真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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波乱の軍事訓練前半戦

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 寝苦しさに耐えかねて目を覚ました呉宇軒ウーユーシュェンは、自身の胸の上に手が乗っているのを見て口から心臓が飛び出しそうになった。細長くてしなやかな指は雪のように白く、ちょうど心臓の位置にだらりと垂れている。
 女性のものにしては筋ばって大きいその手には妙に見覚えがあり、呉宇軒ウーユーシュェンは急に冷静になった。
 隣に目を向けると案の定、幼馴染の健やかな寝顔がある。一体いつの間に寝床へ入り込んできたのか、彼は呉宇軒ウーユーシュェンを抱き枕にするようにして爆睡中だ。
 起こさないようそろりと手を伸ばして携帯を取ると、画面に表示された時間を見てため息を吐いた。
 朝の四時にはまだ少し早いが、二度寝するほどの時間は無い。いつもより少し早く起きてしまった呉宇軒ウーユーシュェンは苛立たしげに幼馴染を睨みつけたものの、気持ちよさそうに眠る姿を見ているとつい頬が緩んでしまう。

「いい気なもんだな」

 ため息混じりに小さな声で呟くと、羽で撫でるようにそっと李浩然リーハオランの鼻先をくすぐった。
 幼い頃から一緒に寝るといつもこうだ。抱き枕を与えても、気付けばベッドから放り投げて呉宇軒ウーユーシュェンにくっついている。
 暇潰しに寝顔を眺めていると、李浩然リーハオランは突然眉をひそめて身動いだ。そして胸の上に置いていた手をさらに伸ばし、呉宇軒ウーユーシュェンの体を自分の方へ抱き寄せてきた。
 寝苦しさの正体はこれか、と幼馴染にのしかかられた呉宇軒ウーユーシュェンは納得する。恐らく先ほどは、暑苦しくて手で追いやってから目を覚ましたのだ。
 彼は幼馴染を腕の中に収めてすっかり満足したのか、僅かに微笑むと再び規則正しい寝息を立てて動かなくなった。首筋に当たる吐息がくすぐったい。
 どうせ誰も起きてこないだろうとたかをくくり、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染のしたいようにさせてやった。ところが、寝息だけが聞こえてくるはずの部屋の中に、不意に衣擦れの音が響く。
 僅かに顔を上げて音のする方を向くと、髪の毛を爆発させた王茗ワンミンがむくりと起き上がるのが見えた。彼は相棒のクマちゃんを腕に抱き、眠たそうに目を擦っている。
 呉宇軒ウーユーシュェンは頼むからこっちを見てくれるなと心の中で祈ったが、最悪なことに体に回された腕がぴくりと動き、李浩然リーハオランが目を覚ました。
 彼は幼馴染が腕の中にいる事に気付いてゆっくりと身を起こした。そのせいで王茗ワンミンの注意を引き、同衾どうきん現場を目撃されてしまった。

「えっ……えぇっ!?」

 動揺露に驚きの声を出した王茗ワンミンに、呉宇軒ウーユーシュェンは慌てて起き上がって手振りで静かにするよう訴えた。王茗ワンミンは慌てて口を塞ぐと、幼馴染二人の顔を交互に指差して動きだけで何してんの?と聞いてきた。

「今すぐ忘れろ! そして寝ろ!」

 限りなく声を潜め、呉宇軒ウーユーシュェンは訴えた。ところが王茗ワンミンは自分のベッドを抜け出すと、二人が居るベッドの前までこそこそやって来る。

「一緒に寝てたのか?」

「コイツが寝ぼけて入って来たんだよ」

 呉宇軒ウーユーシュェンは自分の名誉のために小声で返す。幼馴染が寝る場所を間違えたせいでとんだ悲劇が起きた。
 すっかり目を覚ましてしまった王茗ワンミンを連れて、一同は身支度セットを手にこっそりと部屋を抜け出した。
 窓の外に白み始めた空が見える。カーテンが無い洗面所は薄ぼんやりと明るくなっていた。
 王茗ワンミンはちょうどトイレに起きた所だったようで、同行者がいる事を喜びながら中へ入って行く。それを笑って見送ると、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染に視線を向けた。

