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10章 腐りたくはないものです
1.
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帰るにあたり、僕は二人乗りを続けるためカシルとの間にクッションを挟んだ。おかげで恥ずかしさを感じなくて済んだ。最初からこの方法をとっていればよかったと心底後悔した。
でもタイリートの揺れに軽い僕の体はすぐ浮き上がってしまう。それもクッションのせいでカシルとの隙間が前より出来てしまっているから余計にふらつく。
そんな僕を左手でしっかりと抱きとめるカシル、ほんとごめんと心で謝った。スリングは恥ずかしすぎて人前ではどうしても無理だったんだ
カポカポと馬たちの蹄が軽やかに地面を鳴らす。
僕たちの左側でタイリートに並走して馬を進める辺境伯が、カシルと話しかけた。先ほどの魔物についてだった。
「カシルよ、お前はどういう見解だ? あのスピアディア、おかしいと思わねぇか?」
僕らにしか聞こえない程度の小さな声で、ガロディア辺境伯は話す。確かにあまり聞かれたくはない話題だ。
カシルは、ややあって口を開いた。
「私程度の者が言及するべきことではないと思いますが、誰か、例えば賊などが潜んでいたのではないかと推測します」
「フッ、俺も全く同じさ。じゃあ、人数もわかってんのか?」
「いえ、残念ながら気配はスピアディアのものしか感じておりませんでした。それがいきなり魔物化したので対応に遅れました」
「スピアディアは草食動物だし警戒心も強い。近付いた人間も気配を消す魔法陣なんかを使っていたんだろうな」
そういえば辺境伯は帰り際に辺りを見回していた。あれは何か違和感を感じていたからなんだ。
そしてカシルは気づいていた、向こう岸にスピアディアがいることを。
気配を察知するのは、騎士の経験値で何か感じる、ということなのだろうか?
僕も、気配を察知することができないかな?
瘴気なら【つる】が動くことで分かるけれど、それだってせいぜい20メートルくらいだろう。瘴気の量が多かったらまた話が違うだろうけれど。
魔力を広げればわかるのだろうか? 魔力探知とかできたらいいのに。
「賊なら狙いはお前たち二人だな。老執事と貴族の幼子がたった二人で森にいるなんて、襲ってくれと言ってるようなもんだ」
「大変申し訳ございません」
「まあ、お前が馬鹿みたいに強いから向こうは驚いたろうけどな」
「ガロディア辺境伯の御尽力がなければ本当に危険でございました」
僕の腹に回っているカシルの左腕がきつくなった。
反省しているんだろう。
でもお前は反省しなくていいよ。僕が悪かったのだから。
その腕をそっとなでた。
「向こう岸じゃなかったら渡って確かめられたんだがなぁ」
さすがにあの場所は馬で向こうへ渡れねぇしな、と悔し気なガロディア伯爵だ。
「だがそれも見越した場所だったんだろ。死んだのを確認したのち橋や浅い水深の場所まで迂回して川を渡り、死んだお前らを身ぐるみ剥いで金品を奪って川にポイすりゃいいんだから」
恐ろしい、だがそうだと納得できる推測に「ヒッ」と喉がなり体が震えた。
「ほんと……ごめんなさい、カシル……、僕もうわがまま言わないから」
僕の言葉に声を返したのはガロディア辺境伯だった。
「こんな幼子のわがまま一つ叶えられねぇんじゃ、騎士として名が廃るってもんよ。ハルトライア、もっと言って困らせりゃいいんだよ。そうすりゃこいつも鍛錬してより強くなるからお互い利益あっていいだろ?」
弓で鍛えあげた剛腕をまげ、血管の浮き出た上腕二頭筋を見せつけてくる。僕のウエストなんて目じゃない太さ。
「そんなっ、カシルにこれ以上鍛錬させるなんてっ」
おじいちゃん騎士なのにっ、今だってもう十分、いや十二分にやってくれている。
カシルを鍛えるんじゃなく、僕を鍛えないと結果は見えてこないんだ。
ぶんぶん顔を振って反対の意思を全身で示した。
「騎士はな、死ぬか剣を手放すまで騎士なんだよ。なぁカシル?」
「おっしゃるとおりにございます」
「な、ハルトライア、お前の騎士がこう言ってんだ、主らしくこき使ってやれっ」
カハハハっと笑うガロディア辺境伯。
騎士とは恐ろしい人種だ。年齢など関係ない。その剣を下ろさない限り研鑽を積んで高みを目指すのが当たり前なんだ。
ガロディア辺境伯の剛腕の太さが鍛錬の厳しさとそれを継続する強い精神力を如実に示していて、違う意味で僕は震えた。
震える僕をなだめるかのように、カシルは僕をぐっと自分に寄りかからせる。そして顔を僕の耳に近づけると囁いた。
「ハルトライア様、怖がらせてしまい申し訳ございません」
ふわっとあたたかな息遣いが耳朶をくすぐる。いつもの低くて甘い声が、もっと甘くなったようで。
「カっ……、っ」
回された腕や密着した背中だけでなく、耳の中にまで温もりがきて、僕は全身を抱きしめられているような錯覚に陥った。体が一瞬で熱を上げる。
「騎士は血気盛んな者が多いのです。辺境伯のお言葉はお気になさらないでください」
と続きがあったが耳をふさいでうつむいてしまった。恥ずかしい。なだめられただけというのに。
「っ……ぅ」
「ハルトライア様? ご気分が優れませんか?」
「っ大丈夫」
落ち着け落ち着けと心で繰り返した。
辺境伯はふぅ~とため息を吐いて、コキコキ音を鳴らした。見ると首をひねって思案顔。
「しかし、魔物を使って人を襲う賊か。放ってはおけないなぁ」
動揺してるのは僕だけで気付かれてないことにホッとした。
でもタイリートの揺れに軽い僕の体はすぐ浮き上がってしまう。それもクッションのせいでカシルとの隙間が前より出来てしまっているから余計にふらつく。
そんな僕を左手でしっかりと抱きとめるカシル、ほんとごめんと心で謝った。スリングは恥ずかしすぎて人前ではどうしても無理だったんだ
カポカポと馬たちの蹄が軽やかに地面を鳴らす。
僕たちの左側でタイリートに並走して馬を進める辺境伯が、カシルと話しかけた。先ほどの魔物についてだった。
「カシルよ、お前はどういう見解だ? あのスピアディア、おかしいと思わねぇか?」
僕らにしか聞こえない程度の小さな声で、ガロディア辺境伯は話す。確かにあまり聞かれたくはない話題だ。
カシルは、ややあって口を開いた。
「私程度の者が言及するべきことではないと思いますが、誰か、例えば賊などが潜んでいたのではないかと推測します」
「フッ、俺も全く同じさ。じゃあ、人数もわかってんのか?」
「いえ、残念ながら気配はスピアディアのものしか感じておりませんでした。それがいきなり魔物化したので対応に遅れました」
「スピアディアは草食動物だし警戒心も強い。近付いた人間も気配を消す魔法陣なんかを使っていたんだろうな」
そういえば辺境伯は帰り際に辺りを見回していた。あれは何か違和感を感じていたからなんだ。
そしてカシルは気づいていた、向こう岸にスピアディアがいることを。
気配を察知するのは、騎士の経験値で何か感じる、ということなのだろうか?
