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波乱の軍事訓練前半戦
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しおりを挟むまだ初日ということもあり、三時間の講義が終わった後は少しの間自由時間になる。勉強から解放された生徒たちは一斉に外へ飛び出して、初めて来る場所にワクワクしながら講堂の周りを探索し始めた。
自由時間は二時間で、それまでに食事を済ませて講堂に戻ってくるように言われている。次の授業は救命処置の仕方を学ぶらしい。
宿舎の周辺には朝食を摂った食堂の他にも飲食店やコンビニや売店など色々な施設があるので、生徒たちは思い思いの場所へ散って行く。呉宇軒は幼馴染を連れて、講堂の裏手にある小さな食堂を目指した。
青々と葉が茂る並木道にはまだ秋の気配はない。そよ風に揺れる木々のざわめきに混じり、学生たちの声が遠くに聞こえる。
辺りを物珍しく眺めていた呉宇軒は、幼馴染がじっと自分を見ていることに気付き柔らかな笑みを浮かべた。
「なに見惚れてんだ?」
からかうようにそう言うと、李浩然は優しく微笑んで手を差し出してくる。
言葉はなくともその意味ははっきり分かった。いつもの『おいで』の合図だ。誘われるまま差し出された手を取り、ぶつかるように体を寄せた。
「なんだよ、だんまりか? いざという時話せなくなっても知らないぞ?」
家族よりも一緒に居る時間が長いので、呉宇軒は口に出さずとも幼馴染の言いたいことが大体理解できる。そのせいか、彼は二人きりの時は普段にも増して口数が少なくなるのだ。
苦笑混じりに叱られた李浩然はふっと笑い、囁くように返した。
「君にしかしない」
瞳の奥にある悪戯めいた輝きに、呉宇軒はやれやれと小さくため息を吐く。この顔に何度絆されたか分からない。どうしても抗うことができず、代わりに幼馴染の頬を優しくつねった。
「全く、お前のことちょっと甘やかし過ぎたかな」
普段は自分が問題を起こして叱られているが、小さな頃は李浩然の方が我儘を言って振り回す側だった。
幼い頃の彼は幼馴染を掴んで離さず、そのくせ黙ったままで何も言わないということがしょっちゅうあった。お陰で呉宇軒は幼馴染の目を見るだけで、何をしてほしいか分かるようになってしまったのだ。そして二人だけになると、たまにこうして小さな然然が顔を出す。
幼馴染と並んで景色を楽しみながらのんびり歩いていると、後ろからルームメイトたちが駆け足で追いかけて来た。
「俺たちを置いて行くなよぉ!」
大きな声でそう言った王茗は未だに呂子星を掴んだままで、二人はふらつきながら団子になってやって来る。二人三脚のように走っている後ろを、謝桑陽が控えめについて来ていた。
「連れションじゃねぇんだから好きな所行けよ」
二人きりの静かなひと時を邪魔されて眉を顰めたが、呂子星は腕にへばりつく邪魔者を見せながら苦情を言った。
「そうはいくか。コイツのお守りはお前の役目だろ」
こうなったのはお前のせいだぞと酷くご立腹だ。断る理由も無いので、呉宇軒は彼らの為に横へずれて場所を開けてやった。
昼が近くなってきたこともあり、日差しはどんどん強くなってくる。木々が日除けを作ってくれているとはいえ、まだ八月なので外の空気は蒸し暑い。暑がりな王茗はそれでもしがみつくことを辞めず、汗まみれの手に絡まれている呂子星はかなり不快そうだ。
べったりとくっつく二人に呉宇軒は笑って聞いた。
「お前らいつの間に付き合い始めたんだ?」
面白がって冗談を言うと、呂子星は不快感を露にジロリと睨みつけた。責めるような視線を向けて元凶はお前だろうがと目で訴える。
「次に同じ事言ったら足の骨をへし折ってやるからな」
「浩然、俺のこと守って!」
物騒な脅し文句を聞いた呉宇軒は慌てて幼馴染の影に隠れて助けを求めた。そして王茗の真似をして李浩然の腕に絡みつくと、様子を窺うように顔だけを出す。
呂子星は幼馴染を盾にした卑怯なやり口にチッと舌打ちすると、小言を言いたいのをぐっと堪え、代わりに疑問を口にした。
「お前ら、さっきから女子に後つけられてるぞ。あれは何なんだ?」
その言葉に呉宇軒はちらりと後ろを見て遠巻きにしている女子の軍団を確認し、呂子星に向き直った。
「軒軒然然見守り隊の人たちじゃねぇの? 俺たちが二人でいると喜ぶんだよ」
そう言うと彼はファンサービスをするために、幼馴染とこれ見よがしに指を絡めて手を繋いだ。すると、それを見た後ろの女子たちはたちまち大騒ぎして黄色い悲鳴を上げる。
お祭り騒ぎになっている女子たちに、呂子星は恐ろしいものを見たと顔を強張らせる。呉宇軒はほらな、とさも当然のように言った。
「……お前のファン色々居るんだな」
「あの子たちはまだマシだな。一部の子にだけ話しかけたらいじめ発生しちゃうから、これでも結構気を使ってるんだぜ?」
女の嫉妬は恐ろしいとはよく言ったもので、大勢の中の数人にだけ構ってしまうと他の女子からその子たちが嫉妬されてしまう。なので呉宇軒は問題が起こらないよう、なるべく満遍なく話しかけるようにしていた。
「イケメンも苦労するんだな。だから女子がいっぱい居たのに大人しかったのか」
「大変なんですね」
モテ男の思わぬ苦労を知った王茗と謝桑陽は感心してため息を吐く。
「俺みたいに全員にちょっかいかけるか、浩然みたいに全員と距離置くかだな。本当、女子の揉め事にだけは関わりたくないよ」
呉宇軒はその点男は気楽でいい、と笑った。彼女たちは抜け駆けを許さないが、代わりに男同士の付き合いにはかなり甘い。彼がネット上でアンチばかりと仲良くするのも、ファンと違ってほぼ男しか居ないからだ。
李浩然の方はと言うと、徹底して女子と距離を取っている上に彼女たちに対してかなり素っ気ない。それは人見知りなせいなのだが、表情が硬く仏頂面をしていると余計に冷たく見えるようでいつも遠巻きにされていた。
幼馴染以外の同性にも人見知りを発動するので、彼が笑った顔を見られるのは呉宇軒が一緒に居る時だけだった。逆に言うと、幼馴染が一緒の時の李浩然は笑顔が増えて普段より穏やかな顔になる。そのギャップが女子には堪らないらしい。
「女の子同士で牽制し合ってるから、集まりすぎると話しかけて来ないんだよ。一人が来ると大勢で押し寄せて来るけど。一つだけ例外があって……」
呉宇軒がルームメイトたちに説明していると、後ろから誰かが走って来る音が聞こえてきた。その音は狙いを澄ませたように真っ直ぐに近づいて来て、王茗にぶつかってようやく止まった。
「宝貝! やっと見つけた!」
吊り目がちの美人が王茗の背中に抱きついている。彼女の顔を見て、呉宇軒は思わずあっと声を上げた。
「王茗の彼女じゃん」
「お前、彼女から宝貝って呼ばれてんのかよ」
お似合いのあだ名に呂子星が吹き出す。
恋人同士では男の側からしか言わないが、赤ちゃんに対しても使われる。その一言だけで二人の関係を表すには十分だった。
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