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ドSの皇子

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 ――俺は重々しい鎧を着た兵士達に捕まって縛られ、猿ぐつわを噛まされ、それ以上何も見るなとばかり、目隠しをされた。
 そのまま、どことも分からない場所を、メチャクチャに引っ張られ、連れ回された。
 一度、ひどく寒い場所に数時間放っておかれ、次にまた、別のところへ連れ出され、もはや自分のいる場所が、城の中なのか外なのか、さっぱり分からない。
 空腹の上、疲れ果てて足がもつれてきた頃に、最後に微妙に柔らかいものの上にじかに座らされた。
 なぜだか、お香のいい匂いがする。
 そんなに居心地の悪くない場所だけど、これから拷問する罪人を油断させるための段階なのかも知れない。
 ハッキリ分かるのは、これから俺がロクな死に方をしないということだ。
 ペルーサの王子のように一瞬で首を刎ねられるのはまだ運がいい方。
 奴隷が姫君に求婚する、なんていう国家反逆罪を犯した俺への刑は、そんなものではすまないだろう。
 全身の肉を何千回にも渡って少しずつ削いで殺す「凌遅《りょうち》刑」とか、釜茹《かまゆ》での刑、よくて、市中に繋がれ、首と両手を一枚の板で固定され、のざらしにされたまま餓死するまで放置とか。
 覚悟していたとはいえ……謎への挑戦すら許されなかった事実に、俺は落胆しきっていた。
 きっと、バチが当たったんだ。
 奴隷として死ぬはずの俺が、主人公を裏切って、ズルをして。
 挙句、好きでもないお姫様に求婚して、自分が主人公に成り代わろうとしたのだから。
 ただ、この世界のトゥーランドットは男だったから、カラフが挑戦していたとしても、俺の知る物語のようにうまくいっていたかどうかは分からない。
 でも、どちらにせよ俺自身は、爺さんへの恩に報いて、カラフの為に素直に死ぬべきだったんだ。
 本当に、そうするべきだった……。
 爺さん、今頃どうしてるんだろう。
 息子のカラフと会えて、話もできて、今頃ちゃんと、あったかいベッドで眠れてるのかな。
 そうだといいな……。
 急に、この世界での今までの短い人生のことが色々頭に思い浮かんで、目隠しの下で涙が溢れてきた。
「うぅ……っ」
 辛い。
 情けない。
 俺には努力も、才能も、慎重さも全く足りていなかった。
 甘い見通しだけでこんな場所までノコノコ来て。
 主人公になれる才能なんて無いのに思い上がって。
 俺は物乞いをして、奉仕をして、奴隷のまま、孤独に死んでいく運命だったんだ。
 そんな俺だから、トゥーランドットにも見破られた……。
 涙は目隠しの布をぐしょぐしょにして、ついに頬まで伝い落ちていく。
 ……突然、深いため息が前から聞こえてきた。
 俺を連れ回していた後ろにいる誰かとは、別の人間が目の前にいる。
 まさか死刑執行人?
 俺を殺すための刑がもう始まるんだろうか。
 重罪人への「凌遅刑」は、罪人を目隠ししたまま、肉を削いでいくという。
 苦しみ抜く罪人と目が合うと、執行人の方が辛くなるからだ。
 恐怖に身を硬くしていると、低い声がはっきりと聞こえた。
「……誰か、この者の目隠しを取ってやれ」
 響きの良い、だけどどこか冷たい若い男の声だ。
 まさか、カラフが本当に助けに来てくれた!?
 でも、カラフの声じゃあないよな。
 目隠しを取るってことは、死刑執行人じゃあなさそうだと感じて、こわばって震えていた身体から少し、力が抜けた。
 衣摺れの音がして、俺の背後に誰かがひざまずく。
 その手が、目を隠している布に触れ、いましめを解き始めた。
 助けてくれる!?
 いや、拷問の準備!?
