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5章 中二病がうずきました

3.

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 そして朝食後の診察でカルシード公爵に出かけたいと相談した。
 すると「無理のない範囲でしたらいいでしょう」と前向きな返事。馬に乗ると体幹が鍛えられるからというお墨付き。
 僕のテンションは跳ね上がった。

「やった!タイリートに乗れる!」とカシルに満面の笑みを見せてしまった。そんな僕はやはり9歳児だった。
 カシルは僕を生暖かい目で見つめる。ちょっと恥ずかしい。
「タイリートも久々のお出かけです。午後のため私は少々準備をしてまいります。カルシード公爵、しばらく退出いたしますがハルトライア様をよろしくお願いいたします」
 と生暖かい目のまま頭を下げ出ていった。
 恥ずかしいが中二病の再燃したファンタジーオタクはもう無敵である。

「もう馬に乗りたいと発言なさるとは、なかなか気概がございますね。さすがハルトライア様です」
 褒められて図に乗った。
 興奮したまま「カルシード公爵っ、昨日ファリア先生にお会いしましたっ。ものすごかったです!!」と報告してしまった。勢いあまって語彙力が無さすぎた。
 公爵は突然の言葉に瞳をしばたかせてしばらく沈黙している。
 
「あぁ、そういうことだったのですね。昨日すごく機嫌がよかったのですよ、妻が。理由は教えてくれませんでしたが」

 朗らかに笑う。これ、めっちゃ奥さん好きな人の顔だ。
 しぶしぶもらってもらったと先生は言っていたけれど、絶対手放したくなかったのが本音のはず。
 奥さんがあのようなちりちり頭になっても「かわいいなぁ」と笑っているのだろうこの人は。

 語彙力のない僕のままではいけない。少し深呼吸して気持ちを落ち着ける。そして
「カルシード公爵、お願いがあるのです。僕の体の状況をファリア先生に説明してください。理由はファリア先生に【つる】について研究してほしいとお願いしたからです」
 と頼んだ。

 味方は多いほうがいい。それに公爵はカシルも一目置いている方だ。だから僕が先生を信頼していると態度で示す限り、カルシード公爵は僕を裏切りはしないだろうという確信があった。

 公爵はまた目をしばたかせていたが、「承知いたしました。妻の研究に役立つのなら、そしてハルトライア様の苦慮が少しでも晴れるなら、いくらでもご協力させていただきます」と快諾していただいた。

「妻にはハルトライア様に失礼な態度をとらぬよう言い聞かせておきます。効果があるかは保証できかねますが」
 苦笑した公爵に僕も笑った。

「あはは、ファリア先生もうすでに僕のことトラ君、って呼んでます。カシルのこともルゥって」

 するとカルシード公爵の瞬きと息が止まってしまった。
 階級が明確な貴族文化の住人に、自分より格上の者にあだ名をつける人間がいるなど、しかも自分の妻!
 と思っているに違いない。

「でも先生が先生らしくあるのが一番だと思うのでっ、それにあだ名付けてもらって僕はうれしいですっ」
 元気よく先生をヨイショしておいた。

「あ、……すみません。本当に我が妻は……失礼ばかりで」

 公爵は深々と頭を下げた。
 屋敷に帰ったらファリア先生怒られるのかな?
 ファリア先生も旦那さんのこと大好きなら、貴族らしさをもう少し身に着けるよう頑張ってもいいんじゃないの? と妻の失態を謝る公爵を見て思った。まあ、夫婦喧嘩は犬も食わないっていうから、今のままのお二人も素敵な幸せのカタチの一つだ。

 それからカシルが戻ってくれるまで、馬に乗るときの注意点などを公爵からレクチャーを受けた。
 そして昼食を終えて、僕はようやく厩舎にやってきた。僕の車いすを押しているカシルはいつもの燕尾服に乗馬用のブーツをはき、腰に剣を差している。僕も動きやすい乗馬服に着替え、上着の内ポケットに先生から渡された杖を忍ばせている。ユアはいつものメイド服。動きやすいからこの格好が好きらしい。

「タイリート!」

 僕の声にひひんと鳴いて尻尾をぶんぶん振っている。めっちゃ可愛い。
 車いすの僕に鼻を擦り付けて僕の顔を鼻水だらけ涎だらけにした。なんならちょっと頭をかじられた。「タイリートやりすぎです」とカシルに怒られていた。

 そうして僕たちはタイリートに乗っている。風がすごく気持ちいい。最初はカシルを乗せることに渋ったタイリートだったが、2年半も僕を乗せて走ることができなかったことに我慢の限界だったのか、結局相乗りを許してくれた。かわいい奴だ。

 しかし僕の今の格好は、とても人に見せられるものではない。町の中は絶対に行けない。今僕はカシルにほぼ赤ちゃん抱っこされている状況だからだ。
 赤ちゃんを親が抱っこするときに使う、前世ではスリングいわれるもの。幅70センチ長さ2メートルほどの布の片端に直径15センチほどのリングを二つ縫い付けただけのシンプルな形。リングのある端を右胸におき右肩から背中に布をかけ、布を回し左の脇腹あたりから前に持ってきてリングに布の端を通してほどけないようにすれば完成だ。体の前にある布を少々たるませ中に子供を入れて抱きかかえる。左手は添える程度でいい。走ったりしなければ両手とも使えるから便利なのだ。

 カシルが準備する、と言って退出したのはこれのためだった。
 しかもこの布、アラクネの糸を使っているらしい。手をつながなくてもカシルの浄化魔法が常に僕に流れるように考えたとユアが教えてくれた。てか抱っこされているからアラクネの糸使う必要ないと思う。
 色は緑と紫のグラデーション。ユアの好みで色付けをしたらしいが、どう考えても僕とカシルの色だ。控えめに言ってものすごく恥ずかしい。しかし平然と僕を包み抱いてタイリートにまたがる我が老騎士をみれば、やめてくれとは言えなかった。
 僕を守りたいが故の、行動だからだ。

 お尻の下にも立派なクッションを敷かれるという至れり尽くせりで、中二病に浮かされて森に行きたいと言った自分をさらに恥じた。だが赤ちゃんスタイルの僕を見ているのはカシルとユアのみ。だから我慢する。早急にひとりでタイリートに乗れるようにしようと心に誓った。

「ハルトライア様、寒くはございませんか?」

 カシルを仰ぎ見れば、黒縁メガネの中にいつもの優しい緑。でも僕を結構な角度で見下ろしているからか、いつもよりたれ目気味に見えて、かわいいかっこいい。
 ドキドキしてしまい「大丈夫だから、前向いて」と視線を景色にそらせた。
 それでも密着しているから年の割に鍛えられた筋肉の存在が服越しに伝わってきて、本当に恥ずかしい。
 でも僕を守るために年をとってもこんなに鍛えてくれていると思うと、彼の気持ちが嬉しいと感じる分だけ辛さも感じる。

 カシルを守るために、この杖をなんとしても使えるようにならないと。

 少々中二病に浮かれていたが、気持ちを切り替え鍛錬に専念しよう、と間もなく見えてくるだろう洞窟に目を凝らした。
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