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早すぎる再会
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しおりを挟む今までの呉宇軒ならヘラヘラ笑って口説いていそうなものなのに、美人相手に随分な有様だ。幼馴染にしがみついて震える情けない姿を見て、呂子星は意外に思う。
「お前が女相手にそんな風になるなんて何があったんだ?」
「あれは女じゃねぇ! なんか別の生き物だっ!」
そう言ってしまった後に呉宇軒は酷く後悔した。この事が万が一本人に伝わったら説教どころでは済まない。絶対に締め殺される。
ここには居ないはずなのに聞かれているような気がして、呉宇軒はぶるりと身震いした。
「い、今のは聞かなかったことにしてくれ……」
「相当だな」
「女王様と下僕みたいなもんだよ。口答えしたら関節技決められるし、着替え中にも構わず入ってくるし……」
ある日の撮影前、呉宇軒がまだ着替えている最中なのに更衣室の電気が点かないと言って突然入ってきたのだ。今まさにズボンを履こうとしていた呉宇軒は、引っ張り上げるポーズのままびっくりして固まっていたが、Lunaはお構いなしに自分の着替えを済ませてさっさと出て行ってしまった。
あっという間の出来事に、一瞬何が起こったのか分からなかった。思春期の男子に対する配慮が無さすぎる。
うんざりした様子でLunaの恐ろしさを話すと、それを聞いた呂子星は露骨に顔を顰めた。
「マジかよ……うちの姉ちゃんみたいだ」
「星兄お姉ちゃんいんの? 可愛い?」
興味津々に割って入ってきた王茗に、呂子星は物凄く嫌な顔をして返す。
「可愛いわけないだろ! あんなん猛獣だぞ? 父さんが名前に虎の字なんて入れるから凶暴になったんだ。野生の虎よりおっかねぇ」
五つ上の呂子星の姉は呂虎麟という名前らしい。虎に麒麟、かなり雄々しい名前だ。聞けば男の子が欲しかった父親が名付けたのだという。
「暴君だよな。電話は五秒以内に出ろとか」
「返事は『はい』以外認めないとか」
呉宇軒が言うと、呂子星もすかさず返す。
思わぬ所で意気投合した二人は立ち上がると、友よ!と叫んで強く抱き合った。虐げられ同盟結成の瞬間だ。
しばらく興奮を分かち合っていたが、そのうち呉宇軒は優しい兄しか知らず話に入っていけないでいた李浩然に引っ張り戻された。椅子に座り直したものの、興奮気味に身を乗り出して口を開く。
「まさかお前も犠牲者だったとはな」
愚痴の止まらなくなった呂子星の話す理不尽な姉エピソードに、呉宇軒は全力で分かる!と同意した。彼女たちは自分より下と見做した相手は男として見ない。
「でも、Lunaさんは凄い人ですよね!」
謝桑陽に尋ねられ、呉宇軒は力強く頷いた。
「そりゃあトップモデルだからな! 撮影始まったら現場の空気が一瞬で変わるんだぜ。さすがプロだよ」
彼女の圧倒的な存在感は空気どころか世界すら変えてしまう。散々こき使われはしたが、そんな彼女を間近で見てかなり学ばせてもらった。
「それに俺、モデルになってすぐLuna姉の下に付いたから変な仕事回されずに済んだんだ」
立場の弱い新人を狙ったセクハラ紛いの案件は、何も女性モデルだけの話ではない。Lunaは呉宇軒が長くこの業界に居る気がないと分かった時点で、被害に遭わないように手を打ってくれたのだ。彼女の後ろ盾のお陰で今まで危険な目には遭っていない。
「なんだ、優しいお姉ちゃんじゃん」
「優しくはねぇけどいい人ではあるな。世話になってるから余計に頭が上がらねぇんだ」
王茗の言葉をやんわり否定すると、呉宇軒は複雑な表情を浮かべた。
