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98譲れない想いは諸刃の剣。

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「いいよ。フリアと一緒なら」

ふわり、咲くのは大輪の花。

驚いた表情をしたのは一瞬で、掴んだ腕ごと引き寄せられる。

「フリアも、俺と一緒に、死んでくれるんでしょう?」
「えぇ、もちろんよ」

至近距離で聞こえるその声にこたえる。
顔を上げると、そこにはやはり、ふわりと微笑む彼。

「ダメよ! そんなの、おかしいわ! だって、悠久の時を過ごせるのよ!? 二人だけの世界で……。それなのに……!」
「ははうえ、俺は、グレンだ。一人の、人間。……“心”と“躯”が分れてちゃ、俺じゃないの。俺は、“グレン”として、フリアと居られたら、幸せだから」
「違うわ! グレン。だって、普通は……」

「“普通は”……ね」

近付いて来る彼女の気配を感じ、グレンに背をあずけ振り向く。

私が言葉を遮ったことに驚いた彼女は、その場に立ち尽くす。

「……残念ながら、私は“普通”ではないので。私は、見た目も、魔力も、全て“異端”。それを、“悪”と思っていた過去も、あるけれど……」

真っ直ぐに、彼女を見据えて、言葉を放つ。

「今は、“異端”でよかったと、心から思っているのですよ」
「ダメよ……、認めない……認められないわ……。それに、“グレンの躯あの子”は常に魔力で満たしていなければ、長くは生きられないの! もう、人としての生は、ずっと昔に終えているはずの躯だもの! それでも、貴女は、私の宝を奪うの!?」

「えぇ、もちろん。“御義母様”には、感謝いたします。グレンをこれまで護ってくれて。……私と、出逢わせてくれたこと、心から、御礼申し上げます」

深く、頭を垂れる。

相変わらず身体が悲鳴を上げているが、この際しょうが無い。

「嫌よっ、そんなこと、許せないわっ!!」
「フリアっ!」

彼女の怒気と、グレンの焦った声。
そして、パシリ、と何かが阻まれる音。

伏せていた視線をあげると、二人を中心に、床が綺麗に氷で覆われていた。

恐らく、氷の魔術が放たれたのを、グレンが結界で阻んでくれたようだ。

「ありがとうグレン。でも、“躯”へ急いで。これ以上魔力を消費しないうちに、早く」
「でも、フリア……」
「大丈夫。私は大丈夫だから。“異端”を甘く見ないでちょうだい。――目を覚ましたら、“契約”をしましょう」
「契約……?」

チラリ、振り返ると困惑したふうに首を傾げるグレンの姿。

「えぇ、貴女が私の“唯一”である、という、契約よ」
「っ!! ほんとうに、いいの?」

「あたりまえじゃないの。“目覚めてすぐにさようなら”なんて、私が許すと思う?」
「思わ、ない」

――じゃぁ、さっさといってらっしゃい。

そう言って送り出す。

たぶん、大丈夫。

二つが一つに成るために、必要な条件は満たしている。

“初代バイアーノ”は、あの短剣を通して、私と“記憶”を共有した。
それと共に、流れる血液によって、“私の中の己バイアーノ”と“躯”を共有したのだ。

だから、大丈夫。

グレンのなかそとも、わたしの魔力で満たされている。

二つが、一つを“共有すること”
その、条件は満たしている。







――と、なると残る問題は……



「許せないっ! 許せない! わたしの宝を奪う者は、ここから出て行きなさいっ!」

鬼気迫る勢いで、こちらに魔術を放ってくる、彼女だろう。

グレンの躯を護る為の魔力が必要なくなった分だけ、あちらは魔力に余裕があるらしい。

「できれば、穏便に、進めたいのだけど……」

そうも言ってはいられないらしい。

次々に放たれる魔術を相殺しながら、相手を窺う。

王妃様相手に、怪我の一つでも負わす事などできないし、治癒の魔術が使えない私としては、できれば痛いのは避けたい。

しかも、飛んでくる魔術が当たれば“ちょっと”どころの怪我ではすまなさそうだ。


「――っ、どうしてっ!? どうして、まだ、立っていられるの! もう、魔力は残っていないはずなのに!」

魔術を魔術で打ち消す方法で身を守っていると、癇癪を起こした子供のように、彼女は問いかけてくる。






「――魔力は、そうですね。もう、殆ど残ってはいません」
「じゃぁ、どうしてよっ! どうして……、」

正直、立っているのも、辛い。

魔力が無いというのもあるが、やはり、“奈落の底”で血を流しすぎた。

血液は大切なものだ。
魔力を巡らすのはもちろんだが、体を動かすのに必要なものを運ぶし、正常な思考を保つことにも、重要な役割を果たす。



それに、“瘴気”から“魔力”に変換する際も、血液に乗って全身を巡る。



本来なら、この、“聖域”とも呼べる空間で、“瘴気”などは存在しないだろう。

そうすれば、必然的に魔力切れを起こして動けなくなるのは己の方だ。

なにせ、ここに来た時点で魔力を消費していた上に、グレンの躯を満たすためにも、魔力をとことん使われたのだから。




彼女が“他と同じくらい”の魔力を持っていたとしても、ここに居る私よりは、魔力に余裕があるはずだ。

そんな状況でも、私が彼女の魔術を相殺できる理由。

それは、ここに“瘴気”があるからだ。

本来無いはずの“瘴気”が、あるのだ。
この、“聖域”とも呼べる空間に。




「――貴女が、私の魔力の原材料となっているのですよ」
「っ!?」
「“瘴気”が、生れた経緯をご存知ですか?」
「――瘴気は、魔獣が連れてくるのよ! わたしが穢れを負っているというのっ!?」

言葉を放ちながらも、術を飛ばしてくる。
それを、全く同じ程度の魔術で相殺する。




「いいえ。――“瘴気”は、“人間の心の闇”から、生れるのですよ」
「っ!!」

「貴女が、私を憎めば憎むほど、貴女から“瘴気”が放たれる。それを、私は魔力に変換して使用しているに過ぎないのです。だから、貴女の魔術と同等の魔術で対応できる。その代わり、貴女以上の魔術を、今、私は使えない」

つまり、この魔術合戦に決着をつけられるのは、貴女しか居ない

――まぁ、時間が長引けば、魔力以外の関係で、私が膝をつくのでしょうけれど。

だけど。

――私にも、膝をつけない理由が、あるのだもの。

私は私が幸せだと思える未来を選ぶわ。
他とはズレていても“異端”だから、赦されるのよね?


ふと、思考の片隅で、常に勝ち気な彼女が、自信満々にニヤリと笑う姿が映った、気がした。
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