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第1章 冒険者への道
第1話 異世界召喚
しおりを挟む平凡なサラリーマンである影山武(二十三歳)は、朝から慌てていた。昨夜はアラームのセットを忘れたからだ。
「ヤバいヤバい!」
無事に大学を卒業して就職もできたが、その会社は少々ブラックな会社だった。入社して一ヶ月後にはほぼ毎日残業だ。
「酒なんて飲まないで早く寝れば良かった」
急いで支度をすれば間に合いそうなので、今日は朝食を諦めて準備を優先した。
忘れ物はないか確認してから、武はアパートのドアを開けた。
(走れば間に合うだろう。また遅刻したら課長に怒鳴られる)
絶対に遅刻したくない武は勢いよく外に出た。体が部屋から完全に出ると、突然目の前が真っ白になった。
「•••え?」
さっきまでアパートにいたはずなのに、いきなり真っ白な世界になったので武の頭は混乱していた。
「おいおい、冗談だろう。何だよこれは!」
遅刻しそうな状況で、こんな訳がわからない場所にいるのだ。冷静でいるのは無理があった。
「おーい!誰かいないのかー!ここはどこだよ」
歩きながら助けを求めたが、返事は来なかった。今自分が進んでいるのかわからないほど、本当に真っ白な世界である。
「何で誰も•••何もないんだよ•••」
絶望的になった武は立ち止まると、どこまでも続く真っ白な空を見上げた。
「•••すか?」
「え?」
幻聴が聞こえたと思った武は、額に手を当てて頭を振った。
「ついに頭がおかしくなったか」
「•••聞こえますか?」
また聞こえてきた。最初は雑音が混じって聞き取れなかったが、今度ははっきりと聞こえた。どうやら、声の主は若い女性のようだ。
「私の声が聞こえますか?」
「は、はい!聞こえます」
声の正体が誰なのかわからないが、この際誰でも良かった。こんな孤独な世界で何もしないよりはマシだ。
「私を•••私たちを助けて下さい」
武は少し考えた。どう返事をすればいいのだろう。返答次第では、今よりも大変な目に遭うのではないか。
「お願いします!」
顔は見えないが、女性の声からは強い想いが感じられた。
「•••力になれるかはわかりませんが、あなたたちを助けます」
どんな結果になっても、この状況から抜け出せるのなら助けようと決めた。昔から武は困っている人には手を差し伸べていた。それは父親よりも祖父の影響だ。
「ありがとうございます」
女性の声は安心したように落ち着いていた。これからどうなるのか考えていると、急に体が落ち始めた。
「うあああああ!」
情けないことに悲鳴を上げてしまった。まさか落ちるなんて思わなかったからだ。気付けば恐怖で目を閉じていた。
(どうなるんだよ俺は⁉︎)
もう諦めて体の力を抜くと、全身が徐々に熱くなってきた。小学生の時に風邪を引いた発熱とは違い、なぜか身の危険は感じられなかった。
どれくらいの時間が経っただろう。時間の感覚がわからなくなってきた。
(体の熱には慣れたけど、この落下は無理だな)
小さい頃から絶叫マシンは苦手だった。従兄弟と一緒に遊園地で乗ったが、泣いただけで良い思い出がないのだ。そんな昔話を思い出していると、いつの間にか体が安定していた。
(•••もう、落ちてない)
一応安心した武はゆっくりと目を開けた。すると、目の前にローブを着て栗色の髪をした女性がいた。自然と目が合うと、彼女は微笑んでから口を開いた。
「私は魔導師のメリージュと言います。ようこそ、選ばれし異世界の方」
「異世界?」
瞬きをしてから、武は周りを見た。メリージュの他にも何人かローブを着た人がいた。恐らく、全員が魔導師なのだろう。それと、自分が今いる所は昔やったゲームに出てくるような神殿を思わせる場所だった。
(何かの冗談だよな。それとも、俺は死んだのか?)
