮かんでいる。
俺は心配で首を振った。
「俺もついていくよ」
「それはダメだ。お願いだから待っててくれ」
マテをされて、しょぼんと俯く。
「分かった……」
湊の後ろ姿が診察室に消えて、俺は所在なく一人で待つことになった。
なんだかこの待合室、甘い匂いが充満しててクラクラするな……。
いや違う……これ、車に乗ってる時からだ。
いつもほんのりと感じる湊の匂いが、密室だったからか凄く濃くて――。
「ん?」
急に頭の中に疑問符が浮かんだ。
いつもよりも濃い匂い……。それって……。
「犬塚さん。犬塚さんの旦那さんいらっしゃいますか」
女性の看護師さんに急に名前を呼ばれて、俺はハッとベンチから立ち上がった。
「ハイ、私です」
手を挙げて応える。
「院長からお話があります」
その言葉に俺は凍りついた。
えっ……家族が呼ばれるような状況なのか……!?
不治の病しか思い浮かばなくて、目の前が真っ暗になる。
「どうぞ」
看護師にうながされるまま、俺は診察室の扉を開けて中にはいった。
医学書の並んだ棚や子宮がん検診のポスターが貼られた壁の奥に、湊と先生が向かい合って座っているのが目に入り、俺は冷静でいられずに叫んだ。
「先生、湊は……湊は一体!」
メッシュ状に白くなった前髪のナイスミドルな先生は、僕の姿を見ると、涼やかな笑みを浮かべてはっきり言った。
「我慢のしすぎです」
「……は……?」
言われている意味がわからずに固まっていると、湊が顔を手で覆って俯く。
「先生、勘弁してくれよ……」
全く話が見えなくて、二人を交互に見た。
「……犬塚さん。あなたがどうしても必要だと言うから、先週抑制剤を二週間分出しましたけど。この様子だと、旦那さんには黙ってたんですね?」
湊が黙って頷く。
ちょっとちょっと、待ってくれ。一体なんの話してるんだ。
抑制剤……?
つまり湊は発情していたってこと……!?
先週……土曜日、俺が子供二人を見て、湊が数時間外出した――その時に、この病院に……?
立ったまま固まってる俺の前で、先生が淡々と話し始める。
「――つがいなんだから、発情期の時はきちんと性交しないとダメです。特にオメガは、肉体的なことを我慢するとストレス反応として身体に出やすい。同居しているつがいが居るならなおさらですよ。もう薬は出せませんから、お帰り下さい」
俺はただ呆然としたまま、スミマセン、気付けなくて……と、謝る他無かった。
衝撃冷めやらぬまま、俺は湊の肩を抱いて駐車場に戻った。
触れた部分は本当に熱いし、顔は耳まで真っ赤だ。
甘い匂いが、行きの車の中よりも濃く漂ってきて、下半身を直撃する。
あぁ、やっぱりこれ、湊のフェロモンだったんだ……。
つがいになった為に変質した、不特定多数ではなく、たった一人の雄を誘うために発せられる匂い。
気付かないなんて……抑制剤のせいもあったろうけど、俺自身も我慢しすぎて相当におかしくなってたんだ。生活や仕事に支障をきたすくらいになってたのに。
――車を出す前に話をしようと思って、身体がキツイかもしれないけど湊には助手席に座ってもらった。
俺も運転席に座ったけど、何て声を掛けていいのか分からない。
しばらくの沈黙の後で、俺は恐る恐る口を開いた。
「発情期になったら、子供作ろうって言ってたよね……?」
湊の横顔が黙って頷く。
「やっぱり、産むの怖くなった? 相談してくれれば俺、ちゃんと避妊もしたのに……」
すると、彼は泣きそうな顔でこちらを振り返り、俺の腕を強く掴んだ。
「――違うっ、そういうんじゃなくて……!」
綺麗な潤んだ目が必死に俺を見る。
「黙ってて本当に、悪かった……発情期、ほんとは来てたんだけど、俺、一度サカったら見境いなくなるし、本当におかしくなるから……子供のいる、同じ家の中でするのが、怖くて……」
触れている指が震えてる。
匂いがきつい……、湊の声が遠くなるくらい、……俺の心臓の音がドクドクうるさい……。
「でもセックスするためにヒトに子供、預かってもらうのはやっぱり気が引けて……薬飲んで取り敢えず抑えながら、ズルズル言い出せなくなって、いつ言い出そうって……迷っててこんな……」
近場の大きな病院がいいと思ったんだけど、以前住んでいた地元の、長年診てくれている医師の方がいいと言うので……。
「……でかい大学病院とか行くと、学生とかに晒し者にされたりするから嫌なんだ」
ナビで目的地を決めている時、湊はそんなことを言っていた。
気持ちが痛いほど分かるから、黙って頷くしか無かった。
俺もうっかり獣人科の無い病院にかかってしまった時、相手の医者からすごい好奇心の目で見られてしまったことあるから。
――40分ほど掛けてたどり着いた病院は、医師の自宅に診療所がくっついている、本当に小さなところだった。
