99 / 104
98譲れない想いは諸刃の剣。
しおりを挟む「いいよ。フリアと一緒なら」
ふわり、咲くのは大輪の花。
驚いた表情をしたのは一瞬で、掴んだ腕ごと引き寄せられる。
「フリアも、俺と一緒に、死んでくれるんでしょう?」
「えぇ、もちろんよ」
至近距離で聞こえるその声にこたえる。
顔を上げると、そこにはやはり、ふわりと微笑む彼。
「ダメよ! そんなの、おかしいわ! だって、悠久の時を過ごせるのよ!? 二人だけの世界で……。それなのに……!」
「ははうえ、俺は、グレンだ。一人の、人間。……“心”と“躯”が分れてちゃ、俺じゃないの。俺は、“俺”として、フリアと居られたら、幸せだから」
「違うわ! グレン。だって、普通は……」
「“普通は”……ね」
近付いて来る彼女の気配を感じ、グレンに背をあずけ振り向く。
私が言葉を遮ったことに驚いた彼女は、その場に立ち尽くす。
「……残念ながら、私は“普通”ではないので。私は、見た目も、魔力も、全て“異端”。それを、“悪”と思っていた過去も、あるけれど……」
真っ直ぐに、彼女を見据えて、言葉を放つ。
「今は、“異端”でよかったと、心から思っているのですよ」
「ダメよ……、認めない……認められないわ……。それに、“グレンの躯”は常に魔力で満たしていなければ、長くは生きられないの! もう、人としての生は、ずっと昔に終えているはずの躯だもの! それでも、貴女は、私の宝を奪うの!?」
「えぇ、もちろん。“御義母様”には、感謝いたします。グレンをこれまで護ってくれて。……私と、出逢わせてくれたこと、心から、御礼申し上げます」
深く、頭を垂れる。
相変わらず身体が悲鳴を上げているが、この際しょうが無い。
「嫌よっ、そんなこと、許せないわっ!!」
「フリアっ!」
彼女の怒気と、グレンの焦った声。
そして、パシリ、と何かが阻まれる音。
伏せていた視線をあげると、二人を中心に、床が綺麗に氷で覆われていた。
恐らく、氷の魔術が放たれたのを、グレンが結界で阻んでくれたようだ。
「ありがとうグレン。でも、“躯”へ急いで。これ以上魔力を消費しないうちに、早く」
「でも、フリア……」
「大丈夫。私は大丈夫だから。“異端”を甘く見ないでちょうだい。――目を覚ましたら、“契約”をしましょう」
「契約……?」
チラリ、振り返ると困惑したふうに首を傾げるグレンの姿。
「えぇ、貴女が私の“唯一”である、という、契約よ」
「っ!! ほんとうに、いいの?」
「あたりまえじゃないの。“目覚めてすぐにさようなら”なんて、私が許すと思う?」
「思わ、ない」
――じゃぁ、さっさといってらっしゃい。
そう言って送り出す。
たぶん、大丈夫。
二つが一つに成るために、必要な条件は満たしている。
“初代バイアーノ”は、あの短剣を通して、私と“記憶”を共有した。
それと共に、流れる血液によって、“私の中の己”と“躯”を共有したのだ。
だから、大丈夫。
グレンの心も躯も、己の魔力で満たされている。
二つが、一つを“共有すること”
その、条件は満たしている。
――と、なると残る問題は……
「許せないっ! 許せない! わたしの宝を奪う者は、ここから出て行きなさいっ!」
鬼気迫る勢いで、こちらに魔術を放ってくる、彼女だろう。
グレンの躯を護る為の魔力が必要なくなった分だけ、あちらは魔力に余裕があるらしい。
「できれば、穏便に、進めたいのだけど……」
そうも言ってはいられないらしい。
次々に放たれる魔術を相殺しながら、相手を窺う。
王妃様相手に、怪我の一つでも負わす事などできないし、治癒の魔術が使えない私としては、できれば痛いのは避けたい。
しかも、飛んでくる魔術が当たれば“ちょっと”どころの怪我ではすまなさそうだ。
「――っ、どうしてっ!? どうして、まだ、立っていられるの! もう、魔力は残っていないはずなのに!」
魔術を魔術で打ち消す方法で身を守っていると、癇癪を起こした子供のように、彼女は問いかけてくる。
「――魔力は、そうですね。もう、殆ど残ってはいません」
「じゃぁ、どうしてよっ! どうして……、」
正直、立っているのも、辛い。
魔力が無いというのもあるが、やはり、“奈落の底”で血を流しすぎた。
血液は大切なものだ。
魔力を巡らすのはもちろんだが、体を動かすのに必要なものを運ぶし、正常な思考を保つことにも、重要な役割を果たす。
それに、“瘴気”から“魔力”に変換する際も、血液に乗って全身を巡る。
本来なら、この、“聖域”とも呼べる空間で、“瘴気”などは存在しないだろう。
そうすれば、必然的に魔力切れを起こして動けなくなるのは己の方だ。
なにせ、ここに来た時点で魔力を消費していた上に、グレンの躯を満たすためにも、魔力をとことん使われたのだから。
彼女が“他と同じくらい”の魔力を持っていたとしても、ここに居る私よりは、魔力に余裕があるはずだ。
そんな状況でも、私が彼女の魔術を相殺できる理由。
それは、ここに“瘴気”があるからだ。
本来無いはずの“瘴気”が、あるのだ。
この、“聖域”とも呼べる空間に。
「――貴女が、私の魔力の原材料となっているのですよ」
「っ!?」
「“瘴気”が、生れた経緯をご存知ですか?」
「――瘴気は、魔獣が連れてくるのよ! わたしが穢れを負っているというのっ!?」
言葉を放ちながらも、術を飛ばしてくる。
それを、全く同じ程度の魔術で相殺する。
「いいえ。――“瘴気”は、“人間の心の闇”から、生れるのですよ」
「っ!!」
「貴女が、私を憎めば憎むほど、貴女から“瘴気”が放たれる。それを、私は魔力に変換して使用しているに過ぎないのです。だから、貴女の魔術と同等の魔術で対応できる。その代わり、貴女以上の魔術を、今、私は使えない」
つまり、この魔術合戦に決着をつけられるのは、貴女しか居ない
――まぁ、時間が長引けば、魔力以外の関係で、私が膝をつくのでしょうけれど。
だけど。
――私にも、膝をつけない理由が、あるのだもの。
私は私が幸せだと思える未来を選ぶわ。
他とはズレていても“異端”だから、赦されるのよね?
ふと、思考の片隅で、常に勝ち気な彼女が、自信満々にニヤリと笑う姿が映った、気がした。
0
お気に入りに追加
1,166
あなたにおすすめの小説
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。
しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。
それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…
【 ⚠ 】
・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。
・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
結婚式の日取りに変更はありません。
ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。
私の専属侍女、リース。
2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。
色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。
2023/03/13 番外編追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる