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番外編2

渚の家庭内恋煩い3

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「――渚? ボンヤリしてるけどどうした。飯、不味かったか?」
 不意に話しかけられて、俺はビクッと毛を逆立てた。
「ワフッ」
 ブルブルブル!と必死で首を振る。
(すっごく美味しいよ!)
 というのを訴えるため、再びご飯にがっついた。
「違うなら、いいけど……」
 まだちょっと首を傾げている湊の視線を感じて反省する。
 心配させちゃダメだ……!
 また休職なんてことになったら、絶対ダメな男だと思われて愛想尽かされる。
「……じゃあ俺は子供達と風呂入ってくるから。出る時手伝って」
 席を立ち上がった湊に、俺はご飯粒の付いた口をハグハグさせながら頷いた。
 目の前で世界一の美人が、背筋を反らしながらエプロンの腰紐を解いている。
 何気ないそんな仕草もエロくて、俺の中でぶわっとピンク色の妄想が生まれた。
『渚もいっしょに入るか……?』
 エプロンを床に落とした湊が、指で更に薄いTシャツの裾を捲り上げ、艶やかに微笑みながら俺を誘う。
『ほら、前も言ったろ……? 最近断乳したから、胸が張って、辛くてさ……』
 妄想の彼はシャツの裾を噛んでピンク色の硬くなった乳首を見せつけ、恥ずかしそうに頬を染めた表情で俺の顔を覗き込んできた。
『渚……。子供達の代わりに、俺のオッパイ吸って……?』
「ワオォォン!」
 気付いたら幻に思いっきり返事してしまっていて、エプロンを椅子の背もたれに掛けてサッサと風呂場に行きかけていた現実の湊が驚いて振り返った。
「な、何だ!? 飯に何か変なもの入ってたか?」
 心配気に訊かれてまた首を激しく振る。
「最近、渚、変だぞ……」
 綺麗な眉根が寄り、不審なものを見るような表情をされて、俺は必死で身体をブルブルさせて否定した。
(そ、そんなことないよ!)
「……。岬、航、行くぞ」
 子供達がアンと甘えた返事をする。
 三人はリビングを出ると、廊下の途中にある脱衣所の扉の中へ入っていった。
 扉が閉まる音が聞こえた瞬間、一気に緊張が解けたみたいになって、フーッと鼻先を下に向ける。
 ダメだ俺……正気が危うくなってるのかも。
 後で風呂に入った時、抜こう……と、密かに決意して、素っ裸の獣面人身の姿になり、立ち上がって着替えを取りに行く。
 ――いつまでも犬のままでは子供達のお風呂の世話も、もちろん自慰も出来ないからね……。
 

