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俺、犬とお見合いします
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心臓が飛び出しそうな俺の前で、木目調のパーテーションに設けられた薄い扉がスッと開く。
「お待たせして申し訳ありません」
うっとりするような低くて艶のある声と共に、天井部分の空いたブースの壁を越すほどすっげぇ背の高い――ブランドスーツ着た犬頭が、そこに立っていた。
……?
…………?
……えーと。
「ナギサさん……?」
椅子に固まったまま訊ねると、金色の柔らかそうな毛の生えた顔の、優しそうな黒目がちの瞳が俺を見下ろした。
「ええ、ナギサです。本名は犬塚《いぬづか》渚《なぎさ》と言います」
その声はどう考えても男だ。アナウンサーみたいなカッコいい声。
服の上からでも鍛えてるのが分かる分厚い身体にピッタリのスーツも、どう見ても男物。
(やっ。やっちまった~~~!)
プロフィール、ちゃんと見てなかった!
名前だけで女の子だと思い込んでた……。
全身に冷や汗が湧き、血の気が引いて気が遠くなる。
「犬塚さん、どうぞそちらにお座りになって」
蛇の目さんが彼を丸テーブル挟んで俺の対面の席に案内した。
脚がすげぇ長いのか、座ると目線が俺とあんまり変わらなくなって、その黒くて可愛い瞳と見つめ合うと胸がドキドキと高鳴った。
うわァ……スーツの太い首回りに、フッサフサの金色の毛がかかってるよ……あぁっ、撫でてぇ~……両手で首筋に抱きついてモフモフしながら、耳の付け根に顔、埋めたい……。
なんて、ウットリしかけてハッとした。
俺っ、完全にペットショップで子犬と目が合った人みたいになってるじゃねぇか。
だからこの人は俺の希望の女の子じゃなかったんだってば!
「ちょっと、鳩羽さん。鳩羽さんてば!」
隣の蛇の目さんに耳元で叫ばれ、俺は縮み上がった。
「はっ、はい!」
「はいじゃないでしょ。あなたが彼に申し込んだんだから、自己紹介! もお~犬塚さんがあんまりステキだからってウットリしちゃって、いやぁねえ」
いやぁねえじゃねーよ!
ウットリもしてねえし! いや、したけどそういう意味じゃねえ!
そもそも俺は女の子がイイって希望出してたはずなのに。
あー、でもあの時の会話の流れは、確かに最初、女性を希望条件から外せって言われてたような……。
悪いのは蛇の目さんじゃなくて、ちゃんと希望をはっきり伝えなかった俺だ。
俺のミスに相手まで巻き込んじまったんだ――。
罪悪感でドキドキしながら目の前の犬塚さんの顔を見る。
大きな口が開いていて、ハッハッと息を切らしていた。
――この人、忙しい中わざわざ来てくれたんだよな……。
今更、勘違いでしたなんて言えねぇよ。
お見合い承諾してくれたのはきっとたまたまなんだろうけど……貴重な時間割いてくれたのに。
どうせ俺のことなんて気に入って貰える可能性は低いとは思うけど、ここは丁重に接しつつ、適当に流して終わらせよう。
観念した俺は、せめて相手を不快にさせないように振る舞おうと腹に決めた。
「俺、鳩羽《はとば》湊《みなと》と言います。初めまして。申込を受けてくださってありがとうございます」
真っ直ぐに相手を見つめながら自己紹介すると、犬塚さんの後ろからペシペシという音が聞こえた。
なにかと思ってこっそりテーブルの下を覗く。
見ると、彼のスーツのジャケットの裾からはみ出てる尻尾が千切れんばかりに振られていて、椅子の背もたれがベシンベシン叩かれていた。
(かっ……可愛い~~っ……)
俺の心臓がキュウウンと跳ねて、頭が真っ白になった。
――まずい。本当にやべぇ……。
すげー犬、飼いたくなってきた。
軽い自己紹介を終えると、俺たちは蛇の目さんに見送られてBLネット池袋支社の建物を出た。
肌寒い季節になってきたせいか、外は既に日が沈み、あちこちで風情のないネオンサインが瞬いている。
俺たちはこれから蛇の目さんオススメのお洒落なダイニングバーで食事の予定だった。
店までの地図をスマホで出して道を確かめる。
