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早すぎる再会
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しおりを挟むすっかりやる気を無くした呉宇軒は携帯をテーブルに放り、椅子を左右にくるくるさせて遊び始めた。幼馴染の監視付きの学校生活なんて、中高の時とこれっぽっちも変わらない。
氷粉を食べている李浩然以外は暇を持て余し、携帯を見ながらダラダラしている。寛ぐルームメイトたちを見て、一人立っていた呂子星は深刻な表情で言った。
「お前ら大事な事を忘れてるぞ」
声音からただ事ではない空気を感じ取り、王茗と謝桑陽は携帯から顔を上げた。天を仰いで椅子をくるくる回していた呉宇軒は、その言葉に動きを止めて身を起こすと呂子星に向き直った。
「何?」
「俺たちまだ荷解きすらしてない」
言われてみれば確かにそうだ。全員が納得の顔をして、慌ただしく腰を上げる。
部屋の隅にまとめて忘れ置かれた荷物たちが、解かれるのを今か今かと待っていた。
「みんなどのベッドがいい? 俺、トイレが一番近いとこ!」
真っ先に荷物を持ってきた王茗が宣言する。呉宇軒はあまり拘りがないので、王茗に続くよう謝桑陽に視線で促した。
「あの、できれば僕は窓際がいいです……」
「じゃあ俺扉側にするかな。子星は? 代わってほしければ言えよ」
「俺はどこでもいい。なんだ、全員被らなかったな」
場所取りで揉めることもなく、誰がどこを使うかすんなり決まった。場所が被って何時間も話し合いが発生する事もあるらしいので、これはかなり上々の滑り出しだ。
呉宇軒はそろそろ食べ終わりそうな幼馴染の肩に手を回して寄り掛かると、たった今決めたベッドを指して尋ねた。
「浩然は? ここでいいか?」
「うん」
「なんで李浩然に聞くんだよ」
「そのうち泊まるかもしれないだろ?」
今はまだ夏だから良いが、李浩然は寮暮らしではないため冬場は特に帰るのが億劫になるだろう。呉宇軒はよく幼馴染を部屋に泊めていたので、見兼ねて引き止める可能性は大いにあった。
「そこで二人で寝る気か!?」
呂子星は空いた口が塞がらないといった表情で呉宇軒を見た。
「全然イケるって。うちのベッドより広いよ」
真下に収納スペースがあるせいか、寮のベッドは少し広めの作りになっている。呉宇軒の自宅のものよりも断然広い。
それを聞いた呂子星は、どこか腑に落ちない気持ちになりながらも人の事には口を出し辛く、本人たちがそれで良いならと自分を無理矢理納得させた。
「じゃーん! 俺のカーテン見て!」
ぐちゃぐちゃのトランクから、王茗がパッケージされた真っ赤なカーテンを引っ張り出した。ここに来てからずっと荷物整理していたとは思えないとっ散らかった中身を見て、呂子星はぎょっとして顔を引き攣らせた。
「カーテンよりヤバいもんが見えるんだが? お前、どうやったらそんなぐちゃぐちゃになるんだよ!」
ドン引きした呂子星の言葉に、王茗はトランクを返り見ると不思議そうに首を傾げて返す。
「え? 結構片付いてるだろ? それよりこれ、彼女と一緒に買ってきたんだぁ」
能天気にそう言われ、呂子星は今すぐこいつの頭に常識を叩き込んでやりたいと憤った。
そんな怒りに満ちた視線には気付かず、王茗はベリベリとパッケージを引き裂いていく。トランクの中身どころか足元にゴミが散らかるのも気にならないのか、どんどん悪化していく状況に呂子星は呆れてものも言えない。
バッと広げられたカーテンは、赤い生地に同系色でハートのプリントが入っていた。陽の光に反射して可愛らしく散りばめられたハートがキラキラと輝いて見える。
「ここは女子寮じゃねーぞ!」
呂子星に突っ込まれ、王茗はあれ?と首を傾げて生地を見た。可愛らしいハート柄を見た途端、顔色を変えて慌て出す。
「何これ!」
