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高校最後の夏
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しおりを挟む連絡先を消した所で彼女とはどの道学校で会うことになるが、少しだけ気持ちがスッキリする。
呉宇軒はネットを開くと、モデルをやり始めてからわんさか現れたアンチが入り浸る掲示板に書き込んだ。
『軒軒がまた女に振られたぞ! 野郎ども祭りだ!』
悲惨な事はネタにして消化するに限る。
呉宇軒が書き込んだ後から、雑談程度だった書き込みにありとあらゆる罵詈雑言が増えていく。ハゲだの馬鹿だのと何の捻りもない罵倒から、振られたことを馬鹿にして煽る書き込みまで多種多様だ。挙げ句の果てに、元気出せよと面白画像や可愛らしいペットの画像を貼る者が現れ、なかなかに混沌としてきた。
口汚く罵りながらも最後に励ましの言葉を添えたコメントに笑っていると、李浩然に携帯を取り上げられた。
「なにすんだよ!」
「いい加減にしなさい」
手を伸ばして取り戻そうとすると、李浩然は携帯をポケットにしまい込んで呆れた顔をする。まるで問題児を叱る学校の先生だ。
嫌な事があるとアンチ掲示板に報告するのが呉宇軒の癖だった。初めの方こそ誹謗中傷だらけになるが、そのうち飽きて大喜利大会が始まるのだ。それに案外気のいいやつが多い。
李浩然はずっと前からその悪しき習慣を止めようと頑張っているが、残念ながら未だに成就していなかった。
「俺のことを熱烈に想ってくれてるのはそいつらだけなんだぞ!」
昨日の敵は今日の友と言うように、呉宇軒にとってアンチは最大のファンだ。粗探しという不純な動機ではあるものの、ファン以上に一挙一動に注目してくれている。それに、飽きたら離れるファンと違ってアンチはいつまでもしつこく追いかけてくる。
「それはない」
李浩然は幼馴染の主張をすぐに否定すると、諭すような声で付け加えた。
「もっと周りをよく見て」
真剣な顔でそう言われ、呉宇軒は考え込んだ。
母や祖父母は自分のことを大切に想ってくれているが、熱烈とは違う。そもそも家族はモデル活動に大して興味を示していない。
よく考えた結果、周りに居る該当者は一人だけだった。
「んー……お前とか?」
冗談めかして笑顔を向けると、切れ長の目が優しげに細められ、唇が弧を描く。李浩然は片手をすっと上げ、そのまま呉宇軒の尻に思い切り振り下ろした。
パァンッと乾いた音が響き、呉宇軒は悶絶してベッドの上を転がり回った。ジンジンと痛む尻を摩り、恨みがましく幼馴染の顔を見上げる。
「いってぇな! なんで叩くんだよ!」
呉宇軒が文句を言うと、李浩然は悪びれもせずしれっと返した。
「ちょうどいい位置にあったから」
「あったからじゃねぇ! あーもう、尻が弾け飛ぶかと思った」
また叩かれては堪らないと身を起こし、ぶつぶつ文句を言う。そんな呉宇軒を微笑ましく見ていた李浩然は、出しっぱなしになった参考書を片付けながら口を開いた。
「やけ酒なら付き合うが?」
「その前に飯作ってやるよ。お腹空いたろ?」
そろそろ夕飯の時間だ。話を聞いてくれたお礼に沢山好物を作ってやろうと立ち上がれば、足元にあった大学のパンフレットの山を誤って蹴っ飛ばしてしまった。
「あーあ、やっちまった」
雪崩を起こしたパンフレットを掻き集めていると、同じ大学のものが二冊あることに気付く。国内に大学が多すぎるので、間違って二回取り寄せてしまったのだろうか。
二冊あったのは、国内有数の難関大学のパンフレットだ。表紙には歴史ある建築に花が咲き乱れる美しい校舎が映っている。自宅からはかなり遠いが、ある意味好都合だと思って取り寄せたものだ。
李浩然と呉宇軒は小中高と同じ学校に通っていたので、歴代彼女は皆共通の知り合いだった。地元を離れれば李浩然を知らない女子と出会えるし、今度こそ末永くお付き合いできる人に巡り会えるに違いない。
なんとなく縁を感じ、呉宇軒はその学校のパンフレットを一つ机の上に放り投げた。時間ができたらゆっくり中を見てみよう。
「お前さ、大学行ったらもううちの料理は食べられないんだからな? 今の内にちゃんと庶民の味に舌慣しとけよ」
呉宇軒の実家の店は安くて速くて美味いが売り文句ではあるが、創業者の祖父は一流の店で修行を重ねたので高級店にも引けを取らない。
幼少期からずっとこの店で食べ続けている李浩然はすっかり舌が肥えてしまい、他所で食べた料理が少しでも口に合わないと途端に箸が進まなくなる。そんな彼が地元を離れてやっていけるか心配だった。
「問題ない」
妙に自信満々に答えた幼馴染に、呉宇軒は疑わしげな視線を向けた。
「うちはデリバリーなんてやってないからな」
きつく釘を刺すも、李浩然はもう一度問題ないと繰り返し、何故かふっと笑った。
呉宇軒は小さい頃から幼馴染のお願いにつくづく弱かったので、もし彼がひもじい思いをして助けを求めてきたら食事を作って冷凍便で送り届けてしまうかもしれない。それに、毎日手料理を振る舞っていた習慣が急に無くなるのは、ほんのちょっと淋しかった。
李浩然のためにせっせと料理を作る自分の姿が脳裏にはっきりと浮かび上がり、呉宇軒はゾッとした。
「絶対やらないからな!」
もう一度きっぱり言い切ると、笑みを浮かべる幼馴染を押し退けて部屋を出る。
幸いなことに、呉宇軒は飛び抜けて賢く試験では満点しか取ったことがない。大学は選び放題だ。新たな出会いのためにも、できるだけ遠くの大学に行ってやると心に決めた。
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