真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

文字の大きさ
上 下
7 / 68
早すぎる再会

4

しおりを挟む

 呉宇軒ウーユーシュェンはノートの上にそっと眼鏡を置いて返し、よく見えていないのか目を凝らして乱入者を見ていた王清玲ワンチンリンに笑いかけた。

「ごめんね! 可愛いからつい意地悪しちゃった」

 その程度の謝罪で許すはずもなく。王清玲ワンチンリンはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。そんな様子も可愛らしく、呉宇軒ウーユーシュェンがにやにやしながら眺めていると、李浩然リーハオランが横やりを入れてくる。

「君の悪い癖だな」

「お前には言ってないんだけど! それより浩然ハオラン、なんで同じ大学だって教えてくれなかったんだよ」

「おばさんから聞いてないのか?」

「俺の母ちゃんがそんな気の利いたことすると思うか?」

 忙しいせいもあるが、母の息子に対する扱いはかなり雑だ。李浩然リーハオランはほんの少し考えるように間を置いた後、きっぱりと言い切った。

「しないな」

 ほら見ろ、と詰るような視線を向け、呉宇軒ウーユーシュェンは椅子から腰を上げた。

「俺はもう行くけど、お前も食堂来る?」

「いや、叔父に呼ばれている」

 叔父、と聞いて呉宇軒ウーユーシュェンは思いがけず懐かしい気持ちになった。
 李浩然リーハオランの叔父は幼少期によく勉強を見てくれていたのだ。彼は当時弁護士をしていたが、その教えは本職の教師に引けを取らず、子どもたちから『リー先生』と呼ばれて慕われていた。
 李浩然リーハオランとその兄、従姉妹と共に勉強した日々は忘れられない思い出の一つだ。李先生は呉宇軒ウーユーシュェンが小学校の高学年に上がる頃、大学の教職に就くからと遠くへ引っ越してしまっていた。

「李先生? もしかして、ここの教授なのか?」

 頷いた幼馴染に、だからこの大学を選んだのかと納得する。こんなことなら事前にもっと下調べしておくべきだった。
 ひっそりと様子を伺っているルームメイトの元へ戻ろうとした呉宇軒ウーユーシュェンは、思い直して足を止めると王清玲ワンチンリンへ振り返った。

「そうだ! せっかく満点が三人揃ったんだし、記念撮影しよ!」

 厄介者が戻ってきて嫌そうにする王清玲ワンチンリンには構わず、彼女の後ろへ回って手招きすると、事情を説明するまでもなく、李浩然リーハオランは素直にやって来た。
 断ってくれるだろうと密かに期待していた彼女は、当てが外れたせいで目に見えて狼狽えた。呉宇軒ウーユーシュェン一人ならまだしも、李浩然リーハオランまでその気では断るに断れないようだ。
 狙い通りの展開に呉宇軒ウーユーシュェンはしめしめとほくそ笑む。実のところ、李浩然リーハオランはこの手の誘いを一度も断ったことがない。

「ほら、笑って! 一、二、三、茄子チェズ!」

 携帯の画面に、ぎこちない笑顔を浮かべる王清玲ワンチンリンと笑顔の欠片もない李浩然リーハオランが写る。呉宇軒ウーユーシュェンは当然、モデルらしくキメ顔だ。
 幼馴染みが浮かべる相変わらずの仏頂面に、呉宇軒ウーユーシュェンは堪らず吹き出した。

「お前さ、なんで毎回真顔なわけ? 少しは俺と小玲シャオリンを見習えよな」

 王清玲ワンチンリンは馴れ馴れしくあだ名で呼んだ呉宇軒ウーユーシュェンを睨んだものの、何を言っても無駄と思ったのか、ゆるゆると頭を振って口を閉ざした。
 からかう呉宇軒ウーユーシュェンの言葉にも李浩然リーハオランは全く表情を変えない。写真を撮った後はいつもこうして弄られるので、今更何か言うこともないのだ。
 カメラを向けられると途端に笑顔が消えるのは、彼の幼少期からの癖だった。彼の両親は息子があまりにも笑わないので、早々に笑顔を撮るのを諦めた。そのせいで実家のアルバムに写る李浩然リーハオランはほとんどが真顔だ。

