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9章 守るために捨てるものもあります
5.
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「タイリートっ、戻ってきてくださいっ」
カシルの声に、ススキ野からタイリートが飛び出してきた。
ひんひんと泣いて僕をべろんべろん舐めまくる。
「心配かけてごめんね、タイリート」
更にあむあむかじられて、僕は涎でべとべとだ。カシルが血まみれなら僕は涎まみれ。
結局カシルのハンカチはタイリートの涎でぐっしょりだった。
「タイリート、ハルトライア様をかじるのはいい加減おやめください」
僕を拭きながらぶつぶつと小言を言うカシルの横に、ガロディア辺境伯があたりをキョロキョロしながら近寄ってくる。
「カシルよ、屋敷に戻んのか?」
「はい。さようにございます」
「なら、送っていこう」
「え、いえっ、そんな……」
カシルが辺境伯の申し出を遠慮しようとした。すかさず僕が代わりに答える。
「ありがとうございます、ガロディア辺境伯。よろしくお願いいたします」
カシルに危険が及ばないようにするため、頼れる人間にはいくらでも頼ろう。僕はカシルをまだ守れないのだから。
頭を深く下げた僕に、またも大きな手が乗ってワシワシされる。
「ははっ、さすがだな。ハルトライアは肝が据わっている。おいカシル、こうやって頼るんだよ。お前の主は十分理解しているぞ。まったく、どっちがお子様だ?」
そしてそのまま僕をさっと抱き上げた。
背の高いガロディア辺境伯の抱っこはカシルのときより視線が高くなり、ちょっと怖いくらいだ。
慌てて太い首に手を回し落とされまいとしがみつく。
「ふはっ、なんて可愛さだ。これは困ったもんだな。お? 馬が一頭しかいないのか。お前ら二人乗りしてきたんだなっ。なら帰りは俺の馬に乗ればいいっ。来いっ、ハルトライアっ」
僕を抱っこしたまま自分の馬に飛び乗った辺境伯。僕を自身の前にそっと降ろして馬に跨らせてくれた。
ぶるるるるるるっとタイリートの鼻が鳴る。そりゃ怒るに決まってる。帰りは僕一人でお前に乗る予定だったのだから。
「ごめんタイリート、カシル乗せてくれる? そのかわり、屋敷に帰ったらいっぱい遊ぼう」
ふんふんふんと鼻を鳴らし、さらにせっかくきれいにしてもらった僕の髪を再度涎でべとべとにしてタイリートは何とか機嫌を直してくれた。
「くっくっくっ。馬にも大人気だな、このちっちゃかわいい天使は」
笑って風を起こし、べたべたこねこねになった僕の髪にまとわりつく涎を吹き飛ばしてくれた。
簡易ドライヤー! 便利だ風魔法!
「殿下! コンラート!」
辺境伯は水辺で石投げをして遊んでいた二人に声をかける。
手に持っていた石を思いきり放り投げて二人が駆けてきた。
「帰るのかっ? あっ、ハルトライアっ、辺境伯と二人乗りしているではないかっ。なら私と一緒に乗らないか?」
「何を生意気なことをおっしゃっているのかな? 殿下の腕では天使と二人乗りなどまだ20年は早いですなっ」
「何をっ!」
怒りにカッと顔を赤くする殿下だ。
というか辺境伯、僕を天使とかいうのやめてほしい。のちに魔王となる僕に逆のあだ名付けないで。カシルでこりごりしているんだから。
「まあ、俺まで、とはいかなくても、そこのカシルを倒せないとハルトライアとの二人乗りは永遠に無理でしょうな」
チラとすぐ右にいるタイリートに乗ったカシルに視線を送り、ニヤリ笑った。
「カシル? 私に執事を倒せというのか?」
フンっと笑った殿下だったが、それ以上にフハッと鼻で笑ったのは辺境伯だった。
「その男の強さを感じられないなら、あなたはまだまだ弱い、ということですよ、殿下」
ハッとしてカシルを仰ぎ見る殿下。そしてすぐ自身の白馬に飛び乗り、左側から僕にギリギリまで近づく。
「ハルトライアっ。お前の執事は、そんなにすごいのかっ」
その結構な剣幕に戸惑い、僕はカシルと辺境伯に視線をやった。
カシルは軽く目を伏せ、落ち込んでいるように見える。辺境伯にお子様と言われたからだろう。
