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 その言葉に、何故だか頬が熱くなる。
「嫌いになんかならないよ……!」
 すぐに否定すると、
「じゃあ、好きなんだ?」
 と返されて、言葉が出なくなった。
 朝までは彼から離れるつもりだったことを思い出して、葛藤がまた蘇る。
 ああ、俺、またダメな方向に進んでる。
 ミーシャの記憶が戻っても、俺を好きで居てくれる保証はないのに。
「ごめん……」
 それだけを口にして、俺は唇を強くひき結んだ。
「いいけどな。……それでも俺はマコトが好きだし、守る」
 ミーシャの完璧な横顔の視線がまた前を向く。
 俺も一緒にフロントガラスのほうを向いたけど、ブワッと涙が溢れてきてしまった。
 ……だって、そんなことを言ってくれる人は今、この世にこの人だけだ。
 俺の父や母が生きていれば言ってくれただろう言葉……。
 それがたとえ、ミーシャの思い込みだったとしても、心を動かさずにいることなんて出来ない。
「……っ、ごめん……」
 顔を覆って俯く俺の肩を、ミーシャの右手が撫でてくる。
 俺は一人じゃない、少なくとも今だけは……。
 涙が止まらない俺と、黙ったままのミーシャを乗せ、車は厚い雲の垂れ込める冬のパリの道を、猛然と走り出した。


 パリの市境をぐるりと取り囲む環状道路を出て、オートルートA1号線と呼ばれるベルギー方面に向かう高速に入ってゆく。
 パリを出る頃には、俺の涙も乾き、ミーシャの車の運転も大分安定していた。
 すっかり葉を落とし切ったプラタナスの街路樹をぼんやりと眺めていると、ミーシャが俺に話しかけてくる。
「近くでちょっと休んで、昼飯食いながら話しないか」
「……うん」
 頷くと、車は真っ直ぐに走っている道をそれて、サービスエリアの広々とした駐車場に入った。
 車と車のあいだに入るときにはヒヤヒヤしたけど、何とかぶつけずに止めてくれてホッとする。
 俺の座席の後ろに逞しい腕をあてながらバックする様子を横で見ながら、大人のミーシャは、きっと運転が上手かったんだろうなぁ……なんて思った。
 黒ハイネックの、顔に似合わず太い首筋のラインにうっかりときめいてたら、綺麗な顔に「ん?」って感じで微笑まれて――チュ、と一瞬だけ、唇にキスされた。
「うひゃあ!?」
 ビックリしてフロントドアの内側にぶつかるくらい飛び退く。
 心臓がうるさいくらい跳ね上がって苦しい。
 感触、柔らかくてあったかくて、気持ちよかっ……じゃ、なくて!
「と、友達でそういうことはダメって言わなかったっけ!?」
「……いや、マコトの方がキスして欲しそうな顔で俺のこと見てたから」
「そっ、そんな顔してない!!」
 即座に否定したけど、ドキドキして顔が熱い。
 酔っ払ったみたいに気分がフワフワして、これじゃあまるで俺、本当にキスして欲しかったみたいだ。
 そりゃミーシャは凄くかっこいいし、顔は男とか女とか以前に見惚れるほど美形だし、何より俺のこと助けてくれたけど……!
「マコト、顔真っ赤だ……もしかして、嬉しかった?」
 エンジンが止まって静かになった車内で、ミーシャが上半身を助手席に乗り出してくる。
 表情を覗き込んでくるように顔が近付き、俺を追い詰めた。
 それ以上近寄ったら、……っ。
「あ……!」
 顔を見せまいと防御してた腕を掴まれ、ぐいと引き寄せられて、前髪の間から額にキスが落ちる。
「う……っ」
 口じゃなくて、一瞬ホッとしたのもつかの間――そのスキに、顎を掴み上げられて唇を吸われた。
「ン……!」
 ビックリし過ぎて手も足も出ないまま、昨日覚えさせられた、誰かと体の粘膜を触れ合わせるゾクゾクとした快感が走って、意識がとろけていく。
「あはぁ……っ、んぶっ」
 厚めだと言われた俺の下唇が、からかうように噛まれたり、舌先でなぞられたりして、気持ちよくて全身がビクビク震える。
「んっ、ク……」
 抵抗も出来ずにだらりと唇が開いてしまって、付け込むような男の強引な舌で俺の中が蹂躙されていく……でも、もう突き放せない。
 奥の奥まで入り込むことを許して、喉の方まで生温かい舌で好きに愛撫されて、座席からお尻が浮くほど、恥ずかしい熱で下半身が疼いた。
 もう言い訳できない。俺、ミーシャのキスを……喜んでる。
「……っ、ふ……」
 涙目で相手の分厚い肩を掴んで離そうとしたのに、かえってまるで抱きつくみたいになった。
 それに気を良くしたのか、一方的なミーシャの攻勢が止み、唇が離れてギュッと両腕で抱き締められる。
 そして、甘くて艶やかな、どこか人を従わせるような強さのある声でミーシャが低く呟いた。
「……もう、俺から離れるな。俺がマコトを守るから、一人でどこか行ったらダメだ。……いいな、マコト」
 強引だけど、切々としたその訴えを退けることは、最早俺には無理だった。
 何より、彼の腕の中が温かすぎて。
 ――俺、好きって言われてからすっかりおかしくなってるのかも……。ミーシャに会う前の俺は、男どころか誰かにこんな感情を抱く余裕なんて無かったし、今だって殺されそうな状況で、もっと余裕ないはずなのに。
「分かった……ありが、とう……で、でもこんなキスはもう……」
 ダメだと言おうとしたら、金色に透ける繊細な髪がさらりと俺の頰に落ちて、啄ばむようなキスで言葉を奪われた。
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