上 下
47 / 83
10章 腐りたくはないものです

1.

しおりを挟む
 帰るにあたり、僕は二人乗りを続けるためカシルとの間にクッションを挟んだ。おかげで恥ずかしさを感じなくて済んだ。最初からこの方法をとっていればよかったと心底後悔した。
 でもタイリートの揺れに軽い僕の体はすぐ浮き上がってしまう。それもクッションのせいでカシルとの隙間が前より出来てしまっているから余計にふらつく。
 そんな僕を左手でしっかりと抱きとめるカシル、ほんとごめんと心で謝った。スリングは恥ずかしすぎて人前ではどうしても無理だったんだ

 カポカポと馬たちの蹄が軽やかに地面を鳴らす。
 僕たちの左側でタイリートに並走して馬を進める辺境伯が、カシルと話しかけた。先ほどの魔物についてだった。

「カシルよ、お前はどういう見解だ? あのスピアディア、おかしいと思わねぇか?」

 僕らにしか聞こえない程度の小さな声で、ガロディア辺境伯は話す。確かにあまり聞かれたくはない話題だ。
 カシルは、ややあって口を開いた。
「私程度の者が言及するべきことではないと思いますが、誰か、例えば賊などが潜んでいたのではないかと推測します」
「フッ、俺も全く同じさ。じゃあ、人数もわかってんのか?」
「いえ、残念ながら気配はスピアディアのものしか感じておりませんでした。それがいきなり魔物化したので対応に遅れました」
「スピアディアは草食動物だし警戒心も強い。近付いた人間も気配を消す魔法陣なんかを使っていたんだろうな」

 そういえば辺境伯は帰り際に辺りを見回していた。あれは何か違和感を感じていたからなんだ。

 そしてカシルは気づいていた、向こう岸にスピアディアがいることを。
 気配を察知するのは、騎士の経験値で何か感じる、ということなのだろうか?
 僕も、気配を察知することができないかな? 
 瘴気なら【つる】が動くことで分かるけれど、それだってせいぜい20メートルくらいだろう。瘴気の量が多かったらまた話が違うだろうけれど。
 魔力を広げればわかるのだろうか? 魔力探知とかできたらいいのに。

「賊なら狙いはお前たち二人だな。老執事と貴族の幼子がたった二人で森にいるなんて、襲ってくれと言ってるようなもんだ」
「大変申し訳ございません」
「まあ、お前が馬鹿みたいに強いから向こうは驚いたろうけどな」
「ガロディア辺境伯の御尽力がなければ本当に危険でございました」

 僕の腹に回っているカシルの左腕がきつくなった。
 反省しているんだろう。
 でもお前は反省しなくていいよ。僕が悪かったのだから。
 その腕をそっとなでた。

「向こう岸じゃなかったら渡って確かめられたんだがなぁ」
 さすがにあの場所は馬で向こうへ渡れねぇしな、と悔し気なガロディア伯爵だ。
「だがそれも見越した場所だったんだろ。死んだのを確認したのち橋や浅い水深の場所まで迂回して川を渡り、死んだお前らを身ぐるみ剥いで金品を奪って川にポイすりゃいいんだから」

 恐ろしい、だがそうだと納得できる推測に「ヒッ」と喉がなり体が震えた。

「ほんと……ごめんなさい、カシル……、僕もうわがまま言わないから」

 僕の言葉に声を返したのはガロディア辺境伯だった。
「こんな幼子のわがまま一つ叶えられねぇんじゃ、騎士として名が廃るってもんよ。ハルトライア、もっと言って困らせりゃいいんだよ。そうすりゃこいつも鍛錬してより強くなるからお互い利益あっていいだろ?」

 弓で鍛えあげた剛腕をまげ、血管の浮き出た上腕二頭筋を見せつけてくる。僕のウエストなんて目じゃない太さ。
「そんなっ、カシルにこれ以上鍛錬させるなんてっ」
 おじいちゃん騎士なのにっ、今だってもう十分、いや十二分にやってくれている。
 カシルを鍛えるんじゃなく、僕を鍛えないと結果は見えてこないんだ。
 ぶんぶん顔を振って反対の意思を全身で示した。

「騎士はな、死ぬか剣を手放すまで騎士なんだよ。なぁカシル?」
「おっしゃるとおりにございます」
「な、ハルトライア、お前の騎士がこう言ってんだ、主らしくこき使ってやれっ」

 カハハハっと笑うガロディア辺境伯。
 騎士とは恐ろしい人種だ。年齢など関係ない。その剣を下ろさない限り研鑽を積んで高みを目指すのが当たり前なんだ。
 ガロディア辺境伯の剛腕の太さが鍛錬の厳しさとそれを継続する強い精神力を如実に示していて、違う意味で僕は震えた。

 震える僕をなだめるかのように、カシルは僕をぐっと自分に寄りかからせる。そして顔を僕の耳に近づけると囁いた。

「ハルトライア様、怖がらせてしまい申し訳ございません」
 
 ふわっとあたたかな息遣いが耳朶をくすぐる。いつもの低くて甘い声が、もっと甘くなったようで。

「カっ……、っ」

 回された腕や密着した背中だけでなく、耳の中にまで温もりがきて、僕は全身を抱きしめられているような錯覚に陥った。体が一瞬で熱を上げる。

「騎士は血気盛んな者が多いのです。辺境伯のお言葉はお気になさらないでください」
 と続きがあったが耳をふさいでうつむいてしまった。恥ずかしい。なだめられただけというのに。

「っ……ぅ」
「ハルトライア様? ご気分が優れませんか?」
「っ大丈夫」
 落ち着け落ち着けと心で繰り返した。
 
 辺境伯はふぅ~とため息を吐いて、コキコキ音を鳴らした。見ると首をひねって思案顔。
「しかし、魔物を使って人を襲う賊か。放ってはおけないなぁ」
 動揺してるのは僕だけで気付かれてないことにホッとした。
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

谷絵 ちぐり
BL
『私と契約結婚しませんか?』 『期限は三年』 『三年後、君は自由になる』 ※77話で第一部[完] ※二部はリュカの兄弟メインで話が進みます 苦手な方はご注意ください→135話で兄弟編[完] ※136話から第三部温泉旅行珍道中編(ホラー風味ですので苦手な方はご注意ください) ※153話から温泉旅行内運命の番編→165話タイトル回収しました→168話で温泉編[完] ※170話から脇カプ番編苦手な方はご注意ください→187話で本編[完] ※n番煎じになるかわからない話です ※オメガバースです(世界観は割愛) ※ゆる設定ですので苦手な方はご注意ください

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️ 第12回BL小説大賞に参加中! よろしくお願いします🙇‍♀️

異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい

だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___ 1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。 ※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

処理中です...