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2章 なんとかならなかったです

4.

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「うん、お願いする。死なない程度にやってね」

「かしこまりましたっ」というや否や駆けだしたユア。メイド服のひざ下まであるスカートをたなびかせてあっという間に詰め寄った。
 ザシュっという音と吹き出す赤い血。動けないように足を切り裂いたようだ。魔物になっていれば痛みを感じないらしいが、グロテスクなことには変わりない。

 タイリートに乗ったままユアの近くまで行くと、紫に染まった瞳のダークラビットが地面に倒れてもごもご苦しそうにうごめいていた。切られた傷口からしゅわわと黒い瘴気があふれ出している。眉間に力が入ってしまう。痛くないって本当だろうか、早く楽にしてやりたい。このダークラビットだって好きで魔物になったわけではないだろうに。

 顔をしかめたまま僕はくるっと後ろを振り返った。そこには僕のタイリートとは対照的な白い馬に乗ったカシルがいる。やっぱりイケメンなので僕の眉間は緩んだ。良かった、イケメン老騎士のおかげで心が和んだ。

「カシル、試したいことがあるから、手伝ってほしいんだ」
「は、何なりとお申し付けください」
 白馬からさっと降りて、僕を抱き上げて地におろしてくれる。力持ちだなぁ。

「さっき城で僕に緑の浄化魔法をかけてくれたよね。あれをもう一度やってほしい」
「承知いたしましたが、理由をお聞きしてもよいでしょうか?」

「なぜかわからないけど、紫玉を作るのが楽だったんだ。いつもなら、作るのに30秒以上かかるところを多分あの時は10秒くらいだったと思う。だからもう一度やってみたい」

 僕の答えにうん、と数秒考えたカシルは、口を開いた。

「もしかしたら、緑と闇の魔力の親和性が関係しているかもしれません」

「親和性?」

「ええ、魔力は闇、光、炎、水、風、土、の属性があり、ここから派生して、水には氷、土には緑、など性質の似た属性もございますことはご存じかと。そして水と緑は親和性が高いことが知られています。また、炎と風も。逆に炎と水は混ざりません。闇属性はほとんど研究されていないので、闇と緑の親和性は未知数ですが、ハルトライア様がやりやすかったと申されたこと。そしてハルトライア様の体にある黒い模様もつる植物を模されているので、親和性が高いという可能性は十分にあり得ます」

 ふむ、と思った僕はカシルからダークラビットに視線を移した。
「じゃあカシル、さっそくやってみよう。このダークラビットを包むように浄化魔法をかけてくれる?」

 僕の声とほぼ同時にカシルの緑の浄化魔法がダークラビットを包んだ。傷口から漏れ出る黒い瘴気が止まり、きらきらと全身緑に光りだした。何度もカシルの浄化魔法を受けた僕にはわかる。緑属性の浄化魔法は優しい。緑属性は生物の体になじみやすいのだろう。植物も動物も生物だから。もごもごと苦しそうに動いていたうさぎがおとなしくなってきた。

「じゃあ、僕も魔法をかける」

 魔法といっても声に出さなくてもいい。自分の体の中にある魔力を意識して、ズルリとウサギとつなごうとする。すると僕の体にある【つる】の先端がするするとウサギの切られた足に伸びていった。緑に光るうさぎの中に溶け込んでいく黒いつる。そこがじゅわりとなじんで黒と緑が混ざり毒々しく染まっていく。

「あ、なんかすごくやりやすい」

 いつもなら、瘴気を勢いよくすする【つる】を押さえるのに苦労するのに、今日は全然暴れない。僕は今、瘴気を紫玉に変換することだけに集中できている。深い沼の淀んだ緑、見てはいけない深淵みたいな色になっている傷口付近がきらめき始めた。変換された瘴気が固まり紫玉になっていくのだ。

