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 部室に一度戻り、目立ちすぎる純白の居合道着から青いパーカーとデニムに着替えた後、俺は開演時間ギリギリでどうにか会議場に滑り込んだ。
 座席は舞台から遠ざかるにつれ高くなっていて、俺の席は関係者席なのか、やや下手寄りながら、前から三列目という破格の場所だった。
 振り向いて暗い場内を見渡す限り、座席は完全に満席で、ミスとミスター候補を待つ人たちの期待と興奮が渦巻いている。
 今日で十二人の候補から、一気に男女三人ずつ、計六人に候補が絞られてしまう。
 四ヶ月も頑張って活動してきたのに、だ。
 そして、その中から明日、グランプリが選ばれることになる。
 明日の本選に誰が残ることができるのか……今はまだ誰にも分からない。
 ブザーが鳴り、客席のライトが消えて辺りは真っ暗になった。
 同時に目の前の舞台にぽっかりと丸くスポットライトが当てられ、司会の男女二人がしずしずと下手の方から現れる。
 なんとなく、芸人と女子アナというイメージを思い起こさせるその二人は、マイクを手に一通りの自己紹介をした後、開会を宣言した。
「――それでは皆さん、大変お待たせいたしました。いよいよ立山祭のメインイベント、ミス・ミスターコンテストの始まりです! それでは、早速候補者の皆さんに入場して頂きましょう!」 
 明るい感じの女性ボーカルの洋楽が大音量で流れ出し、真っ暗だった客席に突然光が当たる。
「ミスター立山、エントリーナンバー一番、経営学部三年、一ノ瀬令!」
 番号と名前が呼ばれると同時に、客席の間から突如として候補者が登場した。
 スポットライトが当たっているのは、すらっとした長身で、明らかに日本人離れした彫りの深い顔立ちの男子だ。
 黄色い声援を浴びながら、知り合いでもいたのか、時々座席に座っている誰かとハイタッチをしつつ、堂々と胸を張って通路をウォーキングしながら舞台へと上がっていく。
「ミス立山、エントリーナンバー一番、教育学部二年、西崎えり!」
 男女が交互に呼ばれる方式なのか、今度は反対側の客席の間からアイドルのようなドレスを纏った可愛い女の子が現れた。
 歓声が一気に激しくなって、ミスの人気が凄いことを実感する。
 高いハイヒールをはいているのに、優雅な身のこなしで舞台に上がっていく様は、とても同じ大学生とは思えない。
「――エントリーナンバー二番、法学部一年、犬塚航!」
 感心している内に弟の名前が呼ばれ、まるで自分の名前が呼ばれたかのように、心臓が止まりそうになった。
 航が現れたのは、俺のいる席のすぐ数メートル後ろの通路からだ。
 輝くウルフカットの金髪を華やかにセットし、きらきらと上品な光沢のあるグレーのジャケットを身に纏った航が観客に向かって手を振ると、叫び声があちこちから上がった。
「航君! 可愛い!!」
「頑張れ、航君ー!!」
「航、頑張れ、根性見せてやれ!」
 その声援は、女子だけじゃなく男子の声も混ざっている。
 多分、航のことを知っていて応援しに来た学部の人や、一般の人たちだ。
 万雷の拍手にはにかみながら、スポットライトに照らされた航は俺のそばを通り、壇上に上がっていく。
 その横顔がキラキラして眩しくて、誇らしいような、そしてひどく寂しいような気持ちになった。
 ずっと獣人の中だけで育ってきた俺の弟が、たった半年経つうちに、こんなにたくさんの人間から応援されている。
 今日で候補者の半分が振り落とされてしまう、想像しただけで身の竦むような舞台に、笑顔で堂々と立って……。
 まだ序盤なのに涙が出そうになり、うつむいて目頭をぬぐった。
 滲む視界の中で、候補者が次々と呼ばれて舞台に立っていく。
