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早すぎる再会
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しおりを挟む「俺も早く彼女欲しいな……」
仲良さげな二人に感化され、呉宇軒の口から思わずため息が漏れた。
今までは店の手伝いと父が残していった借金の返済を最優先にしてきたが、実家を離れた今、ようやく自由にデートができるのだ。
「その前に浩然のやつに彼女作ってやんねぇとな」
「それはいいけどお前、向こうの気持ちもちゃんと考えてやれよ? 李浩然に彼女を作る気がなかったら迷惑にしかなんねぇぞ」
それはもっともな話だった。呂子星に釘を刺され、新たな出会いに浮かれていた呉宇軒はたちまち意気消沈する。
「それな。あいつちゃんと恋愛する気あんのかな……」
色恋沙汰には興味がありませんと言わんばかりの顔をして黙々と勉学に励んでいた李浩然を思い出し、一抹の不安に駆られる。もし彼が恋人はいらないと言ったら、また一から計画の練り直しだ。
不吉な考えを振り払うように、呉宇軒は二個目の海老蒸し餃子を口に入れた。
三人が食事を終える頃には、食堂は人で溢れかえっていた。生徒や教員の他に、明らかに一般の人たちも並んでいる。それだけここの食堂の食事が美味しいということなのだろう。
早めに来ておいて良かったと胸を撫で下ろし、呉宇軒は女子に見つからないよう人混みに紛れて食堂を後にした。周囲の人々は何を頼むかに気を取られているので、案外気付かれることなく外へ出る。
寮に帰る前にもう少し見ていこうという王茗の提案で、三人は西館の中をぶらつくことにした。
案内板によると一階から四階までは色々な飲食店が入っているが、五階のフロアは丸々カフェスペースになっているらしい。呉宇軒が建物を見上げた時に見た人たちはやはりカフェの客だったようだ。コーヒーを飲みながらゆっくり勉強や読書ができるように、一つの階を丸ごとカフェにするとは画期的だ。
昼食に悩む人々の間を縫うようにしてどんな店があるのか眺めていると、ふとビタミンカラーが目を引く店の入り口に視線が止まる。ガラスの窓には瑞々しいフルーツがたっぷり乗った氷粉のポスターが貼ってあり、専門店であることが伺えた。
「何あれ! めっちゃうまそう」
女子や子どもが好きそうなカラフルな外観に、早速王茗が食い付いた。
「あれは氷粉って言って四川の夏の定番デザートだよ。食べたいか?」
容器の中にたっぷり入った透明なゼリーは氷のようにキラキラとして目にも楽しい。呉宇軒の実家でも夏限定のデザートとしてよく食べられていた。
「食べたい!」
王茗の住んでいた地域では店自体が無かったらしく、この涼しげな夏のデザートにすっかり心を奪われてしまったようだ。
女子向けの外観に怯んでいた呂子星は余計なことを言うなと呉宇軒を睨み、慌てて話に入ってくる。
「おい、ソフトクリームはいいのか? お前食べたがってただろ?」
呂子星は可愛らしい外観の店には入りたくないようで、キラキラと目を輝かせる王茗の前に立ちはだかった。しかし、ソフトクリームで釣れば気が変わるだろうという予想も虚しく、王茗の目は氷粉のポスターに釘付けだ。
「もう氷粉の口になっちゃったからソフトクリームはまた今度!」
食べたこともないのにそう言うと、王茗は抵抗する呂子星の服の袖をぐいぐいと引っ張って連れていく。まるで親におやつを強請る駄々っ子のようだ。
呉宇軒が嫌がる呂子星の背中を押して援護したので、多勢に無勢。三人は氷粉専門店の扉を潜ることとなった。
扉に付いているベルが鳴り、いらっしゃいませ!と元気な声がする。外からだとこじんまりとして見えた店内は意外にも奥行きがあり、イートインのスペースがしっかりあった。昼食時なので客はまばらで、小休憩をしている女性の他に年配の夫婦が座っている。
目に眩しい黄色い壁にはタピオカを模したカラフルな模様が跳ね、ポップで可愛らしい。ここの店は若者向けの専門店らしく種類が豊富だ。
呉宇軒が見たこともないトッピングをしげしげと眺めていると、不機嫌顔の呂子星に脇腹を小突かれた。
