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夢いっぱいの入学式
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しおりを挟む「然兄お帰りぃー! 来るの待ってたよぉ」
駆け寄るなり王茗はそう言って二人の間に割り込み、さり気なく彼らを引き離した。そして李浩然からは見えないよう手を後ろに回し、こっそりと親指を立てる。
窮地を救われた呉宇軒は感謝の眼差しを向けて王茗を見たが、幼馴染からの突き刺すような視線に慌てて真面目な顔をした。彼はまだお説教を諦めていないようで、どうにかして呉宇軒を捕まえようと考えている。
王茗はこれでやっと紹介ができると笑顔になり、眼鏡の先輩を手招きして呼んだ。
「みんなに紹介するね! うちの陸編集長」
紹介を受けた陸編集長は柔和な笑みを浮かべながら挨拶し、丁寧に名刺を配って回った。編集長と言うことは、特殊なサークル事情を鑑みるに彼は三年生だ。
「陸玄と申します。あっ、二人のインタビューなかなか良かったよ! 実に興味深い」
王茗が幼馴染二人にしたインタビュー記事を早速提出したらしい。新学期のサークル誌に載せられるようだ。
ニコニコしながらも、眼鏡の奥の瞳は獲物を狙うかのように鋭い。値踏みするような視線に、呉宇軒は只者ではなさそうな雰囲気を感じた。難関サークルの編集長と言うだけあって一癖も二癖もありそうだ。
彼は幼馴染二人とイーサンそれぞれと力強い握手をしてから本題に入った。
「軒軒とイーサン・チャンのトップモデルの座を賭けた真剣勝負なんて、いい記事が書けそうだよ! 対決方法について名案が浮かんだんだけど、聞いてくれるかな?」
いつの間にか話が大きくなっている。呉宇軒は眉を顰め、何か行き違いでもあっただろうかと遠慮がちに尋ねた。
「あの……いつからトップモデルの座を賭けた戦いに?」
「あ、ごめんごめん。売れそうなタイトルを考えるのも仕事でね。つい……」
気を引くために大袈裟に誇張するのはマスコミや記者がよくやる手口だ。出版サークルの活動に俄然興味が湧いてくる。
ここまで本格的とは思っていなかった呉宇軒は、後で王茗からサークル誌を借りて読もうと心に決めた。
陸編集長はこほんと咳払いを一つすると、勝負の内容について詳しく話し始めた。
「君たち美男美女コンテストがあるのは知ってるかな?」
彼の提案というのは、学園祭の美男美女コンテストを利用するというものだった。来る学園祭のコンテストでどちらが一位を取れるか競争し、同時にネット上でも人気投票を呼びかける。コンテストでは投票数が公開されるので、二つの投票数を足して合計点が高い方が勝ち、というシンプルかつ明確な勝負のつけ方だった。
「……悪くないんじゃないか?」
ちらりとイーサンを見ていうと、彼も異論は無いようで頷いた。
「負ける気はしないな」
「じゃあ、詳しいことは移動先で詰めていこうか。そろそろ君が追い払った女の子たちが戻ってくるだろうしね」
そう言うと、陸編集長が会食用に借りた会議室まで案内すると申し出てくれた。土地勘のない一年生ばかりの中で、大学の敷地内について知り尽くしている三年生が居るのは心強い。
先輩の先導でみんなが一斉に移動し始める。呉宇軒は五階のカフェに居る呂子星に連絡を入れようと、集団から少し遅れて歩いていた。すると、送信ボタンを押すと同時に誰かが尻を思い切り引っ叩いてきた。
「いってぇ! って、浩然! お前何すんだよっ」
「お仕置きだが?」
呉宇軒はジンジンと痛む尻をさすりながら、これ見よがしに悲しそうな顔をして幼馴染を見たが、彼は無慈悲にそう言った。
王茗の助けで有耶無耶にできたと思ったのに、まだ諦めてなかったのだ。携帯を見ていたので、幼馴染がそっと足を忍ばせて近付いてきていたのに全く気付かなかった。