「ミス立山、エントリーナンバー二番、経済学部三年、東野みか」
 今度は、身長が178センチの俺と同じくらいはありそうな、黒髪ストレートのモデル体型の美女がロングドレスで颯爽と現れた。
 ミス日本とかにも出てきそうな、きりっとした和装の似合いそうな女子だ。
 と思うと、意外にも地味な感じの、黒髪で小柄な男子が反対側の客席から現れる。
「ミスター立山、エントリーナンバー三番、文学部三年、三ノ宮徹」
 身長は165センチくらいだろうか。
 理知的な太い黒縁の眼鏡をかけていて、顔立ちは繊細で中性的、舞台慣れしているのかやたら堂々としている。
 彼が手を振ると、会場の声援がミスの候補と同じくらい大きくなった。
 俳優とか、そういう活動で既にファンがいるような感じなのかもしれない。
 目で追っていると、次の女子が現れた。
「ミス立山、エントリーナンバー三番、南野ゆりな」
 聞き覚えのある名前にドキッとする。
 青磁の元、恋人未満だ。
 南野さんは可愛く巻いたロングヘアに、清楚な白いワンピースながら、服の上からでも明らかに分かる巨乳を揺らしながら現れた。
 分かりやすい派手な目鼻立ちから来るカリスマ性というか、印象深さは、女子の候補者の中でも随一だ。
 堂々として、いかにも気が強そうな感じで、青磁のお姉さんにも少し似ている気がする。
 彼女だったら青磁と付き合っても、対等な感じでいられただろうな。
 ていうかこんな美女と付き合いがあったのに、なぜ俺にした……?
 俺、犬になれるぐらいしか取り柄ないぞ。
 青磁にとってはそれで十分だったのか……?
 ――と、揺れる巨乳に視線を吸い寄せられたままボンヤリ考え事をしていたら、その後の数人の紹介を聞きそびれていたらしい。
「ミスター立山、エントリーナンバー6番、理工学部1年、虎谷青磁!」
 不意打ちで俺のつがいの名前が呼ばれて、盛大に動揺してしまった。
 振り向くと、客席の後方にスポットライトが当たっている。
 そこに青磁が現れた瞬間――周りの音も景色も、俺の意識の中で消えた。
 そのくらい、俺の耳も目も、一気につがいに奪われて、役に立たなくなってしまったのだ。
 ……久しぶりに見る青磁は、数ヶ月前に会った時よりも、髪が短くなってて……それが驚くほど大人っぽくて、まるで別人みたいだった。
 シンプルな黒のライダースジャケットの下に白シャツとスキニーデニム……ラフな格好なのに、ハリウッド映画に出てくる俳優みたいな、強く発散するオーラがある。
 フワフワした虎耳に付いてるのは、揺れて光るタイプの小さなダイヤだ。
 ゆっくりと大股で歩いていく青磁の動きに合わせて、そのダイヤがライトを浴びてチカチカ眩しい。
 完璧な造形の横顔も、後ろに白い斑点の入った耳も、猫科っぽいしなやかな歩き方も、隙なくセットされたベリーショートの銀色の髪も、全部が綺麗で、愛しくて、苦しかった。
 心臓が痛いほど跳ね上がって、うまく呼吸ができない。
 会いたかった。
 顔が見たかったし、動いてるところを見たかったし、声が聞きたかった、ずっと。
 忘れるように、考えないように、努力してたんだ……。
 青磁、俺に気付いてくれ。
 一瞬でもこっちを見てくれたら、それだけで明日までまた我慢できる。
 お願いだ、青磁……。
 でも彼は、映画のスクリーンの中の人物のように、俺に気づく事はなかった。
 それどころか、誰に対しても、手を振ったり微笑んだりしない。
 誰にも媚びることなく、ひたすらに自然体だ。
 それなのに白く神々しいその容姿で観客の視線を引き付けて、そのまま舞台へと上がっていく。
 目で追う内に、いつの間にか俺の脚がガクガク震えていた。
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