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夢いっぱいの入学式
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しおりを挟む寝起きの悪い王茗のせいで危うく遅刻しかけたものの、呉宇軒たちはなんとか入学式の時間に間に合った。全ての新入生が集まってきている上に、取材で来ている記者たちもいるので会場は大勢の人で溢れ返っている。呉宇軒は人混みの中に昔馴染みの李先生を見つけたが、彼は生徒たちの先導で忙しそうだったので声はかけずにいた。
期待に胸を躍らせる新入生たちの中に混じる疲れ切った顔を見ると、誰が軍事訓練の前半組か自ずと分かる。彼らを眺めていた王茗は、こんがりと日焼けした顔に不満の色を滲ませ、羨ましげにため息を吐いた。
「後半組は良いよなぁ……暑い中走らなくて済んで」
九月になり少し暑さが落ち着いてきたので、明日から軍事訓練を始める後半組の生徒たちを羨ましく思う気持ちは分からなくもない。
一晩の休息では疲れが抜け切らなかったのか、背中を丸めている王茗に、まだまだ元気いっぱいの呉宇軒は慰めるように言った。
「前半組だってそんなに悪くないぞ。俺たち、昨日午前中で訓練が終わって今日は休みだろ? あいつらは二週間丸々やることになるからな。」
教官の数が足りないということで、今年の軍事訓練は前半組と後半組に分かれていた。前半組は八月の終わりからスタートするので日差しが強く暑い日が多かったが、間に入学式を挟むので前日から少しだけ休息時間をもらえたのだ。初めの一週間でもう根を上げている王茗にはむしろ好都合だろう。
新入生代表の挨拶は教授の甥で優等生の李浩然がやることになっていた。彼は壇上に上がっても顔色ひとつ変えず、堂々とした声で挨拶をする。幼馴染を見た女子たちが悩ましげなため息を吐くのを見て、呉宇軒は自分のことの様に鼻高々だった。
そして幼馴染に続いて王清玲も壇上に上がる。今年は高考で満点を取った生徒が三人も入学しているので、新入生代表の挨拶は男女二人になったのだ。ちなみに同じく満点合格をした呉宇軒は『何かやらかしそうだから』という理由で代表から外されてしまった。
演劇サークルや音楽サークルなどが歓迎の出し物をしたりと、入学式は賑やかに行われた。最後に記念バッジが配られ、学生たちは学部の歓迎会のために会場を後にする。
ゾロゾロと連なって歩く生徒たちに続いて会場の外へ出ると、呉宇軒は出口で張っていた記者に捕まってしまった。
モデルをしていた時に何度もお世話になっていた人だ。彼女が親しげに手を挙げて挨拶をしてきたので、呉宇軒はその手にハイタッチして笑いかけた。
「汪姉さん久しぶり! 今日はお子さんの入学式ですか?」
軽口を叩くと、妙齢の彼女はちょっと!とムッとしたもののすぐに笑顔になった。
「子どもがいるように見えるの? 軒軒、ちょっとインタビューお願いできない?」
「ちょっとだけですよ?」
新入生代表になれなかった話を面白おかしく教えて笑いを取り、抱負や意気込みなどを伝えていると、同じ学部の李浩然と謝桑陽がやって来た。李浩然はインタビューを受ける幼馴染を自分の元へ引き寄せると、汪記者にキッパリと言った。
「失礼、そろそろ時間ですので」
彼は政治家の秘書のような毅然とした態度で割って入ったが、いかんせん相手はベテランの記者だ。彼女は怯むことなく李浩然にもボイスレコーダーを向けた。
「あっ、代表の君にも一言お願いしてもいい? あなた達幼馴染よね? 新生活への意気込みをどうぞ」
李浩然はしばし押し黙ると、意志の強い眼差しで真っ直ぐに彼女を見つめ、口を開いた。
「卒業までに生涯の伴侶を捕まえます」
真面目な顔でそんなことを言ったので、汪記者も呉宇軒も呆気に取られて固まってしまった。今まで恋愛に一切興味を示さなかった幼馴染の言葉を心の中で何度も反芻していると、汪記者がハッと我に返る。
「見つけるじゃなくて捕まえるなの? それってもう相手は──」
彼女は優等生らしからぬ言葉の真意を確かめようと口を開いたが、李浩然はこれで終わりというように一切取り合わなかった。
「失礼します」
有無を言わせぬ態度で断りを入れ、彼は驚いた顔のまま固まっている呉宇軒__ウーユーシュェン__#を引っ張って行く。少し離れた場所で様子を見ていた謝桑陽が慌てて駆け寄ってきた。
「もう行っちゃって大丈夫なんですか?」
「うん。移動の時間もあるから早めに行こう」
何事もなかったかのように言う幼馴染を呉宇軒は何度もチラチラ見たが、彼は一切表情を変えない。一体あの発言は何だったんだ?とますます訳が分からなくなる。
「た、確かに教室の場所よく分かってないしな。こんな時子星が居てくれたら良かったんだけど」
呉宇軒はなんとか動揺を抑えると、幼馴染の発言はひとまず置いておき、次の予定に気持ちを切り替えた。
問い詰めたところであの態度だと口を開きそうにない。インタビューが上手い王茗に良い感じに誘導してもらおうと、心の中に留めておくことにした。
経済学部の教室は、入学式会場から少し離れた場所に立つ古めかしい建築様式の建物の中にあった。教室に入ると男子が七割ほどを占めていて、若干むさ苦しい。
彼らは小さなグループを作ったり一人だったりと疎らだが、女子たちは全員が教室の隅に集まっていた。そして呉宇軒と李浩然が入ってくると、立ち上がらんばかりに喜びを露にした。
三人がほどほどの距離を取って席に着くと、彼女たちはチラチラと窺いたり、友人とひそひそ囁き合ったりと浮き足立っている。
「お二人はここでも大人気ですね」
沸き立つ女子にちらりと視線を向け、謝桑陽がこっそり囁いた。
「女子が少なくて良かったよ。虐めが発生したらすぐ見つけられる」
男子の虐めは大抵暴力だが、女子は精神的に追い込んでくるから質が悪い。呉宇軒は自分のせいで誰かが傷つくのは嫌なので、なるべく仲裁に入るようにしていた。
そういう訳なので、女子は少なければ少ないほどいい。誰が揉めているかすぐに分かるからだ。
ヤギ髭の白髪の男性教授が現れて、入学後の授業の流れを一通り説明してくれる。十月には学園祭があるので準備期間中は授業が少なくなるらしい。
先輩たちが食事や飲み物を準備してくれていたので、その場で親睦を深める食事会が始まった。呉宇軒はあっという間に女子に囲まれ、あれこれと質問攻めに遭った。彼女たちは近寄るなと言わんばかりの険しい表情で座る李浩然には話しかける勇気がないらしく、幼馴染への質問までもがまとめて彼に飛んでくる。
呉宇軒は人見知りな幼馴染が心配だったが、幸い謝桑陽が間に入ってフォローしてくれているので、男子とはそれなりに話ができているようだ。
歓迎会の間中女の子たちから次々に話しかけられて、全てに対応していた呉宇軒は軍事訓練の方が何百倍もマシだと思うほど疲れてしまった。
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