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9章 守るために捨てるものもあります

3.

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「怪我はないか!?」

 先頭を走る茶色い馬に乗る男性が声を上げた。弓を持っている。そしてその後ろ2頭のうち1頭の白馬には、見慣れた顔があった。
「ハルトライア!?」
 ジーク殿下だ。なぜここに。
 それは向こうも同じだった。ばしっと馬をたたき速度を上げた殿下は一番乗りで僕たちのところまで来た。

「どうしてこんなところにっ。ハルトライア、大事ないか?」

 エリーと同じくらい白く美しい馬の手綱をぐっと引き、その歩みを止めると、背から軽やかに飛び降りる。僕を抱いていたカシルはその腕を緩めた。こけるから僕はカシルの右腕に両手でしがみついたままだけれど。
 カシルは剣を左側に置き、さらに左足を立ててかがみ、頭を下げる。騎士の敬礼だ。これは相手が殿下だから。本当は僕が貴族として礼を尽くさなくてはならないが、僕の体ではまだできない。だから代わりにカシルがしてくれている。

「怪我はありません。ありがとうございます殿下。一週間とちょっとぶりでございますね」
「ああ。先日の体調不良は良くなった、ようだな。ここにいるということは。だが、たった二人でこんなところにいるとはどういうわけだ?」

 殿下の声に怒りがにじんでいる。

 う、と返答に詰まったが答えないわけにいかない。
「僕が出かけたいとわがままを言ったのです。危険なところを助けていただき、本当にありがとうございます」
 殿下だけでなく、茶色い馬たちから降りてこちらに歩み寄ってくる二人にも頭を下げる。

 弓をもった男性は年齢45歳くらいの強面だ。身長はカシルより高い、190はありそうだ。乗馬服ではなく冒険者風のダボッとした動きやすそうな格好をしている。茶色の髪を短く借り上げ、頬から顎まで無精ひげの似合う精悍な顔。凛々しく吊り上がった眉毛の下に輝く瞳は黄色だから風属性。この男性がスピアディアを遠くから貫いてくれた方だろう。零と同等のコントロール精度に感じる。そしてもう一人の子供は殿下と同じくらいの年だろう。男性に顔も服装も似ているから息子だと思う。

「おや、殿下のお知り合いですかな?」
 ジーク殿下が声に振り返り、男性を見る。
「辺境伯、先ほどの弓技見事だった。こちらはハルトライア=ミュー=リフシャル、そして隣が執事のカシルだ」
 殿下の紹介を受け、僕はもう一度お辞儀をした。
 辺境伯の爵位を持つ家はひとつ、ガロディア辺境伯家しかいない。辺境伯と侯爵は、名は違えどほぼ同じ爵位だ。
 頭を下げても何の問題もないだろう。しかも助けてくれだのだから。

「アンドレアス=ミュー=ガロディアだ。そしてこっちが愚息のコンラートだ」

 挨拶も見た目通りざっくばらんで荒っぽい。辺境伯は国境警備が担当の第三騎士団の団長を務めている。
 国境という果てない長距離を馬で駆け、危険因子にはその剛腕で弓を放ち撃退する。そうしてこの国を守ってくれているのだ。

「ガロディア辺境伯、魔物に襲われたところを助けていただき、本当に感謝しております。僕はハルトライア=ミュー=リフシャル。リフシャル侯爵の4男にございます。この御恩、報いる方法が今は力及ばず思いつきませんが、必ずお返しいたします」

「はあ~。王都の貴族ってのは、こ~んな小っちゃな子にまで肩っ苦しい躾してんだな。いや、リフシャル家だからか? ま、気にすんな、危ないときはお互い様だよ」

 ニカと笑い手を伸ばして僕の垂れた頭に手を置き、赤い髪をわしゃわしゃとかき乱した。カシルより大きい手で力も強い、こけそう。我慢するためカシルの腕を両手でもっと握りしめた。

「辺境伯っ。ハルトライアは私やコンラートと同い年だっ。失礼なことを言わないでくれ」

「え? マジか? すまんすまん、いや、5、6歳くらいかと思った。でも9歳でもこんなしっかりお礼言えるなんてすごいじゃねぇか。コンラート、お前には無理だろう?」

「父上の背中見て育ったせいだよな。父上ほんと子育て上手だよなぁ~」
「俺はそんな辛口に育てた覚えはねぇぞ?」
「それ母上に伝えたらキレるよ? くくっ、アンタ何様よ! ってなっ」

 そうか、僕は一般的に見て5、6歳児なのか。さらっと突きつけられた現実に凹んだ。

 だが、コンラートとは。確かゼロエンでは零が学園に通うようになってからの仲間のはず。同じ弓使いとして零をライバル視し、最初は仲が悪いがのちに零の親友になる男。殿下とも零をきっかけに仲良くなる。なのにもうこんな親しい関係だなんて。ゼロエンと違っているのは僕のせいだけではない? もしかして他にも転生者がいるのか?

 可能性と不安が胸を駆け巡った。しかしそれを誰彼に聞く事はできない。この不安は抱え込むしかないのだ。

「ハルトライア様、初めまして。オレはコンラート=ミュー=ガロディアです。変な父でごめんなさい。腕は確かなんだけれど」
「コンラート様。こちらこそ初めまして。お会いできて大変光栄にございます」
 再度頭を下げる。
「久しぶりに王都に来たんだよ、殿下とあちこち散策してた。あー、ごめん、こんなことお願いするのもなんだけど、敬語じゃなくていいか? そういうの苦手で」
 ぼりぼりと茶色い短髪をかきむしりながら、言ったセリフ。やはり似た親子だな。

「はい、かまいません。どうぞハルトライアとお呼びください」
「じゃ、オレのことはコンラートって呼んでくれよ。よろしくなっ、ハルトライア」
「よろしくお願いします、コンラート」

 にこりと微笑みかえす。するとカッと目を見開いたコンラートがぐるっと後ろを向き、殿下に声をかけた。殿下はスピアディアの魔石を拾っている。
「ちょっと殿下っ。ほんとにハルトライア、リフシャル家の子なのかよ?」
「なにをいきなり、髪色見たらわかるであろう」
「え、だって、信じらんねぇよ。こんなかわいい子があの狸おやじの息子だなんてっ」
「ちょっ! コンラートっ、絶対ダメだぞハルトライアに惚れたら! 私だって全然ふりむいてもらえないのにっ」

 ぎゃあぎゃあとなにやら言い合いを始めた二人、だがその時にはもう僕の足は限界に来ていた。
 ふらりとバランスを崩しカシルに倒れ掛かってしまう。
 貴族としての挨拶が終わったので、騎士の姿勢を崩して両ひざ立ちになったカシルは、両手で僕を抱きしめてくれた。
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