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12章 万能も過ぎれば不便です

3.

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 石の床に転がったままかけらも動けない僕に出来ることは、頭を使うことしかなかった。
 とりあえずさっき知った情報をもとに今のことを考えなおそう。
 まず、僕は父の手から神殿に渡った。
 親である父を差し置いて僕をどうこう出来る人間は、コンラート魔石握り潰し事件現場にいなかったのだから間違いはないだろう。

 そしてさっきの神官はこういった牢を準備し使える結構な地位にいる男。
 ヒキガエル事件で聖剣を持っていた時は、そうは見えなかった。あの事件が上手く片付いたことで評価が上がったのかもしれない。
 しかし父と神殿が手を組んでいるとは思いもしなかった。神殿はジーク殿下を王太子に擁立したい陣営で父は第一王子殿下だ。
 父が鞍替えなどあり得ない。あの人は自身の欲を満たすためにのみ生きている。
 となると父は神殿を丸め込み利用していると考えるのが自然だ。

 関係を持ったのはもちろんヒキガエル事件の時だろう。あの神官が父に近付き僕の【つる】が外に飛び出す魔王仕様なことを父に吹き込んだのか。そして父は将来魔王となるならそれを利用すればいいと考えた。父は今日、魔王となる僕を神殿に渡すことで神殿に害のない人間と思わせることに成功している。きっと二枚舌でジーク殿下をほめちぎっているのだろう。そして神殿は魔王としての僕を殿下が殺すことを最大の神儀と位置付けている。それを利用し、父は殿下に僕を殺させ殿下を精神的に追い詰めようとしているのだ。

 そこまで考えて、僕はやっぱり今殿下に僕を殺させるのはやめた方がいい、という結論を導き出した。
 原点に戻ればゼロエンにおいて僕は、殿下と零の愛の共同作業によって最期を迎えることは容易に想像できる。つまり、殿下が僕を殺すなら零が必要なのだ。
 よって明日、僕は殿下以外の人間の手によって死なねばならない。
 明日の浄化の儀、殿下とコンラート以外で誰が出るのだろう。
 14歳の第一王子殿下は今後瘴気殲滅の儀を行う可能性が最も高いが、明日は弟が聖剣を振るうのだから断っていそうだ。
 それに王子が浄化魔法の使い手である必要はない。瘴気殲滅の儀において、一緒に旅するパーティーの誰かが浄化魔法が使えればいいのだ。毎年行われる浄化の儀はそのメンバー選定も兼ねているのだろう。

 そしてコンラートは殿下同様に僕を殺せそうにない。金づちのおじさんはどうだろうか。でも金づちで頭をかち割られるのは勘弁願いたい、あまりグロいのは見た人がトラウマになりそうだ。まぁ僕の【つる】はトラウマ級に禍々しいけれど。

 明日の浄化の儀で殿下以外の人間が僕を殺せないなら、殿下に殺されるわけにはいかない。
 
 つまり今の僕には、明日殿下以外の誰かに殺されるか、それまでにここから逃げるか。の二択しか無いわけだ。

 一つ目の選択肢は放っておいても殺されるから考えなくていい。
 だから二つ目の選択肢について。どうやって逃げるかを考える。

 でも僕は、ここから逃げようとしても体がまったく動かない。
 しばし頭を巡らせた後、僕はさっき諦めた筋肉模倣をやることにした。

 どうせ動かないし、このまま何もしなくても明日死ぬ。なら別に体が壊れてもいい。

 まずはまぶたを開けてみよう。まぶたの筋肉と全く同じ筋肉を魔力で作っていくのだ。魔力を小さくしてまぶた全体に広げる。そして筋肉と同じ形に繋げていく。
 ああ、こんな風になってるのか、まぶたの筋肉。面白いな。さっき気配探知のために魔力を広げたときも思ったけれど、見えないものが見えるのだ。
 すごいな、魔力って。

 よし、目よ開け!

 痛ったああああああ!!!!

 カッと見開かれた僕の瞼。

 しかし見開きすぎた。眼科で目の治療受けるくらいに無理やり開かれてしまった。
 筋肉じゃなく、目の周りの皮膚が痛い……。
 視界に薄い赤色がにじんだ。目じりか目頭が少しばかり切れたのだろう。

 今度は閉じる。ぱん! と音が鳴るかと思うくらい勢いよく瞼が下がった。
 魔力による筋肉模倣は加減が難しい。
 でもできた。
 よし、このまま全身やってみるか。

 そうして瞼から始まり、声出し、からの歩行まで。
 僕は日暮れを終えて満月の明かりがかすかに差し込むだけとなったほぼ暗闇の牢の中で何度も繰り返した。
 結果、とりあえず操り人形みたいに体が動かせるようになった。
 もう一度言おう、操り人形だ。人間の動きには思えない。よく言っても日曜朝の何とかレンジャーに出てくる巨大ロボットの動きみたい。
 でもとりあえず用足しは出来たのでよしとする。
 こんな石の上で粗相とか恥ずかしすぎてそれだけで死ねる。

 声は
「あ、……、か……、さ……、た……」
 意識して頑張れば一音ずつ話せた。

「か……、シ……、る……」

 大好きな執事の名前もたどたどしい。

 獣人の方たちが生後から何年もかけて習得する筋肉模倣を一晩でやろうと思ったのは浅はか過ぎたな。

「ま……、み……、む……、め……、……」

 と声を出していると、疲れ切っていた意識がふっと途切れた。

 その瞬間、全身に広げていた魔力が一気に霧散した。
 ごん! と音をたてて僕の体が石床にたたきつけられてしまった。

 いっ、ったぁ、っ。

 声が出せないから痛いとも言えないけれど痛い。
 倒れた体に魔力を通すのはあきらめて、とりあえず眼だけ開けて明り取り窓を見上げる。
 さっきまで見えていた満月が見えなくなっていた。
 この世界の月は前世と同じ動きをするのだ。
 まあ、時間も距離も前世と同じ単位だから、簡単に言うとゼロエン作者が設定を考えるのがめんどくさかったのだろう。
 つまり前世同様に月の位置から時間を推定できるわけだ。さっき天頂にあった満月が見えないということは、もう夜中の12時を余裕で過ぎている。深夜2時くらいとみていい。カシルの懐中時計を出せば正確にわかるけれどそんな元気は残っていなかった。

 ああ、こんな時間まで励んだけれど、もう魔力も動かせそうにない。とにかく眠い……
 思えば僕の体は9歳児。深夜2時までよく頑張ったほうだろう。

 やっぱりここから逃げられそうにないなと観念した。
 そして僕は意識を眠気に溶かしていく。

 明日、うまく死ねるかな?
 殿下の負担にならないように

 そしてカシルとユアが幸せであるように

 ちゃんと、死にたいなぁ……

 そうして疲れ切った僕の思考は睡魔に飲み込まれていった。
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