池袋はただでさえ色んな雑居ビルがゴチャゴチャしてるし、夜になっても人通りは激しいしで、経路案内まで出てるのにイマイチどっち行ったらいいのか分からねぇ。
グルグルスマホを回していると、後ろから肩を優しく押された。
「あっちですよ。行きましょう」
「あ、はい……」
顔を上げた途端に面食らった。
さっき建物出るまで犬だった犬塚さんの顔が、綺麗に波打った金髪をウルフカットにした、凄い美青年になっていたからだ。
「い、犬塚さん!?」
「あのままだと外では目立つので」
さらりと言って歩き出した彼の横顔をマジマジと見てしまった。
ニャニーズとかにもそうそう居ない隙のなさすぎる黄金比率の横顔が、整い過ぎててちょっと冷たく見えるほどで、犬顔とのギャップが激しい。
キレイなのに体格も相まって全然女っぽくはなくて、外国のポスターのグッドルッキングガイって感じ。
よく見るとクセ毛風の髪の中に小さく犬耳が垂れているけど、遠目から見れば獣人だとは誰も思わないだろう。
けど、群衆から頭一つ抜き出た長身にこの髪色と顔立ちは、はっきり言って普通に犬頭でいるよりも目立ちまくってる気がする。
ドギマギしながら彼の横について歩きながら、黙っているのも気まずくて話しかけた。
「あ、あの。これから行くとこ、行ったことある店なんです?」
「いえ」
犬塚さんは小さく首を振った。
「地図読むの上手いんですね。俺すげぇ方向音痴で」
「仕事柄、行ったことのない場所にもよく出向きますから」
「へえ……お仕事は何をされてるんですか?」
「警備会社に勤めてます。一族で経営してる小さな会社です……」
そう言ったまま彼は黙ってしまった。
あれっ、この人結構無口?
ここはもっと踏み込んで色々聞くべきか?
いや、もしかしたら話したくねぇのかもしれないしな。
じゃあ話題を切り替えて。
「犬塚さんは婚活始めてどのくらいなんですか?」
訊ねると、キレイな顔にちょっとだけはにかんだような表情が浮かんだ。
「まだ始めたばかりなんで……こうして会ったのも鳩羽さんが初めてなんです」
ああっ……そうなんだ……っ。
そんな婚活最初の見合い相手が勘違い野郎の俺なんかになっちまって、本当に申し訳無さ過ぎる。
胸がズキズキしてすぐに言葉が出ないでいると、犬塚さんは低くていい声でそっと付け加えた。
「その……俺と逢いたいって思って貰えて、とても嬉しかったです」
「お待たせして申し訳ありません」
うっとりするような低くて艶のある声と共に、天井部分の空いたブースの壁を越すほどすっげぇ背の高い――ブランドスーツ着た犬頭が、そこに立っていた。
……?
…………?
……えーと。
「ナギサさん……?」
椅子に固まったまま訊ねると、金色の柔らかそうな毛の生えた顔の、優しそうな黒目がちの瞳が俺を見下ろした。
「ええ、ナギサです。本名は犬塚《いぬづか》渚《なぎさ》と言います」
その声はどう考えても男だ。アナウンサーみたいなカッコいい声。
服の上からでも鍛えてるのが分かる分厚い身体にピッタリのスーツも、どう見ても男物。
(やっ。やっちまった~~~!)
プロフィール、ちゃんと見てなかった!
名前だけで女の子だと思い込んでた……。
全身に冷や汗が湧き、血の気が引いて気が遠くなる。
「犬塚さん、どうぞそちらにお座りになって」
蛇の目さんが彼を丸テーブル挟んで俺の対面の席に案内した。
脚がすげぇ長いのか、座ると目線が俺とあんまり変わらなくなって、その黒くて可愛い瞳と見つめ合うと胸がドキドキと高鳴った。
うわァ……スーツの太い首回りに、フッサフサの金色の毛がかかってるよ……あぁっ、撫でてぇ~……両手で首筋に抱きついてモフモフしながら、耳の付け根に顔、埋めたい……。
なんて、ウットリしかけてハッとした。
俺っ、完全にペットショップで子犬と目が合った人みたいになってるじゃねぇか。
だからこの人は俺の希望の女の子じゃなかったんだってば!
「ちょっと、鳩羽さん。鳩羽さんてば!」
隣の蛇の目さんに耳元で叫ばれ、俺は縮み上がった。
「はっ、はい!」
「はいじゃないでしょ。あなたが彼に申し込んだんだから、自己紹介! もお~犬塚さんがあんまりステキだからってウットリしちゃって、いやぁねえ」
いやぁねえじゃねーよ!
ウットリもしてねえし! いや、したけどそういう意味じゃねえ!
