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波乱の軍事訓練前半戦
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しおりを挟む騒ぎ立てる女子たちのお陰で、呉宇軒のことはすぐに見つけられた。彼はコンビニの近くにあるベンチで猫奴と隣り合い、何やら揉めているようだ。
「いい加減自分で食えよ鬱陶しい」
「えぇぇー……傷心の俺を慰めてくれるって言ったじゃん」
「言ってねぇし甘えんじゃねぇ!」
憤慨しながらも、猫奴は赤いソースのついたひと口大の揚げ物を串で刺し、呉宇軒の口に突っ込んだ。側から見ると餌付けをしているように見える。彼らはやって来た李浩然と呂子星に気付くなり、居場所を知らせるように大きく手を振った。
「浩然! 猫奴が買ってくれたの見て! 絶対お前が好きな味だぞ!」
ホットスナックを食べてちょっとだけ元気になったようで、呉宇軒は笑顔で幼馴染を呼んだ。
「迎えが来て良かったな。とっとと飼い主の元に帰れ」
しっしっと手で追い払う仕草をした猫奴は、タピオカミルクティーを片手に安堵の表情を浮かべる。そしてやって来た李浩然に丁寧な挨拶をした。
「阿呆がどっか行かないよう見張っておきましたので、あとはご自由に」
そう言うなり呉宇軒の背中を思い切り叩いた。
「おらっ、さっさと話し合ってこい!」
ぶっきらぼうな猫奴の言葉を聞いて、呂子星は意外に思う。彼は呉宇軒を嫌っている割におやつを買い与え、随分と親身に話を聞いていたらしい。そう考えると罵倒の言葉も照れ隠しに聞こえてくる。
「おっ、呂子星も一緒か。全く、面倒なことしてくれたな」
猫奴は元凶がやって来たな、と呆れた顔をした。一度話を聞いただけだというのに名前を覚えられている。
呂子星はまた終わりのない猫語りを延々聞かされるのではと恐れ慄いたが、幸いなことに今はそんな気分ではないらしく、彼は全員が座れるようベンチの隅にずれて場所を空けてくれた。
せっかくの親切を無下にするのも忍びないので、呂子星は恐る恐る隣に腰を下ろす。そんな彼を見て猫奴は取って食ったりしねぇよ、と背中を叩いて笑った。
「どう? 美味しいだろ?」
ベンチの二人が前に顔を向けると、呉宇軒は揚げ物を幼馴染に食べさせて、キラキラと期待の眼差しを向けていた。揚げ物の入っている箱には甘辛チーズ揚げと文字が書かれている。いかにも李浩然が好きそうだ。
「うん。猫奴にちゃんとお礼は言った?」
「言った言った。あいつ結構優しいとこあるんだよなぁ」
幼馴染二人が他愛のない会話を繰り広げていると、痺れを切らせた猫奴が野次を飛ばす。
「おい! 早く本題に入れ!」
野次馬をする姿はスポーツ観戦をしている時のおじさんのようで、手にしたミルクティーがだんだんビールの缶に見えてくる。
急かす声に呉宇軒は鬱陶しそうにベンチの方へ目を向けるも、こほんと咳払いを一つ、改まった顔で幼馴染に向き直った。
「浩然、俺……これからもお前と一緒がいい」
我儘でごめん、と彼にしては珍しくしおらしい態度で付け加える。李浩然は叱られた子どものように俯く幼馴染を穏やかに見つめると、彼の頬をそっと撫でた。
「阿軒……君が彼女と居た時、俺は一度でも君たちに遠慮したことがあったか?」
静かに尋ねられ、呉宇軒は考え込むように瞳を逸らし、突然ハッとして言った。
「…………ない!」
会うのが学校か実家の店ということもあり、幼馴染はいつも一緒だった。むしろ店の手伝いをしている呉宇軒の方が、二人を残して席を外すことの方が多かったかもしれない。
「君は俺がいつも一緒で迷惑だったか?」
「そんなことないよ、凄く助かってた! 俺の代わりに彼女の相手してくれてたし」
その答えを聞いて、李浩然は柔らかな笑みを浮かべた。
「俺の一番は君だと言っただろう? ずっと一緒に居る」
「然然……大好き!」
感極まって瞳を潤ませ、呉宇軒は幼馴染を力いっぱい抱き締めた。
二人の中はすっかり元通りで、前よりも親密さが増したような気さえする。側で見ていた呂子星と猫奴は何とも言えない表情を浮かべると、互いに視線だけを相手に向けた。
一見平和に終わったように思えるが、今の話にはおかしな部分があった。李浩然は『いつも一緒』と言ったのだ。それはつまり、真面目そうに見える彼がいつも恋人たちの間に割り込んでいたということに他ならない。
「お前気付いたか?」
二人に聞こえないよう声を潜め、呂子星は前を向いたまま尋ねた。すると猫奴も視線だけを横に向けて小声で返した。
「気付いてないのはあの馬鹿だけだろ」
嬉しそうに幼馴染に抱きつく呉宇軒を見て呆れたようにそう言うと、彼は呂子星の肩に腕を回してこそこそと耳打ちした。
「お前は知り合って間もないからまだ知らないだろうが、李先生は幼馴染至上主義だから気を付けろよ」
危うく李浩然から敵認定されかけた呂子星は、その話はもっと早くに聞きたかったと肝を冷やした。今回は運良く上手くいったが、そう何度も幸運が続くとは思えない。
今まで二人の関係性を見てきた呂子星は、無茶苦茶なことをする呉宇軒に隠れて分かり辛いが、実は李浩然のほうがヤバいやつなのかもしれないと考えを改めた。
それからというもの、呉宇軒は前にも増して幼馴染にべったりくっつき、ルームメイトたちを困惑させた。そして入学式のために午前中だけの訓練となった六日目の夜、寮に帰ってきた途端別れを惜しんでぐずり出した。
「帰っちゃやだ! 俺をひとりにしないでぇっ」
訓練が終わってから夕暮れ時までたっぷりと幼馴染を独占した呉宇軒は、今生の別れとばかりに腕を掴んで離そうとしない。李浩然は幼馴染を優しく宥めていたが、呂子星は彼が幼馴染を困らせて楽しんでいるとすぐに気が付いた。
「何が一人にしないで、だ。いい加減手を離してやれ!」
無理矢理引き剥がすと、彼は不満そうな声を漏らす。加勢しに来た謝桑陽が、落ち込む振りをする呉宇軒の背中を慰めるように摩った。
「またすぐ会えますよ。然兄、あとは僕たちに任せてください」
「世話を掛ける。阿軒、いい子でいなさい」
重々しく頷くと、李浩然は幼馴染の頬をきゅっと抓って優しく叱った。お決まりのやり取りなのか、彼は幼馴染にとことん甘い。
「俺はいつだっていい子だし……浩然、俺に隠れて誰かとやり取りしちゃやだよ?」
「帰って寝るだけだろ。今何時だと思ってるんだ?」
呂子星は面倒臭い彼女のように駄々を捏ねる呉宇軒に冷たく言い放つと、ぐずぐず足を止めていた彼の幼馴染に今のうちに行けと合図した。
時計の針はとうに十時を過ぎていて、連日の訓練で力尽きた王茗はとっくに寝ている。これ以上長引けば明日の入学式に差し障るだろう。
後ろ髪を引かれるように帰っていく幼馴染を見送ると、やりたい放題していた呉宇軒はやっと諦めて寝る準備を始めた。
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