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早すぎる再会
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しおりを挟む李浩然に手伝ってもらいながらシーツを張ったりカバーを着けたりしていくと、白一色の無個性だったベッドが徐々に自分らしい寝床になっていく。
呂子星ほどではないが、ベッドカバーはグレーに近い薄紫色でうっすらとロコロ調の柄が入った無難なものにした。最後に暑さ対策のタオル生地のシーツを敷き、呉宇軒はふうと一息吐く。
「やっと終わった。手伝ってくれてありがとな」
「礼は氷粉でいい」
「じゃあ、軍事訓練が終わったら一緒に食べに行くか」
嬉しそうに微笑む李浩然を見て、本当に氷粉が大好きなんだな、と呉宇軒も笑みを浮かべる。あの店は種類が多いから、行けばもっと喜んでくれるに違いない。
二人で下に降りると、王茗のベッドでは呂子星がぐちゃぐちゃになったベッドシーツを張り直している所だった。上下どころか裏表まで逆だったらしく、何でこうなるんだと酷くご立腹だ。慌ててシーツを剥がしたようで、追いやられた黄色いチェック柄のかけ布団がベッドからずり落ちそうになっている。
「桑陽は大丈夫か? 手空いてるから手伝うぞ?」
声を掛けると、謝桑陽がベッドからひょっこり顔を出した。
「だ、大丈夫です! 今終わりました!」
謝桑陽のベッドカバーは生成色の麻素材で肌触りが良さそうだ。カバー一つでもそれぞれ個性が出て面白い。
手すきになった三人は手分けして散らかった部屋を片付ける事にした。大きなビニール袋に集めたゴミをまとめていると、呂子星と王茗が降りてくる。
「うう……ありがとう星兄ちゃん」
「今度から、分からないならやる前に一声掛けろ」
兄弟のような会話をしながら戻ってきた二人に、謝桑陽が暖かな視線を向けて微笑んだ。
呂子星は本当に面倒見がいい。人には甘やかすなと言っておきながら、王茗に一番甘いのは多分呂子星だ。
着替えや細々としたものをしまい込み、空になったトランクはロッカーに入れる。文具や小物が置かれ、殺風景だった部屋にどんどん生活感が出てきた。
一通りの作業を終わらせて全員が中央の長テーブルに戻ってくる。椅子が一つ足りないので、呉宇軒は幼馴染を先に座らると自分はその足の間に腰を下ろした。
「それでさぁ……」
「ちょっと待て! お前どこ座ってんだ!」
あまりにも自然な動きで椅子に座った呉宇軒に、呂子星が慌てて待ったを掛ける。話の腰を折られた呉宇軒は怪訝そうな顔をした。
「椅子が足りないんだから仕方ないだろ? 早めに買い足さないと、これから来客の度に誰かがこうなるんだからな」
「だからってそれはないだろ……」
確かに全員が座るにはそうするしかないが、納得がいかなかった。平然としている李浩然や特に何も言わない他の二人を見て、呂子星は俺がおかしいのか?とだんだん不安になってくる。
「俺も一緒に乗りたい!」
面白がった王茗が顔を輝かせて立ち上がり、ウキウキで参戦しようとする。あまりにも阿呆すぎる言動に、呂子星はこいつは参考にならんと早々に見切りをつけた。
「定員オーバーだ」
「そういう問題かよ!」
寄ってきた王茗を追い返した李浩然の言葉に思わず突っ込みを入れる。今のは本当に彼の発言だったのだろうかと疑いの眼差しを向けると、手前に腰掛けている呉宇軒が笑って言った。
「こいつ、たまに面白いこと言うんだよ」
突っ込みが追いつかず、どっと疲れが押し寄せてくる。呂子星はテーブルの上に突っ伏してぼんやりと遠くを見た。ルームメイトたちの個性が強すぎる。
力尽きた呂子星を他所に、同じ椅子に座った二人は携帯でどの椅子を買おうか吟味していた。お互いにべったり寄り掛かっているのを見て、呂子星はそれカップルがやるやつじゃねーか、と力無く呟く。小さなその声は誰の耳にも届かなかった。
「そういや俺、二人にお願いがあるんだけど」
のんびり休憩している中、不意に王茗が口を開いた。声を掛けられた幼馴染二人は揃って携帯から顔を上げる。
「俺たち二人に?」
「うん! 実は俺、清香出版に入ることになったから独占インタビューさせて欲しいんだ」
ぐったりしていた呂子星は、王茗の言葉にがばりと身を起こした。
それもそのはず、清香出版と言えば『所属すれば将来確実に出版業界に入れる』と言われている我が校の有名サークルなのだ。サークルと言えどもやる事は本格的で、入部するには厳しい審査がある。毎年応募が殺到するも、受かるのはほんの一握りだ。
「お前本当に受かったのか!?」
王茗は鞄から社員証そっくりのカードを取り出すと、自慢げに見せびらかした。
「見たまえ! ちゃんと俺の写真が入ってるだろ?」
清香出版の部室は部員に配られるカードキーでしか開かない厳重仕様だ。王茗が持っているのは紛れもなく本物だった。
「凄いですね! あの有名出版サークルに入れるなんて」
「ん? サークルなのか?」
謝桑陽の言葉に、何も知らない呉宇軒は首を傾げる。李浩然がおおよその説明をしてやっとその凄さを理解すると、驚いた顔で王茗を見た。
「お前そんな凄いやつだったのか! もちろん良いよ!」
「受かったからサークルが去年出した雑誌も貰ったんだ。なんと表紙はあの有名モデルのLuna!」
華やかな美人が長い黒髪を靡かせる表紙を見て、呉宇軒はげぇぇっと心の底から嫌そうな声を出した。
「Luna姉ここに居んのかよ! 最悪じゃねぇか!」
一般人からしてみると彼女は美しく格好いい憧れの存在なのだが、後輩として直々に指導された呉宇軒にとっては鬼畜で恐ろしい女王様だ。軍隊仕込みのトレーニングを足腰が立たなくなるまでやらされたり、カロリーが無くて美味しい料理を作れと無茶を言われたり、散々こき使われた恐怖の日々が蘇る。夏だというのに寒気がしてきた。
「浩然、俺が死んだら骨は拾ってくれ……」
「大丈夫だ。俺が側にいる」
Lunaは業界では苛烈で知られているが、イメージを大切にしているので一般人の前では猫を被る。李浩然の申し出は案外悪くなかった。
「片時も離れないで側に居てくれよ! うあぁぁぁ……挨拶に行かなきゃ……行きたくねぇ!」
呉宇軒は身を捻って幼馴染を強く抱き締めると、悲痛な声を出して嘆いた。これからの事を思うと憂鬱なんてものではない。
天下の美人モデル相手に尋常ならざる反応をする呉宇軒に、ルームメイトたちは困惑した顔を見合わせた。
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