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強引なキス

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 俺とインジェンは、決意とやる気に満ち溢れたカラフに引き摺られるようにして馬を急がせた。
 そして日が沈む頃、ついに目的の陵墓まであと少し――という、街道沿いの町までたどり着いたのだった。
 そこには皇族が墓参りをする時に宿泊する為の宿場町があり、疲れた馬を休ませる馬屋のある、立派な宿もある。
 かなり疲労が蓄積していた俺たちは、今夜は宿に泊まることにした。
 野宿じゃないのはこの旅に出てからは初めてだ。
 問題は、帰りの食料や路銀のことを考えると、三人同じ、狭い一つの部屋に泊まるしかないってことだ。
 ……もし喧嘩になったら、俺が身体を張って止めるしかない。
 と、相応の覚悟はしていたのだけど――。
 インジェンはボロボロに疲れ果てていたのか、そんな元気も無く、すぐに宿のしょうを占領して寝てしまった。
 残された俺とカラフだけで、音を立てないよう、そうっと外へ出る。
 日はすっかり暮れ、夜空には欠けた月が浮かんでいた。
 この宿場町は行商人の通り道でもあり、露店がやっていたり、裏通りにちょっとエッチなお店なんかもあるせいか、提灯を持った人が行き交っていて、夜でも賑やかだ。
 そんな人波の中をカラフと二人で歩きながら、俺は密かに思案していた。
 ――どうやって、カラフの求婚を止めよう。
 いっそ、本当のことを言うか?
 呪いを解くのを手伝ってもらうんだし。
 いや、駄目だ……インジェンが許すはずがない。
 じゃあ、こっそり内緒で話すか……?
 なし崩しに俺の前世のことも話すことになるけど。
 カラフはサッパリした男だから、俺が彼の主人公の座を奪おうとしたこと自体は、許してくれると思う。
 そこは理解してくれたとしても、かえって、その物語の通りに求婚するって言い出しそうだ。
 彼が今心から欲しいものは、物語のように愛じゃなくて、皇帝の座だから……インジェンが男だと知っても、思いとどまらないかもしれない……。
 悩んでいるうちに、カラフの足が路地に面したこじんまりした酒店に向いた。
「あそこでひとまず食事して、インジェン殿には何か帰りに買って帰ってやろう」
 卓につくと、カラフが勝手に酒と料理を頼んでゆく。
 酒や肉料理、それに水餃子や刀削麺を頼んでいるようだった。
 当然の如く俺がお酌しようとすると、カラフは逆にそれを奪い取り、俺の盃を取り、注いでくれた。
「そんなことはおやめください。私はそもそも、食卓をお供できるような身分では」
「いや、私も今は放浪の身。お前も、もはや王家の奴隷ではない。同じ立場だ。さあ」
 酒を勧められて、前世でも今世でも飲んだことのなかったそれに、恐る恐る口を付ける。
 ……舌と喉が焼けるように感じて、驚いた。
 苦味の中に甘味があって、飲めなくはないけど、慣れが必要そうだった。
「なんだ。リュウ、酒は初めてか」
「勧められても断っておりました。陛下をお守りするのに、眠くなってはいけないと……」
 カラフの涼しげな瞳が細まり、温かな表情を作る。
「そうであったか……」
 そして、俺の盃にまた新たに酒が注がれた。
「今は私がいる。安心して飲むがいい」
 うーん、そんなにこれ、好きじゃあ無いんだけど。
 勧めてくれるんなら、ここは飲んでおくか……。
 勢いで説得しやすくなるかもしれないし……。
 多少無理もしつつ、おかわりを更に喉に流し込んだ。
「はは、リュウ、そなたいける口だな。……さあ、父上と旅した九年のことを私に教えてくれ。ずっとそなたの口からも聞いてみたかった」
「は、はい……」
 料理も運ばれてきて、カラフと二人、食べ物を口に運びながら取り止めのない話をした。
 俺が話したのは、主にダッタンを出てからの爺さんとの思い出……というか、苦労話だ。
 爺さんが時々、好物の川魚を食べたがるものだから、釣りが上手くなったって話とか。
 目が見えないのにすぐ迷子になるから、しまいには、迷子ヒモで俺と爺さんの腰を結んでたら、間に子供がひっかかり、三人まとめて転んだ話とか。
 カラフはほとんど話さずに、俺の話を、楽しそうに聞いてくれた。
