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第2部 1章 新しい生活の始まりです

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「おはよう! トラ君! ルゥ! ユア君!」
 屋敷の前に止まった馬車から、いつもと同じモノクルをつけた顔を覗かせて元気いっぱいの先生。満面の笑みだ。先生と会うのは、あの浄化祭の夜時以来。
 僕を研究所に入れるために奔走してくれていたと、カシルから聞いている。
「おはようございます、この度は本当にありがとうございます。ファリア先生」
 僕はしっかりと自分の足で立って、ファリア先生にお辞儀をした。
「いいんだよぉ。車イス座っててよっ」
「いえ、筋力をつける練習でもありますので」
 僕の愛用車イスは折りたたまれてカシルが持っている。
 それは馬車の後部に乗せられる。そして僕も、カシルの手を握り中へ乗り込んだ。
 ユアが「いってらっしゃいませー」と手を振ってくれる。小さな窓から手を振返したとき、がたん、と馬車が進み始めた。

「トラ君、うれしいよぉ。これからたくさん一緒に研究しようね!」
「ありがとうございます。ファリア先生。先生のおかげで僕は、研究所に所属できることになりました。本当になんとお礼を言っていいのか」
 先生は所長である国王に直談判してくれて、僕のつるを制御するために、そしてもし魔王になったときのためにも、しっかりと研究所で調べるべきだと力説してくれたのだ。
「だからいいって言ってるよぉ」
「僕は、絶対にこのつるのすべてを調べつくしたいと思います。ご指導よろしくお願いします」
「そんなかしこまらないでよ。でもぉ、いいんなら、ぜひぜひ、実験台になってくれたら、ぐふふふふ」
「カルシード公爵夫人、それは断固拒否いたします。ハルトライア様をオモチャにしようなど、許されることではありません。たとえ国王陛下が許しても、私が許しません」
「はぁーい」
「……別にいいのに」
「ッハルトライア様! なんてことをっ」
 僕の呟きに一目散に声を上げたカシル。ほんと、可愛い。
「あ、ごめん、でもね、いいんだよ。僕の体いくらでも使ってくれたら、だって調べるために研究所に行くんだよ。だから、ファリア先生。出来る限り、迅速に、調べたいです。僕は首からさらに顔までつるが伸びてしまえば、直ぐにでも正気を失ってしまうでしょう。だから……っ」
「そんな思いつめないでよ、トラ君。私はね、弟の大事な人を失いたくはないよ。だから、君が笑顔になるまで、絶対あきらめないよっ」
「あ、ありがとうございますっ」
 先生に頭を下げたら、ぐりぐりと撫でまわされた。
 そうしている間に、馬車はコトンコトンと進み、無事に研究所に到着した。

 研究所は、王城の隣、左側にある。右は神殿で、僕が破壊しつくした広場もある。今は修繕中で立ち入り禁止だ。申し訳ない。
 「トラ君、ようこそ! 魔法研究所へ!」
 馬車を降りると、目の前には黄色く色づいたイチョウの並木道が五十メートルほど。秋晴れに降る日差しで、鮮やかな黄色が眩しかった。その先に、レンガ造りの大きな建物。前世で言えば、一般的な高校の校舎くらいか。三階建てだけど、屋上には、真ん中にガラス張りのドーム。同じ形でドームなしの建物がもう一つ並んであり、中央が渡り廊下でつながっている。上から見れば、カタカナの「エ」みたいな形。今いる棟が第一棟。廊下で繋がった向こうが第二棟だ。
 階段を数段あがり、玄関の大きな扉を開くと、中の玄関ホールは吹き抜けになっていた。見上げると上のドームまで突き抜けている。
「すご」
 ガラス張りのおかげで太陽光がここまでまっすぐ届いている。とても明るくて、開放的だ。
「トラ君の部屋は一階に用意しているよ。あっちの突き当り。第一棟の一階はトラ君の貸し切りだよ。応接室の三室以外は自由に使ってね」
 先生は右側を指さした。カシルが車イスを広げてくれたので、座る。部屋までの廊下もレンガ作りだ。乗り越えるたび、カタンカタンと小さく揺れ、タイヤが少しきしんだ。

 先生は僕の体を気遣ってわざわざ一階を用意してくれたのだろう。感謝しかない。そして木製の扉を開ければ、正面の大きな窓の下に、重厚で立派な机。黒っぽい木、前世で言う黒壇のような木で出来ているのだろう。そして右の壁は本棚。既にぎっしりと詰まっている。左手に机と同じ木を使用したローテーブルとそれを囲うように一人かけソファもあり、来客対応もできる。
「この部屋はね、歴代の所長が使っていた部屋だよ。ていう建前なんだけどね。一応所長の部屋もないとだめじゃん、只の金ズルで実質万年空席なんだけど。で、並んでる書物は、歴史書。使われない本ばかりこの部屋に押し込まれて、こうなった。つまり魔法書はない。だから欲しい本見繕って適当に入れ替えてくれたらいいよ。魔法書はこの上、二階の半分が図書室になっているから、そこで探してくれたらいい」

 なるほど。カラの棚は見栄えが悪いから、不要な本を押し込んだのか。そしてもう一度机に視線を戻す。その豪華な机の上、箱が乗っていた。秋らしく紅葉柄の美しい包装紙に包まれている。
「あれは?」
 指させばにこりと笑う。
「入所祝いだよ! ほら、前言ってたでしょっ。トラ君用に特別仕様の杖っ。もうめちゃめちゃ便利なの作ったからっ、ぜひ使って!」
 前に使わせてもらった花が咲く杖と同じくらいのサイズを想像してたから、なんか大きな気がする。
「ありがとうございます。開けてよいですか?」
「うんうん! すぐ開けて! 使って!」
 ピョコピョコはねて落ち着きのない先生。子供みたいで可愛い。
 カシルが後ろから机へ歩みより、それを持ち上げる。そして、僕の膝にのせてくれた。その所作一つ一つがあまりに洗練されていて、ため息もの。同じ姉弟なのに、ここまで違うとは。
 でも、同じじゃなくていい。「みんなちがって、みんないい」とは、確か前世の偉人の誰かが言った言葉だったはず。
 そっと包みを破り、中にある木箱を開ける。
「……え?」
 杖……じゃない?
 勢いよく顔を上げ先生を見る。けれど変わらずニコニコだ。なんなら、得意げだ。
「えへへへへへへへ。すごいでしょ!」
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