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番外ー新婚編

捜索

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「あっ……あっ……!」
 ショックの余り、言葉も出ない。
 ほとんど外に出たことがないのに、この車通りの激しい街中で、まさか。
「どこで離した⁉︎」
 青磁が血相を変えて俺に迫る。
「分からない、でもさっきまでは重たかっ……」
「じゃあ、遠くまでは行ってねぇな。……岬、お前、すぐに犬になれ」
「な、何で」
「鼻使って探すに決まってるだろ。早く」
「そ、そっか……っ」
 蒼に染み付いてる、いつも飲んでるミルクの匂いを辿ればっ。
 かけられたコートを剥ぎ、荷物と一緒に青磁に押しつけて、路地裏に飛び込んだ。
 そこで一瞬にしてゴールデンレトリバーの姿に変身して、服の中から這い出て、表に飛び出す。
「ワフッ」
 途端、青磁に両腕で抱き止められて、頭をガシガシ撫でられた。
「ミー君」
 ちょっ、お前、今そんなことやってる場合か!!
 血が出ない程度にガブーッと強めに手を噛み、青磁を追いやったところで、俺はフンフンと道路の匂いを嗅いだ。
 アスファルト、喫茶店のコーヒーや、強烈なラーメンの汁の匂い……駅前の繁華街の雑多な匂いに混じって、微かに残った蒼の匂いを嗅ぎ取る。
 ――あっちだ!
 ダッと駆け出す俺の横で伴走しながら、青磁が俺のスマホを荷物から出し、どうやって暗証番号を解除したのか分からないが、勝手に電話をかけ始めた。
「ああ、お義父さんですか? ――ご無沙汰してます。少し人手がお借りしたくて。ええ、実は……」
 顔にもキャラにも全く似合ってない整った敬語で話してる相手は、どうやら、俺のどっちかの父親らしかった。
「俺たちだけじゃ、時間がかかる。お前の一族、全員呼び出すぞ」
「ワン!」
 返事の代わりに、走りながら吠えた。
 青磁の言う通りだ。
 もう恥とか外聞とか、甘えとか言ってる場合じゃない。
 別れ道に来るたびに一度立ち止まって匂いを追いながら、少しずつ人気のない住宅街に入り込んでいく。
 探すうちに、ワンワンと激しく吠え立てる、聞き覚えのある声があちこちで上がりはじめた。
 ――獣の姿になった犬塚のみんなだ。
 その声を頼もしく思いながら、俺は必死で匂いを追いかけた。
 T字路に行き当たり、ハタと立ち止まる。
 俺の体質は人間寄りだから、かなり集中しないと匂いを嗅ぎ分けられない。
 どうしよう、焦ってるせいで、匂いの方向が、どっちなのか自信がない……。
 俯いたまま絶望していると、一際激しく吠える犬の声が右の方向から聞こえてきた。
 長い舌をだらりと出しながら遠くから走ってくるのは、よく似た金色の被毛に垂れ耳の、きりっと強気な顔の二匹の大型犬だ。
 妹の仁美と、パパの従姉妹の夏美おばさんだった。
 二人はあっという間にこちらに駆けてきて、「このバカ!」って感じで、会うなり二人して俺の首やら背中やらを甘噛みし、俺達を先導するように、一方向に向かって駆け出した。
 俺も青磁も追いつけないくらい、すごい速さだ。
 何とか追いかけながら、次の十字路まで来た。
 そこで電柱の影から飛び出してきたのは、パパによく似た、ちょっとキリッとした顔をしたゴールデンだった。
 小さい頃から散々世話になった、直人おじさん。
 彼は三匹の従兄弟たちを引き連れつつ、慰めるみたいに俺の顔をペロペロしてくれて、また、導くように道の一つに入っていった。
 すれ違う街の人が、立ち止まって不思議そうに首を傾げる。
「――ねえ、さっきから金色のでっかい犬が沢山、行ったり来たりしてる」
「ええ? 怖いな、保健所に通報した方がいいのかな」
「でも、凄く可愛いよ。ほら、あそこにも」
「あれは散歩中の飼い犬だろ」
 こっちを指差されてドキリとしながら、俺も出来る限りのスピードで青磁と駆けた。
 分かれ道にいきあたり、立ち止まってまた必死で臭いを嗅ぐ。
 すぐに、一方の道から、いかにも生真面目そうな顔の雄のゴールデンレトリバーが現れて、俺に向かって『こっちには居なかった』と首を振った。
 ――ありがとう、成明叔父さん。
 尻尾を振ってメッセージを伝え、反対の方角へと走る。
 道はついに行き止まりになり、大きな川に出てしまった。
 川沿いの道の向こうに、明かりもない、真っ暗な土手が広がっている。
 よく目を凝らすと、ガサガサと音を立て、何匹もの毛足の長い犬達が、背の高い草むらの中を分けいって、必死に蒼を探してくれていた。
 その中に、俺の獣人のパパの姿もある。
 俺の姿に気付くと、パパは大急ぎでこっちに走ってきた。
 航に似た優しげなその瞳が、俺をジッと見つめて、さあ一緒に探そう、と促すようにまた草むらに飛び込んでいく。
 みんな、最終的にここに行きあたったのだ。
「俺は左に行く。お前は、右の方、鉄橋のあたりまで取り敢えず探してくれ」
 青磁は俺にそう言うと、人けの無いのを良いことに、首から上を虎頭に変えた。
 直後、天まで届くような虎の獰猛な咆哮が上がる。
 青磁、そりゃあ、キッチンでやってた、蒼が逃げるヤツじゃないか。
 呼んでるつもりなんだろうが、逆効果だ。
 全くもう、本当にさっぱり分かってねぇな!?
 ――なんて、青磁を咎めている暇はない。
 俺も、夢中で草むらの中を掻き分けて進んだ。
 雑草に足を取られて、ひどく動きづらい。
 蒼はこんな場所にまで一人で来て……今頃、どうしてるんだろう。
 もしかして、川に落ちたんじゃ……っ。
 悪い想像に血が凍った瞬間、ギョッとするほど大きな犬の遠吠えが、近くにある鉄橋の袂の方から上がった。
 この声……!
 航だ……‼︎
 確信と共に、俺は橋の方角に向かって走り出した。
 近付くうちに、風に乗って、懐かしい航の匂いと、嗅ぎ慣れた獣人用のミルクの匂いが濃くなっていく。
 ワンワンと激しく吠える航の声に、怯えたような、寂しげな「みゃあ」という鳴き声が混じり――。
 そして、鉄橋の下の陰になっている場所で、俺はついに、航に首の後ろを咥えられた蒼の姿を発見したのだった。

