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早すぎる再会
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しおりを挟む呉宇軒はノートの上にそっと眼鏡を置いて返し、よく見えていないのか目を凝らして乱入者を見ていた王清玲に笑いかけた。
「ごめんね! 可愛いからつい意地悪しちゃった」
その程度の謝罪で許すはずもなく。王清玲はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。そんな様子も可愛らしく、呉宇軒がにやにやしながら眺めていると、李浩然が横やりを入れてくる。
「君の悪い癖だな」
「お前には言ってないんだけど! それより浩然、なんで同じ大学だって教えてくれなかったんだよ」
「おばさんから聞いてないのか?」
「俺の母ちゃんがそんな気の利いたことすると思うか?」
忙しいせいもあるが、母の息子に対する扱いはかなり雑だ。李浩然はほんの少し考えるように間を置いた後、きっぱりと言い切った。
「しないな」
ほら見ろ、と詰るような視線を向け、呉宇軒は椅子から腰を上げた。
「俺はもう行くけど、お前も食堂来る?」
「いや、叔父に呼ばれている」
叔父、と聞いて呉宇軒は思いがけず懐かしい気持ちになった。
李浩然の叔父は幼少期によく勉強を見てくれていたのだ。彼は当時弁護士をしていたが、その教えは本職の教師に引けを取らず、子どもたちから『李先生』と呼ばれて慕われていた。
李浩然とその兄、従姉妹と共に勉強した日々は忘れられない思い出の一つだ。李先生は呉宇軒が小学校の高学年に上がる頃、大学の教職に就くからと遠くへ引っ越してしまっていた。
「李先生? もしかして、ここの教授なのか?」
頷いた幼馴染に、だからこの大学を選んだのかと納得する。こんなことなら事前にもっと下調べしておくべきだった。
ひっそりと様子を伺っているルームメイトの元へ戻ろうとした呉宇軒は、思い直して足を止めると王清玲へ振り返った。
「そうだ! せっかく満点が三人揃ったんだし、記念撮影しよ!」
厄介者が戻ってきて嫌そうにする王清玲には構わず、彼女の後ろへ回って手招きすると、事情を説明するまでもなく、李浩然は素直にやって来た。
断ってくれるだろうと密かに期待していた彼女は、当てが外れたせいで目に見えて狼狽えた。呉宇軒一人ならまだしも、李浩然までその気では断るに断れないようだ。
狙い通りの展開に呉宇軒はしめしめとほくそ笑む。実のところ、李浩然はこの手の誘いを一度も断ったことがない。
「ほら、笑って! 一、二、三、茄子!」
携帯の画面に、ぎこちない笑顔を浮かべる王清玲と笑顔の欠片もない李浩然が写る。呉宇軒は当然、モデルらしくキメ顔だ。
幼馴染みが浮かべる相変わらずの仏頂面に、呉宇軒は堪らず吹き出した。
「お前さ、なんで毎回真顔なわけ? 少しは俺と小玲を見習えよな」
王清玲は馴れ馴れしくあだ名で呼んだ呉宇軒を睨んだものの、何を言っても無駄と思ったのか、ゆるゆると頭を振って口を閉ざした。
からかう呉宇軒の言葉にも李浩然は全く表情を変えない。写真を撮った後はいつもこうして弄られるので、今更何か言うこともないのだ。
カメラを向けられると途端に笑顔が消えるのは、彼の幼少期からの癖だった。彼の両親は息子があまりにも笑わないので、早々に笑顔を撮るのを諦めた。そのせいで実家のアルバムに写る李浩然はほとんどが真顔だ。
「後で送るから連絡先教えてくれない? 浩然と三人のグループ作ろうよ」
「えっ……」
鉄は熱いうちに打てと畳み掛けると、王清玲は困ったように李浩然を見た。
「俺は構わない」
「じゃ、じゃあ……お願いします」
李浩然のお陰でいくらか警戒が薄れたのか、すんなりとグループ登録を済ませる。記念すべき女子第一号の名前を見て、呉宇軒は満足げに頷いた。
「これでよし、と。ルームメイトにいい土産話ができたね」
目配せして耳打ちすると、彼女はまた頬を真っ赤に染めて呉宇軒を睨んだ。
そろそろ怒った彼女が本を投げつけてきそうな気配がするので、呉宇軒は短い別れの言葉を残して撤退する。