「あーもう、俺の尻が真っ二つになったじゃねぇか」
李浩然はお仕置きと称してよく人の尻を引っ叩いてくる。それも結構な勢いでだ。手加減をしてくれないので、呉宇軒はいつも痛い目に遭う。
ぐちぐちと文句を言っていると、イーサンが少し考えて口を開いた。
「……元々二つに割れてるんじゃないか?」
呂子星と違って突っ込みにキレがない。呉宇軒は彼の肩をポンと叩き、ふっと鼻で笑った。
「おい、今の笑いはなんだ!?」
「まだまだだな、って笑いだよ」
そう言うと、イーサンはたちまちカッとなって怒ったが、李浩然が無言で間に入ってくると途端に静かになった。どうやら挑発してくる相手には噛み付くが、李浩然のように黙って圧を掛けてくるタイプには弱いらしい。
イーサンが困ったようにチラチラと見てきたので、呉宇軒は小さく吹き出すと幼馴染を小突いてやめさせた。
長テーブルと椅子が並ぶ会議室は日当たりが良く、部屋の中は少し蒸し暑かった。ガラガラと音を立てて窓を開けると、気持ちのいい風が入り込んできて薄緑色のカーテンを揺らす。
遅れてきた呂子星たちを見ると、何故か別れる前よりも人が増えていた。途中で合流したというLunaと一緒に、三つ編みをして眼鏡をかけた見知らぬ女性が居た。
「猫猫って呼んで! 社会科学の二年、清香出版の専属カメラマンよ」
「もしかして猫奴の知り合いだったりします? 猫を二匹飼ってるとか……」
猫奴によく似た空気を感じた呉宇軒が尋ねると、彼女は嬉しそうに頷いた。
「あら、鋭いわね! うちの可愛い兄弟猫見る?」
すぐに猫を見せてくるところまでそっくりだ。実は姉弟なのかもしれないと二人を見比べてみたが、顔は全然似ていなかった。
彼女の見せてきた画像を見て、呉宇軒は目を輝かせて幼馴染を呼んだ。
「浩然、浩然、ちょっと来て! 俺たちの寝相にそっくり」
そこには猫用ベッドで一緒に寝る二匹の黒猫が写っていた。一匹は長毛でもう一匹は短毛だ。片方がもう片方を下敷きにしながらも仲良く眠っている。その姿は、まさに二人で寝ている時の姿にそっくりだった。
呉宇軒の言葉に、何故か猫猫先輩はキラリと目を光らせた。
「ちょっとその話、詳しく聞かせてくれない!?」
興奮した様子でそう言った彼女の瞳は、もはやキラキラと言うよりギラギラしている。その熱い眼差しに、呉宇軒は困惑して幼馴染と顔を見合わせた。一体何が彼女の琴線に触れたのかさっぱり分からない。
勢いに押されて引いていると、様子がおかしいことに気付いた猫奴が遠くから慌てて走ってきた。
「猫猫先輩ストップ! そいつのアカウント見れば大体分かるから」
何があったのか話すまでもなく察した猫奴は、携帯を片手になんとか先輩の説得を成功させると、部屋の隅の方へ向かって押し出した。扱いが妙に手慣れている。
「あの先輩お前の姉ちゃんか?」
もしやと思って尋ねると、猫奴はゆっくりと頭を振った。
「猫猫先輩は俺の弟子。昔猫の可愛い撮り方教えてやって、それから結構一緒に会ったりしてんだよ」
お互い愛猫にかける熱量が半端なく強いので、話してすぐに意気投合したのだという。確かに興奮すると有無を言わせず熱く語り出す辺りよく似ている。
猫奴は、携帯の画面を見ながら大興奮している先輩を横目に声を潜めた。
「あの人、ちょっと男同士の友情に萌える厄介な癖があるんだ。猫の時と同じくらい暴走するからあんまり刺激すんなよ?」
猫の話題になると途端に周りが見えなくなる猫奴がそこまで言うのは余程のことだ。
彼の言葉にようやく先輩の妙な圧に合点がいった。呉宇軒のアカウントは幼馴染と一緒に写っている動画や写真ばかりなので、さぞ楽しめることだろう。
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