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11章 不意打ちは避けられません

7.

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 庭に着くと辺境伯はコンラートが押して持ってきてくれた車いすに僕を座らせてくれた。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。コンラート、お前、ハルトライアの隣いろよ。俺はちょっとその剣隠してくる。第二騎士団から勝手に拝借してきちまったからなぁ」
「はっ、バレて怒られちまえばいいのに」
 とぼやきながら僕の隣のイスに座ったコンラートだ。辺境伯は剣二本を持って屋敷の中に入っていく。カシルに隠すところを聞くつもりかな? 備品だからその辺に適当に置いておくのは駄目なのだろう。

 そして僕はカシルの燕尾服を持ったまま。あとで渡せばいいか。でもくしゃくしゃになってしまっているなぁと思いながら、それのシワを適当に伸ばして腕に引っかけた。
 コンラートと二人。何を話題にしようか考えて明日の浄化祭のことを振った。

「明日、頑張ってくださいね。コンラートは弓でしたね、そして殿下は聖剣、ほかの方はどのような方法で浄化を行うのですか?」
「デカい金づち振ってるおっちゃんいたなぁ。魔石を親の仇みたいにめちゃくちゃ叩き潰してた。あとは杖だな。魔道具を使わない人もいるぜっ。オレだってほんとはっ、そうだ! せっかくだから見せやるよ。オレの浄化魔法!」

 隣に座るコンラートがこっちに向き直り生き生きとした顔で僕を覗き込んだ。
 嬉しそうに話す彼は一ミリの矛盾もなく完璧な9歳児。少年漫画の主人公のようでかわいい。でも。
「残念ながらここには弓を引く場所がないのです」
 と頭を下げた僕だ。だがコンラートは負けじと言う。
「だからっ、オレほんとは弓使うより風そのものの浄化魔法が得意なんだよっ。明日は殿下が見たいっていうから弓やるけどさっ。だからハルトライア、見てくれよ風の浄化魔法!」
 こんなに目をキラキラさせる少年を見ていると、どうしても応援したくなる。

 コンラートは魔法は中級まで使えると確か辺境伯が言っていた。あまり強くはない浄化魔法なら、危険もないだろう。
「わかりました。では是非見せてください」

「やったぁ! じゃあ、これ見てっ」
 コンラートは右手のひらを上に向け、真剣な顔でそこをにらむ。しばらくすると手のひらに小さな渦が巻き始めた。
 可愛らしい竜巻だ。最初は2センチくらいの渦だったが、だんだん大きくなって30センチくらいの竜巻になる。
 びゅうう~と風音がなり、僕の髪の毛もざわざわと揺れる。
「手の上に竜巻だなんてすごいですね。これが風属性の浄化魔法なのですか」
 てっきりカシルの緑属性と同じように光るだけと思っていた。
「まだまだこれからだぜ」
 と得意げに話すコンラート。彼の手の渦、それが少しずつ黄色く光り始めた。
 渦の中心は濃い黄色、そして周りに行くにしたがって淡くなっている。
「とても美しい竜巻ですね」

「じゃあ、そろそろかな」

 コンラートはごそごぞと腰付けている小さなバッグをあさり、そしてニカっと笑った。
「しっかり見てて!」
 元気よく声を出した彼の左手にはリンゴサイズの真っ黒な石が握られていた。

「なっ!!」

 ―バリン!!

 止める暇もなかった。片手の握力のみで割られた大きな魔石から大量の瘴気がぶわあああぁ!!と溢れた。

 それはあまりにも不意打ち過ぎた。

 ぞぉぉぉおお!と僕の体から【つる】が一気に飛び出す。至近距離で沸き立った瘴気に喜ぶその動きを止めることはできなかった。
 溢れた瘴気の中を10本を越える真っ黒な触手が禍々しくうごめく。

「うわああああああ!!」


 驚き恐れの声を上げたコンラートがイスから転がり落ちた。
 竜巻に瘴気を巻き取らせて浄化していく様を僕に見せてくれようとしたのだろうが、手のひらにあった美しい竜巻も消え失せてしまった。