僕も、気配を察知することができないかな?
瘴気なら【つる】が動くことで分かるけれど、それだってせいぜい20メートルくらいだろう。瘴気の量が多かったらまた話が違うだろうけれど。
魔力を広げればわかるのだろうか? 魔力探知とかできたらいいのに。
「賊なら狙いはお前たち二人だな。老執事と貴族の幼子がたった二人で森にいるなんて、襲ってくれと言ってるようなもんだ」
「大変申し訳ございません」
「まあ、お前が馬鹿みたいに強いから向こうは驚いたろうけどな」
「ガロディア辺境伯の御尽力がなければ本当に危険でございました」
僕の腹に回っているカシルの左腕がきつくなった。
反省しているんだろう。
でもお前は反省しなくていいよ。僕が悪かったのだから。
その腕をそっとなでた。
「向こう岸じゃなかったら渡って確かめられたんだがなぁ」
さすがにあの場所は馬で向こうへ渡れねぇしな、と悔し気なガロディア伯爵だ。
「だがそれも見越した場所だったんだろ。死んだのを確認したのち橋や浅い水深の場所まで迂回して川を渡り、死んだお前らを身ぐるみ剥いで金品を奪って川にポイすりゃいいんだから」
恐ろしい、だがそうだと納得できる推測に「ヒッ」と喉がなり体が震えた。
「ほんと……ごめんなさい、カシル……、僕もうわがまま言わないから」
僕の言葉に声を返したのはガロディア辺境伯だった。
「こんな幼子のわがまま一つ叶えられねぇんじゃ、騎士として名が廃るってもんよ。ハルトライア、もっと言って困らせりゃいいんだよ。そうすりゃこいつも鍛錬してより強くなるからお互い利益あっていいだろ?」
弓で鍛えあげた剛腕をまげ、血管の浮き出た上腕二頭筋を見せつけてくる。僕のウエストなんて目じゃない太さ。
「そんなっ、カシルにこれ以上鍛錬させるなんてっ」
おじいちゃん騎士なのにっ、今だってもう十分、いや十二分にやってくれている。
カシルを鍛えるんじゃなく、僕を鍛えないと結果は見えてこないんだ。
ぶんぶん顔を振って反対の意思を全身で示した。
「騎士はな、死ぬか剣を手放すまで騎士なんだよ。なぁカシル?」
「おっしゃるとおりにございます」
「な、ハルトライア、お前の騎士がこう言ってんだ、主らしくこき使ってやれっ」
カハハハっと笑うガロディア辺境伯。
騎士とは恐ろしい人種だ。年齢など関係ない。その剣を下ろさない限り研鑽を積んで高みを目指すのが当たり前なんだ。
ガロディア辺境伯の剛腕の太さが鍛錬の厳しさとそれを継続する強い精神力を如実に示していて、違う意味で僕は震えた。
震える僕をなだめるかのように、カシルは僕をぐっと自分に寄りかからせる。そして顔を僕の耳に近づけると囁いた。
「ハルトライア様、怖がらせてしまい申し訳ございません」
ふわっとあたたかな息遣いが耳朶をくすぐる。いつもの低くて甘い声が、もっと甘くなったようで。
「カっ……、っ」
回された腕や密着した背中だけでなく、耳の中にまで温もりがきて、僕は全身を抱きしめられているような錯覚に陥った。体が一瞬で熱を上げる。
「騎士は血気盛んな者が多いのです。辺境伯のお言葉はお気になさらないでください」
と続きがあったが耳をふさいでうつむいてしまった。恥ずかしい。なだめられただけというのに。
「っ……ぅ」
「ハルトライア様? ご気分が優れませんか?」
「っ大丈夫」
落ち着け落ち着けと心で繰り返した。
辺境伯はふぅ~とため息を吐いて、コキコキ音を鳴らした。見ると首をひねって思案顔。
「しかし、魔物を使って人を襲う賊か。放ってはおけないなぁ」
動揺してるのは僕だけで気付かれてないことにホッとした。
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