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6章 悔しいのでレベル上げたいです

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 通常あの洞窟で魔物化した動物は、ほとんどが洞窟内で命を落とす。狂暴化して殺しあったり、暴れすぎて体力があっという間に限界に来たりと、魔物化した生物の命は基本とても短いのだ。だから前回も1キロ離れて魔物化したブルークロウが20羽もいたことに驚いたのだったが、今回はさらに約5キロも生き延びてここまで魔物が来た。よほど体力のある動物なのだろう。

 カシルは僕を抱いたままタイリートから素早く降りた。そして「できるだけ離れてください、貴方一頭ならば、ここから逃げられます」と綱を離した。しかしタイリートは動かない。わかっているはずなのに。本当に僕の言うことしか聞かない。

「タイリート、お願い。お前がいないと戦った後に僕たち家に帰れないだろう?」
 少しの間離れていてねと撫でた。ようやくタイリートはぶるるるる、と低く鳴いて駆けだした。
 少々ひねくれているが人の言葉の意味を理解する賢い子だ。

「ハルトライア様、しっかり掴まっていて下さい」

 スリングの布を少しきつめにして僕をきれいに包みなおしたカシルの首に両手を回した。ほかに掴まるところがないから。僕の腰に回った左腕がさらに強く締まった。カシルの右手に持つ強化を施した剣が緑に光る。
 その時ザザザザッ!と草をかき進む音が聞こえた。来る!!

「グガアアアアアアアア!」

 叫び声と同時に姿を現したのはフォレストベアだった。最悪の展開だ。森の中でも猛獣で上位にいる動物。体長3メートルはある。
 瞳は魔物の証である見事な紫でグリーンの毛並みのところどころに血が飛び散っている。ここに来るまでに殺した動物の返り血だろう。

 カシルは右に飛ぶ。そのまま走ってベアの後ろに回り込んだ。しかしベアの視線がこちらに来たと同時に鋭い爪で木の幹をつかむとぐるっと反動を利用して反転する。賢い!

「正面から行きますっ!」

 素早い動きのベアから逃げるのは得策でない。一瞬でそう判断したカシルにうなずくと僕は「シールド!」と叫んでベアの足元に大きめのシールドを展開した。

「ウガアッ!」
 それに引っかかり態勢を崩したところをカシルが通り抜けざまに切りかかる。

 ザシュゥッ!!

 下から上への剣撃で右前足が空を飛んだ。背後に走りこんだカシルだがすぐさま目の前の木の幹を蹴りつけてUターン。
 そのままベアの背中に一太刀。ズバッと強烈な袈裟斬りで血が勢いよく噴き出した。

「グアアアアアッ!!! ウウウウウウウウ!」

 呻きながらも振り返ったベアが残った左前足を振り上げる。

「シ-ルド!!」

 ガン!!! と激しい音をたてシールドが足を防いだ。だがビキビキに亀裂が入る。

 ボトンッと背後で右前足の落ちる音がした瞬間、ズンン!!!とシールドごとベアの心臓をカシルの剣が貫いた。僕のひび割れたシールドもそこから崩れていく。

「グ、ウ、ウウウウ、ウウゥッ、ゥゥ……」

 紫の瞳から光が消えた。カシルがズルッと剣を引き抜き背後に飛びのく。支えをなくしたベアの体がドズン、と鈍い音を立て地面に突っ伏した。

「ハルトライア様っ、怪我はございませんか?」

 ほとんど息を乱さずカシルが僕を気遣う。戦闘時間きっと1分もなかった。

 カシルの白髪の混じったきれいな銀髪やメガネ、頬にもたくさん血しぶきが飛んでいる。僕はポケットからハンカチを取り出して、それをぬぐっていく。

「無いよ。カシル、ありがとう」
「ハルトライア様のシールドのおかげです。隙を作ってくださり本当にありがとうございます」

 くしゃと目じりにしわを作って笑った。そんな僕の老騎士があまりにも優しくて強くて、かっこよくて。

「……悔しい」

 僕を抱えた上であの俊敏な動き。あんな大型のベアの腕を切り落とし、かつ心臓を一突きする力強い剣筋を放つ右腕。そして息を切らす様子もない。
 カシル、2年半前より絶対にめちゃくちゃ強くなってる。
 僕は、こんなに弱くなってしまったのに。

「ハルトライア様?」

 僕のかすかなつぶやきは頬をぬぐうハンカチのせいで聞こえなかったようだ。60過ぎて、この頬だって、剣を持つ手だってしわだらけなのにお前は……

「ううん、ありがとうカシル。お前も怪我はない? 僕も早くお前みたいに戦いたいよ」

 沸いた感情に何とか蓋をした。カシルはいつも僕を守ってくれる、そのための努力をやりすぎなくらいやる。自分の年齢なんてまったく気にしていないのだ。

 すごく悔しかった。でもそう思うなら、僕が頑張ればいい。

 ぎゅうと抱きしめられ「ハルトライア様は、もう十分にお強いです」と慰められた。カシルの優しさに泣きそうだ。

 その時、カシルの右腕が目に入った。燕尾服の上腕が破れている。さっきフォレストベアが倒れたときに爪が当たったのだろう。3本の裂け目ができて、血が少しにじんでいる。
「カシル、腕、怪我してる」
「かすり傷ですよ」と笑う。でも僕は怪我一つない。お前に守られているだけ。お前が右腕を怪我したのも、ベアの下から体を引き抜くときに僕を抱えている左側を優先したからだろう。

 ぐっと手を伸ばして新しいハンカチをそこに押し当てた。

「少しでもだめだ。お前が怪我するのは、ダメなんだ」
 たとえ僕を守るためでも、ダメなんだ。お前が怪我するってことは、お前の死が近づくってことだ。そんなの許せない。
「騎士に怪我は付き物ですから。でもありがとうございます」
 にじんだ血が早く止まるようにと傷をじっと見つめたとき、気づいた。
「カシル、その腕……」

 カシルの上腕に見たことのない不思議な模様があった。刺青のように見えるが、この世界には前世であったタトゥーや刺青の文化はない。その代わりあるのは体に施す魔法陣。それは本人にのみ作用する魔法だ。

 例えば力を強くするように、例えば今かかっている病気に負けないように、いろいろな願いを込めて体に魔法陣を刻む。一度刻めば体内から直接魔力を吸い意識しなくても常に発動する。消すまで永久に効果があるが、魔力を常に吸い取られるため願掛け程度の初級魔法陣となる。

 また、まれに結婚した者同士で特殊な魔法陣を刻み合うこともある。それは互いの魔力を感じあえるもので、伴侶に何かあったときすぐわかるのだ。騎士など危険な職業に従事する者に多い。
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