真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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早すぎる再会

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 三人はだらだらと歩きながら青々と緑が繁る日除けの方へ避難した。瑞々しく生い茂る葉は焼けるような日差しをしっかりと遮り、石造りの休憩スペースはひんやりとして気持ちが良い。僅かながら暑さが和らぎほっと一息吐いていると、呂子星リューズーシンが今更な質問をしてきた。

「で、どこの食堂で食べる?」

「その話、中でするんじゃ駄目だったの?」

 悲鳴にも似た声を上げた王茗ワンミンを不憫に思った呉宇軒ウーユーシュェンは、念の為にと持ってきていた扇子で扇いでやった。尻ポケットに入れていたせいで少々歪になってしまったが、風を送るには十分だ。
 ふわふわと揺れる癖毛を眺めながら、呉宇軒ウーユーシュェンは昼食に悩む二人に提案した。

「暑い時は辛いもの食って汗を出すのが良いんだぞ」

「俺辛いの苦手ぇ……」

「じゃあ西館だな。あそこ色んな地域の料理があるから」

 携帯で店の情報を吟味ぎんみしていた呂子星リューズーシンは、二人の意見を採用しつつ見事に妥協案を出した。
 大学の敷地は一つの町ほど広いので、目的の食堂へ行くにはかなり歩かなければならない。携帯画面に映された地図を見た王茗ワンミンが、とどめを刺されたような絶望の表情を浮かべて情けないうめき声を漏らす。

「よしよし、兄ちゃんが帰りにアイス買ってやるからな」

 しょんぼりと丸まった背中を軽く叩き、呉宇軒ウーユーシュェンは憐れみを込めてそう言った。
 悲しそうな顔をした王茗ワンミンが、その言葉にひしっと抱きついてくる。そしてさめざめと泣くふりをしながら口を開いた。

「うぅ……俺ソフトクリームが食べたいよう。ついでに自転車の後ろに乗せてくれると嬉しいです」

「厚かましいやつだな」

 甘ったれた声で図々しく要求してきた王茗ワンミンに、呂子星リューズーシンは呆れて冷ややかな視線を向ける。呉宇軒ウーユーシュェンは柔らかそうなふわふわの髪を手でくしゃくしゃに乱すと、苦笑いを浮かべて汗でべとついた王茗ワンミンの体を引き剥がした。

「お前が借りてくれんなら漕いでやるよ」

「本当に!? やったぁ!」

 呉宇軒ウーユーシュェンの言葉を聞いて、力なく項垂れていた王茗ワンミンがぱっと顔を上げる。嬉しそうなその表情は、さんざめく太陽にも負けないほど明るくなっていた。
 水を得た魚のように元気を取り戻した王茗ワンミンは、目をキラキラさせてレンタル自転車置き場へと駆けていった。現金なもので、さっきまでのしおらしさが嘘のようだ。
 呂子星リューズーシンは元気一杯に走る背中をげんなりしながら見送り、呉宇軒ウーユーシュェンとがめるような視線を投げつけた。

「おい、あんまり甘やかすなよ」

「あれくらい良いだろ? それに、自転車代が浮いた」

 けろりとして言ってのける呉宇軒ウーユーシュェンに、呂子星リューズーシンは呆れた顔で何か言いたげに口を開くも、結局そのまま王茗ワンミンの後を追って行ってしまった。手に持った扇子をぴしゃりと閉じると、呉宇軒ウーユーシュェンは二人から少し遅れて腰を上げる。
 自転車置き場では既に王茗ワンミンが子どものようにうきうきしながら待っていた。呉宇軒ウーユーシュェンが受け取った自転車に跨ると、王茗ワンミンが突然あっと声を出す。

「なんだよ、忘れ物か?」

 尋ねながら振り向くと、顔の横を携帯を持った手が掠めていった。

「違う違う。子星ズーシン、せっかく軒軒シュェンシュェンと一緒に乗るから写真撮って!」

 その言い草は、まるで観光地に来た旅行客のようだ。突き出された携帯を見た呂子星リューズーシンが心底嫌そうな表情を浮かべる。

「マジで言ってんのか?」

「マジだよ。撮って撮って! お願いシン兄ちゃん!」

 後ろに乗った王茗ワンミンがはしゃぐせいで自転車がぐらぐらと揺れる。呉宇軒ウーユーシュェンは倒れそうになった自転車を腕尽くで支え、どうにかバランスを取りながら呂子星リューズーシンに頼んだ。