「お前さ、いつ入って来たんだ? 俺、全然気付かなかったよ」

 声を抑えながら尋ねると、李浩然リーハオランは覚えていない、と寝起きの掠れた声で呟いた。一度起きてベッドを移動したせいか、まだ眠たそうな顔をしている。

「言っておくけど、お前がベッド間違ったんだからな!」

 二人の会話をトイレ越しに聞いていた王茗ワンミンは、出てくるなりそうなの!?と驚いた声を出した。

「当たり前だろ! 何で一緒に寝るんだよ」

軒軒シュェンシュェンが寂しがって入ったのかと思った」

「それやるのコイツだから。昔っから俺が居ないと眠れなかったもんな」

 呆れた顔でそう言うも、李浩然リーハオランは恥じる様子もなく嬉しそうに頷いた。そのせいで王茗ワンミンに仲の良さをからかわれてしまい、たちまちきまりが悪くなる。
 これ以上何か言われるのも嫌なので、呉宇軒ウーユーシュェンはそれとなく話題を変えた。

「これから二度寝するのか?」

「ううん、びっくりして目覚めちゃったし起きるかな」

「だったら、頭洗ってやろうか?」

 あまりにも無惨な髪の毛を見かねて、呉宇軒ウーユーシュェンはそう尋ねた。何をどうしたらそんな風に爆発するのか不思議でならない。
 願ってもない申し出に、王茗ワンミンは嬉しそうに目を輝かせて両手を上げた。

「いいの!? やったぁ!」

「しっ! 声が大きい。まだみんな寝てるんだから抑えろよ」

 歯磨きと洗顔を先に済ませ、王茗ワンミンの頭を洗ってやる。もじゃもじゃになっていた頭は水に濡れるとしゅんと萎んで一回り小さくなり、呉宇軒ウーユーシュェンは笑いを堪えるのが大変だった。
 せっかくだからと髪の毛をドライヤーでセットしてやると、癖っ毛が落ち着いた王茗ワンミンはいつになくきちんとして見える。

「すごい! 今日の俺ちょっとかっこ良くない?」

「良かったじゃねぇか。彼女に自慢してこい」

 さすが軒軒シュェンシュェン!と上機嫌になった王茗は、洗面台の鏡でしきりに確認してニヤニヤしている。呉宇軒ウーユーシュェンはその様子を微笑ましく見ていた幼馴染に声をかけた。

「次は浩然ハオランな。終わったら俺のも頼む」

「分かった」

 泊まった時によくお互いの頭を洗い合っていたので、やるのもしてもらうのも慣れたものだ。あっという間に洗髪を終わらせて、朝の準備がほぼ整った。

「今日もランニングからだっけ? 先に軽く飯食いに行く?」

 呉宇軒ウーユーシュェンが鏡を見ながら日焼け止めを塗っていると、王茗ワンミンが不思議そうに覗き込んできた。

「なんでそんなの塗ってるんだ?」

「モデルが日焼け跡つけてたら困るだろ?」

 呉宇軒ウーユーシュェンは外で遊ぶのが好きだったので、先輩モデルのLunaルナによく肌を焼くなと怒られていた。今は学業を優先すると言ってモデルの仕事を受けていないが、強制的に呼び出されるとさすがに行かざるを得ない。
 その言葉に王茗ワンミンは確かに、と納得したが、同じように日焼け止めを塗っている李浩然リーハオランを見て首を傾げた。

「ん? でも李浩然リーハオランはモデルじゃないよな?」

「せっかくの美肌が焼けたら勿体無いだろ!」

 鏡越しに王茗ワンミンを睨み、呉宇軒ウーユーシュェンは憤慨して言った。
 李浩然は色白できめ細やかな玉の肌の持ち主だ。それを損ねるのは道義に反する。
 幼馴染への熱の入れように、王茗ワンミンは引き攣った笑みを浮かべた。

「おい、その顔は何だ? うちの然然ランランを馬鹿にしてんのか?」

阿軒アーシュェン、そこまでにしなさい」

 タチの悪い酔っ払いのように絡んでくる呉宇軒ウーユーシュェン王茗ワンミンが圧されていると、すかさず李浩然リーハオランが間に入って止める。彼はスプレータイプの日焼け止めを振り、まだ言い足りないでいる困った幼馴染に目を閉じるよう促した。

「俺はただお前の……」

「いいから黙って」

 幼馴染には勝てない呉宇軒ウーユーシュェンは渋々口を閉ざすと、前髪を上げて僅かに上を向いた。ところが、いつまで経ってもスプレーが来ない。黙ったままの幼馴染に、呉宇軒ウーユーシュェンはおかしいな、と怪訝な顔をした。

「いつまでやってるんだ? 俺のキス待ち顔でも見てんのかよ」

 言うや否や、シューっとスプレーの音がして顔中に振りかけられる。呉宇軒ウーユーシュェンは空気中に漂うスプレーの残りを手で払うと、悪戯っぽく目を輝かせて幼馴染に仕返しした。
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