□  □  □

「――俺が川沿いを探してたら、それまで静かだった草むらから、急に蒼の鳴き声が聞こえてきて……。多分、犬の俺のこと、岬だと勘違いしたんじゃないかな」
 無事に蒼がキャリーバッグの中でスヤスヤ寝息を立て始めた頃……人間に戻り、Tシャツとジャージのズボンに着替えてきた航から、そう教えてもらった。
 俺は犬の姿のまま、ずっと落ち込んでいたのを、犬塚のみんなに囲まれて慰められていた。
 危うく俺のせいで、取り返しのつかないことになる所だったのに。
 良かったね、大変だったねと、みんなが俺の顔をペロペロ舐めたり、スリスリしたりしてくれた。
 そして彼らは、俺と人の姿の青磁を囲むようにして、家までの道を送ってくれた。
 航がキャリーを大事に持ってくれて、青磁が、荷物と俺の服を持ってくれて……。
 人は青磁と航だけだったから、十数匹の大型犬をリードも付けずに散歩する人みたいになって、道行く人にたびたび、ギョッとされながら。
 みんな犬になってるせいか、やたらテンションが高くて、楽しそうに尻尾を振ったり、じゃれあったりしていた。
 俺たちを守ってくれるみたいに、先に行ったり、後ろをついて来てくれるみんなの姿が、本当に頼もしくて、心が温かくなる。
 やがて、ゴールデンレトリバーの盛大なパレードは、俺と青磁のマンションの前までたどり着いて――。
 青磁が蒼の入ったキャリーバッグを航から受け取ろうとすると、航は首を振り、それを自分の方に引き寄せた。
「青磁。……どうしてこんなことになったのかは聞かない。でも、今夜、岬と何か、ちゃんと話すことがあるはずだろ。……岬、だいぶ痩せたし、毛並みも俺よりかなり悪くなってる。凄く疲れて見えるよ。青磁も気付いてるんだろう。……今日は俺達がこの子を一晩預かる。だから、岬をよく寝かせて、それから、よく話をしてくれ」
 青磁はしばらく黙っていたけれど、やがて頷き、伸ばした手を下ろした。
「有難う。恩に着る。皆さんも、本当に有難うございました」
 深々と青磁が頭を下げる様子は、なんだか凄く大人で、見たことのない男を見るような感じがした。
 それは多分、初めて出会った頃よりも、青磁が成長してるからなのかもしれない。
 寝てる蒼と別れる時、俺は不安でクンクン鳴いてしまったけど……航はそんな俺の頭を優しく撫でて、首を振った。
「ダメだよ。岬は、少し休まなきゃいけない。
俺が犬になって、岬の代わりに一晩中そばにいるから、大丈夫。ミルクをやるのは、パパ達も出来るし。俺たち、双子だろう? 明日の昼頃には、必ず、無事に送り届けるからね」
 透けるような金色の前髪の奥で、黒目がちな瞳が優しくキラキラと光る。
 航……。
 大好きだ。
 ……いつも、心配かけて、本当にごめん。
 俺はペロリと航の手を舐め、後ろ髪を引かれながらも、キャリーバッグを航に任せた。
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