そもそも俺は女の子がイイって希望出してたはずなのに。
あー、でもあの時の会話の流れは、確かに最初、女性を希望条件から外せって言われてたような……。
悪いのは蛇の目さんじゃなくて、ちゃんと希望をはっきり伝えなかった俺だ。
俺のミスに相手まで巻き込んじまったんだ――。
罪悪感でドキドキしながら目の前の犬塚さんの顔を見る。
大きな口が開いていて、ハッハッと息を切らしていた。
――この人、忙しい中わざわざ来てくれたんだよな……。
今更、勘違いでしたなんて言えねぇよ。
お見合い承諾してくれたのはきっとたまたまなんだろうけど……貴重な時間割いてくれたのに。
どうせ俺のことなんて気に入って貰える可能性は低いとは思うけど、ここは丁重に接しつつ、適当に流して終わらせよう。
観念した俺は、せめて相手を不快にさせないように振る舞おうと腹に決めた。
「俺、鳩羽《はとば》湊《みなと》と言います。初めまして。申込を受けてくださってありがとうございます」
真っ直ぐに相手を見つめながら自己紹介すると、犬塚さんの後ろからペシペシという音が聞こえた。
なにかと思ってこっそりテーブルの下を覗く。
見ると、彼のスーツのジャケットの裾からはみ出てる尻尾が千切れんばかりに振られていて、椅子の背もたれがベシンベシン叩かれていた。
(かっ……可愛い~~っ……)
俺の心臓がキュウウンと跳ねて、頭が真っ白になった。
――まずい。本当にやべぇ……。
すげー犬、飼いたくなってきた。
軽い自己紹介を終えると、俺たちは蛇の目さんに見送られてBLネット池袋支社の建物を出た。
肌寒い季節になってきたせいか、外は既に日が沈み、あちこちで風情のないネオンサインが瞬いている。
俺たちはこれから蛇の目さんオススメのお洒落なダイニングバーで食事の予定だった。
店までの地図をスマホで出して道を確かめる。
池袋はただでさえ色んな雑居ビルがゴチャゴチャしてるし、夜になっても人通りは激しいしで、経路案内まで出てるのにイマイチどっち行ったらいいのか分からねぇ。
グルグルスマホを回していると、後ろから肩を優しく押された。
「あっちですよ。行きましょう」
「あ、はい……」
顔を上げた途端に面食らった。
さっき建物出るまで犬だった犬塚さんの顔が、綺麗に波打った金髪をウルフカットにした、凄い美青年になっていたからだ。
「い、犬塚さん!?」
「あのままだと外では目立つので」
さらりと言って歩き出した彼の横顔をマジマジと見てしまった。
ニャニーズとかにもそうそう居ない隙のなさすぎる黄金比率の横顔が、整い過ぎててちょっと冷たく見えるほどで、犬顔とのギャップが激しい。
キレイなのに体格も相まって全然女っぽくはなくて、外国のポスターのグッドルッキングガイって感じ。
よく見るとクセ毛風の髪の中に小さく犬耳が垂れているけど、遠目から見れば獣人だとは誰も思わないだろう。
けど、群衆から頭一つ抜き出た長身にこの髪色と顔立ちは、はっきり言って普通に犬頭でいるよりも目立ちまくってる気がする。
ドギマギしながら彼の横について歩きながら、黙っているのも気まずくて話しかけた。
「あ、あの。これから行くとこ、行ったことある店なんです?」
「いえ」
犬塚さんは小さく首を振った。
「地図読むの上手いんですね。俺すげぇ方向音痴で」
「仕事柄、行ったことのない場所にもよく出向きますから」
「へえ……お仕事は何をされてるんですか?」
「警備会社に勤めてます。一族で経営してる小さな会社です……」
そう言ったまま彼は黙ってしまった。
あれっ、この人結構無口?
ここはもっと踏み込んで色々聞くべきか?
いや、もしかしたら話したくねぇのかもしれないしな。
じゃあ話題を切り替えて。
「犬塚さんは婚活始めてどのくらいなんですか?」
訊ねると、キレイな顔にちょっとだけはにかんだような表情が浮かんだ。
「まだ始めたばかりなんで……こうして会ったのも鳩羽さんが初めてなんです」
ああっ……そうなんだ……っ。
そんな婚活最初の見合い相手が勘違い野郎の俺なんかになっちまって、本当に申し訳無さ過ぎる。
胸がズキズキしてすぐに言葉が出ないでいると、犬塚さんは低くていい声でそっと付け加えた。
「その……俺と逢いたいって思って貰えて、とても嬉しかったです」
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