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2章 違いを知りました

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「そうですね。千年前、世界が戦乱状態だった時、女神レジクシレアは現れたとされています。神話時代の話も、歴史書で読むと、カイナドくんのおっしゃるとおり、違う視点が得られました。歴史書には【島が大いなる力で分かれた】と記載されていました。つまり、地殻変動で一つしかなかった大陸が四つに分かれたということです。たった一つの国が治めていた世界が、否応なく物理的に変革されます。そして島に分かれた先で、新しい国が出来ます。また、虐げられていた人々が独立を求めて戦乱を起こします。結果、元の大きな一国は戦いに敗れ消滅し、今の形になりました。要するに、千年前の戦乱は、独立戦争でもあった、ということです」

 歴史書にはもちろん女神についての描写はなかった。なれば。

「女神が人間であった、という仮定に置いての考察ではありますけれど、僕が思うに、レジクシレアという女神は、革命家だったのかもしれない。ということです。新しい国を立ち上げるには、相応の求心力のある人間が必要です。女神という名がつくほどの魔力と美貌があれば、その第一関門を難なく突破していると言ってよいかと。世界の戦乱を鎮静化したのち、女神が神の国へ帰ったのは死の暗喩なのかもしれません」

 革命家。前世で言えば、フランス革命で活躍したロベスピエールがそれだろう。
 苦学の末弁護士の資格をとり、世を変えようと政治の世界へ進んだ。そして結果、国王夫妻(ルイ十六世とマリーアントワネット)をギロチンで処刑し、王政を崩壊し共和国が樹立する。しかしその一年半後、恐怖政治を行った罪で本人もギロチンに処された。
 ロベスピエールのように、革命後に殺される革命家は多い。
 日本で言えば、大久保利通もそうかもしれない。江戸幕府を倒幕し明治維新の立役者としてあまりにも有名。事実上初代総理大臣の地位に昇りつめたが、暗殺された。
 女神の偶像崇拝の禁止も、姿が残れば処刑もしくは暗殺された事実も残る可能性があったからなのか。ファリア先生は偶像崇拝禁止の理由に魔王と女神が同一人物かもしれない説を述べていたが、王家の始まりである女神の処刑を隠すため、という考察の方が、前世の記憶がある僕にはしっくりくる。
 そんなこと、カイナド君に言えはしないけれど。

「すごい……」
 話し終えた僕の耳に、感嘆の声。
「すごいよっ! 君ほんとに九歳?! てか俺の知らない言葉があったよっ。え? チ、チカク、ヘンドウ? て、何? ヘンドウは変わるってことだよね? チカク? 地面ってこと? どこの文献になく載ってるの? すごい気になるっ。 もしかしてハルトライア君、部屋の文献全部読んだとか?」
 カイナド君の目がキラキラしているっ。て言うかっ、ヤバイっ、地殻変動って言葉は前世でのみ通じるものなんだっ。知らなかったっ。ていうことは地震という言葉もないのかもしれないっ。この世界は地面が動かないのが当たり前なのか。
 もしかしたら太陽の周りを周る惑星という事も知らない……いや、ここは星や月はあっても、丸ですらないのかも。地動説ではなく天動説の世界か。ならば僕のほうが間違っている。
 僕には高校卒業程度の、一般教養というレベルの知識しかない。それでもこんな風になってしまうのか。

「あ、いえ、すみません。島が出来たのだから地面が動いたと言っただけですっ。陸地を四つに分断したのが女神の御業でなければ、何か自然の力が起こしたのだと思いまして」
「そうなんだ。うん、確かに、君の言うように女神がいない、ってなるとそうかもねっ。おもしろいねっ。僕みたいな異国の人間が女神を否定するのはわかるけど、信徒である君がそこまではっきり口にするなんて」
 まさか、信じてないとは言えない。いや、信じていないわけじゃない。けれど、神なんて八百万やおろずいるのが当たり前な日本人的思考からすれば、たった一人の絶対神だけを信仰するのは性に合わない。

「研究者とは、疑ってかかる者、ではないかと。僕もそうありたいと思っています」

 なんとかごまかせば「なるほど!」と頷いてくれた。

 よいしょ、と身体補助用杖に偽装した鞭で車イスから立ち上がる。手に持っていた【女神の御業みわざ】を棚に戻すためだ。
「カイナドくんは何の本をお探しですか?」
 話をすり替えるべく、彼に話題を振る。
「俺はね、魔晶石についてだよ」
「前もそうおっしゃっておられましたね」
 本棚をキョロキョロと見渡し、背表紙を頼りにいくつかピックアップをする彼。
「そのために、俺はここに来たからね」
 グレーの色が示すとおり、カイナドくんは魔力がほぼゼロだ。だから日常生活に魔力を保持する魔晶石は欠かせない。この世界の日常品は全て魔力が原動力。前世で言うところの“電気”と同じと思えばいい。つまり、魔晶石は前世での充電池なのだ。
「大きな魔晶石は重いだろう? 俺みたいな魔力なしの人間が持ち運ぶのにもっと軽くて小さいのが欲しくてね」
 彼は手にした書物をベラベラとめくり始める。

 前世では、充電池の始まりは鉛蓄電池だった。とても重たい。それでも当時は重宝された。それが、ニッケルカドミウム電池になり、リチウムイオン電池に進化した。
 この世界は魔法で何でもできる。魔力があることが大前提の社会。だからこそ、少数の人は苦しむ。彼はその一人だ。彼はもし地震が起こったとしても、自らを守るシールドを構築できないのだから。
 魔力のない人も困らない仕組みが、もっと便利であれば、世の中はまた変わるだろう。
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