近くの駐車場に車を停め、湊に肩を貸しながら入り口に向かうと、看板には、婦人科、オメガ属科と書いてある。
保険証と診察券を出し、狭いけど明るくて落ち着く感じの待合室のベンチに二人並んで座った。
土曜だからか待ってる人も多いし、湊はぐったりしてるしで、チリチリ心が焼け付くような不安が止まらない。
やっぱり近くの病院の方が良かったんじゃ……。
と思っていたら、急患扱いで順番を早めて貰えたのか、すぐに看護師に呼ばれた。
「……じゃあ、俺は行くから」
そう言った湊の額に汗が浮かんでいる。
俺は心配で首を振った。
「俺もついていくよ」
「それはダメだ。お願いだから待っててくれ」
マテをされて、しょぼんと俯く。
「分かった……」
湊の後ろ姿が診察室に消えて、俺は所在なく一人で待つことになった。
なんだかこの待合室、甘い匂いが充満しててクラクラするな……。
いや違う……これ、車に乗ってる時からだ。
いつもほんのりと感じる湊の匂いが、密室だったからか凄く濃くて――。
「ん?」
急に頭の中に疑問符が浮かんだ。
いつもよりも濃い匂い……。それって……。
「犬塚さん。犬塚さんの旦那さんいらっしゃいますか」
女性の看護師さんに急に名前を呼ばれて、俺はハッとベンチから立ち上がった。
「ハイ、私です」
手を挙げて応える。
「院長からお話があります」
その言葉に俺は凍りついた。
えっ……家族が呼ばれるような状況なのか……!?
不治の病しか思い浮かばなくて、目の前が真っ暗になる。
「どうぞ」
看護師にうながされるまま、俺は診察室の扉を開けて中にはいった。
医学書の並んだ棚や子宮がん検診のポスターが貼られた壁の奥に、湊と先生が向かい合って座っているのが目に入り、俺は冷静でいられずに叫んだ。
「先生、湊は……湊は一体!」
メッシュ状に白くなった前髪のナイスミドルな先生は、僕の姿を見ると、涼やかな笑みを浮かべてはっきり言った。
「我慢のしすぎです」
「……は……?」
言われている意味がわからずに固まっていると、湊が顔を手で覆って俯く。
「先生、勘弁してくれよ……」
全く話が見えなくて、二人を交互に見た。
「……犬塚さん。あなたがどうしても必要だと言うから、先週抑制剤を二週間分出しましたけど。この様子だと、旦那さんには黙ってたんですね?」
湊が黙って頷く。
ちょっとちょっと、待ってくれ。一体なんの話してるんだ。
抑制剤……?
つまり湊は発情していたってこと……!?
先週……土曜日、俺が子供二人を見て、湊が数時間外出した――その時に、この病院に……?
立ったまま固まってる俺の前で、先生が淡々と話し始める。
「――つがいなんだから、発情期の時はきちんと性交しないとダメです。特にオメガは、肉体的なことを我慢するとストレス反応として身体に出やすい。同居しているつがいが居るならなおさらですよ。もう薬は出せませんから、お帰り下さい」
俺はただ呆然としたまま、スミマセン、気付けなくて……と、謝る他無かった。
衝撃冷めやらぬまま、俺は湊の肩を抱いて駐車場に戻った。
触れた部分は本当に熱いし、顔は耳まで真っ赤だ。
甘い匂いが、行きの車の中よりも濃く漂ってきて、下半身を直撃する。
あぁ、やっぱりこれ、湊のフェロモンだったんだ……。
つがいになった為に変質した、不特定多数ではなく、たった一人の雄を誘うために発せられる匂い。
気付かないなんて……抑制剤のせいもあったろうけど、俺自身も我慢しすぎて相当におかしくなってたんだ。生活や仕事に支障をきたすくらいになってたのに。
――車を出す前に話をしようと思って、身体がキツイかもしれないけど湊には助手席に座ってもらった。
俺も運転席に座ったけど、何て声を掛けていいのか分からない。
しばらくの沈黙の後で、俺は恐る恐る口を開いた。
「発情期になったら、子供作ろうって言ってたよね……?」
湊の横顔が黙って頷く。
「やっぱり、産むの怖くなった? 相談してくれれば俺、ちゃんと避妊もしたのに……」
すると、彼は泣きそうな顔でこちらを振り返り、俺の腕を強く掴んだ。
「――違うっ、そういうんじゃなくて……!」
綺麗な潤んだ目が必死に俺を見る。
「黙ってて本当に、悪かった……発情期、ほんとは来てたんだけど、俺、一度サカったら見境いなくなるし、本当におかしくなるから……子供のいる、同じ家の中でするのが、怖くて……」
触れている指が震えてる。
匂いがきつい……、湊の声が遠くなるくらい、……俺の心臓の音がドクドクうるさい……。
「でもセックスするためにヒトに子供、預かってもらうのはやっぱり気が引けて……薬飲んで取り敢えず抑えながら、ズルズル言い出せなくなって、いつ言い出そうって……迷っててこんな……」
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