「後で送るから連絡先教えてくれない? 浩然ハオランと三人のグループ作ろうよ」

「えっ……」

 鉄は熱いうちに打てと畳み掛けると、王清玲ワンチンリンは困ったように李浩然リーハオランを見た。

「俺は構わない」

「じゃ、じゃあ……お願いします」

 李浩然リーハオランのお陰でいくらか警戒が薄れたのか、すんなりとグループ登録を済ませる。記念すべき女子第一号の名前を見て、呉宇軒ウーユーシュェンは満足げに頷いた。

「これでよし、と。ルームメイトにいい土産話ができたね」

 目配せして耳打ちすると、彼女はまた頬を真っ赤に染めて呉宇軒ウーユーシュェンを睨んだ。
 そろそろ怒った彼女が本を投げつけてきそうな気配がするので、呉宇軒ウーユーシュェンは短い別れの言葉を残して撤退する。
 遠くから見ていた二人の元へ合流すると、何故か呂子星リューズーシンに小声で叱られた。

「お前、なにやってんだよ!」

「お前こそ、知り合いなのに挨拶は良いのか?」

 同じ高校だったと言うからには顔見知りではあるはずだ。挨拶の一つくらいあっても良さそうなのに、呂子星リューズーシンは寄り付きもしなかった。
 彼はどこか緊張した面持ちで呉宇軒ウーユーシュェンの影に隠れると、ちらりと彼女を見て声を潜めた。

「俺、あの子苦手なんだよ。なんか取っ付きにくくて……」

 なんとも情けない言葉に、王茗ワンミンがぷっと吹き出す。

「そんなこと言ってたらモテないぞ」

「うるせぇ! 余計なお世話だっ」

 売り言葉に買い言葉で、たちまち取っ組み合いが始まる。怒りの力か、ほんの少しだけ呂子星リューズーシンの方が優勢だ。
 揉み合う二人を笑って見物していると、李浩然リーハオランがやって来た。

「なんだよ、もう俺が恋しくなったのか?」

「うん」

 素直に頷かれ、意表を突かれた呉宇軒ウーユーシュェンは返す言葉に詰まった。毎度のことながら、冗談に対して素直に返されるとこっちが恥ずかしい。
 自身を真っ直ぐに射抜く瞳から呉宇軒ウーユーシュェンはさっと目を逸らした。動揺を悟られまいと咳払いで誤魔化し、手を叩いて喧嘩に発展しそうな二人を止める。

「こいつは俺の幼馴染の浩然ハオラン浩然ハオラン、こっちのモジャ頭がルームメイトの王茗ワンミンで、頭良さそうな顔してる方が呂子星リューズーシンな」

「モジャ頭て!」

「クソッ! 馬鹿みたいな頭してるくせに!」

 高考で満点を叩き出した二人を前にしては言い返す言葉が出ず、呂子星リューズーシンは悔しそうに歯噛みした。王茗ワンミンの方は興味津々に李浩然リーハオランを見上げ、人懐っこい笑みを浮かべた。

「宜しく! 宇軒ユーシュェンから噂はかねがね……」

「わっ、馬鹿! 余計なこと言うなって!」

 何を言おうとしたのか分からないが、ろくなことにならないと決まっている。
 呉宇軒ウーユーシュェンは慌てて王茗ワンミンの首に腕を回して締め上げ、無理矢理黙らせた。いつも幼馴染が原因で彼女に振られていたなんて、本人の耳に入ったらおしまいだ。
 王茗ワンミンを黙らせようと奮闘する呉宇軒ウーユーシュェンを見て、李浩然リーハオランの目がたちまちとがめるように鋭くなる。どう誤魔化したら良いものかと冷や汗をかきつつ、呉宇軒ウーユーシュェンは慌てて口を開いた。

「ほ、ほら、いつもうちに飯食いに来てただろ? 幼馴染だし……昔はよく遊んでたし!」

 しどろもどろに言い訳しながら、へろへろに弱った王茗ワンミン呂子星リューズーシンに押し付ける。呉宇軒ウーユーシュェンは二人にぐっと顔を寄せ、周りに聞こえないように声を抑えて凄んだ。

