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10章 腐りたくはないものです

7.

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 カシルは騎士だけど、こうして細かい数もきちんと計算していて脳筋とは縁遠い。
 ユアは絶対無理そうだな、と数字まみれの帳簿を見てちょっと笑えた。そしてじっと見ていると、収入の欄に本家からいただく資金以外の項目があることに気付いた。

「あれ? これはなに?」

 指で示せないから「収入のところの欄」と説明をする。そこには、「ミュージックサロン ラ・フォル・ジュルネより」「パティスリー ダルロンより」とある。
「その二つはそれぞれお店の名前にございます。ラ・フォル・ジュルネは音楽家の集まるカフェ兼バーです。小さなホールも用意されていますので演奏会なども行われております。ダルロンはスイーツ店でございます」
 いや、名前から想像は出来ていたけれど、でもなんで?
「どうしてその二つから収入があるの?」
「開店資金の援助をいたしました。売り上げの0.5割を毎月いただく契約でしたので、その金額がこちらとなります」
 って、その金額が本家からの資金より多いんだけど?

 レジクシレアの金の単位はフィル。本家からの金額は毎月100万フィル。前世の感覚で100万円、と思えばちょうどいい。それにはカシルやユアの給料も含まれている。二人とも住み込みだからそこまで経費はかからないとはいえ、あまりにも少ない。冷遇されているのがまるわかりだ。最低200万フィルくらいは必要だろう。
 だが二つの店からは計150万フィル。どういうこと?

「この店はどちらも2年ほど前に開店しました。最初は1フィルも入ってこなかったのですが、知名度が上がり人気が出てきたので現在この金額となっております」

「先行投資したの? カシルすごい!」
「今後の生活を見据えて、資金繰りを検討していましたときに開店の話を聞きまして、お手伝いさせてほしいと申し込みました」

「……でも、これ以上稼いだら本家からの振り込みがなくなっちゃいそう。父様あくどいし」
「いえ、本家に見せる帳簿は別に用意しております。本日午後からの定例報告会にもそちらを持っていきます」
「二重帳簿ってこと?」
「悪いことをしているわけではございません。こちらの援助金についてはハルトライア様名義の会社が行っている新規出店支援事業でございますので本家に報告する義務はございません」
「僕そんなの作った覚えがないんだけど」
「申し訳ございません。私がお名前をお借りしました。これからハルトライア様が大きく成長されるにつれて、先立つものはより多く必要でございます。出来る限りのことをしたいと思った次第ですのでお許しいただけないでしょうか」

 許すも許さないもそうしなければ生活の目処が立たないのだから承認一択なわけで。

「僕の名前なんていくらでも使ってよ。でもそれってようするに、本家から金がもらえないから、っていうのが原因だよね?」
「有り体に言うならば、そうでございます」
「本家って実は金がないの?」
「無いのではなく浪費が激しい、と言うのが正解かと」
「で、本家で使う分以外の資金がないと」
「私どもの屋敷だけでなく、ほか避暑地などの別荘や領地の屋敷なども資金繰りに頭を抱えているようでございます」

 それを聞いて、我が屋敷にたった二人しか使用人がいないのは僕が冷遇されているだけではないのでは? という考えに行き着いた。雇いたくても雇えないのだ。資金がないから。他の屋敷もそうなのかも。さすがに領地の屋敷は広大だろうから庭師や見張り番も雇っているだろうけれど。
 でも貴族なら自身の領内の民たちに金を巡らせるために、使用人を多く雇い入れ、町に資金を投入して様々な事業を行うのが当たり前だ。そのために民から税を集めているのだから。

「父様は、ノブレス・オブリージュを忘れてしまわれたのかな?」

 生まれただけで貴族と言う社会的地位を与えられ、財力も権力も勝手のそれに付随しているとても恵まれた立場なのだ。それに見合うだけの社会的義務を果たすことは必要であり、果たせないのならばその地位を出来る人間に明け渡すべきだ。
 甘い汁だけ吸って責務を放置しているなんて、そりゃ9歳児に狸おやじと言われるわけだ。

「ハルトライア様がご当主になられれば、私ども使用人も領地の民も皆、どんなに幸せでしょう」

 誰に言うでもなく呟かれた言葉。そこには長年悪徳貴族に仕えている使用人としての苦労がにじみ出ていた。
 しかし買いかぶりすぎだ。僕はそんな賢くないし領地経営も無理だろう。だけど僕がするなら経営や資金管理のうまい人間に任せる。いわゆる参謀的なものだ。国でいえば宰相。現在の宰相はイズベラルド侯爵だから、我が父じゃないだけマシだと願いたい。

貴族としての社会的義務ノブレス・オブリージュ』を全うできるなんて思っていない。僕なんて侯爵の子どもと言う理由だけで大人のカシルやユアにかしずいてもらい世話を受け生きている人間なのだ。

 そして僕が生きてカシルの傍にいる時間は長くて7年。
 侯爵という地位の責任を果たすこともなく、僕は殺される定め。
 魔王となればそれこそ周りに害をまき散らすのだ。
 ならばせめて、人間として生きられる間だけでも何かできることはしたい。

 僕の死が魔王となる瞬間であるなら、人としての最後はせめて、静かにひっそりと終わりたい。
 腐臭をまき散らして魔王化することだけはしたくない。
 
 カシルとユアが僕に仕えていたことを、後悔しないように。

「カシル、また教えて。僕もっと勉強したい。貴族としてどうしたらいいか、無知な僕に教えてほしい」
「ハルトライア様は無知ではございません。ノブレス・オブリージュをご存じなのですから。ですが、私の出来る限りお手伝いいたします」
 僕に深く頭を下げると帳簿を閉じ僕に机に戻る。

 机の上のしおれたスミレが僕には輝いて見えた。
 腐るのではなく、あんな風に枯れ落ちて死ねたら、どんなに最高だろう。

 カシルは持ってきていた書類をすべて片付け懐中時計を出し時刻を確認した。そして
「そろそろ昼食時間にございます。準備してまいりますね」
 と静かに部屋を出ていった。
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