 少しばかり悲しくなったが,これが普通の反応だ。
 カシルやユア、ファリア先生が異常なのだ。
 

 僕は【つる】の動きは止められなくても、瘴気だけは吸わないようにと必死に抑えこむ。


「コンラートっ! どうした!?」
 勢いよく屋敷の扉が開いて辺境伯が飛び出してきた。

「なっ、なんだそれ!」
 驚きの声と共にこちらに腕を伸ばした辺境伯は「シールド!」さらに叫んだ。
 キィン!と軽やかな音が鳴って僕の周りに四角く黄色い障壁が形成された。瘴気は部屋の壁は通り抜けるが魔力の壁は超えられない、もちもん僕の【つる】もだ。
 僕は瘴気の充満する障壁の檻に閉じ込められてしまった。

「どういうことだ! なにがあった!」

 駆け寄ってきた辺境伯が腰を抜かしたコンラートを支えて起こした。そして僕を見て苦悶の顔を作った。

「ハルトライアっ、それはつるの魔物かっ?! 苦しくないかっ! すまん! 俺は浄化魔法苦手なんだ! 殿下が来たら浄化してもらおう! もう少し我慢してくれっ」

 僕は首を横に振るだけで精いっぱいだった。【つる】が瘴気を吸わないように抑えるだけで苦しくて、返事ができない。
 こんなにたくさんの瘴気を吸ってしまったら魔王化してしまうかもしれない。
 恐怖で体も震える。

 それに殿下が来てしまったらばれてしまう。どうしよう。

 だが現実は残酷で
「ハルトライア?!」
 と聞こえたのはやはり殿下の声。カシルの「ハルトライア様!」と叫ぶ声の方が遅れて届いた。
 こちらに駆け寄る足音が二つ聞こえる。一つは殿下、もう一つはカシルだろう。
 そしてその後ろからさらに追加の足音も。殿下の護衛だろうか。

「辺境伯! シールドの解除をお願いします!」
 切羽詰まったようなカシルの声がする。

 我慢するのが苦しくて、意識がもうろうとしてきた。でも目も開けられない。こうやって瘴気が僕を乗っ取っていくんだ。
 そんなことを思ったとき。

「おやおや、久しぶりに我が子に会いに来たらこれは一体、何をなさっているのですか? 殿下」
 と卑屈な父の声が聞こえた。
 父が来ているなんてどうしてだ? 僕が2年の眠りから目が覚めた時でさえ来なかった人なのに。と疑問が一瞬わいたがそれどころではなかった。体中が苦しい。瘴気を吸いたいと【つる】が叫んでいる。

「我が息子に剣を向けるなど、どういった了見にございましょうか?」
「っ、ハルトライアがっ、苦しんでいるっ。……私はっ、彼を救わねばならないっ!」

 殿下の声が震えている。

「つまり、その剣で息子を切り裂こうとしておられると?」
 嘲笑の色をにじませた声だった。それに殿下の声が荒れた。

「っ! そんなことはしない!!」

「ハッ、爆散させて消滅させるのが得意な殿下に息子は救えますまい。しかも手が震えていますぞ、狙いも定まらないそんな腕では周りも大惨事ですな」

「ぐっ……っ」

 事実に殿下が言葉に詰まる。
 父はまたも笑った。
「ああ、嘆かわしい。ここには浄化魔法を披露する人間が二人もいるというのに、誰も私の息子を助けられないとは」

 次の瞬間グオオオオ!!と空気が揺らいであたりが赤く染まった。無理やり目を開けたものの霞み過ぎてよくは分からなかった。僕の周りが炎で取り囲まれたように思う。父が魔法を使ったのだろう。
 赤に飲まれて黄色い光が消えていく。障壁を焼き切ったのだろう。
 それとともに僕を灼熱が包んだ。
 熱に溶けていくように浄化されていく瘴気。

 熱い、苦しい
 息が、出来ない……

 そうして僕の意識はそこで途切れてしまった。
 
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