「早いとこ撮ってやってくれよ。俺が転ける前に」

 二人にせっつかれた呂子星リューズーシンは渋々携帯を受け取ると、自転車を一旦脇に停めて携帯を構えた。
 図書館の向かいには大きな湖が広がっているので、記念撮影をするにはうってつけの場所だ。陽の光を反射してキラキラと輝く水面は蒸し暑い中でも清涼感がある。
 自然溢れる湖を背に写真を撮ってもらうと、王茗ワンミンは嬉しそうに画像を確認しながらおもむろに口を開いた。

「よし! 彼女に送って自慢しよっと」

「「彼女!?」」

 聞き捨てならない言葉に、呉宇軒ウーユーシュェン呂子星リューズーシンの声が揃う。王茗ワンミンは一瞬ぽかんとして固まった後、首を傾げた。

「言ってなかったっけ?」

「初耳だぞ! お前、いつからの付き合いなんだ?」

 あまりの出来事に、呂子星リューズーシンにわかには信じられないといった顔で王茗ワンミンを見る。

「高校からの付き合いだよ! 一緒の大学行こうねって約束してたんだぁ」

 嬉しそうな顔を見るに二人とも無事合格したらしい。おめでたいこととは思うも、呉宇軒ウーユーシュェンは複雑な表情を浮かべた。
 彼女と二人で同じ大学を目指すなんて、付き合っては別れてを繰り返していた自分よりよっぽど青春を謳歌しているではないか。
 なんとなく負けた気分でいると、呂子星リューズーシンが口を開いた。

「よし、こいつ湖に捨てよう」

「暑いしちょうど良いな」

 悔しさ全開の言葉に、呉宇軒ウーユーシュェンも両手を上げて賛同する。ちょうど目の前には投げてくださいと言わんばかりに雄大な湖が広がっているではないか。
 吊し上げを喰らいそうになった王茗ワンミンは、必死になって呉宇軒ウーユーシュェンの腰にしがみついた。

「ちょ、待って! 俺泳げないからやめて!」

「大丈夫だって。多分浅いだろ」

 湖は普通奥へ行くほど深くなるので、恐らく足は着くだろう。
 力尽くで腕を引き剥がされそうになった王茗ワンミンは、矛先を変えようと必死で叫んだ。

宇軒ユーシュェンは彼女が途切れたことないんだろ!? 俺なんて初彼女なんだからなっ!」

「こいつは毎回振られてんだから負け犬だろ」

 王茗ワンミンの必死の訴えに、何故か呉宇軒ウーユーシュェンの方に流れ弾が飛んできた。容赦のない呂子星リューズーシンの言葉が思いの外深く胸に突き刺さる。

「ちょっと待て、誰が負け犬だって? 俺は負け犬じゃねぇ!」

 痛い所を突かれた呉宇軒ウーユーシュェンが今度は呂子星リューズーシンに食ってかかる。形勢が変わったのを見て、王茗ワンミンは安心して手を離すと援護した。

「そうだぞ! 何せ、彼女ができたのは宇軒ユーシュェンのお陰なんだからな!」

 言い争いになりそうだった二人は、その発言にぴたりと動きを止めた。

「……俺のお陰って何?」

 王茗ワンミンの言うところによると、呉宇軒ウーユーシュェンが雑誌で話していた『モテる男になるための十の法則』というコラムの内容を実践して彼女ができたらしい。当の呉宇軒ウーユーシュェンはすっかりそんな記事があったことを忘れていた。
 あれは確か、掲載予定の記事が間に合わなくて急遽自分が穴埋めを担当した悪ノリコラムだ。まさか悪ふざけの類いで本当に彼女ができた人がいたとは。

「今まで女子に相手にされたことなんてなかったんだ。それが軒軒シュェンシュェンの言う通りにしたらすぐ彼女ができたんだよ! それからもう、俺軒軒シュェンシュェンのファンになっちゃって」

 呉宇軒ウーユーシュェンを見る王茗ワンミンの目は、尊敬を通り越して崇拝の域に達している。どうりで一時間も質問責めをするわけだとようやく合点がいった。

「それ、雑誌の現物まだあんのか?」

 呂子星リューズーシンの問いかけに、王茗ワンミンはぐっと親指を立てて笑顔を向ける。

「あるよ! なんなら寮に持ってきてる」

「……一時休戦だな」

 二人の間で平和協定が結ばれた。一人蚊帳の外に置かれた呉宇軒ウーユーシュェンは、思わぬ形で黒歴史を掘り返され頭を抱える。
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