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3章 生きていたのでまた頑張ります

4.

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「ねぇカシル、昔みたいに毎日お前と剣の稽古をしたいんだ。そろそろ、素振りとかできないかな?」

 呟いた僕に
「そうですね。ですが剣は重たいのでしばらく無理かと存じます。何か他の武器を検討いたしませんか? あまり筋力がなくても鍛錬できそうな軽いものを、私も考えておきます」
 と答えてくれた。

 カシルは覚えているだろうか、4歳のとき、10年後には僕に守られると約束したことを。
 きっと今のカシルに問えば、10年延ばしましょうと言いそうだから絶対聞けない。
 でもあの約束だけは守りたい。

 そんなことを考えていたら、庭までたどり着いてしまった。
 カタンと音を立てて車いすがドアの敷居を乗り越える。木漏れ日が優しく降り注いだ。
 僕は思わずカシルを振り返る。
 
 白髪交じりの銀髪がきらきらと光っている。めちゃくちゃ綺麗。
「まぶしくは、ございませんか?」
 低い甘い声で緑の瞳を細める。

 大丈夫、と答えたかったけれどカシルがイケオジィ過ぎて無理だった。まぶしいのはカシルだよ。
 息ができずにウンウンとうなずくだけの僕。

 おじいさんにドキドキしすぎて質問できない僕の頭に大きな掌が乗った。そうっと僕のごわつく赤髪を何度も撫でる。
 
「ハルトライア様、少しでも体調が悪ければおっしゃってください。殿下の前で声に出せないときは、右手で左の肘を握ってください。私がすぐ駆けつけますから。絶対にご無理なさらないでくださいね」

 お前に見とれて心臓バクバクで体調崩しましたとか言えるわけない。
 コクンとうなずいて、目を庭の草木にそらした。

 
 そしてふと思った。
 なんでカシルは僕に仕えてるんだろう。
 こんなに優しくてかっこいい執事なんだ。
 引く手あまたのはず。

 僕は侯爵の子供と言っても家を継ぐ力もない庶子、全身呪われて自力で歩くことも出来ない、なんならいつ死んでもおかしくない。
 こんな僕に、有能なカシルがついているなんておかしくないか?

 てか、さっきカシルは10年伸ばすって言いそうと考えたけど、そんなの自分の願望でしかない。
 なに呑気に考えていたんだ、カシルに残り5年ほども守られようとか思い上がりも甚だしい。


 思えばこの半年、甘やかされて励まされるだけの日々だった。
 駄々をこねて暴れて……それでも慰めてくれると確信してた。
 だってカシルだからと、僕の執事だからと、そんな理由で。

 しかしカシルは僕の父親に雇われた身。父の一声でいなくなってしまう。
 ……ユアだって。

 僕は体が動かないことに胡座をかいてたんだ。

 想像したただけで、ブルと恐怖で体が震えた。

 このままでは、僕の家族がいなくなってしまうかもしれない。
 そんなのダメだ。

「お部屋にお戻りなさいますか?」

 震えておられます、と心配そうな声を出されてしまった。
 車椅子を止め、回って前に来てかがむ。緑のきれいな瞳が同じ高さになった。
 そんな気遣いも嬉しくて、でも苦しい。
 カシルがいなくなったら僕は……

 思わず腕を伸ばして抱き寄せた。

「ハルトライア様?」

 優しい声にふるふると首を振り、帰らないと意思表示する。 

「では、後ほどブランケットも持ってきますね」

 何もせず放っといたら僕は16歳を待たずに魔王化するだろう。首まで【つる】に侵されてるのだから。
 【つる】を体から引き離す方法を早くみつけて、魔王化を阻止しないと僕に未来はない。
 だが、僕の知恵だけじゃきっと何も変わらず零が転移してくる日を迎えてしまうのは明白。
 誰かに協力を仰がなければならない。
 口が固く、誠実で、そして魔法研究をしている人がいい。

 そんな人間、どうやって探そう……

  
 「ハルトライア!」
 
 大きな声が聞こえて、悶々と考えていた思考が断ち切れた。
 カシルから腕を離し、声のする方へ目を移す。
 僕の姿を見つけて、殿下が駆けてくるのが見えた。

 おとなしく座ってたらいいのにこれだからお子様は、って僕も見た目はお子様だけど。

「殿下、昨日ぶりでございますね」

 ちく、と嫌味を言ってやったが、殿下は苦笑するのみ。

「ハルトライア、昨日言ってた魔法の話だが、今日先生が新しいことを教えてくれたのだ。これは絶対ハルトライアに話さないと! と思って急ぎ来たのだよ」

 子供らしく両手をグーに握って嬉しそうに話す彼を見ると、まあいいかと思ってしまう。婚約以外はね。

「殿下、本日は歴史の授業だから嫌だと昨日おっしゃっていましたよね? 魔法がいいのにって。それに昨日の僕らの話題は僕の【つる】についてでしたが」 

 【つる】と声に出して断ち切れた思考に繋がった。
 殿下にお願いしてみるか。
 僕の【つる】に興味のある殿下なら、有能な魔法研究者を知っているかもしれない。
 紹介の引き換えに婚約を迫られる可能性はないだろう。
 殿下は誠実なのだ、ゼロエンと同じで。

 カシルにゆっくり後ろを押されてようやくテーブルに来た僕は、近くに控えていたユアをチラと見た。
 うなずいたユアは紅茶を入れ始める。
 カシルは僕の椅子を固定してすっとその場に立った。殿下はそれを見てはっと気づき、ようやく座る。

 お子様は興奮するとなぜか立ち上がってしまうものだから。ピョンピョンジャンプするのもデフォルトだろう。
 しかしさすがの殿下はジャンピングはしない。王子教育の賜物かな?

「そうなのだっ、魔法の先生にはつるの話を聞きたかったのだけれど、でも今日気付いたことがあったのだっ」

 興奮気味の声はそのままに、殿下は手を挙げた。庭の隅に立っていた殿下の付き人がしずしずと歩み寄り、本を差し出してくる。殿下はそれを素早くめくり始め、あるページで止まった。

「ほら、ここ!」

 それはどこかの壁画を模写した絵だった。弓を構えようとする人間と、全身黒くて背中からつるを延ばしている【ゼロエンの僕】のような。

 もしかして僕と零の対峙する絵? 未来の絵がなんでここに?
 それを凝視する僕に殿下は説明を始めた。

「これは今から1000年ほど前の壁画らしい。弓を持っているのは聖者で、こちらが魔王と言われている。王族は昔から瘴気を浄化するだけでなく瘴気に侵された魔物を倒してきた、その姿を残した壁画の一つだと言っていた」

 1000年前ということは、ちがうのか。それでもやっぱり僕は……

「殿下……僕は魔王、ですか」
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