「こっちのセリフだ!」
どうやらパッケージのせいで全体像が見えず、葉っぱの模様と勘違いしたらしい。途方に暮れる王茗を笑いながら、呉宇軒も自分の荷物を引っ張ってきた。
「派手で良いじゃねぇか。言っておくけど、俺も負けてないからな!」
呉宇軒はトランクを開けると、中から黒と蛍光ピンクが縞模様になったカーテンを出して広げて見せる。李浩然の母がくれた遮光性能抜群のオーダーメイドだ。
ギラギラとしたピンク色が目に眩しいそのカーテンは、男が使うには少々可愛すぎる。男子寮にはそぐわない見た目のカーテンが立て続けに現れ、呂子星はあんまりだと怒った。
「だから女子寮じゃねーって! 何なんだよお前ら! 打ち合わせでもしてたのか!?」
「あの……」
それまで静かだった謝桑陽が申し訳なさそうな声を出す。この流れに嫌な予感がして、呂子星は恐る恐る振り返った。
「実は、僕のカーテンもちょっと可愛い系で……ご、ごめんなさい!」
手に持っているカーテンは薄いグレーにピアノの鍵盤が描かれていた。どこが可愛い系なのかとよく見ると、鍵盤の上を黒猫が歩いている。確かに可愛い。
「いや、それくらいなら大丈夫だろ……多分」
前二人のインパクトが凄すぎたせいで霞んで見え、呂子星は煮え切らない言葉を返した。
各々自分の場所にカーテンを取り付けると、殺風景だった室内がようやく部屋らしくなってくる。呂子星は柄のない無難な紺色のカーテンで、本来なら景色と馴染むはずなのに周りと比べて浮いていた。
「納得いかねぇ……」
入り口に立って部屋全体を見渡しながら、呂子星は渋い顔をした。
この景色、どう見ても女子寮だ。他の生徒が訪ねてきたら間違いなく入る部屋を間違えたと思われる。
お気に入りの色のカーテンを着けて満足して見ていた呉宇軒は、ベッドの上から顔を出すと李浩然に手招きした。
「なあ浩然、ちょっと一緒に寝てみようぜ」
登ってきた李浩然を引っ張り上げ、二人で並んで横になる。やはり自宅のベッドよりもかなりの余裕があった。
ただ、二人で一つの枕を使うとさすがに狭く感じる。並んで寝るなら二つ目の枕が必要だ。
「お前、泊まるなら自分の枕持ってこいよ。腕枕してくれても良いけど」
「分かった」
そう言うや否や、李浩然は頭の下にあった枕をすっぽ抜いた。代わりに腕が回され、呉宇軒はあっという間に幼馴染の腕の中に収まった。
「冗談だったんだけど?」
急に枕を奪われた呉宇軒がムッとして見上げると、間近に幼馴染の端正な顔があった。この距離だときめ細やかな肌だけでなく、長いまつ毛の一つ一つまでもがよく見える。
思わず魅入っていると、薄い唇が緩く弧を描いた。
「寝心地は?」
低く心地良い声が鼓膜を揺らす。至近距離から真っ直ぐな眼差しで見つめられ、呉宇軒は決まり悪く落ち着かない気持ちになった。
「……悪くはない、かな」
李浩然の整った顔立ちは男の自分でさえ見惚れてしまうのに、本人にはその自覚がないからタチが悪い。
それっきり黙ってしまった李浩然に何か言おうと口を開くも、誰かが突然ベッドの柱をバンバンと叩いた。
「うおっ……何だよ!」
慌てて飛び起きた呉宇軒が寝そべる幼馴染を乗り越えて下を覗くと、ニヤニヤした顔の王茗と目が合った。
「お二人さん、そんな所でこそこそ何やってんだ?」
「別に何もねぇよ! 寝心地を確かめてただけだろ!」
「楽しい事なら俺も混ぜて!」
ウキウキしながら登って来ようとしていた王茗を呂子星が叱り飛ばした。
「お前はまずゴミを片付けろ! シーツもちゃんと張れよ!」
そう言った呂子星はすでにベッドメイクを終えている。それぞれ濃さの違うグレーのシンプルなベッドカバーで、清潔感のあるシックな色合いでまとまっている。
母親に叱られた子どものように背中を丸め、王茗は自分に荷物の方へすごすご帰って行った。
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