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早すぎる再会
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しおりを挟む「で、李浩然と何があった?」
部屋の中央にあるくたびれた木のテーブルで向かい合い、呂子星が仕切り直す。
取り調べのような状況に呉宇軒は腹を決めると、向かいに座る二人に深刻な面持ちで切り出した。
「……俺さ、頭も顔も良いからモテるじゃん? 中高と彼女が途切れたこと無いんだけどさ」
「おい、コイツ急に自慢し始めたぞ。吊るすか?」
「まあ、人気モデルだしな」
ムッとする呂子星とは反対に、自称熱烈なファンの王茗はうんうんと頷く。呉宇軒はモデル時代に自分がどれほど人気があったか気にしたことはなかったが、王茗やネットニュースの反響を見るに存外悪くはなかったようだ。
文句を言いたげな呂子星を無視すると、呉宇軒は続きを口にした。
「付き合ったは良いんだけど、どの子も長続きしなくて」
「釣った魚に餌やらないタイプか?」
「いや、忙しくてデートができないってちゃんと話してたぜ? 俺の親父、借金残して女と逃げちまっててさ。実家の飯屋の手伝いとモデルの仕事で遊ぶ時間なんて無かったんだけど、それでも良いって子としか付き合わなかったし」
高校生活では誰もが大半の時間を勉強に取られる。呉宇軒の場合はそれに加えて、特殊な家庭の事情もあり恋愛との両立は不可能に近かった。
それで、と続きを口にする前に、王茗がぱぁっと表情を明るくさせて話に割って入ってきた。
「実家の店って一二三飯店だろ? 雑誌でよく紹介されてる有名店だよな!」
「なんでそんな事まで知ってんだよ、お前……」
興奮冷めやらぬ王茗に、呂子星はドン引きした様子でそっと椅子を離す。その行動が意味することに気付いた王茗はたちまち狼狽え、慌てて弁解した。
「違う違う、別にストーカーとかじゃねぇって! インタビュー記事で読んだの! そんな目で見んなっ!」
慌てるほど余計に怪しく見えるのか、呂子星は心底嫌そうに口をへの字に曲げると更に椅子をずらした。言葉はなくとも、その態度から言いたいことはよく分かる。
必死の弁解も心には響かないようで、距離を詰めようとする王茗と離れたい呂子星の攻防はしばらく続いた。
二人の様子を楽しんでいた呉宇軒は、頃合いを見てまぁまぁと呂子星を宥めた。
「店の宣伝したら客足増えるから、ファンの子は皆知ってるよ。まあ、ここまで熱心な男のファンが居たのにはびっくりだけど……」
冗談めかしてそう言うと、追い討ちをかけられた王茗が訴えるように叫んだ。
「宇軒まで! 二人して俺を苛めんなよぉっ」
「で、どこで李浩然が出てくるんだ?」
喚く王茗を軽く流し──ついでに然り気なく近くまで戻ってきた椅子を押しやり、呂子星が脱線しかけた話を元に戻す。
不満たらたらに文句を垂れる王茗を無視すると、呉宇軒は頷いて続きを話した。
「俺、彼女を店に呼んでよく手料理を振る舞ってたんだ。で、浩然のやつはうちの店の常連で、朝昼晩と毎日食べに来てるわけ」
ああー、と二人が納得の声を出す。
後はお察しの通りだ。幼馴染と彼女は共通の話題で盛り上がり……。
『私、李浩然のことが好きになっちゃったみたい』
振られる時はいつもこうだった。彼女に大事な話があると呼び出される度に同じ言葉を聞かされる。言われる側は堪ったものではない。
幼い頃から今までちやほやされてきた呉宇軒はその辺の男には負けないという自信があったが、幼馴染相手では話が別だった。物静かな李浩然は切れ長の目が冷たい印象を与えるものの、眼差しは優しく話す声も穏やかで、何より品がある。活発で明るい呉宇軒とは真逆の落ち着いた大人な雰囲気を纏った彼は、女子からも男子からも憧れの存在だった。