 湊が子供達を脱衣所で丁寧にブラッシングしてからお風呂に入れている間、俺はハーフパンツとTシャツに着替えて皿洗いを済ませ、風呂上がりの子供達の世話をしに脱衣所へ向かった。
「子供達、そろそろ出る?」
 ノックをして横滑りの扉をガラッと開く。
 その瞬間、俺の目に綺麗な形のお尻が飛び込んできて、頭が真っ白になった。
(お、お尻……)
 固まってボンヤリしている俺に、バスマットの上で子供達をタオルで拭いていた全裸の湊が声を上げた。
「渚?」
「……っ!」
 いけない、いけない。まだ湯船に浸かってると思ってたから、凄い不意打ちを食らってしまった。
「ご、ごめん遅かったね……!」
 謝りながらも、こちらに背を向けてうずくまった湊の丸見えになったお尻の間に目を奪われる。
 うぅ、頭がクラクラしてヤバい。
「いやそんなことねえよ。渚、頼む。俺はこれから頭洗うから……」
「う、うん」
 色っぽいお尻が風呂場に戻っていくのを見送りながら、欲情で目がチカチカした。
 ダメだ、ダメだ、犬塚渚……今この人に襲いかかったらいけない。
 子供の目の前で何てことするんだって、絶対に嫌われる。
 湊はそういうの、きちんとしたい性格なんだから……!
 フーッ、フーッと息を整えながら、奥にある洗面スペースに向かい、扉になってる鏡の裏面の収納を開けてドライヤーを取り出した。
 コードを繋げ、ふざけて脱衣所の狭いスペースをグルグル走り回る子供達をどうにか捕まえて毛を乾かし始める。
 すぐ右手の磨りガラスの扉には艶かしい肌色の影がチラチラと映っていた。
 ごくんと生唾を飲みながら、子供を乾かすことに集中しようとするんだけど、視線がどうしてもそちらに行ってしまう。
 ああ、中に押し入りたい……それで、後ろから抱きしめて、濃厚なキスして、しなやかな腰を掴んで奥まで突っ込んでメチャクチャに喘がせたい……。
「キュウン?」
 純粋な四つの目が下から俺をじーっと見上げていて、ハッと我に返る。
 いけない、さっきから何もいない明後日の方向を乾かしてしまっていた。
「ごっ、ごめんごめん……!」
 ――やばい。本当に俺、病気みたい。
 冷や汗をかきながらどうにかドライヤーを操り、二人をフワフワの毛並みに戻してゆく。
 早く、湊が風呂から出てくるまでに脱衣所を退散してしまわないと、今度こそ危ない!
 結婚生活に迫る危機に、俺はようやく目を覚ました。
 死ぬ気で二人を乾かして、最後にアーンとかイーとかさせながら犬用歯ブラシで歯磨きさせて、布団に毛が落ちないようにもう一度仕上げのブラッシングして……。
 一緒にリビングに戻る頃には精も魂も尽き果て、俺はソファーの上でぐったりと脱力していた。
「はーっ」
 子供達は俺の葛藤を知る由もなく、床でじゃれあって遊んでいる。
 こんなお父さんでホントごめん……。
 罪悪感に苛まれながら目を閉じていると、パジャマに着替えた湊がいつの間にか背もたれの後ろに立っていた。
「渚、してやるからこっち来い。風呂、これからだろ」
 ドキュンと心臓が早鐘を打つ。
 してやるって何を……!?
 と思ったけど、よく見るとその手には、犬のブラッシング用の金属製の細かい歯の付いたスリッカーが握られていた。
 あ、うん、普通に毛繕いだよね……。
 ああ、乾かしてもまだ少しだけ濡れてる黒髪と、優しい笑顔が正視出来ないくらい眩しい。
「ありがとう」
 俺は上半身のTシャツを脱ぎ捨てて、こちらに回ってきた湊と寄り添うように革張りのソファーの上を少し移動した。
 背中を向けると、彼はすいすいと慣れた手つきで首筋の方から毛並みをとき下ろし、背中の被毛の抜けた下毛を取り除いてくれた。
 腹側とか腕、脚は自分で出来るけど、背中だけは人のお世話にならないと毛玉が出来るんだよね……。
 後ろから何とも言えないいい匂いがする。
 背中に触られながらとかれるから、ドキドキしてどうしても半勃ち状態になってしまって、嬉しいけど厳しい……!
 やせ我慢で耐えていると、優しい手が道具を持ち替え、今度はコームブラシで丁寧に毛並みを梳き始めた。
 全体的にツヤっとした感じになったのを確認して、満足げに湊が立ち上がる。
「じゃあ、俺は子供寝かしつけてくるから」
 勃ってるのがバレないように背を向けたままTシャツを被りつつ、その言葉に頷いた。
 抜けた毛を捨てる為にキッチンの方へ行った相手を視線で追い、密かに安堵の溜息を漏らす。
 湊は岬と航を連れると、リビングに隣接した和室に入り、襖を内側から静かに閉じた。
 ――急に一人きりになって、身体の芯がスッと冷えてゆく。
 寂しいな……。
 この後、岬たちを寝かしつけ終わっても、湊がリビングに帰ってくることは滅多に無いから。
 疲れてるせいか、子供達と一緒に眠ってしまうみたいで……。
 それを無理やり起こすなんて可哀想でとても出来ないから、俺の夜だけがなんだか、長くなってしまう。
 明日は土曜日……。
 でも子育てには土曜も日曜もないから、湊はそんなことも忘れてるのかもしれない。
 そう思うと、疲れている伴侶に対して欲情ばかりしている自分が情けなくなった。
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