遠くから見ていた二人の元へ合流すると、何故か呂子星に小声で叱られた。
「お前、なにやってんだよ!」
「お前こそ、知り合いなのに挨拶は良いのか?」
同じ高校だったと言うからには顔見知りではあるはずだ。挨拶の一つくらいあっても良さそうなのに、呂子星は寄り付きもしなかった。
彼はどこか緊張した面持ちで呉宇軒の影に隠れると、ちらりと彼女を見て声を潜めた。
「俺、あの子苦手なんだよ。なんか取っ付きにくくて……」
なんとも情けない言葉に、王茗がぷっと吹き出す。
「そんなこと言ってたらモテないぞ」
「うるせぇ! 余計なお世話だっ」
売り言葉に買い言葉で、たちまち取っ組み合いが始まる。怒りの力か、ほんの少しだけ呂子星の方が優勢だ。
揉み合う二人を笑って見物していると、李浩然がやって来た。
「なんだよ、もう俺が恋しくなったのか?」
「うん」
素直に頷かれ、意表を突かれた呉宇軒は返す言葉に詰まった。毎度のことながら、冗談に対して素直に返されるとこっちが恥ずかしい。
自身を真っ直ぐに射抜く瞳から呉宇軒はさっと目を逸らした。動揺を悟られまいと咳払いで誤魔化し、手を叩いて喧嘩に発展しそうな二人を止める。
「こいつは俺の幼馴染の浩然。浩然、こっちのモジャ頭がルームメイトの王茗で、頭良さそうな顔してる方が呂子星な」
「モジャ頭て!」
「クソッ! 馬鹿みたいな頭してるくせに!」
高考で満点を叩き出した二人を前にしては言い返す言葉が出ず、呂子星は悔しそうに歯噛みした。王茗の方は興味津々に李浩然を見上げ、人懐っこい笑みを浮かべた。
「宜しく! 宇軒から噂はかねがね……」
「わっ、馬鹿! 余計なこと言うなって!」
何を言おうとしたのか分からないが、ろくなことにならないと決まっている。
呉宇軒は慌てて王茗の首に腕を回して締め上げ、無理矢理黙らせた。いつも幼馴染が原因で彼女に振られていたなんて、本人の耳に入ったらおしまいだ。
王茗を黙らせようと奮闘する呉宇軒を見て、李浩然の目がたちまち咎めるように鋭くなる。どう誤魔化したら良いものかと冷や汗をかきつつ、呉宇軒は慌てて口を開いた。
「ほ、ほら、いつもうちに飯食いに来てただろ? 幼馴染だし……昔はよく遊んでたし!」
しどろもどろに言い訳しながら、へろへろに弱った王茗を呂子星に押し付ける。呉宇軒は二人にぐっと顔を寄せ、周りに聞こえないように声を抑えて凄んだ。
「お前ら、あのこと言ったらどうなるか分かってんだろうな?」
拳を握り、畳み掛けるように無言で圧をかける。脅しが効いたのか、一番口を滑らさないか心配な王茗はぱっと口を手で塞ぎ、青ざめた顔で勢いよく頷いた。
「本当、なんでもないから!」
ぱっと笑顔を作って振り向くと、疑いが晴れたのか李浩然の表情はすでに和らいでいた。怒られなくて良かったとほっと胸を撫で下ろす。
「叔父さんに宜しく。今度会いに行くよ」
「うん。叔父もきっと君に会えるのを楽しみにしてる」
軽い挨拶を交わして送り出すも、李浩然はふと足を止めると、振り返って阿軒と呼び掛けてきた。
「なに?」
まだ話があるのかと呉宇軒が側に寄っていくと、指先でつんと鼻をつつかれる。
「いい子でいなさい」
それは、子どもに言い聞かせるような優しい声音だった。ふっと笑みを浮かべ、李浩然はそのまま悠然と立ち去っていく。
ようやくからかわれたと気付いた呉宇軒は、たちまち真っ赤になって口をパクパクさせた。
「お前っ……」
背中に向かってなにか言ってやろうと思うも、不意打ちに動揺しすぎて言葉が出てこない。そんな呉宇軒の肩をぽんぽんと叩き、呂子星がにやりと笑った。
「いい子でいなさい、だってよ」
「軒軒は悪い子だもんなぁー」
呂子星の真似をして肩に手を置いてきた王茗が、ここぞとばかりにからかってくる。両側から弄られた呉宇軒はむっと唇を引き結んだ。
「拗ねるなよ」
「いい子でいないとだもんなぁ」
「だあぁぁっ! うっせぇぞお前ら! 散れっ!」
笑い声が賑やかな館内にこだまする。しばらくはこの件で弄られそうだと、呉宇軒はうんざりした面持ちでため息を吐いた。
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