辺境伯はふふんと不遜な笑みで僕を見てうなづいた。言ってやれ、と顔に書いてある気がする。でも何を言えばいいのか。
殿下は今でも十分強い。僕なんて彼の剣の一振りで即ノックアウトだ。だがカシルとやりあうとどうなるのだろう。
そんなこと絶対してほしくないけれど、もし殿下とカシルが戦うなら、もちろん僕はカシルを応援する。
だけど本当は。
「っカシルっ!」
僕の声にうつむいていた顔をさっと上げた。
馬の背をけり、僕は、僕のたった一人の騎士に手を伸ばす。
「ハルトライア様っ!」
ガクッとバランスを崩し落ちそうになる僕を、カシルは左手一本でつかんで抱き寄せその懐へ連れて行ってくれた。
ああ、この腕だ。この腕だけが、この温もりが、僕の居場所。
絶対なくさない。
僕の行動に驚き目を見開いた殿下に振り向く。
そうして僕は、決意の証に満面の笑みを作った。
「違いますよ殿下。僕がカシルを守るんです。だから僕を倒してくださいね」
僕が魔王になるその時まで、絶対に守り切る。
そして殿下、最後は必ず、僕だけを殺してください。
それが、この世界のハッピーエンドなのだから。
カシルを幸せにするための道筋なのだから。
「っ、ハルトライアっ、私がお前を手にかけるわけないだろう!」
さっきよりもっと顔を赤くして叫ぶ殿下。
「あははははっ、天使は最強だなっ!」
腹を抱えて笑うガロディア辺境伯。
「天使が天使で天使じゃないけどやっぱり天使だっ」
意味の分からないことをつぶやくコンラート。
三人三様を気にもかけず僕は大好きな老騎士に微笑んだ。
「帰ろう、カシル」
「っ……はいっ、ハルトライア様」
笑顔いっぱいの僕に対してどこか泣きそうでしかめっ面な顔をしたカシルだったが、タイリートは僕が戻ってきて機嫌をなおし、カッポカッポと軽快に屋敷へ歩みを進め始めた。
カシルの声に、ススキ野からタイリートが飛び出してきた。
ひんひんと泣いて僕をべろんべろん舐めまくる。
「心配かけてごめんね、タイリート」
更にあむあむかじられて、僕は涎でべとべとだ。カシルが血まみれなら僕は涎まみれ。
結局カシルのハンカチはタイリートの涎でぐっしょりだった。
「タイリート、ハルトライア様をかじるのはいい加減おやめください」
僕を拭きながらぶつぶつと小言を言うカシルの横に、ガロディア辺境伯があたりをキョロキョロしながら近寄ってくる。
「カシルよ、屋敷に戻んのか?」
「はい。さようにございます」
「なら、送っていこう」
「え、いえっ、そんな……」
カシルが辺境伯の申し出を遠慮しようとした。すかさず僕が代わりに答える。
「ありがとうございます、ガロディア辺境伯。よろしくお願いいたします」
カシルに危険が及ばないようにするため、頼れる人間にはいくらでも頼ろう。僕はカシルをまだ守れないのだから。
頭を深く下げた僕に、またも大きな手が乗ってワシワシされる。
「ははっ、さすがだな。ハルトライアは肝が据わっている。おいカシル、こうやって頼るんだよ。お前の主は十分理解しているぞ。まったく、どっちがお子様だ?」
そしてそのまま僕をさっと抱き上げた。
背の高いガロディア辺境伯の抱っこはカシルのときより視線が高くなり、ちょっと怖いくらいだ。
慌てて太い首に手を回し落とされまいとしがみつく。
「ふはっ、なんて可愛さだ。これは困ったもんだな。お? 馬が一頭しかいないのか。お前ら二人乗りしてきたんだなっ。なら帰りは俺の馬に乗ればいいっ。来いっ、ハルトライアっ」
僕を抱っこしたまま自分の馬に飛び乗った辺境伯。僕を自身の前にそっと降ろして馬に跨らせてくれた。
ぶるるるるるるっとタイリートの鼻が鳴る。そりゃ怒るに決まってる。帰りは僕一人でお前に乗る予定だったのだから。
「ごめんタイリート、カシル乗せてくれる? そのかわり、屋敷に帰ったらいっぱい遊ぼう」
ふんふんふんと鼻を鳴らし、さらにせっかくきれいにしてもらった僕の髪を再度涎でべとべとにしてタイリートは何とか機嫌を直してくれた。
「くっくっくっ。馬にも大人気だな、このちっちゃかわいい天使は」
笑って風を起こし、べたべたこねこねになった僕の髪にまとわりつく涎を吹き飛ばしてくれた。
簡易ドライヤー! 便利だ風魔法!