舎弟扱いを羨ましく思った他のモデルから嫌がらせをされることもあったが、実態を知った後は大抵手のひらを返して同情してくる。代わってくれと頼んでも逃げていく有様だ。
「じ、実は僕……前にLunaさんの人形を作ったんです」
「人形?」
謝桑陽は辿々しく携帯を出すと、画面が皆に見えるようにテーブルの上に置いた。キリリとした目に長いまつ毛の綺麗な顔立ちをした人形が映っている。猫のような目の形も薄い唇も、Lunaの特徴をよく捉えていた。
「すっげぇ! 桑陽ドール職人なのか?」
王茗が画像を拡大してじっくり見ながら尋ねる。注目を浴び慣れていないのか、謝桑陽は恥ずかしそうに俯きがちになって頷いた。
「えっと……職人と言うほどではないのですが、人形と服を作ってます」
Luna人形はチャコールグレーとワインレッドの二色を使ったタイトなスーツを着ている。いかにもLunaが好きそうな格好いい大人なデザインで、小さなボタンまで再現された手作りとは思えない精巧さだ。
人形にあまり興味がない呂子星は見事な出来栄えに感心して眺めた後、王茗が持ってきたサークル発行の雑誌を読み始めた。表紙のLunaと携帯画面のLuna人形が並ぶと、上手に似せていることがよく分かる。
「お前器用だな。現物は持ってきてないのか? ちょっと見たいんだけど」
呉宇軒の言葉に、謝桑陽は慌てて立ち上がって机の方へ向かう。戸棚を開けて何やら探していたかと思うと、戻ってきた手の中には画像と同じLuna人形があった。
大きさは手のひらに収まるサイズで、可動式なのかちょこんと座っているように見える。
王茗は可愛いと喜んだが、小さな人形に睨まれている気がして、呉宇軒は恐ろしさに思わず幼馴染の腕をぎゅっと掴んだ。
「こっわ……マジでそっくり。そういや、お前の母ちゃんこういうの好きだったよな」
李浩然の母はお嬢様育ちなため、自宅にもこの手の可愛らしい人形が飾ってある。謝桑陽の作ったものは細部までこだわり抜かれているので、売り物と変わらないほど精巧に作られていた。
美しく繊細な人形を見て呉宇軒は良い事を思い付いた。
「これって、オーダーメイドで作ってもらえたりするの?」
「あっ、はい! もちろんご希望があれば……」
謝桑陽が頷く。呉宇軒は思い付いた名案に顔を輝かせて幼馴染を返り見た。
「なあ浩然、俺たちの人形作ってもらって実家に送りつけようぜ。おばさん喜ぶかも」
「言い値で払おう」
突然の提案にも関わらず、李浩然は迷う素振りもなく即答した。随分と乗り気だ。
とんとん拍子に話がまとまり、謝桑陽は驚いて腰を抜かしそうになる。
「えぇっ!? い、良いんですか?」
「良いよ良いよ。こいつ金持ちだし、いっぱい上乗せしてやれ」
冗談混じりにそう言うと、冗談が苦手な謝桑陽は困惑の表情を浮かべた。
「それはちょっと……僕、依頼してもらえたの初めてなので……が、頑張ります!」
真剣な目で頷いた謝桑陽は職人の顔をしていた。その眼差しだけで、彼が人形作りに本気で取り組んでいることがよく分かる。
「SNSで宣伝しても良い? 問い合わせ殺到したら大変だろうから名前は伏せるけど、もし嫌だったら言ってね」
呉宇軒がそう言った途端、さっきまで職人らしく真面目な顔をしていた謝桑陽は一変、うるうると瞳を潤ませて感激する。
「嬉しいです! ありがとうございます!!」
「せっかく良いものなんだからもっと広めていかないとな。宣伝用にLuna姉人形ちょっと借りるね」
彼の頑張りは人形が身に着けている服の細部への拘りにもよく現れていた。
ツンと澄ました雰囲気が本人そのものに見えて、呉宇軒はこの上なく丁重に扱って人形を手のひらに乗せる。うっかり落っことしでもしたら本人に祟られそうだ。
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