「つまり、寝取られたって訳か」
「あいつはそんなやつじゃねぇ!」
思わずかっとなってテーブルを叩くと、話を聞いていた二人はびっくりしてぽかんと口を開けたまま固まった。急に大声を出したせいで三人の間に居たたまれない静寂が流れる。
恥ずかしさを誤魔化すように咳払いすると、呉宇軒は言葉を続けた。
「浩然の名誉のために言っとくけど、あいつが俺の元カノと付き合ったことは一度もねぇんだ。彼女が心変わりして、ただ俺が振られただけ」
呉宇軒と別れた後、歴代彼女の何人かは宣言通り李浩然にアピールしていたが、どの子も上手くいった試しがなかった。李浩然からすると、幼馴染の彼女だから話相手をしていただけなのかもしれない。
結果として学生時代の淡い恋は、毎回呉宇軒が無駄に振られるだけというなんともやるせない終わりを迎えていた。
「実は隠れて付き合ってたりは?」
身を乗り出して尋ねる王茗に、呉宇軒はきっぱりと言い切った。
「無いね! あいつ小中高と勉強ばっかりで、恋愛に興味ないみたいだったし」
大抵の高校生は山のような宿題に埋もれながら勉学に心血を注いでいるが、好いた惚れたの話くらいはする。ところが李浩然という男は学生たちの中でも特に勉強熱心で、遊びには目もくれず真面目が服を着て歩いているような人物だった。
幼馴染として付き合いは長いものの、今まで浮わついた話題の一つも口にしたことがない。いつも話題に出るのは家族のことか勉強のことだ。隠れて女子と付き合うなんてことは絶対に無かったと、自信を持って言い切れる。
「品行方正で容姿端麗、頭脳明晰、運動神経も抜群で、おまけに実家は大金持ちだろ? そりゃあ好きになるって。俺だって女に生まれてたら浩然に惚れてるよ」
李浩然が原因で振られはするが、自慢の幼馴染であることもまた事実だった。
だからこそ憂鬱なのだ。八つ当たりのようで文句を言うこともできず、悔しさにベッドでのたうち回ったことも一度や二度ではない。
もやもやを吐き出すように呉宇軒は深いため息を吐いた。この沈んだ気分は、燦々と輝く夏の日差しでさえも晴らせないだろう。
「そんで、あいつは間違いなく経済学部だ。つまり、俺の薔薇色の大学生活は終わりってこと!」
実家が大企業なので、大学では当然経済学部を選ぶはずだ。そして、実家の店を大きくするべく進学した呉宇軒とは間違いなく学部が被る。
まさしく悪夢再び、だ。
「はー……なるほどな」
「それは絶望だわ」
話を聞き終えた二人はわざとらしく神妙な顔で互いに目配せすると、キリスト教徒でもないのに十字を切って祈った。
「「呉宇軒よ安らかに眠れ……」」
「勝手に殺すな!」
怒り任せに立ち上がったその時、部屋の入り口で誰かがヒッと小さな悲鳴を上げた。見れば、先程逃走した四人目のルームメイトが怯えた表情で顔を覗かせている。なんという間の悪さだ。
「あっ、さっきの……」
王茗が最後まで言い切る前に、さっと顔が引っ込む。
「逃がすなっ」
「捕まえろ!」
呉宇軒は脱兎のごとく逃げていく背中を追いかけたが、人の行き来する廊下で追い付けるはずもない。ルームメイトはあっという間に姿を消した。
「駄目だ、あいつ脚速すぎ」
息も絶え絶えに言うと、遅れてやって来た王茗が肩で息をしながら横に並び、感心したように言った。
「すげー速かったな。陸上選手かよ」
一人悠々と歩いてきた呂子星は、二人の肩にぽんと手を置いた。
「ありゃあ、捕まえるのは無理だな。飯食いに行こう」
部屋に誰も居なければ勝手に中に入ってくるだろう、という考えらしい。確かにそっちの方が楽そうだと、全力で走って力尽きた二人は賛同した。
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