「殿下! コンラート!」
辺境伯は水辺で石投げをして遊んでいた二人に声をかける。
手に持っていた石を思いきり放り投げて二人が駆けてきた。
「帰るのかっ? あっ、ハルトライアっ、辺境伯と二人乗りしているではないかっ。なら私と一緒に乗らないか?」
「何を生意気なことをおっしゃっているのかな? 殿下の腕では天使と二人乗りなどまだ20年は早いですなっ」
「何をっ!」
怒りにカッと顔を赤くする殿下だ。
というか辺境伯、僕を天使とかいうのやめてほしい。のちに魔王となる僕に逆のあだ名付けないで。カシルでこりごりしているんだから。
「まあ、俺まで、とはいかなくても、そこのカシルを倒せないとハルトライアとの二人乗りは永遠に無理でしょうな」
チラとすぐ右にいるタイリートに乗ったカシルに視線を送り、ニヤリ笑った。
「カシル? 私に執事を倒せというのか?」
フンっと笑った殿下だったが、それ以上にフハッと鼻で笑ったのは辺境伯だった。
「その男の強さを感じられないなら、あなたはまだまだ弱い、ということですよ、殿下」
ハッとしてカシルを仰ぎ見る殿下。そしてすぐ自身の白馬に飛び乗り、左側から僕にギリギリまで近づく。
「ハルトライアっ。お前の執事は、そんなにすごいのかっ」
その結構な剣幕に戸惑い、僕はカシルと辺境伯に視線をやった。
カシルは軽く目を伏せ、落ち込んでいるように見える。辺境伯にお子様と言われたからだろう。
辺境伯はふふんと不遜な笑みで僕を見てうなづいた。言ってやれ、と顔に書いてある気がする。でも何を言えばいいのか。
殿下は今でも十分強い。僕なんて彼の剣の一振りで即ノックアウトだ。だがカシルとやりあうとどうなるのだろう。
そんなこと絶対してほしくないけれど、もし殿下とカシルが戦うなら、もちろん僕はカシルを応援する。
だけど本当は。
「っカシルっ!」
僕の声にうつむいていた顔をさっと上げた。
馬の背をけり、僕は、僕のたった一人の騎士に手を伸ばす。
「ハルトライア様っ!」
ガクッとバランスを崩し落ちそうになる僕を、カシルは左手一本でつかんで抱き寄せその懐へ連れて行ってくれた。
ああ、この腕だ。この腕だけが、この温もりが、僕の居場所。
絶対なくさない。
僕の行動に驚き目を見開いた殿下に振り向く。
そうして僕は、決意の証に満面の笑みを作った。
「違いますよ殿下。僕がカシルを守るんです。だから僕を倒してくださいね」
僕が魔王になるその時まで、絶対に守り切る。
そして殿下、最後は必ず、僕だけを殺してください。
それが、この世界のハッピーエンドなのだから。
カシルを幸せにするための道筋なのだから。
「っ、ハルトライアっ、私がお前を手にかけるわけないだろう!」
さっきよりもっと顔を赤くして叫ぶ殿下。
「あははははっ、天使は最強だなっ!」
腹を抱えて笑うガロディア辺境伯。
「天使が天使で天使じゃないけどやっぱり天使だっ」
意味の分からないことをつぶやくコンラート。
三人三様を気にもかけず僕は大好きな老騎士に微笑んだ。
「帰ろう、カシル」
「っ……はいっ、ハルトライア様」
笑顔いっぱいの僕に対してどこか泣きそうでしかめっ面な顔をしたカシルだったが、タイリートは僕が戻ってきて機嫌をなおし、カッポカッポと軽快に屋敷へ歩みを進め始めた。
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