「お名前を教えて頂けますか?」
メリージュに言われて、ようやく自分がまだ名乗っていないことに気付いた。
「か、影山武です」
「カゲヤマタケルさん、ですね」
武は少し違和感を覚えた。ついフルネームで名乗ったが、それが名前のように言われたからだ。
(もしかして、この世界では苗字がないのか)
「タケルと言います」
慌ててタケルは言い直した。状況がわからないなら、この世界に合わせた方がいいだろう。
「タケルさん。ようこそ、『ガルラド王国』へ」
メリージュは深くお辞儀をした。改めて見ると、彼女は自分と同じ二十代のようだ。
「勝手ながら、私があなたを召喚しました。どうか、私たちの国をお救い下さい」
さっきよりも深く頭を下げてメリージュはタケルにそう言った。彼女に続いて、他の魔導師たちも頭を下げた。
「救うと言っても、俺はこの世界を知りません」
「あっ、そうでしたね。失礼しました。この世界についてお教えします」
メリージュはとてもわかりやすく教えてくれた。ここは『バーレンシア大陸』で、その東側にある『ガルラド王国』だそうだ。西側には、敵対している『アバン帝国』がある。
「そしてここは、『ガルラド王国』の大都市。王都エデンです」
(王国に帝国。本当に異世界なんだな。じゃあ、ラノベやアニメのような魔法や魔物、冒険者とかがいるのか?説明を聞いたら冒険へどうぞってなるのかな)
徐々に理解し始めたタケルだったが、一つわからないことがある。
「そういえば、どうして異世界から来た俺がこちらの言葉を理解できるんですか?」
「それは、こちらへ召喚中に魔素を吸収したからです」
「魔素?」
「はい。魔素とは、大気中にある微弱な魔力のことです」
魔力という単語に少しタケルは驚いたが、世界を移動した事実があるのですぐに落ち着いた。
「魔素を吸収したことで、こちらの世界に適応できたのです。そして、適応したのは言葉だけではありません」
そう言うと、メリージュは右手を前に出した。しばらくして、彼女の右手に水が集まり始めた。
「タケルさんにも、私たちと同じように属性を得ているはずです」
「•••嘘だろ」
自然とその言葉が口から出てしまった。
「嘘ではありません」
メリージュが慌てて言うと、近くにいた中年の男性魔導師に視線を向けた。その意味を理解すると、彼は少しだけ離れて大きな水晶玉を持って戻ってきた。
「こちらの水晶玉に手を触れて下さい」
男性魔導師に言われたタケルは、恐る恐る言われた通り水晶玉に触れた。
「きっと風属性ですぞ」
「いやいや、苦労して召喚したのだから、光属性じゃよ」
何やら周りから変な期待をされているが、タケルは気にしないようにした。触れた直後は何の変化はなかったが、無色の水晶玉は徐々に黒くなっていった。やがて完全な黒に染まると、周りから小言が聞こえてきた。
「どういうことだ。黒だぞ」
「何かの間違いじゃないのか?」
周りの魔導師の様子が変なので、タケルはメリージュに顔を向けた。すると、なぜか彼女はとても不安な表情をしていた。何か言おうと口を開いた瞬間、一人の魔導師が大声で叫んだ。
「そいつを捕まえろ‼︎」
神殿中に声が響くと、柱から剣を持った兵が現れた。どうやら、ずっと隠れていたようだ。兵はタケルを取り囲むと、躊躇なく剣を向けてきた。
「命が惜しければ大人しくしろ!」
一人の兵がタケルの喉元に切先を向けて言った。身の危険を感じて言う通りにしていると、他の兵が体を押さえてきた。
「ちょ、俺が何したってんだよ!」
「そいつを牢へ連れて行け!」
先程叫んだ魔導師が言うと、兵に押さえられたままタケルは連行された。
神殿の奥にある階段を下りると、そこは薄暗くてジメジメしていた。不気味に揺れる松明の灯りが、ずっと奥まで続いていたのだった。
「ここに入れ!」
しばらく歩くと、兵は一つの牢の前で止まった。錆びているのか、ギィっという音を立てて扉を開けるとタケルを押し込んだ。
「うわっ」
タケルを中に入れると、しっかり鍵を閉めて兵は牢から離れていった。
「おーい!俺が何したってんだよ!」
鉄格子を掴みながら、タケルの声は虚しく地下に響いた。
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