 感心したり、笑ったり、質問したり相槌を打ったり、とにかく聞き上手で……。
 調子に乗って喋っているうちに、すっかり酔いが回ってきた。
 うう、胃が熱い……頭がボンヤリする。
 口も回らなくなり、話が途切れたあたりで、カラフが俺の肩を支えて、立ち上がらせてくれた。
「そろそろ出よう。インジェン殿の為の料理は宿まで運んでもらえるよう言っておいた。慣れない酒を飲ませてしまって、悪かったな」
「い、いえ……」
 肩を抱かれたまま、店の引き戸を開け、外に出る。
 だいぶ時間が経ったせいか、もう路地を歩く者もほとんど居なくなっていた。
 外に出ても、すぐには歩き出さず、カラフが呟く。
「……父上の目は良くはならないが、身体の方は状態が良いと医者に言われた。リュウ、全て、お前の心遣いのおかげだ。本当に感謝している」
 唐突に――肩に触れている手の力が強まり、カラフが俺の身体を自分の方へ向かせた。
 至近距離で見つめ合うような形になった途端、俺の頬にカラフの右手が触れてくる。
 肉厚で、ガサガサと乾燥した、剣ダコだらけの……王子というより、戦士の手だ。
 その熱さにドキッとして、狼狽した。
「いえあの、私など全然……何にも」
 しどろもどろになりながら、一生懸命頭を回転させる。
 今なら、カラフの求婚を思いとどまらせる説得を、聞いてもらえるんじゃないか。
 ボンヤリする頭で、一生懸命考える。
 駄目だ、今は嘘をつくとか、言い訳を考えるとか、難しいことができない。ストレートに頼むことぐらいしか……。
「殿下……。お願いです。トゥーランドット公主に求婚なんか、しないでください……」
 顔に触れられたまま、俺はぼやける視界の中のカラフの綺麗な瞳をじいっと見つめた。
 酔いが回ったのか、近くで見るその顔は赤みがさしている。
「リュウ。それはどういうことだ」
 そんなこと、聞かれても俺……。
「どういうことって、言われましても。……前にも止めましたよね……?」
「それは覚えている。お前が諭してくれたお陰で、父を医者に見せることができた。……リュウ、話をすればするほど分かる……そなたは強く、美しく、賢い……」
 カラフの大きな手が、俺の髪を優しく撫でる。
 いかにも、愛おしそうに……なぜ?
「……殿下、聴いてください……」
 触れられた部分がヒリヒリする……。
 まずい、クラクラしてきた。
 俺、今、何を喋っているんだっけ?
「殿下がトゥーランドット姫に求婚したら、私は、死んじゃう……」
 かもしれなくて……と続けようとした時、
「リュウ……っ。お前、そこまで私のことを……!」
 強く抱きしめられて、身体がカラフの胸板に密着した。
「え、……え……っ?」
 何が起きているのかわからない内に、俺の顎が太い指で掴まれ、グイと持ち上げられて、男らしい厚い唇がせまってくる。
「……おっ、おやめ下さいぃっ……!」
 反射的に、俺はカラフの胸を強く突き飛ばしていた。
 手が離れ、その隙にもがくようにして彼の胸の中を抜け出す。
「リュウ……!」
 涙目になりながら、俺は脱兎のごとく、店の明かりがポツポツと照らす路地を走り出した。
 何なんだ、今の。
 俺は男なのに、カラフは今、何しようとしたんだ。
 女の子にするみたいに、俺に強引にキスしようとした……!?
 何でだよ。全然そんなつもりじゃなかったのに。
 ……でも、もしも……。
 俺とカラフがそういう、関係になったとしたら……。
 求婚、やめてくれるのかな。
 その方が、いいのかな……!?
 だって、「トゥーランドット」のリュウはきっと、こんな風になりたかったに違いないんだ。
 カラフに今までの辛かった人生や、努力を認めて貰えて、苦労話を聞いて貰って。奴隷としてじゃなく、対等に、ちゃんと恋愛の対象として見て貰えて、カラフに抱き締めてキスしてもらいたかったと思う。
 さっきのは……俺じゃない「リュウ」がなによりも望んだことだったのかも……。
 インジェンがロウ・リン姫に呪われているように、俺も「リュウ」に呪われているのかも知れない。
 俺は、「リュウ」を幸せにするべきなのか?
 でもそれは、俺の望みじゃない……っ。
 ……もう、自分がどうしたらいいのか分からない……。
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