 どっち……。
 ドキドキしていると、猿轡は付けたままで、目隠しを外された。
 視界が戻ってきて、目を見張る。
 ……そこに居たのは並外れた美しい容貌をした男だった。
 着ているのは、この国の男性王族が身につける美しい絹の長袍《ちょうほう》で、離れていても分かるほどの伽羅の香りが漂ってくる。
 彼の背後の、この部屋の調度にも目を奪われた。
 煌びやかな灯火。
 赤い毛氈《もうせん》の敷かれた床。
 真っ赤に塗られた柱に、灯りを照り返す紫檀の立派な家具。
 奥まった場所に、仕切りとカーテンで区切られた立派な寝台。
 ここは貴人の寝室だ。
 木格子のはまった窓の外は既に暗い。
 俺は、もう一度この部屋の主と思われる男の顔を見上げた。
 二重の線のハッキリとした目に、描いたように生え揃った眉、まっすぐな鼻筋、女性的にも見えるほど美しい形をしているけれど、意志の強そうな唇をした……。
 あれ、この顔のパーツ、どこかで見たぞ。
 どこかで……。
「ンーッ!」
 トゥーランドット公主!?
 と叫ぼうとして、猿ぐつわに阻まれ、くぐもった叫びしか出ない。
「静かにしろといったはずだ。騒いだら命はない」
 今は化粧も落とし、美貌の若く高貴な男性に見えるトゥーランドットが、背後の紫檀の文机の椅子に腰を下ろし、上から目線で俺を睨みつけている。
「喋れるようにしてやれ。そして呼ばれるまで、この部屋を出ろ」
 俺の背後にいた誰かは、黙ったまま、俺の猿轡も外すと、姿を見せることなく、すっと遠ざかっていった。
 俺は生きた心地がせず、口を閉じてされるがままだ。
 その間も、色素の薄い瞳がまじまじと俺の顔を観察している。
 沈黙に堪えられず、つい小声で聞いてしまった。
「あのう……。公主様ですよね……?」
「……罪人風情が、私に質問して良いと思っているのか」
 あっ、このドSな感じで答えがわかりました、もう結構です……。
 それにしても、何で連れて行かれた先が牢獄じゃあ無いんだろう。
 もしかして、自分で拷問する趣味があるとか、そんなんか。
 ゾーッとしながら成り行きを見守っていると、お姫様?は冷たく唇の片端を上げた。
「お前のような卑しいものが、まだ生きていられていることを感謝するがいい」
 ……なんて居丈高で、感じが悪い野郎だ。
 まあ、氷のようなお姫様、もとい皇子様だから当然か。
「……死刑にする前に直に聞きたいことがあったので、宦官たちに命じてこの翠玲宮へ連れてこさせた。刑吏からは嘘か誠か分からぬいい加減な調書しか上がってこないだろうからな」
 て、ことは、もしかして、ここは……後宮か?
 本来、男が夜立ち入ることは絶対に許されないはずの場所だ。
「……王子でも無いのに身分を偽り、私の前に現れた者は初めてだ。お前は何者だ」
 急に核心を突いた質問をされて、ドキリと心臓が跳ねた。
 ここは正直に言うべきだろうか。
 死刑にする前に、ってことは、聞きたいことを聞いたら即、殺すつもりなのだろう。
 俺は半ばやけっぱちで、お姫様に答えた。
「何者でもございません。ただ、三つの謎の答えを必ず解く自信があったから、ここへ参りました。公主様」
 美しい眉根に影が入り、睨まれたら切れそうな美々しい瞳が疑いの眼差しでこちらを見る。
 嘘だと思っているらしい。
 俺は彼に、胸の中の本音をぶちまけることにした。
 なんで女のフリしてるのかも気になるが、一番気になるのは――。
「……恐れながら、わたくしめもお伺いしたく存じます。何故、公主様はわたくしめが奴隷の身分であることを看破されたのですか」
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