「さっさと選んで帰るぞ」
「何恥ずかしがってんだ? 別に女子のための店ってわけでもねぇのに」
女性向けの可愛らしいお店であろうと用事があればお構いなしに入る呉宇軒と違って、呂子星は周りから浮いているのを気にするタイプらしい。店に入ってからというもの、ずっと落ち着かなげにソワソワしている。さながら家族の買い物に無理矢理付き合わされている休日のお父さんだ。
二人のやり取りを見て、若い女性店員がふふっと笑う。
「最近流行ってるので、男の人も結構来られますよ」
「ほら、大丈夫だって。お前も好きなの選べ」
店のメニューを見ると、定番の組み合わせやおすすめの組み合わせの例が載っている。ざっと見ただけでも十五種類はあり、どれも美味しそうで一つに絞りきれない。しかも、自分で好きなトッピングを好きなだけ乗せられるときた。こうなってくると組み合わせは無限大だ。
言い出しっぺの王茗もすっかり目移りしてしまい、なかなか決められないでいる。早く帰りたい空気を全面に出している呂子星は、定番の組み合わせのきなこと黒蜜を選んだ。
「こういうのはまず定番からだろ」
「せっかくだから変わったの食べたいしぃ」
手堅く決めた呂子星とは反対に、王茗はチャレンジ精神旺盛だ。
メニューをじっくり見ている姿を微笑ましく見ていたが、呉宇軒はふともう一人のルームメイトのことを思い出した。せっかく良いものを見つけたのに三人だけで楽しむのも可哀想だ。
「もう一人のやつにも買ってってやろうぜ。びっくりさせちゃったお詫びに。あの、持ち帰り用の袋ってありますか?」
「もちろんありますよ! それからこちらの保冷バッグをご購入でしたら、サービスでドライアイスもお付けできますよ」
店員が出したのは、壁と同じ黄色にカラフルなドット柄のバッグだ。店名の『天天好心情』という文字が可愛らしい字体で中央にプリントされている。
「じゃあ保冷バッグお願いします。俺、苺甘酒とココナッツミルクのマンゴー添えで迷ってるんだけど」
「俺も苺甘酒ちょっと気になる。あとこの白桃ライチ烏龍茶!」
「すげぇ変わり種だな。俺もちょっと気になってきた」
「どうしよ……迷うなぁ」
呉宇軒と王茗が二人でもだもだやっていると、痺れを切らせた呂子星がついに怒った。
「女子かお前らは! 全部買って分けて食えばいいだろ。さっさと帰るぞ!」
王茗が抗議の声を上げるも、呂子星は一歩も譲らず二人が迷っていた商品を次々に注文した。三人のやり取りを暖かい目で見守っていた店員が笑いを堪えた顔でてきぱきと氷粉にトッピングしていく。
みるみるうちに出来上がっていく美味しそうな氷粉を見ながら、王茗は未練がましく呟いた。
「いいもん。今度彼女と一緒に来るから」
女の子が好きそうな可愛らしいこの店はデートにぴったりだ。電子決済を済ませながら、呉宇軒も名案だと頷いた。
「俺も今度浩然を連れてきてやろう」
「王茗は良いとして、お前はなんで男と来る前提なんだよ」
「あいつ氷粉大好きなんだよ。これだけ種類があるなら絶対食べたがるだろうし」
呉宇軒の答えを聞いた呂子星はやれやれと肩を竦めた。
「口を開けば李浩然の話ばっかりしやがって。お前幼馴染大好きじゃねぇか」
「しょうがねぇだろ! 俺の人生の半分はあいつで出来てるんだから」
からかわれた呉宇軒は否定も肯定もできず、ムッとして言い返した。身内以上にずっと一緒に居たのだからこればかりは仕方がない。
店を出ようとすると女性店員が慌てて呼び止めてくる。何か忘れ物をしたかと振り返ると、彼女はおずおずと遠慮がちに口を開いた。
「あの、モデルの軒軒ですよね? 握手してもらっても良いですか?」
今の今まで尋ねるのを我慢してきたらしい。不安そうな顔をする彼女に呉宇軒はとびきりの笑みを返す。
「もちろん!」
いつ何時もファンサービスは怠るなというのが先輩モデルからのアドバイスだった。呉宇軒はこれでもかと愛想を振り撒いてその手を握ると、呂子星に首根っこを引っ張られながら名残惜しむように別れを告げた。
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