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2章 なんとかならなかったです

5.

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「……着いたようですね」

 カシルが手をつないだまま立ったので、僕も続いて腰を上げた。馬車の扉を開けて先に出るとそっと手を引きエスコートしてくれる。

 降り立つ王城の前には、前回もいた王子のおつきのメイドが立っていた。
「ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」

 彼女の後ろを静かに歩く僕とカシル。やっぱり手をつないでいるから、遠目には祖父と孫。もちろん気にしない、というか手を放したくない。できるだけカシルの浄化魔法をまとっておきたいのが本音。ここはそこかしこに瘴気があふれていて、気を抜くと背中がやばい。

 前回と同じ庭園まで来ると、すでにそこには陛下と殿下がいた。隣にはもちろん父も。

 素早く頭を下げて挨拶を言おうとする僕に「挨拶はいい、こちらへ来い」と声をかけてきた陛下。

 下げた頭を上げてそっと近くまで歩み寄る。てか殿下の黒かたまり、この20日で5倍くらいにデカくなってね? どんだけ瘴気渦巻いてんのココ。

「ご苦労。今日はあちらを使ってほしい」

 陛下の視線が後ろに控えていた神官に向いた。
 白い神官服を着た40歳前後のおじさん神官は手に1メートルほどの長剣を持っていた。

 僕は、それを思わず凝視してしまった。
 そうして心が叫ぶ。

 ……っせっ、っ聖剣キター!!

 あれ、マジ聖剣だろ、第3王子殿下が零と王太子任命の試練である瘴気殲滅の儀に繰り出すときに国王陛下から頂く両刃の聖剣。なんで今なんだよっ。内心超ビビってしまった。だがそこまで顔には出てないはず。
 神官はそれを恭しく陛下に差し出した。陛下はそれを鞘からほんの少し抜く。諸刃が見えたとたん中からキラキラが溢れてきた。すぐに刀身をさやに戻した陛下。

「あれから今日まで神官たちに祈りを捧げさせた。これがあれば払えるのではないかと思う。さやから出すとこのように浄化魔法があふれてくる。お前はこの間のようにこれを持って瘴気の中に入り、剣をジークに渡せ」

 簡単そうに言い、僕に差し出した。いや、簡単だけど下手すりゃ死ぬマジで。
 しかし逆らえるわけない、言われるままにするだけの臣下な僕は「承知いたしました」と答えて受け取った。
 手にズン、と想像以上に重みが来て落としそうになり、慌てて両手を曲げ胸に剣を抱きしめた。

 ああ、これだとカシルの手が握られない。ちらりと背後の彼を見ると、緑の瞳が悔しそうに揺らめくのが分かった。
「カシル、大丈夫。この剣が僕も守ってくれるよ」

 とりあえずそう慰めた。本当は嘘だったが。強すぎる浄化魔法は僕を殺すだろう。僕の魔力魂は瘴気で変質しているのだから。ああ、カシルくらいの浄化魔法が優しくて本当に好きなのになぁ。

 内心溜息を吐きながら、殿下(黒かたまり)に視線を戻す。さて、この場をどう切り抜けよう? 一応対策はしてきたけれど、本物の聖剣とこの膨大な瘴気を相手にうまくいくだろうか。少しばかり逡巡していたら、
「ご無礼お許しください。どうか発言をお許しいただきたく」
 と僕のうしろからカシルの声。思わず振り返る。

「なんだ? 申してみよ」
「ありがとうございます。この綱をハルトライア様に身に着けることをお許し願いたく思います」

 カシルの手に持っているのは、直径約2センチある綱。あれ見たことある。カシルが狩りのとき食肉用として獲物を持って帰るのに使ってる。たしか巨大クモ、アラクネの糸で作ったやつだ。魔力を通す性質を持っている。

「ハルトライア様を守ることがわたくしの使命でございますので、何卒お許しください」
 お前、僕より準備いいだろ。と声が出そうだったが我慢した。

「ああ、好きにすればいい」

 陛下はまた許してくれた。親心だなぁ、なんて思う。たしか第3王子は正妃との間にできた子だ。二人は仲睦まじいと聞くしきっと王子の中でも一番かわいいだろうし、息子にパパは皆に優しい陛下だって思われたいんだろう。なんならパパカッコいい!って褒められたいはず。
 そんな陛下や王妃に愛されてまっすぐ育った第3王子に零が惚れるのは無理ないなぁ、うんうん。と勝手に納得していた間にアラクネの綱は僕の腰やら肩やらに巻きつき終わっていた。

 前世でいうところの幼児の迷子防止用ハーネスってとこだな。いい案だ、帰ったら僕専用に改良しよう。今のままじゃ僕は狩り終わった獲物だから。
 カシルは綱の先を自分の腰にも結びつけていた。僕を引っ張り戻してくれるのだろう。これで少しは安心して王子に対応できそうだ。

「ありがとう、カシル」

 僕は王子らしきものをじっと見つめる。そうして一礼をすると、意を決して一歩踏み出した。ぶわわわっと黒い瘴気の渦が揺れ、あっという間に僕を取り込む。しかし綱を伝ってカシルから流れてくる緑の浄化魔法が体の表面にあるおかげで、つらいけれど歩けるから黒い中を進めた。数歩いけば王子に出会えた。彼はすでにボロボロ泣いていた。せっかく将来クソイケメンになる顔だってのに泣いてるのはもったいないぞ。かわいいけどな。

「再びお会いできましたこと、大変光栄に存じます。ハルトライアでございます。お約束通り浄化魔道具を持ってまいりました。第3王子殿下、どうぞお受け取りいただき、その剣で浄化をお願いいたします」

 さっさと用事を済ませるに限る。必要最低限の言動で剣を差し出した。王子殿下は袖口でグイっと涙を拭きとってコクンとうなずく。

「ハ、ハルト、ライアっ、う、っよく来てくれたっ、この、恩は必ずっ」
「いいえ、臣下として当然です」

 笑顔の裏側の僕は早く逃げ出したかった。とにかくすぐ受け取ってくれ。という気持ちでもう一度剣を殿下にぐいと差し出す。それをしっかりと受け取ったのを確認した僕は腰の綱を引っ張った。だが王子が剣を抜くのとほぼ同時、いや王子のほうが少し早かったと思う。

 綱に引っ張られて宙に浮いた体に剣からあふれだした浄化魔法が降り注いできた。魔石が砕け、そして紫玉までもあっという間に砕け散ってきらきらと宙に吸い込まれ消えていく。
 それは1秒もかからなかったしそのまま襲ってきた光と闇に僕の全身が飲み込まれた。ああ、強すぎる浄化魔法は紫玉も壊すのか。と思ったのを最後に僕の意識は暗転してしまった。
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