「お前ら、あのこと言ったらどうなるか分かってんだろうな?」

 拳を握り、畳み掛けるように無言で圧をかける。脅しが効いたのか、一番口を滑らさないか心配な王茗ワンミンはぱっと口を手で塞ぎ、青ざめた顔で勢いよく頷いた。

「本当、なんでもないから!」

 ぱっと笑顔を作って振り向くと、疑いが晴れたのか李浩然リーハオランの表情はすでに和らいでいた。怒られなくて良かったとほっと胸を撫で下ろす。

「叔父さんに宜しく。今度会いに行くよ」

「うん。叔父もきっと君に会えるのを楽しみにしてる」

 軽い挨拶を交わして送り出すも、李浩然リーハオランはふと足を止めると、振り返って阿軒アーシュェンと呼び掛けてきた。

「なに?」

 まだ話があるのかと呉宇軒ウーユーシュェンが側に寄っていくと、指先でつんと鼻をつつかれる。

「いい子でいなさい」

 それは、子どもに言い聞かせるような優しい声音だった。ふっと笑みを浮かべ、李浩然リーハオランはそのまま悠然ゆうぜんと立ち去っていく。
 ようやくからかわれたと気付いた呉宇軒ウーユーシュェンは、たちまち真っ赤になって口をパクパクさせた。

「お前っ……」

 背中に向かってなにか言ってやろうと思うも、不意打ちに動揺しすぎて言葉が出てこない。そんな呉宇軒ウーユーシュェンの肩をぽんぽんと叩き、呂子星リューズーシンがにやりと笑った。

「いい子でいなさい、だってよ」

軒軒シュェンシュェンは悪い子だもんなぁー」

 呂子星リューズーシンの真似をして肩に手を置いてきた王茗ワンミンが、ここぞとばかりにからかってくる。両側から弄られた呉宇軒ウーユーシュェンはむっと唇を引き結んだ。

「拗ねるなよ」

「いい子でいないとだもんなぁ」

「だあぁぁっ! うっせぇぞお前ら! 散れっ!」

 笑い声が賑やかな館内にこだまする。しばらくはこの件で弄られそうだと、呉宇軒ウーユーシュェンはうんざりした面持ちでため息を吐いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四大精霊の愛し子はシナリオクラッシャー

ノルねこ
BL
ここはとある異世界ファンタジー世界を舞台にした、バトルあり、ギャルゲー・乙女ゲー要素ありのRPG「最果てに咲くサフィニア」、通称『三さ』もしくは『サン=サーンス』と呼ばれる世界。 その世界に生を受けた辺境伯の嫡男ルーク・ファルシオンは転生者ーーーではない。 そう、ルークは攻略対象者でもなく、隠しキャラでもなく、モブですらなかった。 ゲームに登場しているのかすらもあやふやな存在のルークだが、なぜか生まれた時から四大精霊(火のサラマンダー、風のシルフ、水のウンディーネ、地のノーム)に懐かれており、精霊の力を借りて辺境領にある魔獣が棲む常闇の森で子供の頃から戦ってきたため、その優しげな相貌に似合わず脳筋に育っていた。 十五歳になり、王都にある王立学園に入るため侍従とともに出向いたルークはなぜか行く先々で無自覚に登場人物たちに執着され、その結果、本来攻略対象者が行うはずのもろもろの事件に巻き込まれ、ゲームのシナリオを崩壊させていく。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【1/完結】ノンケだった俺が男と初体験〜ツンデレ君には甘いハチミツを〜

綺羅 メキ
BL
男同士の純愛、そこには数々のドラマがある! 事件や事故や試練に巻き込まれながら、泣いたり、笑ったり、切なかったり、ドキドキしたり、ワクワクしたり、雄介と望の波瀾万丈な心温まるような話を読んでみませんか? ある日の夜中、吉良望(きらのぞむ)が働く病院に緊急で運ばれて来た桜井雄介(さくらいゆうすけ)。 雄介は怪我をして運ばれて来た、雄介は望の事を女医さんだと思っていたのだが、望は女医ではなく男性の外科医。しかも、まだ目覚めたばっかりの雄介は望の事を一目惚れだったようだ。 そして、一般病棟へと移されてから雄介は望に告白をするのだが……望は全くもって男性に興味がなかった人間。 だから、直ぐに答えられる訳もなく答えは待ってくれ。 と雄介に告げ、望は一人考える日々。 最初はただ雄介と付き合ってみるか……というだけで、付き合うって事を告げようとしていたのだが、これが、なかなか色々な事が起きてしまい、なかなか返事が出来ない日々。 しかも、親友である梅沢和也(うめざわかずや)からも望に告白されてしまう。 それから、色々な試練等にぶつかりながら様々な成長をしていく望達。 色々な人と出会い、仲間の絆をも深めていく。 また、あくまでこれはお話なので、現実とは違うかもしれませんが、そこは、小説の世界は想像の世界ということで、お許し下さいませ。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...