 そうして深淵が優しい緑に戻ったとき、ソラマメくらいの紫玉ができていた。さらにダークラビットの瞳は紫から赤色になった。もちろん、息はすでに絶えているのだけれど。

「……うそ。ほんと? ちょっと、すごくない?」
「す、ごい ……」
「……ええ、本当に、素晴らしいです……こんな奇跡、初めて拝見いたしました」

 まさかだった。僕の紫玉生成が、ダークラビットを死体に戻した。これまでの紫玉生成では瘴気を固めている最中に魔物の死体が崩れていき、最後は魔石が残るのみだったのに。
 聖者の弓と同じ作用のように見える。これがいつでも使えるようになれば、僕は助かる?いや、死んだあとの僕が僕にこの魔法をかけられるわけはない。

 だが、いつもより簡単に瘴気を固めて紫玉にすることができるなら、つるが取り込む瘴気の量を減らせる。つまり、魔王化をより遅らせることができる。もしかしたら本当に死ぬまで魔王にならずに済むかもしれない。

「短時間で終わったから体が崩れなかったのかな? それともカシルの浄化魔法で体が崩れるのを阻止したのかな?」

 もう一回やろう! と叫んだ僕は、結局日が暮れるまで10回も紫玉生成を行った。結局2回しか死体温存に成功しなかった。ついでに残った二匹分の動物の死体(ダークラビットとビッグレッドマウスでした)はカシルの白馬にくくり付け持って帰られ、今夜の夕飯になった。


 *****


 第3王子ジークフリクト殿下との解逅から20日、僕はまた登城することになった。早いよ。もっと準備したかったのに。もちろんできる限りのことはやった。僕の体には見えないところに紫玉と魔石を忍ばせた。防弾ベスト的な奴だ。
 魔石は浄化魔法を体に当てないために外側に。浄化魔法を魔石に浴びせると魔石は崩れていくが浄化魔法も同時に消費されるから。そして魔石の内側に紫玉。紫玉は瘴気を体に当てないために着けた。僕は浄化魔法を使えないからその代わりに紫玉を体にまとわらせて、自分と同じ魔力の壁を作ったのだ。
 失敗したらどうしようと怖くて体が震えた。でもこれも聖者である零と戦うための試練だと思え! と自分を奮い立たせる。
 今回弟ヒルトバルドはいない。そして父は王城で待っている。だから今僕の隣はカシルだけ。

「ハルトライア様、どうか手を離さないでください」
 まだ移動の馬車内だと言うのに隣に座るカシルが震える僕の手をずっと握っている。浄化魔法もずーっと放ち続けてる。つないだ手から伝わる彼の魔力のおかげで背中のつるが大人しい。

「カシルの魔法は僕のつるを本当になだめてくれるね。ありがとう。でもそんなに魔法使ってたら倒れちゃうよ」

 彼を見つめたら黒縁メガネに包まれた緑色がとてもやさしく揺らめいた。

「大丈夫ですよ。私はあなたの騎士ですから、あなたを守ることにのみ全力です。これが私の生きがいですから遠慮せず守られてください」

 愛する令嬢に向けるような甘い言葉を僕にくれるカシルがびっくりするくらいかっこいいので、僕はふいと車窓の向こうに視線を向けるしかなかった。
 妙齢の執事にときめいてしまう7歳児はいかがなものか、いやときめかせるカシルがダメなんだ。

「カシルって、ほんとに60代なの?」

 窓から視線を離さず、つぶやいた。

「おや、ユアですか? そのようなことをハルトライア様に申したのは」
「僕が勝手に思ってただけ、ってことは、違うの?」

 あらぬ方向を向いていた顔をカシルに戻すと、くすんだ銀髪がふわと揺れて窓からさす日光にきらめいた。ダンディでカッコよすぎじゃん。うんっ、と息をのんだ僕にまた微笑むカシル。

「ご想像にお任せします。ちなみにあと7年、あなたの騎士を続けることがわたくしの本懐でございますれば、それを途中でやめることなど毛頭ありませんのでお忘れなきよう」
「……わかってるよ。ただ僕も7年も守られるままなんて嫌だからね、必ずカシルを倒して僕がお前を守るから」

 こんなかっこいい男に僕はなれるだろうか、と思いながら負けじと答えた。そしてぎゅっと握りかえす手に力を込めた。その時、馬車ががたんと止まった。

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